第一章/二話『コンビ結成の音』
突然、人が苦しんで死んだ。
勝手に死んだものと判断したが、救急車と警察が来てその判断が間違いでなかったことは早々に証明された。
そしてどうやら殺人事件ではないかと警察は見ているらしい。警察というのはなんだかんだ鋭い。
容疑者はこの場にいた全員。
二番テーブル。
神巫縁。被害者である神楽衣紋の担当編集者。同じ席に座っていた赤髪の男性。
三番テーブル。
鳩代和弥、東歩望。
被害者の隣の席に座ってパンケーキを食べていたカップルの男女。
四番テーブル。
鳴海彼方。
一人で仕事をしていた男性。
五番テーブル。
大学生の五人グループ。
如月射鹿、女性。会話内容から考えるに五人の中で一番学力があるのだろう。
遊馬桃、女性。場の雰囲気を和らげるムードメーカー。
黒鉄灰里、男性。バイト店員をナンパしていた。
神田翔馬、男性。五人の中で一番計画性が無さそうだ。
佐倉颯、男性。彼女がいて、課題が終わっているのに集まっているところを考えるに、何だかんだ面倒見が良いのだろうか。
六番テーブル。
神谷理人、加々良詩杏。
取材を受けていた作家の男と、取材をしていた記者の女。
そして、店員。
佐々木千歌、斎藤一樹。
このカフェで働くバイトの女と正規雇用の男。
ミステリーの登場人物のようである。
容疑者が一同に会しているのは、土曜夕方の探偵アニメのようだ。それぞれが「私はやっていない」と主張する姿は、初対面の人間ばかりだというのに妙な既視感がある。
ちなみに刑事さんの名前は正義という。生まれる前から警察になるつもりだったのではないかというような、運命的な名前である。
理人も事情聴取の際に、僕はやっていない、というようなことを言ってみた。
警察の事情聴取を受ける機会なんてそうそうないので、この機会に堪能して、次の作品に活かそうかなんて思いながら。
推定毒殺。では犯人は誰か。警察はそんなこと考えているようだ。それならば、理人はトリックを考えてみようか。
「こんにちは、黙り込んでどうされましたか。体調は大丈夫ですか?」
情報を軽く整理していると、縁に話し掛けられた。理人の黙り込んでいる姿が、人が死んでショックを受けているのだと思わせたらしい。
「考え事をしてただけですよ。縁さんですよね?そちらこそ、衣紋先生と親しかったのですからショックでしょう」
その上、彼が被害者の衣紋と物理的にも心理的にも距離が近かったため第一容疑者だ。心労は計り知れない。人を気遣う余裕があるとはよほど人間ができている。
「そうですね、衣紋先生が亡くなってしまったことはショックです。だけど、オレの無罪は証明しなきゃいけない訳ですし、凹んでばかりでもいられません」
まだ顔は青いが、強い人間だ。理人を気遣っているのは事実だが、きちんと理人を犯人候補の一人としては見ている。犯人探しに積極的である。ミステリーの探偵役に向いている。もっとも、実は犯人でした、というパターンも面白いけれど。
「縁さん……縁くんって呼んでもいいかな。星彩社の人だよね?」
「呼びやすいように呼んでください。神谷先生」
「理人でいいよ、こんな場だから安心して喋ることができる人がいて欲しいんだ」
「あの理人先生にそう言っていただけるなんて光栄です」
神楽衣紋は星彩社に所属している。ということは縁も星彩社の職員だ。今後も関係するだろうから仲を深めるのも悪くない。
突然距離を縮めてくる変人として取られかねないが、星彩社には変わった人間であるとはある程度バレているし問題無い。ここで放っておくほうがらしくない。自分らしくない。神谷理人らしくない。
辺りを見渡す。
大学生たちは固まって大人しくしている。特に射鹿は顔面蒼白で、かなり堪えているのが目に見える。灰里は席を立ってナンパという派手な行動をとったが為に、縁の次点に疑われているため取り乱している。それをフォローしようとしている桃も、翔馬も顔色がよくない。が、誰も灰里が犯人だと思っていないと伝わったのか、灰里は次第に落ち着いた。颯はスマホをしまって、射鹿を慰めている。何だかんだ仲良しグループ、といったところか。
カップルは真横で人が死んだこともありかなりショックを受けているようではあるが、お互いに慰めあっているのか思いのほかまともに受け答えができている。かといってその場にそぐわない惚気を見せる訳でもなく、大人しく警察の指示に従っている。誠意を見せて早く帰してもらおうという姿勢が見える。
誠意という面で見ると、彼方はかなり警察に協力的だ。いつ、どこで、何をしていた、の情報を正確に答えることができている。たまに言葉に詰まっているが、それでもよく覚えてるの範疇。大学生たちをしきりに目で追っているのは心配からだろうか。
詩杏は記者魂に熱が入ったのか、それとも空元気なのか先程から少しテンションが高い。警察に提供できる情報を差し出し、見返りに情報を貰えないだろうかとブツブツ言っている。商売根性猛猛しい。
「大丈夫ですか?やはりご気分が……」
心配そうに覗き込んでくるこの男は、人の面倒を見るという点で落ち着いたのか先程より幾分か顔色が良い。やはり、面白い。
「ねえ、犯人候補の縁くん。僕と一緒にトリック解明してみない?」
理人が気になるのはトリックなのだ。
どうやって毒を持ったのか。厨房?配膳中?テーブルの上?事実は小説よりも奇なりとはよく言うが、自分の作品よりおもしろいトリックなのだろうか。それとも三流のつまらない茶番なのか。
「もし本当に君が犯人じゃないのなら、証明しない?僕と一緒に」
手を伸ばして聞いてみる。椅子に座っている理人が手を伸ばすのは少し不格好だった。
今回の探偵役は理人が貰う。そして事件を味わい尽くしてみせよう。ならば、助手に置くのは作家との対比で編集者がいいだろう。
「やります、やらせてください。理人さんの観察眼は噂に聞いています。オレはあなたに縋るしか現状自分にできることはありませんから」
そんな理人の手を取って引っ張る縁。そのまま理人は立ち上がった。指につけていたリングがコツンと音を立てる。これでコンビ結成だ。
真っ直ぐでいい子。助手に相応しい。物語の出だしとしては綺麗ではなかろうか。探偵が容疑者に声を掛けて無罪を証明したいなら手を取れと迫るのは。
「よろしくね、縁くん」
縁にとって理人は何に見えているのだろう。悪魔だろうか、天使だろうか。思想に問題があるのは自覚しているが、縁からは、ちょっと変な良い人くらいに見えているだろう。なら天使かといわれても違うだろうけれど。




