戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか④
簡易的な検査の結果、肩、肘関節に多少の負荷がみられたがそれも許容内のものという事で。私は予定通りに彼と約束していた夕食を取る為にレストランへと向かおうとしたところを姉さんに呼び止められて、そのまま自室へと連行されていた。
「ち、ちょっと!これは少し、派手といいますか、露出が多すぎなのでは!?」
「甘っちょろい事を言っているんじゃありません。現状、想定外の事とはいえトラブルばかりなのですから、こういった小技でも使って少しでも挽回しなければ。それに、こうして視覚的な所でアピールする事は間違いではないのですよ」
ぐいぐいと彼女のドレッサーの前まで背を押され、いったい何時こんなものを買ったのか。というより何時着ているのかというようなデザインのドレスに袖を通している訳なのだが。
「全く、素材は良いのですから貴女は。もう少し自信を持ちなさい」
そんな事を言われても困る。今着せられたものなどは殆ど下着だ。姉さんは私にどんなアピールをさせるつもりなのか。
「それはもう。魅力的な獲物に思わず飛びついたら、捕食されていたのは自分だった的な?私の時もそれで成功しましたから実証済み、単純でも効果的です。」
「だからお義兄さんが姉さんとの馴れ初めをあまり話してくれないのですね!?」
初めて紹介された時、結婚の決め手を尋ねた私に義理の兄が苦い顔をしていた理由を今さら知ってしまった。
彼は今、第一階層のアースガルズに在る本社に勤めていて、単身赴任中の姉さんとは離れて暮らしている。
「アヤナには話していませんでしたか。あの人も存外に恥ずかしがり屋といいますか、そういった所も可愛らしいのですけどね」
「それで惚気られるのはなんというか・・・」
「おや、私には何も恥じる事は有りません。あの子を授かったのもその時だった訳ですし」
「ちょっと!そんな事聞かされたら次に会う時どういう顔すれば良いか分かりませんよ!」
甥っ子は今年二歳になったばかりだ。義兄さんも含めて、まだ幼い彼も共にニザヴェリルへと引っ越すことを検討したそうだが、様々な問題もあり、医療設備が整っているアースガルズに残す事にしたらしい。
「流石に同じことをやれだなんて事は言いません。まあ状況は常に流動するものですから、そういう事態も想定しておけという先達からのアドバイスという事です」
「当たり前です!そもそも私とベオさんは、まだ、そういう関係では」
無いのですと、情けない言葉が出そうになり。飲み込んだ。
「・・・それでいいのです、アヤナ」
姉さんの手が、私の肩に触れる。
「貴女が何を想っているのか、何に悩み、何を躊躇うのか。私には良くわかる。私も、他の姉妹達も、きっと同じ様に悩み、苦しんできた」
だけど、それでも。
「それでいいのです。過去がどうであっても、そのせいで今も重い荷を背負ったままでも。私達は、貴女は、幸せになっていいのです」
ああ、本当に。姉さんは何時だって私の背を押してくれる。だから私も、きっとそう願っても良いのだと。信じる事が出来るから。
「はい。私、がんばります」
「良い返事ですよ、アヤナ」
そうやって微笑む姉に、私も笑顔で応えた。
「それに、私の所見ですがベオさんも中々の難物の様に思います」
「そうなのですか?」
「ええ、まあ伝え聞いた人物像と、今日初めて出会ってからの印象という事ですから。殆ど第一印象からくる勘のようなものですけどね」
その言葉の意味について少し考える。姉は勘と言うが、彼女の勘という言葉は、様々な経験と知識に裏図けられた分析の結果に近い。
そして私にも、腑に落ちるところが有る。
言葉に出来ない、けれど何か、その輪郭を感じ取れる何かが。
「という訳です。前にも言いましたがドレスは戦闘服、しっかりと見定めましょう。ほら、これなんてどうですか?」
「下着どころか紐じゃないですかこれ!?」
「あはは、珍しいじゃないか。鷹野くんがこんなにおめかししてるなんてさ。ああ、おせっかいは鷹野くんの見立てかい?」
「会長、紛らわしい言い方は止めてもらおうか」
「んん?別に齟齬が有る訳じゃないだろ。それに紛らわしい事は悪い事じゃない。他の娘たちと違って未だに同じ性を名乗っているのは二人の関係が親しいからだって事は分かっているし、呼び名なんて個人の自由さ」
「そもそも何故貴方がこの場に同席している?ベオさんはともかく、目上の者が同席すればアヤナが萎縮してしまうだろうが。空気を読め老害が」
「その言い方は酷いな鷹野くん。僕はあくまでも、こうしてベオや鷹野くん達と友好を深めようとしているだけなのに」
「性根の腐った貴方の事だ。どうせ二人をからかって遊ぶつもりなんだろうが」
「良く分かってるじゃないか。流石鷹野くんの娘だ。草葉の陰で鷹野くんも喜んでいるだろうねぇ」
「わざとやっているだろうが!」
検査を終えたアヤナを伴いトウコさんが合流して、初めはまだ和やかと言える雰囲気だったのだが。
思うにそもそもベルとトウコさんの相性が悪い。面白がるベルに比べて、時間の経過とともに彼女の怒りは蓄積しているのが目に見えて分かる。
「もう満足しただろう!せめて、今からでもお前の代わりに本社で苦心している三上に口頭でも良いから指示を出してやれ。定例会はともかく、連盟との会談はあの娘には荷が重すぎる。向こうはあの総代が出向くのだぞ!」
「ええ~、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。バルクホルンくんは優しいから」
「お前と三上では立場が違うだろう、この馬鹿め!」
そうして、ついに首根っこを掴んでトウコがベルを引きずって行ってしまった。
「なんていうか、大丈夫なのか?一応ベルは、トウコさんの上司に当たる訳だろ。それも雲の上の」
「元々鷹野の家と、会長は懇意だったという事ですが。何分姉さんも会長の事になると何時も嫌そうな顔をするもので・・・」
「はは、その光景は何となく想像出来るな」
会社云々というより、個人的な交友が元々あっての関係性という事だ。まあ、今はそれに感謝しなければいけないな。
「えっと、アヤナ」
「はい?」
二人きりになってようやく、そう言葉に出来る。
「良く似合ってるよ。なんていうかさ、何処かのお姫様かと思ったよ。ベルの手前言えなかったけど、正直ずっとどきどきしてる」
それは、普段の警備局の制服姿でも、今回の旅の途中に彼女が身に着けていた女性らしい私服でもない。
滑らかな青の下地に、白い花の刺繡が入った意匠。露出はそれほどではないものの、だからこそそこから覗く肩の、彼女の肌にやけに目が魅かれる。
こういった女性の服装に疎い自分が言っても良いのだろうか。トウコさんの見立てというが、自分の言葉が酷く陳腐に思える程に、青のイブニングドレスは彼女に似合っていた。
いや、別に服装がどうこうという訳では無い。彼女は何時も可愛らしいし、綺麗だ。
けれど、この環境といえば良いのか。それともこのタイミングだからと言えば良いのか。けれど、心からそう想ったから。
言葉にしなくても、だなんて俺は思わない。言わないでも分かってもらえるだろうだなんて言っている奴は馬鹿だ。
「すごく、綺麗だ」
俺なんかに言われても、大して嬉しくは無いのかもしれない。
だからこれは、俺がそう伝えたいから、言葉にしているという事。ただそれだけの事だ。
「ベオさん」
「うん」
この言葉に関しては、匂いがどうとか無粋な事は必要ない。目の前の彼女の、その表情と言葉を、俺はそのまま信じたいと思う。
「どうしましょう、私。今とても、とっても、嬉しいです」
断言しよう。俺達は間違いなく、その瞬間までは、確実に幸せだった。
それが何故、過去形の言い方になってしまったのか。その理由は、次の瞬間にホテル全体を揺るがす程の衝撃と、強化ガラスを割らんとばかりに叩きつける爆風と。
この、普段なら純粋に風景を楽しめる展望から、望む複数個所から立ち昇る火柱とそれに照らされた黒煙が理由である。
だから、俺は。先程までは笑顔で、今は言葉にし難い表情で完全に硬直したアヤナの隣で、彼女の代わりに、今度こそそう叫ぶ。
「何回目だ!いい加減にしろ!」
「状況報告!被害の範囲と程度は、事故か、襲撃か!」
ホテル地下に備えられた指揮所に入ると同時に檄を飛ばす。勿論会長を伴い、未だレストランに居るであろう二人にも此方へと来るように人を向かわせた。
「爆発は殆ど同時に三ヵ所!現場は敷地内格納庫、警備局基地、そしてユグドラシルターミナルへの幹線道路です!」
「この規模で同時、ならば事故という事は無い。しかし道路だと?ターミナル施設は無事なのか?」
「先行させたドローンからの映像によれば施設自体に損害はないとの事です。しかし此方から続く陸路ルートは完全に潰されました!」
報告に一瞬逡巡し、数少ない情報から現状を想定する。
この手際だ。此処まで深く攻め込まれた事実を鑑みると、ターミナルは既に落ちている。
この九界という階層の構造上、ターミナルを抑えるという事はその階層を孤立化させる最善の一手だと言える。無論、階層を越えるフレスベルグという切り札がバルドルにはあるが、自分の知る限りではそれもただの一機のみが存在するばかりで、何よりもその一機に収容できる戦力を鑑みても精々一個中隊レベル。
であれば先ずはターミナルを占拠、又は完全に破壊して機能を停止させる事が奇襲を成功させる最優先事項である。しかしその難易度は破壊、そして数段に難易度を上げて占拠という事になる。
それはこの九界が完全にバルドルの支配下にあるという当たり前の事実から、数という絶対的な要素を覆す事が出来ない攻める側の事情を想定しているが故の結論だ。だからこそ、外部勢力の侵攻を想定した幾つかのシミュレーションにおいて、過程は違えど敵対勢力にとっての優先攻略対象はターミナルとなるのである。
それも、そもそも対象階層へと兵力と装備を潜入させる困難さからの数で上回ることの困難さと、その貴重な戦力を奇襲というアドバンテージを最大効率で利用するにあったって、初動の動きとしての優先。
格納庫、基地の爆破に加えて、ターミナルへの攻撃が其処へ通じるルートの封鎖。これは、ターミナル施設破壊という手軽さを選ばなかった相手の余裕ととればいいのか。それ程に、相手の戦力は潤沢であるというのか。
「うん、今回の場合はそもそも想定が異なるようだね」
「・・・何です?」
思考を巡らせていればこの場で唯一、状況を分かっているのかいないのか、情報を更新し続けるモニタをニヤニヤと楽しそうに眺める会長が、ふいにそんな事を言いやがった。
「ほら、格納庫と基地への奇襲は派手な割に微妙に人員が配置されている個所を外している。これは車両の破壊を第一、次に負傷者を増やしてこちら側の戦力を削りつつも混乱を引き起こす事が目的だろう。攻撃か警備の施設に集中して民間人を狙わなかった理由は、非常時に切り捨てられる存在はそもそも人質としての意味が無いから。そしてターミナル施設を直接攻撃しなかった理由だけれど」
他人事の様によく言う。けれどその考察は一考に値する。この場の責任者として、個人的な感情を今は無視する事にする。
「これは単に、施設破壊の通知によりこの襲撃の事実を他の階層に知られたくないからだろうね。そして道路を遮断したのは、ユグドラシルを介した高速通信を僕たちに使用させない為。外観では無事みたいだけど、今頃ターミナル施設自体は完全に占拠されてるんじゃないのかな?」
「しかしそれならばターミナルの占拠に相手側も戦力を割かれるし、そうでなくても数と装備の優位は変わらない。態勢を立て直した此方に逆撃されるのが目に見えているのでは?」
そうだ。初動において奇襲、攪乱を成功させたとは言えそれでも絶対的な戦力差は覆せるものでは無い。定期連絡を何時までも騙せるものでは無いし、それに今現在他の階層へこの事態を知られずとも明日にも定期便が到着するのだ。
こんな事は時間稼ぎ以外の何物では無く、ならば目的は一体何なのだと。
まさか。
「鷹野くん、君の考えは正しいと思う」
その考えとは余りにも荒唐無稽であった為、無意識に候補から除外してしまっていた事だ。
何せ実際に、それを行うとして、どうやって準備が出来る?自分だってスケジュールを知ったのが到着の一時間前で、そのせいで午前中の予定の中で最優先にしていた妹の出迎えをキャンセルする羽目になった。
何よりもどうやって実行するというのだ。外界ならともかく、少なくともどの階層であっても、その対象を如何に殺傷せしめるかなどと自分では方法が思い浮かばない。仮に成功させたとしてその後にどうするつもりなのだ?
その行為を手っ取り早い自殺の方法として選ぶのなら話は別なのだが、余りにも現実的では無い。
何より、その末路は九界成立の混乱期の過去に実際あった事例からも、悲惨過ぎて死よりも恐ろしい。自殺が目的なら適当な梁に紐を引っかけて、首をくくる方がお勧めだ。
しかしそれが事実というのならば、信じ難いがこの状況にも説明がつく。だというのに、この男は。
「もし襲撃が本社に伝われば一時間も経たずにフレスベルグがやって来て、増援は無理でも数人を退避させる事くらいは出来る。多分この首謀者の目的は、その数人を、いや一人の対象を確実に確保、ないし殺害したいのだと思うよ」
「・・・それが、その対象が誰だと、分かっていて貴方は」
何故、そんなにも楽しそうに笑っている?
「あはは、此処までやらかして殺したい相手なんて、自慢じゃないけれどこの九界でも僕くらいのものなんじゃないかい?いやぁ、困ったねぇ。暗殺なんて、近頃はそんな気概の在る連中がすっかり居なくなったから、随分と久しぶりだよ」
それもこんなに派手に、と。そう笑うベルの横顔を殴りつける事を、トウコは歴代スコアを更新し続ける本日最大の自制心と努力で、どうにか抑える事に成功していた。
爆発の直後地下にある指揮所へと避難するようにとの指示を受け、直通に設定されたエレベーター内、俺達二人は苦い顔をしていた。
「事故かどうかはともかく、事態の把握の為に急がなくては」
その言葉の後、アヤナは壁を向いて動かない。何かを考えながらぶつぶつ呟いている様だが、何となく内容を聞いてはいけないような気がしている。
すると途中、他の誰かが乗り込んでくるのか、エレベーターが停止して誘導する職員が妙な顔をしているのが見えた。多分、その微かな違和感を感じ取ったからこそ、俺は昼間の様に無様を晒さなくて済んだのだと思う。
扉が僅かに開いた瞬間に、鼻に届いたあの匂い。
殆ど同時に、考えるより先に動き出した体をそのままに、俺は入り口の前で突っ立っているそいつに思いきり蹴りを入れて、閉ボタンを押しながら自分は外へと飛び出す。
「悪いが途中下車だ、先に行ってくれ!」
驚き振り返るつつあるアヤナの顔と、出口側に居た為に俺に引き倒され、壁に後頭部を打ち付けて昏倒する職員を見送りながら扉の閉まる小気味いい音が鳴った。
「さてと」
「あ~ああ、いいとこ無いなジョー。この調子じゃお前の望みがどうとか言ってられねぇぞ」
其処に存在していたのは、やはりといえばいいのか。
不意打ちの蹴りも大して効いていないかといった様子でゆっくりと起き上がる、昼間散々アヤナに痛めつけられた治療中という継ぎ接ぎの男と、側で呆れた様子の、ベルの話では今頃拘束されている筈のあの病的な女であった。
「要するに、この有様はアンタらがやらかしたって事で良いな?」
「分かり切った事偉そうに言ってんじゃ無いよ、犬野郎」
良し、状況は把握した。こいつらは敵だ。
どういう過程があったのか分からないが、ジョーの欠損部分は補完されている。それどころか、右手には初めて見る、重機の一部の様な鉄の腕が取り付けられていた。
それに何らかの機構が秘められているのかもしれないし、単純にそのままで殴られても頭を割られそうだ。
そして、女の方は随分と余裕に見える。それは多分、この場にアヤナが居らず、更に俺の昼間の体たらくからこの状況に危機感を感じてはいないのかもしれない。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はベオ。見たまま、犬頭のナイスガイだ」
その余裕に付け込めないだろうか。そう考えて、自己紹介なんてかましてみる。
油断とはまた違うのかもしれないが、これまでの言動から男の方はともかく、女の方はどうにも享楽的な印象を受けた。この場で自らの優位性を揺るがぬものと思っているのなら、其処を利用したいと考える。うまくいけば何か情報を引き出せるかもしれない。
「ふん。面白いね、お前」
男は女の指示が無いので動かない。女の方と言えば一瞬驚いた顔をして、此方の言葉を命乞いか何かの始まりだと勘違いしたようで。
「ボクは加賀見、加賀見ナノハ。こいつはジョーさ」
あくまでその病んだままの瞳で。それでも何か、思わぬところで変わったものを見つけたと、そんな風な様子で。
「犬野郎。いや、ベオ。その態度はちょっと気に入ったよ。どう?一緒に今から、ベル・バルドルをぶっ殺しに行かないか?」
この九界で。全てを支配するバルドルに正面切って喧嘩を売り、あろうことかそのトップを殺害すると宣言した推定テロリスト、加賀見ナノハは、そうして楽しそうにサムズアップを決めたのだった。




