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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか
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戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑪

「だから、だから・・・!」


本当にどうしようもない。この女は救いのない馬鹿である。

天才と何とやらは紙一重だと人は言うが、それにしたってどうなのだ。お陰でこんな状況なのに、取り敢えず今、俺の中に在った八つ当たりとも言えなくもない彼女への怒りは胡散霧消してしまった。


「ああ、クソ。本当に馬鹿なのは俺だな」


何時もこうだ。どうしようもないクズはともかく、どうにかなりそうな馬鹿には、一言言ってやらないと気が済まない。その結果、自分がどんなに大変な目に遭うか、分かっているのに。

けれどまあ、そういう時は何時もこう思う事にしている。


「俺が馬鹿を見て、俺がしんどいだけさ。それなら、別に良いよな」

「・・・へ?」


なんと察しが悪く間抜けな返事だ。天才が聞いて呆れるぜ、全く。


「ナノハ、君は結局自分の事しか考えていない大馬鹿だ。自分が悪い、自分が原因で皆不幸にしてしまうと。そして、その果てに一番大事で、大切にしていた男の人生をめちゃくちゃにしてしまって、後は自分に出来る事なんて、その相手に殺される位だなんて結論を出すドン詰まりだ」


何とも間が抜けている。その結論を出す前に最も必要な、その要素が欠けている。


「そんな事はね、有る訳ないんだよ。何よりその彼が、ジョーが君を助けてほしいって言ったんだ。ほら、その理論は初めから、破綻しているだろう?」

「噓を言うな!ボクは彼に、こんなにひどいことをしたんだぞ!そんな奇跡みたいな事が、有る訳無いじゃないか・・・!」

「それだ。君は頭が良いせいでさっきから仮定の事ばっかりで、ほんの僅かな事実しか見ていないのに全ての答えをさっさと出そうとしている。そいつが良い時も有るかも知れないが、今ははっきり言って最悪だ。お話としては綺麗かもしれないが、俺はエンディングがロミオとジュリエットってパターンは大っ嫌いなんだ」


うん、この例えは中々気が利いている。まあ自分とアヤナも同じような状況に陥っている事には目をつぶろう。

俺は今から、そのクソッタレなエンディングをぶち壊しに行くつもりなんだから。


「だからそのついでだ。その途中で、ジョーとの決着を着けてやる。自慢の彼氏がノックアウトされた後に、彼に膝枕でもしてやりながら、君は君の泣き言の答え合わせでもすると良いさ」





ボクシングという競技の特殊性について、何時だか所長と共に年末の特番でやっていたテレビ放送を見ながら話した事が有る。


「これはライト級の試合だっけ。良く知らないんだけどさ、ボクシングの階級って幾つくらいあるんだ?」

「確か男子で十七階級くらい有ったかな。女子だと十八、かなり細かく決められているね」

「多いな!それって他の格闘技でもそれくらい細かいものなのかい?」

「流石に其処までは多くないんじゃないかな。私も詳しいわけじゃないけれど、まあそれだけ体重差が影響するスポーツだからね」

「スポーツ?格闘技じゃなくて?」


古くはローマ。拳闘というルーツを持つ、現在では最も洗練された拳で戦う格闘技の一つ。俺がボクシングに持っていたイメージはそんなモノだった。

そう聞くと所長は個人的な意見だけど、と前置いて答える。


「昔はともかく今のボクシングは細かく分けられた階級だけでなく、決められた広さのリング、決められた時間で決められた回数のラウンド制、決められた服装で決められた部位のみで決まった部位に許された攻撃。これはもう、スポーツと言っていいんじゃないかな。勿論、そのルール内で許されたテクニックの差は有るかも知れないけれど、最終的に勝敗を決めるのはフィジカルの強さだ。スピード、スタミナ、そしてタフネス。総合的に優れた者が最も強いという競技性。こいつはなかなかスポーツマンシップを感じさせないかい?」

「総合的に優れた者が勝つスポーツねぇ。けどさ、ほら。この選手は右ストレートが必殺技で、ついた仇名はミドガルズの大砲って」

「興行試合で多少の脚色は何時もの事さ。突出している部分が多少有ったとしてもその他が劣っているという事にはならないだろう?まあ、騙されたと思って見てみようじゃないか」


結局、その試合では右の大砲は不発。

最終ラウンドまでもつれ込んだ上に、引き分けという泥仕合で終わった。

だがしかし、どちらも最終ラウンドまで倒れない。技の冴えも鋭く、息を呑む場面も多くあった。

華やかな反面、結構泥臭いスポーツ。それが俺の、ボクシングへの第一印象だった。


そして現在。成程と、所長の言葉を思い出している。

蝶のように舞い、蜂のように刺す。

フットワークで翻弄し、隙を誘い的確なブローで相手のスタミナを奪い、ガードが下がった顎を鋭いストレートが打ち抜く。

ジョーが現役の頃は、大柄な体格に似合わない、そんなお手本のようなアウトボクサーであったのだろうが。


「ははは、ミスター。テンカウントは必要ですかな?」

「調子に乗ってんじゃねぇぞ・・・!見てやがれ、次に膝を付くのはてめぇだ!」


カウントは6でキャンセル。綺麗に打ち抜かれた顎は痺れたまま、顔面から熱い接吻を地面と交わした際に口腔内に侵入した砂を吐き捨て、かぶりを振りながらガードを上げて前を視る。

徒手での決着は最早意地でしかない。こんな事に時間を浪費している場合では無いが、悲しい事に俺は男の子。

そう。偉そうにナノハに啖呵を切った以上、面子ってモノが在るんだ。





楽しい。こんなに楽しいのは久しぶりだ。

意識の覚醒により自分の経験と知識を発揮できる為か。それとも半分機械に置き換わっていても、この体が刻まれた技を覚えているのか。

まるで現役時代ように足は動く。ジャブは鋭く、ストレートは狙い過たずベオの顎(?)を捉えた。


「はは、本当に。こんな事をしている場合じゃないんだけどな」


彼にも分かっている筈なのだが、馬鹿正直に立ち上がり、ファイティングポーズを取る姿を目にすると笑みを抑えられない。

それにしても彼の適応力には舌を巻く。初めは効果的であった牽制のジャブも今では簡単にいなされるようになり、狙いすましたストレートも空を切る回数が増えた。

自分の不調も有るが、優勢から均衡、そして劣勢へと傾きつつある戦況から、あと数合打ち合えば勝敗は決する。それが分かる。

この逸材を知り合いのプロモーターに紹介したいくらいだ。期待の新人が犬頭のマスクマンだなんて、客受けが良さそうでカッコいい。


「ああ、けれど。少し、悔しいな」


それは先程まで感じていた感情とは違う。純粋に、対等な相手と競い合う事で生じる清々しさを伴うモノ。久しく感じる事は無かった、引退試合でもあったプロテストのラストラウンドでさえ。

明らかに自分に劣る相手を殴れない。自分はどうしてもハングリーさに、勝利に対する貪欲さに欠けていると自覚し、だからプロへの道を諦めたのだ。

けれど今の勝負は。彼との戦いで、そんな卑屈な感情は微塵も存在しない。

勝てない事は分かっている。勝つ必要が無い事も。だから、単純に互いの力と力を競い合える今が楽しい。


「けれど、俺は勝つぞ!」


そんな矛盾の中で、決め技の左を放った。そちらの腕は皮肉にも生身の腕で、だからこそ自分の意思で真っ直ぐに。

そのすぐ後に勝負は決した。実際、勝敗を左右した理由はジョーがあくまでもボクシングに徹した事にあり、最後にベオがボクシングを放棄した事に在る。





「ここ、だぁ!」


弾丸の様な左。こいつがジョーの決め技だという事はナノハに聞いていた。

こいつを待っていた。この瞬間、技の性質上ジョーは上体を捻り、下半身を固定する。

知らなければノックアウトしていただろうが、分かっていたからギリギリ避けられた。すれ違うように引手の右へ飛び込んで、一瞬視線が交錯する。


「かなり痛いが、我慢しろよな」


タスラムを起動。残弾は左に一発のみ、今度は確実に目標に当てる。

静止による固定は時間が無いので省略、自身の肉体への負荷は無視。魔弾の狙いは、相手右肩関節、その接合部。


「一発は、一発だ!」


これも事前に確認していた事だ。ジョーの改造部分。その何処に、スリュム本体からの指令を受ける器官が在るのか。

ナノハの回答は右上肢。その全てが機械部品で、生命維持にも関与していない。皮肉な事ではあるが作った本人のお墨付きだ。


「ign!」


今度こそ躊躇いも無く打ち抜いた。

紅い爆発は簡単に接合部を切り離し、その余波で粉々に右腕は砕け散る。


「腕を殴るってのは、反則になるのか?まあ、いいか。真面目なボクシングじゃないし」


今度は俺の勝ちだ。疑いようは無く、失ったモノも無い。

これなら今のがスポーツかどうかは別にして、スポーツマンシップはあったよな。


「ええ、ベオ。君の勝ちだ」


支配から開放されたジョーが残りの、彼自身の左手を差し出す。

これは戦いを続ける意味では無い。彼の隷属の終わりを意味する合図だと分かったから、俺も迷いなくその手を取った。


「リベンジマッチのリベンジマッチは、当分後にしてくれ。とにかく終わりよければ良しってやつさ」

「・・・いいわけないでしょう!」


彼女の言葉は正しい。ジョーの事は解決したが、スリュム・レギオンは健在。何も解決はしていない。


「いったい、どういうつもりなんですか!」


何より最優先に解決しなければならないくせに、後回しにした大切な人。

その何時もは知的で冷静な彼女が、見た事ないくらい顔を真っ赤にしながらやって来て、その光景に安心したせいか堪えられなくて少し笑ってしまったのを、俺は必死に誤魔化していた。


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