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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか
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戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑧

「予定より二分の遅れです。第一班はそのまま前進、二班は援護を」


その遅れの原因であった、今は残骸のタイプTを踏み台にして、現場を指揮する上級執行官が指示を出している。その言い様は只事実だけを述べ、客観的に見ても彼女の足手まといであり、スケジュールを乱した部下に対する叱責の意は含まれていない。


「文字通りに化物だな、全く」


誰かの呟きは、程度の差こそあれ概ねその場の者達の総意であった。

自分達の班が一体のタイプTに対処する間に、彼女は単独で三体のタイプT、タイプSに至っては確認できる範囲だけで二十体を破壊している。

それも、戦乙女の力の象徴とも言える機動甲冑を纏わず、基本的には殆ど自分達と変わらない装備でこの戦果の差だ。これはもう、前提からして隔絶している、根本的に余りにもかけ離れた性能差としか言えない。

その様な相手に化物、という評価も嘲笑や侮蔑の意である筈が無い。例えば目の前に竜や巨人が現われたとして、それを化物と畏怖する。これは極自然で人間的な反応である。


「時間がありませんので私が先行します。撃ち漏らしの処理は一班と、二班。三班は確保した民間人の誘導に一度ホテルまで帰投を」


逡巡する間も、手を止める事も無く、タイプTを片手で引っくり返しながら随伴するタイプSを二体ほど下敷きにして、言い残した後にはもう姿が見えない。そう、一般の兵にとって戦乙女という存在に抱くものは、畏怖という感想が最も的確だ。

この場において、最も強い畏怖すべき化物。それはスリュム・レギオンの奇襲というインパクトを経てもなお、その群れの未だ底知れない彼我の兵力差を踏まえてもなお、決して揺らぐ事は無い。

勿論、戦乙女という存在はバルドル内部でも最高の戦力として知られており、自分達の長である鷹野トウコも同じ優れた戦乙女である。

しかし、部下からの彼女の評価は個人としての強さというより、指導者としてのカリスマ、指揮官としての統率力という側面が強い。

実は、彼女はある理由からその戦乙女としての性能が大きく低下し、栄転とは名ばかりの、実質の左遷扱いで此処ニザヴェリルの総督として赴任した事情がある。

だから実際にその事実を知らぬニザヴェリルの守備隊は、誰も彼も本当の意味での戦乙女という存在を知らなかったのだ。

そして、それを今目の当たりにして、他のバルドルの兵と同じく彼女の実力を知った。その正当な評価が化物という称賛。何もかも正しい。そして誰も皆、きっと他の誰もが同じように考えた、一つの結論に至る。


「とてもついて行けない。自分達はサポートに徹しよう」


これもまた正しい判断だ。効率的である。強い者は独りで、弱い者は群れて。

当の戦乙女ですら、その判断を正しいと感じている。

ただ、この半年間に少しだけ。その当たり前が当たり前でない時間があった。

けれどそれは間違いで、やはり自分は独りなのだとアヤナは自覚した。そう思えばもう何も疑問に思う事は無いし、彼を突き放した後から暫く残っていた胸の痛みも、次第に薄れて何も感じなくなっていたのだ。





スリュム・レギオンという兵器の構想はナノハの中に元々あったモノらしい。


「初めはあんな戦闘用のオートマトンでは無かったのだけどね。極地開発用と言えば分かりやすいか。例えば北極や海底、果ては宇宙空間まで。其処へ人が向かう前に、其処へ向かう路を整え、其処に暮らす街を造る。それこそが本来のコンセプトだった。本来の名も、Harbingerと名付けられる筈だったのさ」


先駆者、先発者。先に進み、後に続く者を迎えるモノ。そう願いを込めて造られる筈だった、彼女の発明。そしてそれが、あの機械の群れの正体であったという。


「先ず、その本体となる核が開拓予定の場所へと何らかの形で輸送、設置されるとその地へと定着する。そして周囲の環境、埋蔵資源等を測定の後、全て現地調達した資源を利用する作業用オートマトンを作成していく」

「話で聞く限り素晴らしい機械だが、そんな事は可能なのか?部品一取っても特殊な工作機械で作る必要が在ったり、物によっては希少資源を必要とする事だって多いだろ」

「それを解決するのが技術者の腕ってやつだ。自慢じゃないが、ボクは在る物で何でも出来る天才なのさ。それにどれだけの労力が必要だとしてもね」


代替に次ぐ代替。最先端を用意できないのであれば、過去に遡ってでも。簡略化された手順を増やす事になっても結果を再現する技術。

それがこのHarbingerの本質なのだとか。


「勿論、使用可能な先端技術はガンガン使う。だけど足りないモノは簡素化、効率を無視しても必要であれば造る。簡単に例えるなら他に方法が無ければ耕運機を動かすために原子炉を造る労力を厭わないってコトかな」

「スケールがとんでもないな」


勿論、彼女の例えは素人に分かりやすく伝えるための極端なモノなのだろうが、その発想は理解できる。現代であれば小さく纏められた通信端末も元を辿れば単純なコイルだの電池だのの詰め合わせで、それももっと元々は大型でシンプルな構造であった。

通信という技術を実現する術を選ばない、言うなれば遠く過去から蓄積された人類の叡智をフル活用して人類未踏の地に人の生活圏を築く。つまりはそういった技術なのだという。


「まあ、基礎理論は完成していても、コイツは中々実用化に踏み出せなかった。まだ大学の研究室に居た頃の話だけど、何処で聞いたのかコイツを兵器として転用、実現化しないかとオファーが来てね。無視してたら脅迫まがいが誘拐未遂にエスカレートして、個人的に護衛を雇わなければならなくなった程だ」


それもまた、良くある話だ。個人の思想はともかく、最先端の技術というのはどうしても軍事に偏る傾向にある。特に今の現状を鑑みれば、個人の用意したスリュム・レギオンに、巨大な、それこそ国家に匹敵する力を持つバルドルが手玉に取られているわけだから、その考えも間違いではない。そいつを何故か俺が気に入らないというのは別にして。


「そのうち各国の軍だけでなく神秘の側、教皇派や解放戦線まで彼女の身柄を確保すべく躍起になってね。其処に助け舟を出したのがバルドルって訳さ」

「会長と佐山のおっさんには感謝してるさ。取り敢えずの身の安全に、自由な裁量での研究の継続まで許可してくれてラボまで新設してくれたんだから」

「そいつが今回悪用されてるって訳か。で、具体的に敵側にはどれくらいの数が揃ってるんだ?」


最初の襲撃で確認されたスリュム・レギオンの数はおよそ数百。勿論これが全てでは無いだろうが、彼女の作り出した現地の資源を利用してオートマトンを作るシステムで、現在どれくらいの戦力が膨れ上がっているのか。これは確実に戦況を左右する、早急に把握しておかなければならない情報である。

彼女は少しだけ考える様なそぶりを見せ、想定だがという前置きをおいて。


「ボクがあの場所を出る段階で二千。今でも増産されているとして三千」


いくらか予想を上回るとは予想していたが、更に斜め上のその数に唖然とする。


「待て待て待て、アンタが外に出たってのが昨日の昼だとすると、それから一昼夜で、1.5倍だと!?どんな増産体制なんだよ!そもそもその、Harbinger、いや、スリュム・レギオンが稼働し始めたのは何時だ?」

「今から丁度二十四時間前だ」


正確で、躊躇ない答えにくらくらする。これが本当であれば。


「時間が掛かれば掛かるだけ不味い!このニザヴェリルがレギオンだらけになっちまうぞ!」

「その心配は無い。現地の資材を利用するという性質上、どうしても生産量には制限があるんだ。恐らく正午には工場周囲の資源が枯渇する限界点に達する見込みだから、数としては其処で打ち止めだな」


そんな答えに安心できる筈が無い。何故なら、まだその限界点となる敵側の最大兵数を聞いてはいないのだから。

嫌な予感しかしない。正直、聞きたくはない。だが、それを聞かなければどうにもならないだろう。


「で、結局その限界点というのはどれくらいの数なんだい?」


俺の躊躇いなんて気にしても居ない様子で、呑気にベルがナノハに尋ねる。

流石のナノハも少し考慮して。出来るだけ正確に、正しい情報を伝えようとした結果努めて冷静に告げるが。


「量産に最適化したモデルが既に生産ラインに乗ったと考えた上で、総数一万ってところか」

「・・・ああ、クソ。流石に冗談だろ」





「想定一万だと!?その情報は確かなのか。此方の残存戦力は頭数でも百に満たないのだぞ!」


石動からの報告を受けて、流石にそのままを直ぐに信じる事は出来ない。


「そもそも捕虜の尋問は私が行うと、会長の命で?ああ、クソったれめ!」


本音を言えば、その手間を引き受けてくれた上で新たな情報を得た事は幸運だった。

それがどんなに最悪なものであったとしても、現場を指揮する長として受け入れなければならない。それが事実であるのなら尚更である。


「・・・この状況で会長が虚偽の情報を伝えてくる筈はない。であれば対策を、しかし今の戦力では」


フル稼働させている残存ニザヴェリル守備隊の内でも、負傷と疲労から激しい戦闘任務に耐えうる者は少ない。一般職員や負傷している者を銃座に着かせたとしても、この状況ではとてもこの陣地を守り切れるモノでは無い。

非戦闘員の収容はほぼ完了しつつある。偵察中のアヤナからは、周囲で散発的な戦闘は発生しているが、大規模な部隊との接触はまだ無いというが。それはつまり。


「大軍に兵略は必要ない。ただ、数で圧倒し、押しつぶせばいい。という事か」


なら問題はその本命たる大侵攻が何時になるかだ。

順当に考えれば、正午に定期便がステーションに到達し異変を本社へと伝える前に全てを終わらせるつもりならば。

対象を闇夜に紛れて取り逃す事の無い、恐らく明朝、あの虫どもは全力を以って此処ホテルシンドリを攻略し、目標であるバルドル会長の首級を確実に仕留めにかかる。


「展開中の全部隊に通達。ステーション監視班のみを残し、全てを帰投させろ。手空きの者は全て叩き起こせ!使用可能な設備の修理に、点検を急がせろ!避難住民の中に従軍、戦闘訓練でもいい。何かしらの経験の有る者は全て動員し、部隊再編を行う。現時刻は」


ちらりと時計を見ると、デジタルの表記で午前二時を回った所だった。

果たして間に合うか、どうか。

苦虫を嚙みつぶした思いで、眼前の非常放送用ボタンを保護パネルごと叩き割りながら全館放送を起動させる。


「・・・ニザヴェリル総督、鷹野トウコだ。現在より非常事態宣言を発令、バルドル社内規定第九項により、事態収束まで一切の依願退職は認めない」


せめてアヤナと部外者であるベオはどうにかしてやりたかったが、それももう不可能だ。

今の自分ではゲイレルルを完全な形で運用することが出来ない。ならば例えその半身であり乗機たるブリュンヒルデが存在していないとしても、現在では彼女が、此処ニザヴェリル・バルドルでの最大戦力であるのだから。


「総力戦だ。持ち場に着け、死力を尽くせ!」


他の者に命をかけて戦えと強いるのだ。自分の身内だけ見逃してくれなどと、今から死ねと部下に命令しなければならない、現場の責任者であるトウコには言える筈も無かった。





「総力戦だろう!なのに何でこんな所に俺達を押し込めるんだ!ベルと護衛のシズマはいいさ、だが俺は戦える!指揮の邪魔になるって言うんなら、一人で敵のど真ん中に放り出してくれたって良いだろ!」


当然自分は、その戦場で戦う戦力の一人に加えられると考えていた。

最早状況はバルドル云々などとは言っていられない。規律がどうとか言うにしても、単独の遊軍として幾らでも戦える自信はある。


「・・・トウコさん!頼むよ、勝手をした事は謝る。罰なら後で幾らでも受ける!せめてアヤナに話をさせてくれ!彼女なら俺がどれだけ戦えるかは分かってる!」


だというのに。有無を言わさず俺と、ベルと護衛のシズマ。それからナノハはこのシンドリ内部でも最下層に位置するシェルターに押し込められてしまった。

鋼鉄と鉛の多重構造で、厚さ数十㎝の頑強な扉を力の限りに叩く。時刻は五時を回った所で、下手をすればもう戦闘は始まっているかも知れない。


「意味の無い事をするんじゃないよベオ。扉の向こうには誰も居ないし、今大忙しの鷹野くん達は部外者で役立たずの君に構っている暇なんか無いぜ?」

「監視カメラがあるだろ!音も拾っている筈だ!」


諦められる筈が無い。本当なら俺は、俺達は今頃、呑気に豪華なベッドで寝息を立てて今日の楽しい予定を夢に見ていた頃かもしれない。それがこんな事になって、ならせめて。


「せめて俺にも出来る事をさせてくれ!」


頼むよ、頼むから。

最悪な光景が脳裏に浮かび、吐き気がする。そして思い出すのは、ほんの一日前に在った光景。

雨の匂いと共に、少しの緊張と不安の顔をした彼女で。それから予定外の事に少し落ち込んで、けれど何時もの様に格好良くて。それから見せてくれたのは、此方が嬉しくなるくらいの笑顔で。なのに。俺の勝手で傷つけて、話もできないままで。


「まだ君に、伝えたい事があるんだ!」


どんな呼びかけにも、ついに扉は開くことは無く。代わりに聞こえてきたのは、望んだ彼女の声でも無い。


『ベオさん、今更ですが本当にすみません。貴方がどんな人かは、この短い間ではありますが分かりました。全く、アヤナに聞いていた通りに、馬鹿みたいに真っ直ぐな人ですね』

「トウコさん!アヤナは、彼女は何処に?」

『・・・あの子は貴方と話す事を拒みました。貴方を嫌う訳では無く、これ以上貴方に嫌われたくはないからだと。この意味を、どうか分かってあげてください』


だからせめてと、そう付け加えてトウコはアヤナの伝言を再生する。


『・・・えっと、姉さん、録音出来てますよねコレ。えー、ベオさん、ちゃんと反省していますか?ご飯もしっかり食べられていますか?』

「アヤナ!」


例え録音であったとしても、今はどれ程に遠くに在ったとしても。その声は何時もと変わらない、真面目で、やわらかな、彼女のその声だった。


『時間があまりありませんから手短に伝えます。私の勝手に文句を言いたいのは分かりますけれど、少しだけ、私の話を聞いてください』


いくらでも話したいことがあった筈なのに、スピーカーの向こうにすら、今彼女は居ない。

その距離が遠すぎて、俺は何を間違ってしまったのかと、息も出来ないで再生されるアヤナの声を聞いていた。


『貴方と出会ってから、この半年間は本当に楽しかった。

こんな自分でも。ふふ、一人の人間として幸せになっても良いのではないかと、そんな、素敵な夢を見る事が出来ました。本当に、ありがとうございました』

「・・・何で、そんな」


もう、突き放すような響きは無かった。

彼女の言葉は清々しく、だからまるで、別れの言葉みたいに。


『閉じ込めてしまった事は、突き放してしまった事は、本当にごめんなさい。

だけどこれは、私の我儘です。貴方は人が傷つく事は嫌がるくせに、自分が傷つく事を厭わない人ですから。

今回だってきっと、自由にさせてしまえば無理をしてしまう。何時か言いましたよね、もっと自分を大事にしてほしいって』


ほんの一月前にそんな言葉を交わした。俺はそんな簡単な約束も守れなくて、彼女は本当に心配して、本気で俺の為に怒ってくれたのに。


『だから、そんな簡単な約束を守れない人の言う事は聞いてあげません。

安全な場所で、貴方の苦手なベル会長のお守りをするのがベオさんの役目ですからね。しっかり頼みますよ?

まあ、心配しなくても大丈夫。私はベオさんよりもずっと強いんですから、私に任せて大人しく待っていてください』


そんなわけが無い。此処にはあの蒼の女神、ブリュンヒルデは無い。その上で、あの暴力的な数の群れを相手にして。いくら彼女でも無事でいられる筈はないのだ。


『・・・だから、アリスちゃんじゃあないですけれど。私とも、一つ約束してもらえませんか』


そんな風に彼女は。何時ものように、けれどあの朝の様に。少しだけ微笑むように。


『全部終わったら休暇の続きを、今度こそ一緒に過ごしましょう。私、もっともっと、貴方に伝えたいことが有るんですからね?』


ノイズが走り、再生が終わる。

俺は、本当にどうしようもないくらいに馬鹿だ。こんな事を、アヤナに言わせてしまった。


『・・・以上です。どうか、妹の言葉の意味を、汲んであげてください』


がちゃりと通話が切れる。扉を叩く音も止まって、空調の音だけがその場に静かに響いていた。


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