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第二章/三話『はじめようか』

その一

“検証”とは、理人りひとが作ったシナリオが実際に想定通り動くのかを検証する行為である。想定外も含めて記録し、作品をより良くするために行う。



その二

“検証”を行う理由は、理人に人の心を解する能力が無いからである。そのため、リアリティのある心理描写を追求する手段として“検証”を選んでいる。



その三

今夜の“検証”にえにしは付き合わないといけない。これは知ってしまった以上、避けることのできない事象である。




「さあ、質問コーナーにしよう。君が僕に質問するといい。僕も君に聞きたいことを後で聞くからね」


縁は言葉を返さない。エミはその様子を聞きながらも、冷めた紅茶を入れ直すだけで介入しない。


「あれ、無いの?なら別にいいんだけどさ」


落胆した様子もなく、けろりとした顔で理人はコーヒーを啜った。先日の一件を思い出す。つまらない、とへそを曲げない様子からして、この反応に慣れているのかもしれない。前の担当編集者も同じだったのだろうか。そういえば、前任者はどうなった?何も言われていないが、引き継ぎなら今まで影も形も聞かなかったのはおかしい筈だ。



「ってことで、明日の朝くらいに帰ってくるから。エミは寝坊せずに学校行ってね」

「わかってるよ、せんせより寝起きいいからだいじょうぶ」


なおもエミと理人は先程と全く変わらない温度感で話を続ける。それがふたりの日常であるのだと嫌でも理解させられる。


「……正気でやってるとは到底思えません」

「ざんねん、僕は正気だよ。目を見る?一切動揺してないってのが伝わると思うんだけど」


縁は視線を逸らした。エミの抱えているうさぎのぬいぐるみが目に入る。胸にスマイリーフェイスの缶バッジを付けたぬいぐるみ。

目を見たら、きっと騙されてしまう。その笑顔に。これは間違っていないのだと。


「……いいや。着いてきてもらうのは決まってることだし。迎えが来るから、逃げないでね。僕は縁くんを気に入ったから呼んだんだよ」


やけに印象に残った。それ以外の選択肢を取り払われたゲームの登場人物を操作しているような気分だ。それを選ぶべきではないとわかっているのに選ぶしかできない。


縁が黙っていると、無言は肯定と捉えたのか理人は出掛ける支度を進めている。

ここで逃げてしまえばいいのだろう。だけどきっと、地の果てまで追い掛け回されて、縁の想像が及ばないほど惨たらしく殺される。ならば、理人の好意に従うしかない。


この考えもきっと理人の思うままなのだ。




「説得できたか……ってまた派手にやったな」


理人の言う“迎え”だろう。黒いフードを深く被った顔の見えない男だ。鍵は掛かっていたはずだ。この男は理人に信用されている。


「遅かったね、鴉羽からすば。この子が探偵役の縁くん。縁くん、この人は鴉羽。まああんまり気にしなくていいよ。僕の……なんだろ、部下?」

「コマだろ」

「それでいいや、僕の駒だよ」



紹介された男はドカッと理人が座っていた席に座る。そして縁の顔をじっと見た。


「コレ、今日動けんの?」

「動けるよ、大丈夫」

「お前、結構読み間違えんだろ」

「感情に振り回されるってのがわからないんだから仕方ないでしょ」


軽快なテンポで進む会話。そろそろ腹を括らなければならないだろう。黙ったままでは何も変わらない。思うままに流されて、思うがままにされる。いくら相手が理人であっても、それは縁のポリシーに反する。


「で、オレは何をすればいいんですか?」

「ね、言ったでしょ?」

「はいはい、そーだな。……着いてこい、案内する」



そうして縁は鴉羽に連れられて、大型バンに乗せられた。出発から二時間。着いた場所は使われなくなった雑居ビルだ。人通りは少なく、寂れた通りである。



「ここが今回の舞台。浮浪者の住み着く雑居ビルに、家出した兄妹が訪れる。浮浪者は快く受け入れ、数日を共に過ごす。そんなある日、妹の方が死体となって発見された。誰もここには寄り付かない。犯人は数日を共に過ごした人間の誰かだ」


バンの中で理人はノートパソコンを立ち上げた。カフェで見たものと同じものだ。USBを繋ぎ、カタカタと操作した後、画面を縁に見せてくる。その間に語られたものが、検証内容――シナリオだろう。



画面の中で、エミくらいの年頃の少女が倒れている。その近くには、話の中で出てきた兄らしき青年。二人を囲うようにして数人の男女が話し合っている。この中で一番青年に歳が近いのだろう男が青年の肩をさすっている。

画面越しだからか、フィクションのように思える。出来の良い映像作品だと言われたら、縁は頭をからっぽにして信じるだろう。



その画面に、理人は手を伸ばした。

人差し指は青年の肩をさする男に向いている。

現実と小説を同格に語る瞳は、まっすぐこちらを見ていた。

月の光を反射した、澄んだ瞳。だというのに、まるで光を感じない。

作家は小説の冒頭部を綴るように、丁寧に言葉を紡いだ。



「今宵の探偵役は君で、犯人はあの子。

さて――君は、なぜ彼が被害者を殺したと思う?」

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