表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか
27/27

戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑫

結局、単純な話である。もう二度と会えないと覚悟した大切な人を、もう一度目の当たりにして、嬉しくない筈は無いのだ。


「悪い、鷹野チャン!ちょっと先に片付ける事が有るから後でな!」


だというのにそう言って、投下弾の自爆に巻き込まれなかった飛行タイプを手持ちの火器で撃ち落した彼は、突然の登場と退場に驚いたままの私を放置して、さっさと何処かに行ってしまった。


「なんで、どうやって、どうして」


疑問は山積するばかり。耳元のインカムから響く、状況確認の為に怒鳴り散らかす姉の声もまともに聞こえてはいない。

なんで、どうやって、どうして。

なんで?これは少し考えれば簡単。ベオさんは誰かの言葉で止まる人ではない。

今までもそうだったし、今も、そしてこれからもきっとそうだ。どれだけ合理的でも、正しくても。納得できないという理由だけで簡単に走り出してしまう。

どうやって?この疑問の答えもよく考えると簡単な事だ。前提として地下最下層のシェルターの開閉は、一度完全にロックしてしまえば総督たるトウコの生体認証が無ければ絶対に開くことは無い。

であれば、会長の仕業だ。あの男が、自らの庭に自分の思い通りにならない事を許すはずが無い。

恐らくシステムに初めからバックドアを仕掛けていて、難なく開錠を果たしたのだろう。本当に余計な事しかしないな。

突然現れて、その猛威を振るう間もなく退場した飛行タイプと周囲のレギオンを迎撃した方法について今は確認する術が無い。ただ開発者の加賀見ナノハがシェルターに居たのだから、その存在と、何らかの対処法について用意したという理由で納得できる。そんなものがあるなら先に言え。


さて、それでは最後の疑問。こればかりは本人に聞きださなければならない。

その言葉で応えてくれないと、とても納得出来そうにはない。

だから最低限に彼が引き起こして、無責任に去っていったその場の混乱をどうにか収め、後の処理を姉さんに頼んで、後を追ったその先に在った光景で、敵指揮官と予想される個体とにこやかに笑顔で握手なんかしていたのだからもう我慢が出来なくて。第一声が殆ど八つ当たりになってしまうのも無理はないでしょう?

だから問う。どうして。


「どうしてわたしの忠告を聞いてくれなかったのです!あたまがおかしいんじゃないですか!今の状況を分かっているんですか!?」


本当は、そんな事はどうでもいい。


「どうして、そうやって、人の事ばかり気にかけて、誰かのことばっかりで!今だっで、そのせいで傷だらけになって!ほんとうに、ばかじゃないですか!」


これは単純に嫉妬だ。助けてくれたことは嬉しいが、私の事を後回しにして、男とは言え知らない誰かと親しくしているのは癪に障る。


「今の事も偶々上手く行ったから良かったものを!どうして、貴方は。わたしより弱いくせに、わたしより脆いくせに!」


ここまで言いたくなかったが、勢いはもう止められない。だけどこれは紛れも無く心の片隅にへばりついて離れないでいた本音。それは彼より優れているという誇示でなく、むしろ最も見て欲しくない、おそろしい怪物という醜い自分の正体だった。

誰も彼も分かっていた。自分が人間の振りをした恐ろしい怪物だなんて、自分が一番分理解していた。


「だから全部わたしに任せておけばいいじゃないですか!他の皆みたいに、あぶないことは押し付けておけばいいじゃないですか!どうして、どうしてそんな簡単な事が、貴方には分からないんですか!」


だから、わたしは独りでも大丈夫なのに。それが、当たり前なのだと思い込むことが出来ていたのに。

ああ、もう駄目だ。彼の顔を見ていられない。

こんな事を言ってしまって、醜態をさらしてしまって。失望させただろうか、呆れられただろうか?

どうにか今まで取り繕っていた、頼れる捜査官としての自分でも、強い戦乙女としての自分でもなく。

子供みたいに駄々をこねる、只の鷹野アヤナの事を。


「どうして、どうして」


ああ、この質問が一番怖い。答えを聞くのが恐ろしくて仕方ない。

けれど、それでも。それだけは、理由を知らないまま終わりにしたくないから。


「どうして、もう名前で呼んでくれないんですか?」


言ってしまった。どうしようもない。見苦しい、救いようがない。

散々喚き散らして、けなし倒して、言いたいことを言って。最後に、本当に尋ねたかった事がそんなモノだ。

こんな事を言われた彼の表情を確認するのが怖くて、滲む視界には自分の足元しか見えていない。


「ああ、それなんだけどさ」


暫く黙って聞いていた彼が、その問いに答えようと言葉を選んでいる。

ゆっくりと、自分でも良く分かっていないくせに、どうにかそれを伝えようとして。


「一度、確認しないといけないと思って。俺、今回の事で散々君に迷惑かけて、言う事も全然きかなかっただろ?だから、今度こそ本当に失望されちゃったんじゃないかと思ってさ」


は?何を言っているのだこの人は。

自分の反応とは裏腹に、ベオは本気で悩んでいる様子だ。


「それで、そのな。その上で、やっぱり自分勝手にこれだけやらかして、それでも君が許してくれるならまた名前で呼ばせてもらえないかって単純に考えていた。けれど、もう一つ。今の君の言葉を聞いて、君の顔を見て。自分でもずっと、言葉に出来なかった事がやっと理解できたんだ。これを聞いたら、今度こそ君は怒るかもしれない。本当に、俺はどうしようもない奴だって見放されてしまうかもしれないね」


ベオは本当に、やっとそれに気が付いたのだと言う。


「だから、聞いてくれるか?」


口が震えて返事が出来なくて、みっともないけれど。死を覚悟した時でさえ流れる事は無かった、今はどうしたって止められそうもない涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、頷いて見せる。

歪む視界でもベオさんは何時ものように優しい笑顔でいてくれて、それが溜まらなく嬉しかった。





「確かに俺は、君よりもずっと弱い。人より少しは頑丈だけど、撃たれたり、切られたり、刺されたり。殴られたって、当たり所が悪ければ結構簡単に死ぬと思う」


ああ、実際に死んだことはないから予想になるけれど。


「けど、けどさ。そんな事は当たり前なんだ。人間、何時か必ず死ぬ。それだけは、皆同じで、君だって同じさ。違いと言えばそれが何時、どんな事で、どんな風にって事が分かっていないくらいの差でしかないんだ。でもそれが他の人よりずっと強くて、丈夫な君からすれば酷く縁遠いものに感じているんだろう。だからそんな君よりもずっと脆くて弱いくせに、無鉄砲なばかりの俺なんて余計に頼りなく感じてしまうのだろうね。それは分かる。理解しているよ」


だというのに何故、俺は馬鹿みたいに走りだしてしまうのか。

痛みは、そして死は恐れるべきだ。忌避すべきだ。

だから彼女の言うように、手に負えない事は自分よりもっと優秀な誰かに任せておけばいい。彼女の様に、頭も良くて、強靭で、強い誰かに。


「だけどそれじゃ、駄目なんだ。弱くても、頼りなくても。俺が、俺自身で、俺が大切に想う誰かの為に走りたいって。意味もなく、理由も無く願うんだから」


可能性をまるっきり無視して、確実性を放棄する。その理由が、自分がそうしたいからという、余りにも自分本位で頼りない暴論。

生物として矛盾した、人間としても有り得ない。百人が百人、その対象が千人だって、万人だって。例え世界中全ての人に尋ねても、きっと口を揃えて同じ事を言う。その願いに何の意味があるのかと。

実際俺だってそう思っている。けれどこれはもう、殆ど本能の様なモノだから仕方ない。勿論、こんな俺でも何かあったら悲しんでくれる人達がいるのだから、以前はともかく今は簡単に死ぬつもりは全く無い。

そんな風に曖昧で、頼りなくて自信もないけど。

後悔だけは恐ろしくて、だからこそ辿るかもしれない結末に、納得を得る為に。これだけは、誰に何を言われても曲げる事は出来ないのだから。


「だから、だからさ。こんな弱い俺でも、大して役に立たないのだとしても」


これが俺だ。自分という存在が曖昧で、何処の誰かもわからなくても。

そう在りたいと信じる事の出来る、俺の願い。


「強い君を、弱い俺に護らせてくれないか?役に立たなくても、君の側に居る事を、許してくれないかな?」





ああ、ほんとうに。信じられない。

今更疑う訳では無いが、それでも理解に時間が必要で。ようやく口にした言葉が、答えでは無く疑問になってしまったくらいでした。


「・・・助けてくれるんですか?わたしより弱い貴方が、貴方より強いわたしを」

「ああ、そうだ」


それはきっと、ずっと貴方に言って欲しかった言葉だ。

誰よりも強いから、誰からも助けてはもらえない。そんな事は当たり前だと分かっていたのに。


「護ってくれるんですか?役立たずと自覚したくせに、それでも、こんなわたしの側に居てくれるんですか?」

「邪魔にならなければ、だけどね」


一人で居る事が当たり前で。今は違っても、何時かはまた独りになるのだと。ずっと思っていたのだから。

それが今、そう求めるだけで、簡単に叶う事だったなんて。


「わたしが、望めば?」

「君が、望めばだよ」


ああ、本当に夢みたいだ。

欲しかった言葉は。望んでいた事は、こんなに簡単だったのに。強いくせに怖がりな自分ではとても口に出来なくて、偽ったままで誤魔化そうとして、痛い目をみた。


けれど、怖くて自分から手放したその手を、もう一度差し伸べてくれるなら。


「貴方が、そう望んでくれるなら」


だから、もう一度。今度こそ、本当の私で。


「わたしを助けてください。そばにいて、護ってください」


そして、もう一度。今度はずっと、もう二度と、変わってしまうことが無いように様に。


「・・・わたしの名前を、呼んでください」


やっと言葉に出来た、本当の願い。

私の答えに彼は何時ものように目を細めて、大きな口で微笑んで。


「アヤナ、行こうぜ。面倒な事は一緒に全部片づけて、今度こそバカンスの続きとしよう!」


私の名前を今度こそ、そう呼んでくれたのだ。





「むき出しの地面に座って、その上重たい頭を抱えて。足は痛くないですか?貴女だってまだ本調子ではないでしょうに」

「人の事気にしてる場合か?そんなになっても変な所で間が抜けているのは変わらないな」


さて、ベオに言われたからでは無いが、過労の為か気絶していたボクは息も絶え絶えで、すっかり筋力の落ちた枯れ木のような足で必死に走り、ようやく見つける事の出来たジョーに膝枕をしながら、自分の泣き言に対する答え合わせを行っている。


「・・・なあジョー、随分ボロボロじゃないか。そんな様子で大丈夫か?今から、やっと自分の願いを叶えられるっていうのに」

「そうですね。右腕が無いままなのは恰好が付かないし、間に合わせでもいいから何か都合して貰えませんか」


そうだな。この首を折るのに片手でも足りるだろうが、それでは彼の失ったモノに対する帳尻が合わない。


「良いのを造ってやるさ。今度は誰かに勝手をされない様な、自分の意思で自分のやりたいことを出来る腕をさ」

「はい。これからきっと忙しくなるでしょうから、丈夫なのをお願いしますね。今度はベオに殴られても壊れない、逆にカウンターを合わせられるくらいのを」

「はは、忙しいって、バルドルにスカウトでもされたのか?まああのベル・バルドルの事だ。使える人材には幾らでも金を積んでくれるだろうさ。それこそ、人生を買い直せるくらいの」


ボクの言葉に、ジョーは一瞬驚いた顔をして、それはやれやれと言った呆れの顔に代わる。

この顔には覚えが有った。それは研究に夢中で、一週間程風呂に入らなかった所を遠回しに非難された時の事だ。

確か。ナノハ、控えめに言って今の貴女は濡れた犬のような匂いです。いえ、これでは実家の愛犬の方がフローラルだ。なんて変な言葉のチョイスだったっけ。


「全く、君は頭の出来が他の人より優れている分、先に結論を出してしまう癖がある。これまではともかく、今回ばかりはそれを聞いてあげる訳にはいきませんからね」


ベオと同じ事を言うジョーにカチンときた。そんな風に周りから見えていたのかボクは。


「お前こそ何を言っている。お前の望みは、お前をそんな体にしたボクに復讐をして、失った時間を取り戻す事だろうが」

「それが決めつけと言うのです。君が俺の望みを叶えてくれるというのなら、先ずすべき事は尋ねる事です。ジョー、お前の望みはどんなモノなのだと」


彼の言葉の意味が理解出来ない。自分の結論は正しい筈で、全ての者が、同じ目に遭えば同じ望みに至る筈なのに。

何時ものように正しい答えが浮かばない。ベオの言うように、やはり馬鹿な自分には理解出来ないのだ。


「お前の望みは何だ、ジョー?」


他人に答えを求めるのは何時ぶりだろう。少なくとも、思いついた限りでは記憶にない。そのくらい、他人を頼る事も、求める事も無かったのだと今更ながら気が付いた。


「勿論、契約の継続です。ナノハ」


思い上がりと言えば良いのか、自分は頭の良い女ですら無かったらしい。ジョーの望みは、本当に予想外で理解不能で。


「これからきっと忙しくなりますよ。今回の事で様々なモノが破壊され、沢山の人が傷つきました。失ってしまった命もある。またHarbingerが優れた別の側面を発揮した事でそれを欲する者も組織も数多に現れるでしょう。その結果、多くの敵意と悪意が貴女を傷つけようとする。そんな状況でボディーガードも無しに居るなんて有り得ないでしょう?」


答えを聞いた後も言葉が出ない。こういった場面での正しい反応の方程式なんて教えてもらった事が無いのだから。


「勿論、貴女が許してくれるならですが。心配している理由は分かります。分かっています。だけど、偶にはそんな結末も良いじゃないですか。フランケンシュタインの怪物が、自分を生み出した博士と和解するって結末も、けっこう気が利いていると思うんです」


その何時だったか読んだことのある物語は、遠い記憶の片隅に残っていた。

恐ろしい継ぎ接ぎの化物、フランケンシュタインの怪物は、醜い我が身を呪った末に自らを生み出した博士を憎み、それでも和解の為に一つの条件を出した。

けれど結局、怪物を恐れて信じる事の出来なかった博士は、その怪物が求める条件を叶える事が出来ないまま交渉は決裂した。

結末として博士は全てを失った末にその命までも落とし、その為に永遠に怪物の願いは叶わない。そんな悲劇の物語だ。


つい先程自覚したのだが、自分は頭が良くても馬鹿な女だ。だからそんなジョーの言葉に勘違いをしてしまいそうになる。


「お前、ちゃんと意味を分かっているのか?」


直接的な事を聞ける筈は無い。そんな気の利かない、間の抜けた遠回りな事しか言えなかったのだから、本当に馬鹿だ。


「はい。後は貴女次第ですよ、博士」


だから今度こそ、ジョーは何時もの彼の、その真っ直ぐな眼で、今度こそボクに回答を求める。

こんな事になって、お互いに酷く傷ついて。失ってばかりの時間だったけれど。

互いが互いに望んでいた事は、きっと変わっていない。そんな事に今更気が付いたのなら、まだ不確かで、頼りなくてもどうすれば良いか分かっている。

ボクは馬鹿だけど、天才だからな。


「・・・降参だ、ジョー。了解だ、承諾する。その提案は、ボクにとっても魅力的すぎる」


酷く顔が熱い。まともに彼の顔を見ることが出来ない。


「契約の内容については、これから話をしていこう。幸い、ボクたちを縛るものはもう存在しない。時間は幾らでもあるんだから」


きっと長い契約期間になるだろうから、お互いに納得するまで話をしよう。

その間に内容も大きく変わるし、何度も更新する事になる。だけど何時までも終わらない、そんな契約に。


「ええ、ナノハ。それが何よりも、俺がずっと望んでいた事なのですから」


ボクたちのお話は、フランケンシュタインの怪物という物語の悲劇的なシナリオとは異なり、継ぎ接ぎの怪物はずっと求めていたモノ、その伴侶を手に入れた。それが博士自身だったという結末で、物語は随分と喜劇的に、滑稽になってしまったかもしれない。

けれど、怪物は勿論、博士自身もそう望んだのだから。

当人同士が幸せなら、見た目はともかくこれも一つのハッピーエンドには違いない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ