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第一章/一話『物語の生まれる場所』

執筆の際のルーティンなどはありますか。

――んー。ルーティンとは少し違いますけど、何でも試すようにしています。先日も友人や編集さんに手伝ってもらって、車のトランクの中に入ってみたり、入ってもらった状態で運転させてもらったりしましたね(笑)


器用だと思う。

目の前の女性は、事前に準備したのであろう質問や、理人の回答に合わせた新しい質問を理人に投げかけ、その回答に相槌を打つ。理人が不快に思わないよう、細かい気遣いを見せながら。

ボイスレコーダーには、理人と記者の会話が記録されている。彼女はその会話を何度も聞き返しながら記事を書くのだろう。


ミステリー作家、神谷かみや理人りひと。本好きなら誰もが知ると言われるほどの人気作家だ。ホワイダニットや倒叙ミステリーを多く手掛け、作り込まれた世界観やリアリティのある犯人視点などが編集部に気に入られている――というのが理人の世間からの評価である。

大学時代に酔った勢いで応募した倒叙ミステリーが、まさか自身をここまで大きくするとは、理人は思ってもみなかった。

メニューを見ればコーヒーだけで500円近くの価格が設定されている。そんなカフェを行きつけにする程度には稼がせてもらっている。


癖のように店内をぐるっと見渡せば、背伸びをしたい中学生が退店していく様子が目に入った。先程まで満席だったようで、これで一番奥の二人掛けのテーブル席が空いたことになる。


その一つ手前の席では、新進気鋭の作家先生が赤髪で背の高い男とコーヒーを片手に談笑している。作家先生が黒髪に眼鏡といった典型的な真面目を体現しているのに対し、男は派手髪に派手なアクセサリーの、いかにもチャラ男といった風貌である。どういう組み合わせなのかは分からないが、険悪なムードではない。


その手前は男女のカップルだ。甘ったるい表情で、お互いの口に一つのパンケーキを運んでやっている。カノジョが食べさせるフリをして自分の口に運ぶと、カレシも仕返しのように自分で一口。そして笑いあって、またお互いの口にパンケーキを運ぶ。わかりやすいバカップルだ。


そのまた手前は、一人でパソコンと睨めっこをするサラリーマン。今やどこでも働ける時代だ。残業の末の持ち帰りの仕事なのか、気分転換の社外ワークなのか。クマが酷いようなので前者の可能性が高い。甘党なのか、傍らにはキャラメルマキアートが一口飲まれた状態で放置されている。


そしてその手前、理人たちの一つ横の席は大学生五人が課題をやっている。一人は既に終わらせたのか、飽きてしまったのか、スマホを弄っている。画面は見えないが、頬が緩んでいるので課題関係ではない。また彼女?といった友人の質問を軽くあしらっている様子からして、そういうことだろう。


そして、この席では人気作家が記者のインタビューに答えている。窓際だから日差しがあたたかい。記者はコーヒーを頼んでいたが、緊張から手を付けていない。その反面、自身の抹茶ラテは半分以上減っている。

飲み物で感情を描写するのもいいかもしれない。


軟派な大学生がひとり、バイトの店員に声を掛けている。バイトの店員は迷惑そうにあしらっているが、中々執拗い男のようだ。もう一人店員が出てきて引き剥がされている。さほど広くない店内だ、大学生が退店するまで彼女は裏方作業だろう。

サラリーマンが席を立つ、店の奥のトイレに消える。

チャラ男が店員を呼びつける。コーヒーのおかわりを注文するようだ。作家先生はコーヒーに入れるミルクを頼んでいる。

理人はとりあえず、記者にコーヒーを飲むように勧めた。かれこれ取材が始まって一時間は経過しようとしている。目の前のコーヒーは既に氷が溶け切っていた。


この記者の名前は加々かがら詩杏しあんという。ネット記事を中心に活動しているフリーライターで、理念は"マスゴミにはならない"。まさかあの神谷理人が取材を受けるとは思っていなかった為、節々から緊張を感じる。

コーヒーはブラックで飲むタイプなのだろう。ミルクもガムシロップも入れず、真っ黒な液体を流し込んでいる。それを眺めながら抹茶ラテを一口。甘くて美味しい。



射鹿いるかさーん、あの、助けてくれませんかね」

「無理。自分でやって」

「どーするだよ、灰里かいり。お前が店員さんナンパしたせいで射鹿ちゃんのご機嫌ナナメじゃん」

「誰。灰里なんて知らない」

「ごめんってイルちゃん、ね、ホント。許してちょーだいよ」

「不審者に付きまとわれてる」

「イルカ、灰里なんて放って私の課題見てくんない?」

「……ももも終わってないの」

「終わってないから集まったんだろー!!」


切羽詰まった大学生たちの会話は聞いていて面白い。軟派な男のせいでどうやらグループイチの頭脳担当がへそを曲げてしまったらしい。

スマホを弄っている男は、灰里と呼ばれた軟派男を揶揄うために野次を飛ばしているが、テーブルに課題を広げていないところを見るに困ってはいない。

女の子同士だと機嫌を損ねた女の子も態度が和らぎ、桃と呼ばれた女のノートパソコンを覗き込んでいる。

そんな様子に、一番課題が終わっていないのだろう男が机に突っ伏した。可哀想に、あのままだときっと課題は間に合わない。

そんなBGMを耳に入れながら、詩杏がコーヒーを飲んでいる様子を眺める。居心地が悪そうに視線を逸らす詩杏の目線を追えば、理人の同業の席を見ているようだ。ちょうど運ばれてきたミルクをたっぷりとコーヒーに注いでいるところである。彼も甘党なのだろう。


「ここのカフェ、良いですよね。星彩社からほど近くて美味しいのでつい足を運んでしまうんです」


その様子に店内を見渡していると勘違いした――ということにして理人は話を続ける。自身が世話になっている編集社の名前も出して、頻繁に通っているといえば会話に乗ってくれるだろうと踏んで。


「そうなんですね」


思った通り、慌ててこちらに視線を寄越す詩杏にくすりと笑ってみせる。理人の一挙一動に振り回されている詩杏の様子は見ていて面白い。その癖自分の一挙一動を観察されるのは慣れていなさそうで、つい揶揄ってしまう。


「たまにですけど、ここで執筆作業をすることもありますね。他の作家さんも多くて怠けてられないなって思えるので」


そんな自分に付き合ってくれるお礼にちょっとした情報を零す。詩杏の取材は受け続けてもいいかもしれない。


「ここはさまざまな作品が生まれた場所、ということですか」

「そうですね、僕が作る物語も、他の作家さんが作る物語もたくさん詰まった場所だと言えますね」


自然な流れでインタビューに話が戻っていく。

コーヒーは半分以上減っている。先程と変わらない量の抹茶ラテを口に運んで、一口。


カランと、音を立てて伝票立てが落下した。


視線が集まるその場所は、新人作家先生と赤髪の男の席であった。

作家が、苦しそうに蹲っているのだ。


「大丈夫ですか、先生!」


男が周りの目を憚らずに大きな声を出し、作家へ駆け寄る。作家への呼び方から考えて男は担当編集か何かなのだろう。しかし、その声に作家はなんの反応も返さない。ゴホゴホと咳き込んでいるし、聞こえていないのだろう。

大学生たちも口を閉ざし、一連の様子を見守っている。店員も心配そうに作家へ駆け寄っている。

次第に呼吸がままならなくって、顔が青ざめていく。咳が一段落したというのに呼吸音がおかしいままなのだ。息苦しそうに喉に手をやって、ついには椅子から崩れ落ちて動かなくなった。はたと、音が止む。


「先生、先生!衣紋えもん先生!!」


どうやら、死んでしまったらしい。

可哀想な犯人はその様子を目に焼き付けるように作家を見ていた。

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