代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか③
それからようやく一人でやって来たメモの場所。ユグドラシルを中心にファースト、セカンド、サードと区分けされた、セカンドとサードの境近く。
其処には雑多に増築を重ねた赤紫のネオン看板輝く商業ビル。また一方では廃材で補強された年季の入った家屋。かと思えば最新の空間投影モニタで彩られたつい最近建てたであろう鉄筋コンクリートもちらほら存在している。
つまり此処はスラムどころかカオスと言ってもいい。縦にも横にも入り組んだ構造群は、メインストリートを逸れて路地裏に入れば慣れている者でも油断すると迷う迷路の様な造りになっている。勿論その殆どは当局に無申請の違法建築。そんな一帯で取り扱う商品もサービスも違法でないものを探す方が難しく、だというのに裏で鼻薬でも嗅がされているのか、現場主義の熱心な捜査官こそ時折見かけるが、余程の事が無ければ大掛かりな取り締まりは行われない無法地帯だ。
そして日が落ちた時間帯という事あるがこの辺りではうろつく人相はかなり悪く、特異な者達が目立つ。
例えば隣を歩く体が半分ほどメタリックに輝く厳ついオヤジ。
バルドルが提供した人体の機械化技術は今となってはこうして社会の底辺層にまで蔓延っているようだ。
元々は大異変直後の混乱期に四肢の欠損や重要臓器の損傷などに対する代替医療技術として提供されたそれも、十年経てば普遍的な技術となり格安でサービスを提供するモグリの技術者が増える。
その独自の発展度は歪なもので、単純な身体強化から使用者の意識を仮想ネット上へバイパスする脳インプラント、更には躰に武器を仕込み戦闘に特化したサイボーグなど種類は幅広い。この間やりあったチンピラは股間から榴弾を撃って来やがった。
それから今すれ違った性別不明の虫頭は特に汚染度の高い者だろう。
魔素汚染。本来であればメイガスが手品の種に使うあれだが、この九界においては話が違ってくる。
古く遡れば物語に出てくる妖怪や怪物。それが魔素汚染による動植物や人体への影響から生じた結果であったと一般に明らかになったのはこの九界が出来上がってから暫く後の事だ。
外と比べて九界、特に下層では外界と比べて濃度が桁違いで、その感受性に個人差はあるが汚染度によってはああして外見に変化が現われ、特異な能力を獲得する者も少なくない。
あ、俺の犬頭は違うぜ?聞いた話にはなるがこれは別件。と、いう事らしい。
人間の可能性だなんて言ってる学者もいるが、バルドルはそういった面白人間達をお気に召さないらしく、治安維持の名目でこうして外へ外へと押し出された奴らがたむろしているのがこの辺りだ。勿論話の通じる者もいるが、外からやってきたお子様を連れてくるには情操教育上良くはない。
「っと、この店か」
考えながら歩いているとメモの場所である、とある店舗に辿り着いた。
生憎看板は無いようだが、周囲の雰囲気からかけ離れた普通過ぎる外見は逆に、見るからにまともな店構えではない。と言うより。
「・・・こいつは、臭ぇな」
巧妙に隠されているが此処までの臭さは久しぶりだ。それは汚物や腐臭の様な嫌悪感を覚えるそれではなく、血や内臓を思わせる、忌避感を伴う匂い。
出来れば仲良くしたく無い人種から放たれる匂いの漂う店内に入るのを一瞬躊躇するが、だがまあ、仕方ない。これも仕事だ。
そう割り切って足を踏み入れる。見れば思ったより店内は狭く、棚に並ぶ品も一般的な薬品やサプリなど不審なものでは無い。だからこそ異常。これらは全部見せかけで、隠すべき本当の商品が有るという証左である。
油断せず、それでも一般の客を装い店内を進み、奥に座る店主であろう人物に声を掛けた。
「すまないが、商品を見せてもらえるか?」
俺のその問いに、でっぷりと肥えたカエル面の店主は不思議そうに首を傾げて答える。
「商品って、そこいらに並んでるのがうちの商品ですよ。ああ、何か取り寄せですか?」
白々しい。言葉を発するたびに呼気に混じる悪臭は隠せるものでは無い。やはり、アリスを連れてこなくてよかった。
「冗談言っちゃあいけねぇぜ、おっさん。有るんだろ?裏か、それとも、ああ。地下かな」
問いに店主のにやけ面は変わらない。けれど、そこから滲み出る焦りの匂いは隠せない。
「お客さん、あれかい?同じ趣味の方かな」
何かに思い至ったように急に明るくなった店主は見当違いも良い所だが、此処は合わせた方が良いだろう。
「ああ、そうさ。俺の面見たら分かるだろ?新鮮なのが欲しいんだ」
「困るなぁ、本当なら、紹介が無いと駄目なんだよ?」
と言いつつもいそいそと店の入り口を閉めた店主が改めて手招きする先は、カウンター裏の扉で、開くと其処には小さな非常灯に照らされた地下への階段が続いていた。
「こっちはしっかり金払ってるのに最近は清水興行や警備局の取り締まりが厳しくて、商品の仕
入れも難しくてね。アンタもその口で此処までやって来たんだろう?」
ああくそ、匂いが段々と酷くなっていく。会話もしたくないがこれも仕事だ。適当な相槌は仕方がない。出来るだけ馬鹿そうに答えてやるか。
「だよなぁ、アイツらにはこの高尚な趣向ってのが分からないんだ」
「そうそう、資源の再利用ってやつさ。別に悪い事してるわけじゃないのにねぇ」
そうやって階段を下りた先、地下室の扉を開いた先には、予想通りにクソッタレな商品が陳列されていた。
「この辺は新鮮だよぉ、こないだの抗争で死んだ馬鹿の腕。肉付きも良いし旨そうだろう」
聞いてもいないお勧め商品紹介に相槌を打ちながら馬鹿を装う愛想笑いも限界に近い。屠殺場と見紛う、反面匂いと鮮度に配慮してか、丁寧にパッケージされて吊るされた肉、肉、肉。
フロア一帯は冷蔵庫の様に温度が低く、奥には何台もの巨大な冷凍庫が壁に沿って並んでいる。
商品は肉。が、その種類はどう見ても豚や牛ではなく、不揃いな人間のパーツ。つまり、此処は人肉専門店といったところか。聞いた話だが所謂好事家御用達のこういった店はある程度の需要が有るらしく、警備局が幾度取り締まっても雨後の筍の様に絶えないと聞いている。
こんな所に顔を出していたというアリスの探し人、というのも途端に胡散臭くなっていくが、それでも仕事は仕事だ。どうにかこの饒舌な店主から彼女の情報を聞きださなければ。
「そういえば此処を紹介してくれたのが俺の友達なんだが、最近連絡が取れないんだ。こっちに顔を出したりしていないかい?」
「友達?」
「ああ、ここらへんじゃ珍しい金髪の美人さ。見覚えがないか?」
示した写真を見て、ああ、と心当たりのある様子の店主。
「覚えがあるけど、ほら、こういった店だから、個人情報は慎重に取り扱っててさ」
「そう言わずに頼むぜ。警備局に引っ張られたんじゃないかと心配してるんだ、あ?」
会話の途中で不意に感じ取った、嫌悪感を思わせる匂い以外の何かに、すぐさまにそう、結論に至る。
おい、この野郎。
此方の思わず見せてしまった表情の変化に、店主はその意図を察したらしい。
「ああ、気が付いたかい」
更に醜く歪むカエル面を、殴りつけたい衝動を必死に抑える。
更に奥、店主の後ろの事務所の様な扉の向こうに。俺は僅かに怯えた呼吸の震えを感じていた。
「へぇ、この店は、生きてるのも、商品にしてるのか」
「白々しいなあ。アンタも、それ目当てにここに来たんだろう?」
瞬間、どかどかと上の階から響く複数の足音はそのままの勢いで地下へなだれ込む。現れたのはどいつもこいつも凶器を備え、何人かは見るからに戦闘用に機械化している男達。
「お前、知ってるぞ。犬頭の探偵、ベオだろ」
くっそ、この匂いで鼻がやられて囲まれていた事に気が付かなかった。情けない話だがまんまと嵌められてしまったらしい。
「肉の親が捜索を依頼したのか?随分早く嗅ぎつけやがって!だが最近やり過ぎたようだな、お前。その首に賞金がかかってる事を知らなかったか」
「ああ、クソ。名前が売れるのも考えようだなオイ」
最近と言われても心当たりが多すぎる。こういった手合いにモテても仕方ないのだが。
男達は皆ぎらつく凶器を抜き放ち、店主も銃を構えて一色即発。本当に、アリスを連れてこなくて良かった。
「へへ、安心しろよ。首はともかく体はしっかり有効活用してやるから」
「ああ、そういうのいいから。おいオッサン。お前には聞くことが色々ある。だから下手に動くなよ?」
一の二の三、合計七人。まあ、問題無いだろう。
「ああ?何を言って」
「いくら気を付けていても、間違いってのは起こるもんだからな」
重く衝突する轟音が響き、薄暗い肉の林を飛ぶ別の肉。
不意打ちのつもりか手にしたマチェットを振り上げた動きに応じて、俺が蹴り抜いたそいつの生身の上半身は機械の下半身と泣き別れ。どうやら技術者がヘボだったらしい。その場に残った下の方は暫く接合部から火花を散らして所在なさげに立ち尽くして、それからぱたりと倒れ伏した。
残りは六人。いや、店主には聞く事が有る。
面倒だが出来るだけ手加減して呆ける顔面に拳を押し込み、馬鹿みたいに驚いたままの表情のカエル面は前歯をまき散らして昏倒した。残り五人。
で、だ。
「何時まで突っ立ってるんだよ、お前ら」
突如目の前で巻き起こった暴力の嵐に逃げ出さなかったのは度胸があるのか、いや、あんぐりと口を開きっぱなしの間抜け面から状況を理解できずにその選択肢すら浮ばないってか。間抜けが金に目がくらむのは仕方ないとしても、襲う相手がどの程度危険かくらい調べて来いよ、全く。
「死にたい奴は掛かってこい。それが嫌なら逃げるのは許さんから降伏しろ。二つに一つだ。けどな」
目の前に釣り下がっていた腕を一つ掴み、銃に手をかけた男に投げつける。
過たずに真っ直ぐの軌跡で、パッケージを貫通して突き出た骨の槍はその右肩を貫いた。引き抜けば向こう側が覗けそうな大穴をこさえた男は呻きながら昏倒し、戦闘不能となる。残り四人。
「俺は今、滅茶苦茶に機嫌が悪い。相手するのは、ちょっとお勧めできないぜ」
悲鳴が途切れて静かになる。
それからこつこつと足音が此方に近づいてくる。ああ、ついに私の番か。
思えばここ数日は人生でも最悪な出来事の連続だった。些細な事で母と喧嘩して、柄にもなく家出なんかしてしまって。
セカンドのちょっと危なそうな店の客引きに引っかかって、出された飲み物を飲んで、眠くなって起きたら、この暗がりの中。
何時間か置きに外からは何かを叩きつけ、切断する鈍い音が聞こえる。その後には何時も、嗅いだことの無い、けれど吐き気を抑えられない匂いが漂ってくる。
それから、あのカエルみたいな顔の男が此方を伺いに来るのだ。そいつは聞きたくもないのに汚染度の低い人間の味がいいのだとか、特に若い女は絶品なのだとか。
だから私はとっておきの御馳走で、勿体ないから仲間がそろったら美味しく食べてしまうのだとか。そう嬉しそうに語っていたのが昨晩。
神様、ごめんなさい。私が馬鹿でした。
もし、こんな地獄から助けてくれるなら、もう一度チャンスをくれるのなら。
扉が開いているのか、細い光が自分の押し込められている暗闇に差してくる。終わりの時は近い。
もう我儘なんて言いません。偶には上の階層に旅行に行きたいだとか、そろそろお父さんに会ってみたいとか。
光が広がっていく。逆光で、あの顔はまだ見えない。
こんなのあんまりだ。だって、だってまだ私。
怖くて目を強く閉じる。あの顔を見たくない。あの声を聞きたくない。
だって、まだ恋だってしたことないのに!
「ああ、クソ。ひでぇことしやがる」
その声は、初めて聴いた声だったけれど。とても優しい声でした。
「遅くなって悪かったな。怖かったろ?ほら、これで手錠は外れた。立てるか?お嬢さん」
大きな手で支えられ、手を引かれて立ち上がろうとしてよろめいた。ずっと座りっぱなしで足が痺れ、加えてさっきまでの恐怖で腰が抜けてしまっている。
「おっと、急には無理だよな。ちょっと嫌だろうが、少しの間我慢してくれ」
まって、私、その、二日はお風呂に入っていないし、その、色々汚れています。
「はは、気にするなよ。こんな所に居る方が体に悪いぜ。ほら、まだ目を閉じてな。その辺散らかってるからさ」
言葉に従い目を閉じたままでいると、途端に走り出す自分の胸の鼓動。
抱えられ、触れる部分から分かる逞しい体つきと伝わる相手の温かな体温。しっかりと、それでも此方を気遣った、慎重でゆっくりとした運び方。
吸い込んだ匂いで少しくらくらした。男の人の汗のにおいがする。けれど何故か癖になるような、理由も無く安心する匂いに混乱してしまう。
暗く冷たい空調の音に混じる数人の男のうめき声なんて気にならないまま、どうやら階段を上がって、空気が変わるのに気が付いて、今まで自分が地下に居た事を理解する。
「ほら、もう眼を開けていいぞ。ああけど、びっくりしないでくれな」
その声に、薄く眼を開ける。夜なのにずっと暗闇に居たせいで、ネオンの眩しさに一瞬眼がくらんで景色が滲み、そしてようやく彼の姿が瞳に映る。
「驚いたか?けど安心してくれ。俺はどちらかと言えば、肉より野菜の方が好きだから」
はにかんで笑う大きな口。逆三角形の黒い鼻と、細く長い目に鈍い灰色の毛むくじゃらの頭。
どうしてだろう。どちらかと言えば、まだあのカエル面の男の方が普通に人間の顔つきだっていうのに。
彼の顔はどちらかと言えばご近所で飼われている犬のベスに近いっていうのに。
ああ、神様。恋に落ちるとは言うけれど、ちょっと高低差ありすぎじゃありませんか?
「悪いな鷹野チャン!色々後始末頼んじまってさ」
「全く、こんな夜中に連絡してきたと思ったら、大暴れの後始末だなんて」
ふふ、呆れる姿も可愛いぜ。
流石に此処まで散らかしたその場をほったらかしにも出来ず、バルドル警備局でも数少ない馴染の捜査官でもある鷹野アヤナに連絡したのが20時過ぎで、人肉ショップは今、警備局の車両と人員でごった返している。
危うく商品に成るところだった少女を警備局に引き渡し、何人もの捜査官が店舗を引っくり返して顧客や仕入れ先を洗っているのを横目にあのカエル面の店主に幾つかの尋問を行い、警備局の撤収が始まった頃には知りたい事は全て聞き終えていた。
「違法営業店の通報と誘拐された女の子を助けてくれたのはお手柄ですけど、警備局だって貴方の事を良く思っていない人は多いんですからね?気を付けてください」
「ちなみに鷹野チャンはどっちなのかな?」
「真面目に心配しているのに茶化す人は嫌いです」
軽く口をとがらせる仕草で怒ってみせる鷹野。ふふ、とてもキュートだ。
しかし彼女には一度殺されかけている。あまりからかうのは止めておこう。
「で、ベオさん。今回はあの娘の誘拐の調査で此処に?それとも別件ですか?」
「残念ながら別件でね。それも中々面倒な事になりそうなんだなぁ」
今夜の成果は想定外の事実と新たな謎であった。一人では判断しかねる程で、一度事務所に戻って所長と検討せねばならないと思わせるくらいに。
「でさ、鷹野チャンにお願い!有るんだけど、どうかな?」
拝みながら可愛らしくウインク。振ってみせる尻尾が有れば様になるんだが。
「調子が良いんですからもう。それで、どういった事を?」
「これから数日間外界からニヴルヘイムにやって来る人間で、メイガスが居たら教えてほしいんだ。ラタトスクの監視網に引っかかったらでいい。頼めるかい?」
「メイガスって、今回はそういう話なんですか?出来なくはないですけど、ベオさんまたおかしな事に巻き込まれているんじゃ」
更に呆れた顔の鷹野。まあ俺も考えすぎだとは思うさ。一応、店主を尋問中に頭を過った最悪の想定が現実になってしまった場合の話だ。杞憂で終わる方が良い。が、備えは必要だ。
「勿論お礼はしっかりするからさ。ほら、何時だかみたいに今追いかけてる賞金首とかひっ捕まえてくるぜ」
「そこで食事とかデートとかって言ってくれない所がベオさんの悪い所ですよね。まあ、ベオさんには借りも多いですから。そのくらいは協力しましょう。ですけど」
けど何さ、と、聞こうとして。
「お仕事だって分かっています。貴方がそういった性分の人だって事も理解しています。けれど、駄目ですよ、ベオさん。自分の事、大切にしないと」
じっと俺を見つめる栗色の瞳。動きやすくまとめられたサイドテールから彼女の甘い匂いが香る。
ああ、やはり優しいなこの娘は。なんだかんだと彼女は無茶で無謀な俺を何時も心配してくれている。それは扱いやすい協力者とか使い捨てにしやすい鉄砲玉を飼いならす為のよくある態度だと分かっていても、美人に心配されると嬉しくなるのは男としては仕方ないよな。
「安心してくれ鷹野チャン。俺は、俺はさ。意味もなく死ぬような馬鹿な事はしないさ。それにさ、ほら。君との約束、忘れてないぜ?」
だから鷹野が納得できるように、それでも自分の本音を伝える。
せっかく頑丈な体と、便利に使えるこの鼻だ。意味もなく使い捨てにはしない。そうだろ?
「・・・本当に、そういう所が心配なんです」
何故か少し悲しそうに、それでも一応は納得してくれた様子の彼女に後を頼んで事務所への帰途に就く。
これで取り敢えずの保険は出来た。鷹野は優秀だ。予想が当たってしまって最悪のケースになる前に、いくらかの用意くらいはできるだろう。




