第二章/二話『笑顔の裏に』
「あなたがせんせの言ってた編集さんね」
翌日、縁が理人に言われた住所に向かうと、可愛らしい少女に迎えられた。
胸にスマイリーフェイスの缶バッジを付けられた、うさぎのぬいぐるみを少女は抱えている。その他にも少女の持ち物の至るところにスマイリーフェイスは散らばっている。気に入っているか。それとも、高校生の中で今流行っているのか。
「はい、理人先生の担当編集者になりました。神巫縁です」
「私のことはエミって呼んで。神巫さん」
エミはそのまま、「ここは私の部屋」「ここはせんせの私室、入らないでね」といったように家を案内してくれる。
そして、最後に案内された部屋で理人は本を片手にコーヒーを飲んでいた。
「いらっしゃい、縁くん」
「お邪魔します。先生の娘さん、しっかりしていらっしゃいますね」
本をテーブルに置きながら、理人は足を組み直した。エミは向かいの席に座るよう縁に勧め、お茶を出してくれる。
「まあ僕が好きにやってるから反面教師にしてるんじゃない?」
「そんなことない!せんせのことを支えられるようにって、頑張ってるだけだもん」
高校生といえば反抗期真っ只中だと思っていたのだが、エミは相当理人に懐いているらしい。他人である縁に隠そうとしないあたり筋金入りだ。
「……それで、検証って何するんですか?」
「僕の……っと電話だ、ごめんね」
エミによる“理人がどう素晴らしいか”という話をしばらく聞かされた。
ひと段落したところで、縁はようやく本題を切り出した。エミは語り足りないといった表情だが、満足するまで語らせたら、きっと日が沈む。
待ち望んだ答えは理人にかかってきた電話でお預けになってしまったが。
手持ち無沙汰になってしまったので、手土産に持ってきたフィナンシェを出した。エミの顔がみるみるうちに輝いていく。
「エミちゃんはフィナンシェ好きですか?好きならぜひ食べてみてほしいです、美味しいとこのフィナンシェなんですよ」
縁は赤髪に派手な服装。ゴツめの指輪に、チェーンのネックレス。耳に開いたピアスホールと、見た目は完全にヤンキーなのだが、存外甘党である。
理人も甘党だと言っていたので、最近気に入っている店のフィナンシェを持ってきたのだ。エミも好きなら、話が合うかもしれない。これからも関係が続くのに嫌われたくはないので、喜んでお菓子を食べてくれる様子に嬉しく思う。
「美味しい!ありがとうございます、神巫さん!」
「喜んでくれて良かったです。理人先生の好みはうかがっていましたけど、娘さんの好きなものは分からなかったので」
「せんせよりよっぽど分かりやすいですよ、私。でも、嫌いなものは私もせんせも無いので、気にしないで大丈夫ですよ」
美味しいものを食べて機嫌が良くなったのか、先よりも饒舌になったエミはいろいろなことを教えてくれた。大体が理人についてだが、それに関連して話を振れば、エミ自身のこともよく話した。
エミは理人が大好きであるというのはよくわかった。
特技は料理で、理人に自分が作ったものを食べて美味しいと言ってもらいたかったから練習した。
好きな物は甘いもので、理人がよく買ってくれたから。
スマイリーフェイスを気に入っているのは、理人がエミと呼んでくれるから。
――と、エミは理人中心に生きている。高校生として健全なのか少し不安になるが、彼女が満足そうなので下手に触れられない。
気まずくなって視線を逸らした先は理人が座っていた席だ。
私用と仕事用を分けているのか、テーブルには理人のものと思われるスマホが置いてある。透明なケースに入った黒いスマホだ。
ずっと見ていたわけではないが、目に入ったタイミングで通知が飛んできた。誰かからのメッセージだ。
『検証は今夜に実行可能』
『お前が探偵役を連れて来れば始める』
立て続けに目に入ったメッセージの主は検証に付き合っている友人だろうか。まじまじと人のスマホのメッセージを見るのは良くない。
目を逸らそうとしたそのとき。
『もうそろそろ殺しそうだから、今日が最良』
信じられないメッセージが飛んできたのだ。
文脈からオーバーな表現だとは思えない。淡々とした文面に、思わず手が止まる。それを不審に思ったのか、エミはどうしたのか、と縁を心配した。
勘違いだろう。エミに余計なことを言ってはいけない、と本能が訴えているが口が動かない。冷や汗が止まらない。もしかしたら、理人はとんでもなくヤバい人なのかもしれない。
「あれ、もしかして連絡見ちゃった?」
固まっているうちに、視線の先のスマホがリングを付けたしなやかな手に収まった。
電話が終わった悪魔が戻ってきたのだ。あの柔和な笑みを浮かべているのだろう。いつも通りの声色で。
「あ、せんせ。電話どうだった?」
「取材の許可が取れたんだって、今度はエミも一緒に行く?」
「行きたい!約束だよ」
椅子から立ち上がったエミが理人と何か話している。すぐそこだというのに、右から左へ話が全て流れていく。頭が真っ白だ。
「じゃあ、縁くんも待ちきれないみたいだし、“検証”の話をしようか」
いつの間にか話は終わっており、縁の前に理人は座っていた。




