戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑤
「へえ、そいつは面白い冗談だな」
やはりこいつらは正気ではない。嬉しくてついニヴルヘイムから持参して、今は懐に潜ませているそれの位置を確認する。出来るだけ自然に、会話で視線を誘導しながら並列して徐々に臨戦態勢へ。
「冗談、ってのが良く分からない。たった一人をぶっ殺す。そいつはそんなに難しい事か?」
「アンタら、現に昼間は襲撃に失敗してたよな。そもそも、俺を人質になんて考えるのが間違いだ。アイツは俺の事を少しばかり面白い音が出る、いくらでも替えの利く玩具くらいにしか思っていないぜ」
「ふ~ん。まあ、当人と、客観的な視点では見え方が違うってのはよくある事さ。少なくともボクは、自分の直感を信じて、こうして予定通りに懐に潜り込めた。これまでは順調だろう?」
何処まで真剣に受け取って良いものか。まあ実際にはその言葉の通り、拘束されていた筈の彼らは厳重な警備を突破して此処にいる。
「となると、この爆発騒ぎもお前らが原因か」
「当然。情報では現在ニザヴェリルの戦力は六割減、残存部隊もこっちのかく乱にやられて状況把握に四苦八苦してる。少なくとも主力の再編に一時間は掛かるな。何より一番に懸念してたターミナルの占拠も完了した今、チェックメイトは間近。勝ち馬に乗らなきゃ損だぜ?」
自信満々に語るナノハの言が正しいというのなら、いや、それでもバルドル側の優勢が揺らいでいるとは思えない。このシンドリには破壊された基地機能を代替する指揮所が有り、更に駐留部隊に加えて、あの赤の戦女神が未だ健在なのだ。
「その辺りはちょっと過信が過ぎる。バルドルの誇る九体の鋼、戦乙女が恐ろしいのは勿論その単体の武力にもあるが、最も警戒すべきは各階層のバルドル旗下全ての戦力を統合管理する集中システム、ノルン・ネットワークに寄る所が大きい。しかしその根幹たる統括AIウルズに接続するにも、ユグドラシルを経由する超高速通信回線が健在であればこそだ」
「おいおいおいおい」
真偽の程は別にして、この女は多分バルドルの中でもトップシークレットに位置する情報をベラベラと高説下さっている訳だが、俺、こんな事を聞かされて後で暗殺されたりしないだろうか?
「大丈夫さ。今日、この日にベル・バルドルはおっ死ぬ訳だし、続いてバルドル自体もぶっ壊れる。その後に機密がどうとか言う奴はいねーよ」
「自身満々だなオイ」
断続的に窓越しに闇夜を照らす閃光と爆発音は、奇襲の後も継続して戦闘が続いている証拠だろう。それはつまり、此処に居るナノハとジョー以外にも別に行動する戦力が存在するという事だ。狂言の程は兎も角、敵はそれなりの規模という事になる。
「で、どうするんだよ。乗るか反るか、どうするか決まったか?」
「そうだな」
ちらりとエレベーターを振り返ると、到着階のランプは最下層に灯っている。
つまりこれで、俺の方の心配は無くなったという訳だ。
「・・・せっかくのお誘いだけどさ。俺は今、休暇中なんだよ」
「はぁ?」
「なのに朝からトラブルばっかりで、誘ってくれた娘には気を使わせてばっかりさ。だからどうにか今から挽回したいし、最後に、色々あったけど楽しい旅だったねと、彼女にはそう思ってほしいわけだ」
もう、此処で多少派手に暴れたところで、エレベーターを止める心配は無い。
「そういう訳だ。今からアンタらをぶん殴って、捕まえる。それで俺は晴れてバカンスの続きを楽しめるってワケ。悪いが、アンタらのそのバルドル会長暗殺、バルドル崩壊ってシナリオはキャンセルだ。ベルに関しては厄ネタが多すぎて命を狙われるのも自業自得っぽいが、そんな事されたら休暇どころじゃなくなるからな」
ナノハは俺の返答に眼を丸くして、それから何故か楽しそうに笑っている。
「ああ、本当に残念だよベオ。これでまた一つ、世界がつまらなくなる」
「俺も残念だよ、ナノハ。それからジョーだっけ?アンタとも少し話してみたかったんだけどな」
ジョーを見るが、やはり反応は無い。この男には、きっとナノハの言葉しか届かないのだろう。
それでもその風変わりで、半分金属の厳つい男がどんな声で話すのか、どんな人物なのかと知る機会を逸してしまう事を、本当に残念に思う。
「・・・ジョー、もういい。そいつを殺せ」
ナノハの命と同時に、やはりその巨体に似合わぬ速さと、暴風の様な拳。
続いて重い衝突音。生身と生身の衝突である筈なのに、更に重い、金属同士のそれと遜色ない音は、昼間のそれと違い、それがどちらかの優勢であるとは限らず、どちらかの勝利のとも限らない。
「へぇ、ジョーの一撃を止めるか」
お褒め頂いて恐縮だが、その称賛が全て自分の実力という訳では無いという事が少しだけ情けない。
ジョーのその巨大な拳を受け止める、俺の掌には赤い、揺らぐ不可視の力場が形成されている。
「・・・最高だぜ、アリス。君のタスラムは!」
これはつい先日、アリスから手渡された俺の新しい相棒だ。
一見では拳を護るように金属のプレートを取り付けた革のグローブ。その掌に収まるのは、あの巨人を射止めた、魔王の赤い瞳。
これは素材の厳選から様々な魔術の付与など、アリスが母から受け継いだばかりのあらん限りの技術をつぎ込んで作成された一品だが、その過程、仕上げとして彼女は何を思ったのか、その所持する最大の秘宝の一つ、静止の権能を秘めた宝玉バロールを二つに分かつ。それを更に割って加工した欠片を取り付けられた一対のグローブが、このタスラムである。
聞けば欠片一つで城を領地ごとを購入できる程の価値が有るのだと、そう語ったのは彼にしては珍しく、バロールを割って使用したという報告を受けて顔を青くしたオルターである。俺はそれを聞いて吐きそうになったが。
だが、そのタスラムを事も無げに手渡す際の彼女は俺達とは違って、本当に良い笑顔で。
「母さんも言っていただろう、今時の女の子は想い人と支えあうモノなのだと」
そう言われると、良い大人の二人は何も言い返す事が出来なかった訳で。
実際、こうして窮地を救われているのだから返す言葉も無い。全く、支えられてばかりで申し訳ないけれど。
先ずはこの場を凌ぎ、それからこの事件をさっさと片付けて。両手一杯に土産を抱えて、君のお陰でとても助かったのだと伝えようと。
そう考えながら、カウンター気味にジョーの側腹部へと赤い力場を纏う拳を叩き込んだ。
今現在、俺とジョーの間で行われているそれは互いに徒手空拳での殴り合いではあるものの、ラウンドから選手の体重まできっかりとルールの決まっている小綺麗なボクシングで無ければ、闇ブローカーの開催するシナリオ仕立て予定調和のショービジネスでも無い。
例えるなら場末の酒場で行われる酔っぱらいの喧嘩に近い。偶々武器になるような物が身近に無く、良くある出会い頭で殴りつけるビール瓶もバーテンが俺達がおっぱじめたのと同時にさっさと引っ込めてしまい見当たらない。だから仕方なく、拳という最後に残った武器でお互いに、不毛に殴り合っているという格好になる。
「っふ!」
身長差から高所より打ち下ろされる拳打の嵐。一撃必死の一発一発を、躱し、逸らし、受け止める。
本来であればその選択肢の一つ、受け止めるという行為は死を意味する。昼間と異なりその目的は捕縛では無く確殺。ナノハのオーダーに従ってジョーの放つ拳の一撃を頭蓋で受けてしまえば紙風船を子供が叩く様にくしゃりと潰れるだろう。
しかし今は、今ならばその死神の一打を防ぐことが可能だ。あの巨人を静止させたほどの権能は無いが、故に出力と方向性をアリスが調整を加え、それによってタスラム周囲にのみ静止の力場を形成し、その力場で受け止めるという動作限定であるが、その攻撃のベクトルを完全に静止させ、破滅的な破壊力の無効化に成功している。
「おおォ!」
そしてその力場は、守勢において不抜の盾となり、攻勢においては打ち抜く弾丸たり得る。
けれど永続的では無い、長時間の維持も不可能。精々、数十分、つまり、およそ一戦闘時間。
だからこその二番目の策、これは既に効果を発揮しつつある。
明らかに、初めに比べると動きの鈍くなるジョー。これは図体に似合ったスタミナ切れという訳ではない。その原因は、彼の肩肘関節、そして前腕部分に揺らぐ静止の力場が原因で、単純な膂力とは別法則で働く神秘にて彼の暴力は少しづつ弱体化されているのだ。
タスラム第二の効果、それは拳を当てる度に、撃ち込む部位に少しづつその静止の力場を残存させ、蓄積させる事が可能なのである。
これには欠点もある。その力場により、此方の防御と同じ静止の機能が働き同部位への効果的な攻撃は不可能となる訳だ。つまり、殴れば殴るほどに、相手に有効打を加えられる個所は減っていくという事になる。ならば何故、その様な無意味に思える行為をせこせこと行っているかと言えば。
四肢の動作を阻害する、静止の力場で構成する即席の拘束具のパッチワーク。これが俺の目的だった。
そうして、ジョーの攻撃が止まる。あれ程までに凶悪で、たったの一撃で命を刈り取る暴風の拳は、最早一発も放たれる事は無い。
それでもジョーは、その巨体を武器として押しつぶしにかかる。その選択は正解だ。俺程度であれば、その押しつぶしなり踏みつぶしなりで殺害は可能。
けれど、リングも決められていないルール無用の殺し合いで、その上で実質二人掛かりの今の俺には届かない。
ジョーの体勢は押しかかりの動作で前傾姿勢、その上で前進に以降する力の方向性。
それが分かり切っているから、体を逸らす形でその膝裏へと刈るような下段。
初めてぐらつくジョーの巨躯。彼は片膝を付いて、ようやく。
「ようやく、こいつが届く距離になったな」
大きく振りかぶる。事前に教えられたとおりに、対象を破壊すると同時に、自身を破壊しない為の予備動作。
左手で、右肩、そして右肘、右手関節に触れる。ここで重要な点を一つ。絶対に、右肘は曲げたままで。
静止の力場で固定した右腕を、体幹を捻りながら、L字型の上腕に前腕、それから拳で。
形としては右フックに近い。肩肘関節が固定されているために不自然で、酷く不格好な、しかしそれが、作成者アリスの思惑通りの発射形態。
そしてそのインパクトの瞬間。対象の側頭部を捉えようとする拳が、触れる直前に、その魔弾の引き金を引く。
「ign!」
放たれる弾丸の炸薬と弾頭は、静止の権能とは異なり宝玉自体の機能である魔素の蓄積と付与する魔術の術式を記憶する事に在る。
アリスの説明によれば、メイガスでなくても事前に魔術の術式を記憶させ、更にその行使に必要な魔素を蓄積させておけばトリガーとなる符号を唱えるだけでこうしてその再現を可能とする。
弾数は左右に一発づつ。一度使えば再度アリスに充填を頼まなければならない。
しかしこうして、必中の状況で、必殺の一撃を放てるというのなら、予備のもう一発も過剰であるとすら言える。
これこそが一対一という状況下ではあるが、対象を拘束し、確実に戦闘不能にするたった一発の弾丸を放つ。一連の動作を名付けて、魔拳タスラム。
放つ魔術は単純に、しかし許容量一杯まで圧縮された炎の奔流。
結果は、まあ考えれば分かる事だ。横っ面で手榴弾が炸裂して無事な奴が居れば、それはその顔を見てみたい。
「いや、見てみたいとは思ったけどさ」
昼間に見たアヤナの一撃。その威力と比べて、魔拳の一発は遜色どころかやや上回る程度の目算である。それ故に、直撃の前に魔術を放つことで幾らかの力を逸らし、対象を即死でない無力化を図る。それでも爆風の余波だけでも、少なくとも自分なら意識を保ってはいられまい。
「ああ、クソ。今日は俺って、本当にいいとこ無いじゃないか」
その意図通りに死んではいない。それに無傷でも無い。しかしジョーは今度こそ、魔拳を放つために接近したが故に今度はその射程内となってしまった打ち下ろしの頭突きで俺の頭頂部を打ち付け、次に膝を付く羽目になったのは俺の方だった。
魔拳の一撃を受けて、流石にジョーも無傷ではいられなかったらしい。
本来であればあの犬男、いやベオと言ったか。彼の身長はジョーの無様な頭突きで今頃、その身長を数十㎝は縮めていたところだろう。
しかし、ベオ自身の想定外のタフネスに加えてもジョーの戦力は明らかに低下している。
まあ、単独での占拠は初めから考えてはいない。ベオの言う通り、流石にたった二人でこのホテルを攻略して、あのベル・バルドルを討ち取る事は不可能だろう。
「そろそろ時間か」
ジョーの拘束はまだ解かれてはいない。聞くところによると魔術の効果というのは術者が死亡、ないし意識を消失する事でその多くは無効化出来るという話だが、見たところこうして気絶しているベオに対して依然として効力を保っている。
自分は専門家では無いし、魔素の感知もからきしだが、ベオ自身はどう見てもそれ程高等な魔術を行使する術者には見えない。
つまり術式を用意した魔術師は別にいるという事か。想定していたニザヴェリルのバルドル戦力に加えて、本来であれば員数外であるニヴルヘイムの戦乙女。更にこの正体不明の犬男と予定外の事が起こり過ぎている。
計画を修正するべきか?しかしこの機を逃せば次は何時、ベル・バルドルがニザヴェリルを訪れるか分からない。それに今までは隠蔽出来ていたラボの位置を、今回の襲撃で複数使用した地上への侵攻ルートを遡る事から認知されてしまう。実際、その可能性を既に、あの赤の戦乙女には気取られてしまっているだろう。
それに使用できるリソースは全て使い切ってしまっている。つまり、今回の襲撃を成功させなければ、次は無いのだ。
それだけは、それだけは。
「それだけは、絶対に認められない」
この為に、地の底で長い時間を費やしてきたのだ。何より、何よりも。失敗を許してはもらえない。
ああ、クソ。頭が痛い。
「痛い、痛い。イタイ、イタイイタイイタイ!」
吐き気がする、眩暈が強くなる。嗚呼、これも全て、バルドルが悪い。バルドルのせいで、ボク達はこんなにも壊れてしまった。
「なら、責任を取ってもらわないとな」
そうさ。使用者責任ってやつだ。こうなるようにアイツが望んだのだから、その望みのままに、この世界を砕いて見せる。
「・・・く、そが」
驚いた。犬頭、ベオはまだ立ち上がろうとしている。
ジョーは追撃を加えていない。それはまあ、自分が命じていないのが原因な訳なのだが。
「惜しいなベオ。なあ、アンタを気に入ったってのは、本当なんだぜ。今では、出来る事ならアンタ一人くらいならどうにか逃がしてやれないかって考えてるくらいだ」
けれどこれ以上、スケジュールに遅れは許されない。
「ターミナル制圧部隊以外の全ユニット招集。『スリュム・レギオン』、行動開始だ」
眼下に広がる、未だ燃ゆる破壊の炎。制御端末に最後の命を告げると同時にその中に混じって、別の赤が灯る。
増加し続ける赤の単眼。数百、数千のそれが森を抜け、湖を渡り、炎を越えて。バルドルの墓標となるホテルに、破壊の群体が迫る。
「これでお終いさ。アンタも、戦乙女達も、哀れなバルドルも」
最早終わった事だ。この時点で、全ては終わった。後は、粛々と予定が、破壊と殺戮が行われて終わるだけである。
「ああ、これで、本当に終わる。終わるんだよ、ジョー」
全部終わったら。そうすれば約束通りに、お前の願いを叶えてやるよ。
どんな事をしても良い。ボクに、どんなことをしてくれても構わない。だってもう、その先は、ボクには必要ないのだから。
「だけど、もし」
もしも、その後に。ほんの僅かな時間であっても、まだ生きていられていたのなら。
きっと何も考える事無く、本当に久しぶりに安心して眠ることが出来るだろう。




