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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか
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代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか⑧

ベオを追う長い車列の遥か後方でその異変は起こった。


「何だアァ!?」


空気が裂かれて響き渡る高音。一筋の光が流れた後、連続する爆発、怒声に悲鳴。連鎖しながら安っぽい鋼の群れの大半を火焔が飲み込み、その数を多く減らす。

その惨状の最中でも、動ける者たちはしぶとくそれぞれにまだ燃える廃車から這い出て、更なる追跡を試みて、もっと恐ろしいモノを視る事になる。


「違法改造車両所持運転、集団での暴走行為。自衛以外での火器の使用、無許可の重兵器所持、及び市街地に対する破壊行為。加えて再三行われた警備局からの指導不服従」


空気に伝わるバーニアの熱。アスファルトを震わせる重い足踏み。機械的な関節の駆動音はその正体を知らぬ者に未知の恐怖を与え、知る者には破滅の宣告と同義であった。


「異論は却下、異議は不許可。これよりの抵抗は上級執行官権限において即座に処刑対象とする。告げる。武器と車両を放棄し、直ちに投降せよ」


燃える赤に映る影、背には一対の翼を模した可変翼。その手には、中世騎士の馬上槍と見紛う長大な電磁誘導砲。

それは、蒼の女神にして死神。正確には警備局、いやバルドル最大戦力の一人。


「い、戦乙女、ブリュンヒルデ!警備局が最終兵器を持ち出しやがったァ!?」


機動甲冑、銘を蒼のブリュンヒルデ。科学的なアプローチで一騎当千を文字通りに実現すべく造られた九体の鋼の一つであり、このニヴルヘイムの法の守護者である。


「一斉検挙開始。抵抗する不穏分子は各自判断での対処を許可、実行せよ」


戦乙女の裁きは苛烈にして冷徹。最早戦意を失い地に伏すばかりの犯罪者を、従えた捜査官に指示し、捕縛していく。

そして本来であればその裁きの対象はこの騒ぎの張本人とも言えるベオも含まれているはずなのだが。


「はあ、流石に後で始末書かな。ベオさん、これで貸し一つですからね」


実のところ、当初戦乙女の配置場所はニヴルヘイムの中核であるファーストであった。しかし彼女は結局こうやって理由を付けて飛び出して、一度だけではあるが馴染の探偵の手助けをした。

それについては色々と、本当に複雑な思考過程があったのだが。

結局は惚れた弱みという単純な理由で。鷹野アヤナは子供とはいえ他の女の為に命を賭けているベオの手助けをした訳なのだから、自分も結構損な役回りだと自覚して、またため息をついていた。





「最ッ高だぜ鷹野チャン!」


バックミラー越しに見える姿が頼もしい。半年前に俺も彼女とは追いかけっこをしたばかりだから、這いつくばっている連中の気持ちは理解できる。


「申し訳ないが此処は任せた!残りはサード側まで引っ張っていくからな!」


俺の声に応える代わりに戦乙女の頭部バイザーに光が走る。


キヲツケテ、ホンメイノスガタナイ。


車内のモニターに割り込まれた言葉に、依然として予断ならない状況である事を再確認し、それでもこれ以上彼女に頼ってその立場を悪くすることもできない。被害の状況も考えて、よりサード側へとろくでなし共を引き付ける為に走る。

随分と数を減らした車列の構成も、その分気合が入った連中であると言ってもいい。

特に治安の悪い地域に入ると待ってましたとばかりに物陰や建物の上からも攻撃が加わって来て油断は出来ない。


「しかし、鷹野チャンも言っていたが、例のメイガスの姿が見えないな」


追いかけてくる者達はどいつもこいつも見覚えがあるか、覚える価値の無いクズばかり。話にあったメイガスがその中に居れば今ほど容易に逃走劇を続けられていただろうか。

考えながらハンドルを切って打ち込まれるグレネードを避ける。追跡を躱すために入り込んだ雑多な違法建築の列は迷路の様で、気が付けば後を追う車もまばらになってきた。


「・・・しまった」


それでようやく、鷹野の忠告の答えに気が付き、自分の失態を自覚した。

何故、俺は車を足にしているのにこんな見通しの悪い場所へ逃げ込んだ?そして何故、昨日は人でごった返していた周囲に普通の人間の気配が無い?

思い違いをしていた。どうして今の今までうまく逃げきれているだなんて勘違いしていたんだ。

思い出すのは以前、何かドキュメント番組を所長と一緒に見ていた時に、その流れで話した会話の内容だ。


そうだね。狩りという技術は、手順として遥か太古の時代。人間が狩猟生活を行っていた時代に確立され、近代でもあまり変わっていないんだ。

狩人は初めに目当ての獲物が生息している地域を特定し、其処へ猟犬をけしかける。猟犬に追いかけられてねぐらから出てきた獲物を特定したら、暫く吠え立て追わせて疲れさせ、容易に仕留められるように追い詰めてから狩人はようやく動き出す。

使う道具こそ進歩しているけどこの行程に殆ど変化は無い。単純に見えるけど、それだけ効果的って事なんだろうね。


「ああ、そうだ。実際お前は優秀だよ、犬頭」


クソ、俺の馬鹿野郎。


「勿論貴様が陽動である事は分かっていたさ。しかし目標のどちらも発見できぬこの状況では貴様を追うより術もなく、金で雇った輩は想定以上に馬鹿揃いで最低限の追い立てすら満足でない。加えてあの忌々しい機械仕掛けの戦乙女から離れるこのタイミングまで、私も手を出せなかった。こう図ったのはお前なのだろう?」


順調に逃げていたつもりが、気が付けば完全に相手の術中。いや、たとえ油断をしていなくとも、こういった手合いは自分の好機を無理矢理に捻じ込んでくる。そんな簡単な事を、失念していただなんて・・・!


「ってこっちが何キロ出して走ってると思ってるんだ!平気な顔で並走してるんじゃあねぇ!」


時速100㎞以上で走る車体の真横を並走する、鷹野の端末に映っていた男。オルターは面白くもなさそうに手を捻る動作で、俺がハティの銃口を向けるより速くキャスパリーグの車体を不可視の力で空高く舞い上げて、無責任に重力に任せたのだ。





逆さまに落下して嫌な衝撃の後。ひしゃげたドアを蹴りだして、砕けたフロントガラスにまみれつつ這いながら車外へと出る。

顔を上げて眼に入ったのはきっちりと後ろへまとめられた暗い金髪に、額から右頬にかけて深く走る古傷の跡。高級スーツの痩せた長身、実際に見るとより深く、病的にすら感じる目元の隈に、猛禽類を思わせる鋭い眼光の男。

今夜の大騒ぎの張本人。協会の追手であるオルターはその様子を気だるげに、何故か手を出すことも無く眺めていた。


「随分と余裕じゃねぇか。割と今が俺を殺すチャンスだったぞ」

「貴様は馬鹿か?先程の話を聞いていれば、私が貴様をこれから尋問にかけるという意図だと理解できると思ったのだが」

「なんだァ?俺が痛めつければペラペラ情報を話すとでも思ってんのか。そいつは正直傷つくぜ」


言いながら装備を確認する。スコルは拡張ブレードを装着済み。ハティのマガジンはコートに仕込んだ五本のみか。残念ながら、裏返ったキャスから残りの弾薬を取り出す暇はない。

俺の言葉にオルターは態度を崩さない。まるで鋼の壁とでも良いのか、冷たい匂いだけが鼻に届く。

彼は僅かに険を緩め、少し考えるように近くに横たわるドラム缶に腰かけた。


「ふむ。では少し口が回るように、今の状況を説明してやろう。貴様の情報は協会本部にも共有する予定だ。勿論、排除対象として。これから先、貴様が心安らぐ時間は一秒として存在しない。どんな時でも我らメイガスの目がその背を見つめ、隙あればその首を狙う。私がそう指示すれば、だがな」

「で、それがどうしたってんだ。俺に覚悟が無いとでも?やっぱその蛇みたいな目は節穴みたいだな」

「無論、貴様のような考えのない手合いは馬鹿の一つ覚えで虚勢を張るだろうな。そこでもう少し、その小さなくだらない意地を絆す話をしてやろう」


やれやれといった様子で、オルターはソフィアとアリスについて語りだす。その内容は、ある意味では予想できた、アリスが話す事を躊躇った彼女とその母の人生の欠けた断片だった。


「ソフィア・オーガスタ。彼女が粛清対象となった理由は、単にその研究内容が危険だからではない。その様子では見たのだろう、彼女の造るモノを」

「あの悪趣味なら、別に大した事じゃない。見た目こそ悪いがお前らの手品の延長だろ」

「そう、その程度。であれば目こぼしも有るが、問題は中身だ。彼女の行きついた答え、その娘の再現には完璧な肉体の創造と記憶の転写だけでは届かなかった。肉体には、その発生と共に、その個を個として記す、言わば魂が生じ、その停止と共に魂は消滅する。つまりいくら完璧な肉体の複製を行ったところで、其処に宿る魂は異なる。それを七号までの製造過程で理解した彼女は、同時にそれを主な研究対象にした。肉体と魂の再現、双方をだ」


その過程。魂の研究の過程で、ソフィアは類似するサンプルとして数十人のアリスを製造し、その死を観察し、その消滅の経過、魂の差異を観測する。


「その惨状は私が見た内でも中々に凄惨だったぞ。失った娘を求めて、失った娘と同じ顔をした娘を生きたまま解剖し、廃棄するを繰り返して積んだ屍。半ば腐り腐臭を放つ地獄の中で、また別の娘を殺し腑分けする。母親というモノは恐ろしいものだな。それこそが禁忌、魂の創造と複製にまで至る、最大の業である」


オルターが踏み入れたソフィアの工房。其処には追手を察知した為かソフィアの姿は既に無く、その研究の過程で生み出された残骸と、その中に埋もれて干からび、細い息をするアリスが独り残されていたという。


「母が母なら、模造品とはいえ娘も娘だ。あの娘は初めこそ大人しくしていたが、自分がソフィアの製造物として、その技術を解析するために分解されると察知するとさっさと逃げ出してこの九界にまで落ち延びた。幼い形でどの様な手管を使ったか。もしや、お前もそうやってたぶらかされたクチか?」


挑発に乗る気は無いが、何だこれは?

その感覚に一瞬頭が冷えた。焦りと苛立ちのない交ぜとなった、俺以外の何か別の感情が、この場に生じている。


「分かっただろう、というより理解している筈だ。今のお前の状況は、全てあの狂った母娘が引き起こした惨状だ」


そこで、何故か目の前の男に違和感を覚える。

この匂いは何だ?巧妙に、この男が隠そうとしている感情。

それは、静かな諦観と、誰かに向けた怒りだった。


「だが、私も鬼では無い。お前をこの泥沼から救ってやることもできるのだ。どうだ?母親の方は後でいい。娘の所在だけでも、お前の様な三下の安全と引き換えでは釣りがくる。その余剰分、幾らか金銭を恵んでやってもいいぞ」


一瞬感じたそれも、またすぐに掻き消える。目の前には先程と変わらぬ鋼の男。しかし疑問は残る。この男は、単純に協会から派遣された殺し屋というだけなのか。それとも、他に何か真意が有るというのか。

しかしそれは後回し。今はこの問いに応えなければ相手はしびれを切らしてしまう。


「そこまで話しといて逃がしてくれるなんて思わないさ。それにな、そこまで聞いちまったら。俺はますます止まる事は出来ない」

「それもまた、予想できた事だ。必要は無いと思うのだがね、何事も万全に計らうのが私の主義だ」


捕捉された時点で何か合図でもしていたのだろうか。ぞろぞろと出てくるのはオルターが集めた兵隊たち。

見た顔も多い。その殆どは、確かこの間何かのついでに壊滅させた武闘派ヤクザの残党だ。


「逃げられぬように痛めつけてやれ。ああ、殺さない程度にな」

「上等ォ!捕まえてみやがれってんだ!」


長話の間に体力回復は十分。そして馬鹿正直にこんな化物との戦闘で疲弊することも無い。

新たな疑問は在るが残り3時間。さあ、追いかけっこの始まりだ。




全力で走り、飛び、また走る。

スラム街に等しいセカンド外れの街並みは、どれも老朽化が進み、その上での違法建築のせいで高低差がめちゃくちゃだ。車での逃走は困難だが、徒歩での今はそいつに随分と助けられている。

先程とやる事は同じだ。攻撃と逃走を繰り返し、少しずつ追手の数を減らす。


「死ねやぁ!犬頭ァ!」

「手前がくたばりやがれ!」


ビルの壁面に取り付いている所を後ろから掴みかかるチンピラに蹴りを入れる。数メートル落下し、頭から下に溜まっている不法投棄の産廃に突っ込んだそいつはしぶとくまだ生きている様だが、半ば埋まりこみ再起不能。誰も助けないのが笑える。

しかし幾度かの交戦の中でハティは残弾をほぼ打ち尽くし、スコルも拡張ブレードが破損。

こいつは困った。雑魚をいくら減らしたところで意味は無い。今夜最大の難敵であるメイガスは姿こそ見えないがその視線を感じる。今でも確実に補足されているだろう。


「こっちが疲弊しきった所で楽々成果だけ得ようってか。見た目通り性格悪いな!」


応える声は無い。先程思い出した所長との話の如く。依然視線だけがこの背中を追う。


「いい加減諦めろや探偵!」

「うるせぇ!お前らが諦めろ!」


掴みかかるほぼ全身機械化の巨漢の脇を潜り、弾の節約の為に背中に蹴りを入れる。しかし昨夜人肉ショップで蹴りつけた相手とは違い、こいつはマシな技術者が施行したらしい。

巨木を蹴りつけたような感覚に此方の足だけが痺れ、蹴られた本人は平気な顔だ。


「・・・何笑ってるんだゴラァ!」


その調子に乗ったにやけ面に腹が立ったので大木の様な太い胴を掴み、そのまま背面投げを掛ける。自重に耐えられなかったのか、巨漢は今度こそそのメタリックな頭部を胴体に半ばめり込ませて動かなくなった。


「ああ、クソ。確かにこいつは効果的だな」


弾薬の消耗に武器の破損もあるが流石に肉体の疲労は隠せない。気が付けば緊張状態で稼働しっぱなしの体はこれまでの戦闘で限界寸前。休息を要求し続け、更にはオルターに車ごと打ち上げられた際の受傷、全身打撲に捻挫。擦過傷はあちこちで、実は肋骨にヒビが入っている。

情けないぜ俺。カッコつけて約束したんだろう?意地でも負けねぇって啖呵切ったんだろう?


「なら、愚痴言ってる場合じゃあねぇよなぁ!」


燃料タンクが空っぽだってんなら、残ったガスに火を付けろ。

折れた車軸には気合の接ぎ木だ。パンクしてもホイールで動ける。ただ走れ。前に向かって!

そんな風に傷を増やして、体力をすり減らしながら襲撃を捌き逃走を繰り返し、頭一つ高いビルを登ったのが運の尽き。


「此処だ。やっと隙を見せたな犬頭」


流石に一流。狩人は、獲物の油断を見逃してはくれない。

隣の屋根へと飛ぼうとした瞬間にそう聞こえたと思えば横から殴りつけるような風圧で無様に撃ち落されて、ようやくこれまでの説明が終わり今に至る、という訳だ。

あー、話が長くなり過ぎた。此処までは言ってみれば前座。

けれど一つだけ良い訳をさせてほしい。今からのこれは、俺にとっても不本意な醜態であると、それだけは理解してくれ。


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