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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか
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代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか⑨

犬頭の男の変貌は、一見先程までとそこまでの差異は無い。

衣服のせいでもあるが頭部に限局していた獣化の範囲が上半身に広がった程度であり、威勢よく吠えた後は黙して動かない。

つまりこの場で、この異変の本質を捉えていたのは変化したベオ本人とオルターの二人のみであった。

そして、それを理解出来ない数人のヤクザは僅かな間も我慢できず、しびれを切らして各々に攻撃を始めて、殆ど同時にその全ての首が宙を舞う結果となる。

・・・何という速さか。

犬頭の前進に合わせ、攻撃に回す魔素を全て移動へのベクトルに転化させ、反射的に上空へ退避。滞空し見下ろす場はその間に更にまき散らされた人間の内容物と、怒声から悲鳴へと移行しつつあるBGMで阿鼻叫喚となっていた。


「腕、俺の腕ェ!」

「弾が当たらねェ、軍用モデルの自動補足でも捉えられない!」

「俺の特殊合金製ボディは機銃の直撃だって耐える、のに何故大穴が開いてるんだァ!?」

「どういう事だよ、一人を囲んで殺すだけの楽な仕事じゃ無かったのかよ?」

「俺は逃げる、逃げるぞ!」


逃げると宣言し背を向けた次の瞬間には男の背から胸にかけて大穴が開き、装甲で覆われていた筈の胸部は熱したナイフで切り取られたバターの様に円形を保ち前方へと打ち出される。

別にその装甲が脆弱であったという事では無い事は、その飛び出した胸部が他者の胸部と腹部を二度ほど貫通した事が証である。

そういった流れ弾じみた連鎖はあちこちで起き、そうでなくとも犬頭が動く度に物言わぬ屍を量産してゆく。

数十人の囲いは既に崩壊している。時間にして五分も経過してはいないか、後に残るのは肉と鋼の残骸、そしてその中心に立つ影。

紅い火が灯る双眸。此方に向ける視線に宿るモノは怒りや憎しみの様な人間じみた高等な感情などではなく、原始的で動物的な殺意のみである。

一時退却、いや、不可能だ。

アレが現在静止している理由は此方が動いていないという一点のみ。背を向けようものなら即座にそこへ喰らい付くだろう。


「予定変更だ。貴様は、今殺す」


放つ風の刃に込める魔素は先程の出力より数倍のものであり、同格のメイガスに必殺の一撃として放つものである。

加減など考えられる状況では無い。今、自分が死ぬ事は許されない。例え手がかりを失う事になったとしても、自己の生存を最優先にこの一撃で終わらせる。

本来であればその不可視の刃は幾重もの物理的な、そして魔術的な防壁を容易く破り、目的を過たず切断する。数多の強敵を屠ってきた、自身の技の中でも特に頼りとする剣。


「出鱈目な」


その、いわば抜身の刃を、ベオはその咢で受け、嚙み砕いた。

口で受ける、というのも出鱈目だが傷一つ付かぬ事もまた出鱈目であり、更なる出鱈目がそこに続く。


「・・・術を、喰らっている」


犬頭は、いやその獣は不可視の刃を咀嚼し、喰らっている。

目の当たりにしても理解しがたい光景は、ある意味では説明出来た。

メイガスの戦い、メイガス同士の戦いにおいて、その勝敗を決する最も重要な要素の一つ、それがその場における魔素の奪い合いにある。

その神秘の行使において、メイガスは魔素を燃料として使用するわけなのだがその供給源は主に二つ。自らの躰に溜め込んだ魔素と、その地に満ちる魔素を使用する事にある。

前者においてはその許容量に依存する側面が強く、尽きれば術を無くし敗北を意味する。故に始めはそれらを温存し、その地の魔素を利用する事がセオリーだ。

その戦闘において如何に多く一帯の魔素を支配下におくか、という事もメイガスの戦闘において命題となるのだが、それも外界においての常識。この九界、特にニヴルヘイムにおいては前提が全く異なる。

その地に満ちる魔素。その濃度は伝え聞く神秘が常識であった神代に匹敵する程のもので、今回初めて訪れた際には驚いたものだ。汲めど尽きぬと表現すればよいのか。この様な状況で人間が普通に生活しているというのも理解しがたい。外見の変異や異能の覚醒など、はっきり言って僅かな変化の範疇だ。

ともかく少なくとも、どれ程に大きな魔術を行使したとしてもニヴルヘイムにおいて魔素が尽きるという事は有り得ない。


「筈、だったのだがな」


だというのに目の前の光景はどうだ。不毛の地でもまだ生ぬるい、地球上では有り得ぬ光景。例えれば生命芽吹かぬ月面とも言える、命を許さない絶界である。


「まるで世界に穿たれた孔の様に、魔素を喰らい続けている」


その開く咢へと流れ込むように魔素が飲み込まれ続けていく。その速度は凄まじい程で、既に周囲の魔素は枯渇寸前であった。

長期戦は不可能だ。喰らった魔素の影響か、獣の傷は癒え、その圧迫感は増すばかり。

見誤っていたのは自分の方だ。既に状況は劣勢に傾きつつある。

だからこそ、引くことは選べない。自らの生はこの背の彼方にでは無く、眼前の獣の背の向こうに在るのだから。

目線を外さず息を吐き、全身に満ちる魔素を巡らせる。先程の獣の言では無いが結末は単純だ。

即ち自分が死ぬか獣が斃れるか。何時も通りの事なのだから。


「礼を失した事は詫びよう。貴公は私が、全霊を以って斃すべき敵である」


矜持として、見誤っていた獣に詫びる。自分は狩る立場でも、獣は狩られる立場でも無い。であれば、全身全霊で挑むのみ。

出し惜しみは出来ない。彼女に出会うまで温存するつもりであった奥の手を、此処で使用する。


「瞳を開け、マク・ア・ルイン」


主の言葉に短剣の蒼い宝石が、真なる輝きを瞳の様に開く。

フィアナ騎士団団長が代々受け継ぎ、同じく継いだそのフィンの名と基となった英雄が用いた現存する、現物の伝承兵装。

魔術の触媒としてだけではなく、その権能においても比肩する物は多くない。

覚醒と共にその姿も変貌してゆく。持ち手が伸び、最早短剣では無いそれは、槍である。

具現化する程に凝縮された魔素によって編まれた、風を束ねるという矛盾で造られた槍。刃も拡張され、その鋭さに断てぬものは無い。

之を以って妖精殺しと評される、伝説では神によって下賜された神器。その真なる姿が露になった。

これはつまりオルターにとっての必殺の宣言であり、不退の表明でもある。


「ベオと言ったな。狂化にて、意味が分からなくとも言葉を伝えよう」


今、この瞬間、此処に立つ二人の男は対等の存在であると、そう認める為に。


「フィアナ騎士団団長、オルター・フィン・フォルグ。身命を賭して、貴公を斃す者だ」





宣言の後に激突する二人。先んじて動くオルターに対して、反射の如く応じるベオの跳躍はその差を直ぐにゼロにした。

オルターは戦いながらより広い空間へと移動する。建物の壁面を蹴り縦横無尽に飛び回る敵を相手取るに狭い路地は逆に不利だ。足場の無い、空中戦ならば此方に利がある。

しかし相手の疲弊を期待する長期戦も無理だ。初めから分かってはいたが生中な術では無効化されるか喰われ相手が回復するのが明白。そしてこの獣の首を落とすためには槍の一撃が必要である。

しかし、これは。

獣の首を狙う刺突、足を払う薙ぎも、まるで掠りもしない。加速し続ける敵を前に高速思考に連動し強化した眼でも視界の端にその姿を追うのが精一杯になっている。

辛うじて躱す牙も爪も、たった一撃でこの身を物言わぬ肉片へと変えるだろう。一度たりとも受ける事が出来ぬ破壊の権化たる奔放な振る舞いに肝の冷える間すら存在しない。


「おの、れ・・・!」


視界外から飛来する蹴りに、間に合わずそれを槍の柄で受けるがそれだけで全身が砕けそうな衝撃だ。

無反動砲の直撃すら相殺し無効化する防護魔術を仕込んだスーツに加え、常人を遥かに超える膂力と強靭さを実現する身体強化を施していてもこれだ。後幾度耐えられるだろうか。

よもや自身の経験においてもこれ程の戦いがあっただろうか。一合、一合が互いに必殺の一撃に等しい筈なのに、勢いの増す相手に比べ、此方の損耗は隠せない。


「これは、槍の、魔素を喰らっているのか!」


相手ばかり勢いづく理由に今更ながら検討が付く。振るう槍を通じて此方の保有する、支配下にある筈の魔素を喰らわれている。

出鱈目にも程がある。この場に満ちる魔素どころか、自らに溜め込み支配下に置いた魔素までその支配権を奪われ喰われている信じられぬ状況。

この期に及んで思い違いをしていた。これの何処が自分が良く知る伝承保持者であるというのか。

これはもっと、おぞましい何かだ。

肩に手を置く死神の吐息を首筋に感じている。本能は死を忌避するあまりに今すぐにこの場からの撤退を要請し、それを押し殺す理性も摩耗しきって幾らも残ってはいない。

だが、それでも。


「それでも、私が退く理由にはならない・・・!」


ああ、そうだ。何時まで逃げ続けるというのだ。自らの過ちに、今までずっと眼を逸らし続けてきたではないか。

その結果に彼女を地獄に堕とし、今も更なる非道を進む事を許している。だというのに今、何もかも手遅れで、救いなんて有りはしないのにこうして見苦しく足掻く事を止めることが出来ない。それが、どんなに。


「愚かであっても、間違いであったとしても。その果てに彼女自身を敵に回す事になったとしても・・・!」


もう、二度と。例え、どう後ろ指を指されようと。狂った男と笑われたとしても。


「もう二度と、私は誓いを違えない!」


その誓い。自分にただ一つ残った譲れぬモノを守る為に、この一撃に、全てを賭ける。

自身の生命維持にまで影響する魔素を槍に込め、その不可視の穂先を更に延長させ、長大な刃に転じさせる。

これこそ妖精殺しと謳われる所以であり、その名を残す強大な怪物を屠ってきた伝説の疑似的な再現である。

この刃に断てぬモノは無く、だからこそ残る全てを込めた。

が、しかし。それでも。


「・・・そうか」


折れ、砕ける刀身を眼にして思う。


「これが、因果か。私の罪への、報いか」


ああ、この身に相応しい結末ではないか。最期まで約束を違えたままで、何も救う事が出来ないまま、道半ばで果てる。

視界全てに死の匂い香る魔狼の開く咢が迫る。続く衝撃で痛みを感じる間すらなく意識が断たれ、もう開くことは無いのだと男は瞼を閉じた。





それは一瞬の間に観た夢か、或いは走馬灯と呼ばれる記憶の想起であったのかもしれない。

それが何であっても、どんな理由から観るモノであっても男にとって意味は無く、只、最期にその光景を見る事が出来るなら幸いであると、何時か考えた事が有った。


「あら、オルター。そんな所で何をしているの」


その問いに、確か自分は、いいから放っておいてくれと応えた。


「ふふ、貴方は何時も難しそうな顔で、難しそうなことを考えているけれど、貴方が思っているより私は偉くは無いわ。こんな没落した古い家の女に気を使ったって、余り意味は無いと思うの」


師の邸宅のはなれに設けられた、良く日の差す教室で、僕は彼女と出会った。

古くはギリシアの錬金術を祖とする名家の生まれ。自分とは何もかも異なる遥かな高みの、貴族である別格の筈の。それなのにどこにでもいるような年相応の少女の様に、自分に笑いかける彼女。


「だから仲良くしましょう?私、貴方のその眉間に皺の入ったむつかしい顔以外の表情も見てみたいわ」


その声に、どう応えたかなんて、もう覚えてはいない。

けれど、その日差しの暖かさを。彼女の笑顔を、ずっと覚えている。

それがどんなに幸せで、その先に続く暗い道の中であっても決して色褪せることの無い日々であった事か。

それだけを、僕は今でも覚えている。





眩しさに、二度と開かれる事の無い筈の瞼を開く。


「・・・ここは」


鈍い痛みこそあるが何処も欠けていない体を確認するに、どうやらまだ死んではいないらしい。登りつつある朝日の眩しさに眼を細めて、辺りは変わらずあの戦いの場であると分かった。

それから時間の経過以外に先程と違うモノに一つ気付く。それは音だ。

鈍い音が断続的に響く。何かを潰し、引きずり、こする様な音と共に、強い鮮血の匂いを感じて眼を向けて、その正体を捉えた。

それは昨夜対峙した犬頭だった。だがその姿は意味不明であり、その行為が理解出来ない。


「あぁ~クソ、痛いし臭いし吐きそうだ。最悪な、気分だぜ」


ぐしゃり、ぞるる、という音は。その頭を地に打ち付け、擦り潰す行為であった。

何度も何度も荒いアスファルトへ頭部を打ち付け、こすりつけ、削ぎ落す。意思を持っての自傷行為。一体何時からそれを行っていたのか。


「ああ、起きたのか。もう少し待ってくれ、今は少し見栄えが悪い」


血に混じった唾を飛ばし、在るかどうかも分からない、殆ど眼窩だけとなった眼を向けられ呆気に取られる此方を気にもせずに彼は何度かその行為を繰り返し、その頭から完全に異形の部分が削り取られる。

そうして分かったのだが、その骨格は異形化した者とは異なり、人のそれだ。僅かに残る肉片はまだ瑞々しく、何故その状態で生きているのか不思議ですらある。

すると間もなく白い蒸気がその頭部から噴き出し、形を整える。暫くすると現れたのは昨夜対峙した際に見たモノと同じ犬頭であった。


「ああ、調子戻ってきた。待たせたな、オルターさん、だっけか」

「貴様、それはどういう事だ、その様は何だ」

「まあ落ち着けよ、状況から何となく事情は察しているんだが、アンタの口から聞いておかないとな」


混乱する此方を気にもせず、やけに落ち着いている犬頭。だから一番理解できない事を尋ねる事にした。


「何故、私を殺さなかった」


意識の断絶は敗北を意味している。寝首を掻くのは容易い事で、未だに自分が生きている事が今、一番理解できない。


「それはアンタが言葉ではどうこう言ってたけど、アリスの敵じゃ無かったからさ。アンタ、戦ってる間もずっと何か別の事を案じていただろ。そいつに気が付くのが遅くなったのは俺も悪いがアンタにも責任が有るんだぜ?強情というか、一途というか。損な性格みたいだなアンタ」


言いながら、犬頭はぐしゃりと手の内にある黒い虫を潰す。それは協会より、自分の監視のために潜まされていた使い魔だった。


「貴様、何故それを」

「あ、話の途中で悪い。客が来た。あの野郎、やっと満足したみたいだ」


犬頭の視線の先に、何故今まで気が付かなかったのか。登り始めたばかりの日を覆い、巨大な影を認める。

朝日を背に飛翔する姿。黒い二対の巨大な翼を広げた鋼の大鷲はその威容に相応しい風圧で戦いの場であった広場に降り立つ。

間もなく大口を開ける様に下方の格納部分が下がり、内部から武装した複数の兵士が整然と現れ、並び立つ様に路を作る。

その兵士は自分でも資料でしか見たことの無い試験段階の装備を纏いながら、魔術の知識を持つ者が見ればすぐに分かる程に複数の魔術的な強化と、数人は強力な伝承兵装を備えている。


「次元潜航艦フレスベルグにバルドル特務エインヘリヤルか。仰々しい事だな相変わらず」

「友人に会うために精一杯のお洒落をするのはおかしくないだろう?久しぶりだねベオ。いやぁ遅くなってすまなかったね。これでも随分急いできたのだけれど」


その後にゆっくりと。黄金の髪に、黄金の瞳。賞賛する言葉は異なれど、誰もが溜息を吐く様な美男子。覆われた朝日の代わりとばかりに現れた輝く一人の男。

一見では身なりの良い只の優男。しかしその姿は潜入前に眼を通した資料にあった、絶対に接触を避けるべき最重要人物。


「バルドルグループ会長、ベル・バルドルだと」


この九界における最高権力者、バルドルの名を持つ男が其処に居た。

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