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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか
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戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか③

その女の第一印象は、とにかく病的の一言に尽きる。

その病んだ方向性は肉体的にか、精神的にかと問われれば、勿論その両方だ。

まず目についた彼女の服装。海外のロックバンドか何かの黒字に真っ赤な文字の踊るTシャツに羽織る白衣。サイズは明らかに大きすぎる。センスは嫌いじゃないが、裾や袖が赤黒く汚れているのは減点だろう。あと女性に言う事じゃないが、匂いも酷い。

更に肉体的な面で見える範囲で言えば、やたらと骨ばって皮膚が張り付くように浮き上がった鎖骨に、白衣の袖から伸びる、枯れ木の様な腕に酷く傷だらけの指。

そして印象的なのは眼だ。影を落とす程に明確な眼窩の淵をなぞる隈は、慢性的な不眠が理由だろうか。そしてその弱弱しさの全てを打ち消す様に、乾いた眼球だけがギラギラと輝いている。


「すまないね。イチャついてるとこお邪魔は承知だけれど、こっちはなりふり構っちゃいられないんだ。何せ、ボク達の狙いはあのベル・バルドル。あいつをぶっ殺す為に、使えるものは何でも使うし、必要なら、誰でもぶっ殺す」


クソ、やっぱりアイツの厄ネタじゃねえか!


「でさ。アンタ、随分とあの男と仲が良さそうだったじゃねぇか。ボクの調べた限り、アイツがあれだけ親しく接する奴はそうはいない。だからアンタは、バルドルを引っ張り出す生餌にピッタリってワケ」

「あー、その。お嬢さん?気合入ってるのは良いんだが、その。アンタにはまず、病院にかかる事をお勧めするぜ。馬鹿だが腕のいい医者を知ってるんだ。良かったら紹介するぞ」

「あはははは。何それ、冗談のつもりか?ウケねぇよ」


親切で言ってみたが真顔でそんな返事をされてもこっちが困る。言動の真偽はともかく内容が内容なのでちらりと見ると背後では既にアヤナが端末を操作していて、ならば自分の役割は時間稼ぎの陽動といったところか。ただ。


「俺は本気で言っている。その、残念だが君が俺をどうこう出来るとは思えないんだが」


口で何を言っていても危害を加えられていない内は敵じゃ無い。だから純粋に親切というか、むしろ心配が先行している。バルドルに正面から喧嘩を売っているのは正気とは思えないし、現状彼女は見たところ何の武装もしておらず、外見で分からない様な魔術師の纏う空気も感じない。何時かの様に俺の鼻が鈍っているなら話は別だが、彼女の希望を叶えるために俺を人質にしたいのならどうにも戦力不足だ。しかし。


「ああ?お前馬鹿かよ。いや、馬鹿だな。どう見たってさ、か弱いボクがお前みたいなデカい犬頭のふざけた野郎をどうこう出来るわけないじゃん」

「いや、分かってるんじゃないか」

「分かってねぇのはお前だよ、クソ犬」


その言葉と殆ど同時に、頭上から影が差す。

それは雲などが日を遮ったせいでは無い事は、その影がすっぽりと俺だけを包むように広がっていく事で理解した。それから風を切る音で、おそらくは上空から何かが迫りつつあるという事。


「ク、ソっ!」


反射的に背後のアヤナを突き飛ばし、そのせいで自分の逃げる時間は無くなった。だからそれから身を守る為に出来る事と言えば両手で頭部を庇う事だった訳で。


「囮に引っかかってんじゃねぇよ低能。ジョー、痛めつけてやりな!」


先ず庇う腕ごと頭部を揺らす拳の一撃。奥歯が軋み、それから加えてもう一撃。巨大なハンマーに殴りつけられた様な重量と衝撃に耐えきれずに膝が大地に打ち付けられて、続けて何時だかのように、俺は無様に押しつぶされる羽目になった。


「が、ッは・・・!」

「あはははははは!偉そうな事言うわりにさ、今医者が必要なのはてめぇみたいだなぁ!?」


俺の腕を背後にまとめて吊り上げたのは、眼前の女とは対照的に太く、巨木のような腕。そしてその外見に見合った、人外の膂力。


「クソが、ジョーってのは、そいつが由来か!?」


振り返り見れば、誰だってその名の由来に思い至るだろう。

鋼の下顎。それがジョーと呼ばれたその男そのものであり、その全て。

次いで俺が此処までこの男が接近するまで気が付かなかった理由。その匂いはようやく感じ取れた重い鉄の匂いのみで、生きている人間の放つ何もかもが欠けている。

更に見て取れるのは、至る所を肉から、鋼に置換された肉体。背後に居るはずなのに、首元に届くのは掠れた油の匂いが混じる息。そして目の前で勝ち誇る、ぎらつく瞳以外は何もかも病んだ女と対照的に、暗く濁った白い瞳だった。


「まだ元気があるなぁ犬野郎。ジョー、面倒だから眠らせな。ああ、勢いで頭を潰すなよ?」


言葉が終わるか終わらないかで、まるで卵を割るように、それでいて全くの加減を感じさせない動作で更に打ち付けられる俺の頭。受け止める大地はむき出しの土だが、優しく受け止めてくれたのは最初だけで、何度かの殴打で固められ、今はコンクリートの様に硬い。

その度に火花か星が散るように、明滅する意識。眠らせろという女のオーダーは、どうにもこの継ぎ接ぎの怪物には理解出来ていない。

この調子でもう何度か俺の頭が打ち付けられれば、当然の様に卵は割れて、中身をぶちまけるだろう。馬鹿野郎、スクランブルエッグを作る時だってもう少し繊細に卵は割るもんだ。

それを制止する気は、目の前の女には無い。この鉄顎野郎にも、勿論その選択肢は無い。悲しいかな、脳を揺らした俺にも、それを阻む術は無い。


「待機命令を現時点にて棄却。担当階層外の越権行使申請は省略、上級執行官権限において対象者の略式裁判を開廷」


ならば、それをこの場で止める人物といえば、只一人。

相手が正体不明故に、状況判断の為にと下された待機命令は彼への攻撃が確認された現時点を以て破棄。

継ぎ接ぎの岩のような怪物に対峙する、可憐な乙女の振るう武器は自らの握られた拳のみである。


「判決、死刑」


しかしその、彼女自身も抑えられぬ程に強い怒りで白く握られた拳は、明確な宣言と轟音と共に怪物の顔面を打ち抜いた。





重しであった継ぎ接ぎの怪物は戦乙女の一撃で頭部を吹き飛ばされ、視界の端に体から泣き別れたソレがゴロゴロと転がっていくのが見える。

起き上がる間も無く細い指が俺の肩を掴み、体格に勝る彼女にハンドバックでも持ち上げるくらいの手軽さで引き寄せられた。


「仕損じましたか」


アヤナの声と殆ど同時に起き上がる首無しの怪人。いや、良く見れば頭部は健在だ。

ならば、先程転がっていった物体は?その答えは直ぐに明らかになる。

その名を表す、鋼の下顎を丸ごと欠損したジョー。とすれば、首と見間違えたのはそれだったのか。

狙いは正確だった。命を奪うべく放たれた拳という名の砲弾は、間違いなく顎から頭頂部へと直進する軌跡を描き、本来なら頭部は転がり去るどころか破裂したトマトの如く、べしゃり、とその内容物をぶちまけていただろう。

しかし想定外の事が二つ。インパクトの瞬間、アヤナは眼下に倒れる男の安否を、殆ど反射的に確認してしまった為に拳のに入射角がほんの少し浅くなってしまった。

そしてもう一つ。単純に、鋼の顎の接合部が脆かった。骨格を補強する形では無く、そもそも欠損している下顎を外科的に取りつける施行では、どうしても機械と生身の境目が生じる。

全てが生身であれば、又は完全に機械部品と置換されていれば。時点として脆い部分は頸部。つまり、想定のとおりに頭と体は互いに永遠の別れを告げる事になったのだが。しかし、それも今では重要な問題では無い。アヤナはそう考えている。

欠損部分からは赤黒い血液と油の混合物が流れ落ち、致命的な損傷を負った。しかし本人はその無残な欠損に対して変わらず虚ろな瞳のまま、動じた様子すら見えない。

だが明らかに、最早その戦闘力は無力化されていると言ってよいだろう。今度はジョーが膝を付き、流れ出る液体を留めようと抑え、それでも指の間から赤が溢れる。


「ベオさん、大丈夫ですか?立てますか?」

「げほ、た、助かった、アヤナ」


形勢は完全に逆転している。襲撃者たちがその思惑を成功させる為の試みは、最初から失敗していた。

「動くな狼藉者め」

襲撃者が最優先で排除するべきはアヤナであった。この場で他に応援を要請するとすれば彼女で、現在の最大戦力も彼女だ。であれば、奇襲というアドバンテージで確実に彼女を無力化するべきであり、実際その狙いであったかもしれないが、それは犬頭に阻まれる。

次点としてベオを早急に連れ去る事もまた可能ではあったが、思いのほかそれにも手間取り、そして現在。


「貴様らは完全に包囲されている。指一本動かしてみろ。その瞬間、その身全てを赤黒い染みにしてやろう」


周囲には音も無く取り囲む装甲服の集団。山間部が主な為か、又は何らかの任務中であった為か。

ニヴルヘイムでは都市部の一目でその存在と理解できる、所謂威嚇の一つでもある分かりやすい制服では無い。森林迷彩の制服に自動小銃を構え、その銃口は違わず全て襲撃者たちに向けられていた。

そしてその群れを率いる長。ニザヴェリルの守護者であり、バルドル最高戦力たる九つの鋼の一つ。

凡そはアヤナの纏う蒼のブリュンヒルデと似ているが、細かな意匠や装備は異なる。

より小型の可変翼。両の手に握る槍に、陽光の元であっても艶が出ない程に深い赤。

これこそが戦乙女、鷹野トウコがその半身として纏う機動甲冑、赤のゲイレルル。

その威容の前に、その存在を知らずとも皆平伏し、知っていれば相対するに死を覚悟する。

だというのに。


「あ~ああ、失敗か。まあ、いいや」


頼りにしていたジョーは完全に機能を停止している。実際、その女もトウコの指示に従い、手向かう様子は無い。

しかしこの余裕はなんだ。バルドルに手向かい、その長を殺害すると宣言した。それだけで、自分の迎える末路が悲惨なモノになる事は狂人であっても理解できるはずだ。この場で、すぐさま殺処分されたとしてもおかしくは無い。むしろその方が温情というものではなかろうか。


「抵抗はしねーよ。ほら、そこの役立たずの止血くらいしてやらないと、死んじまうぜ?興味あんだろ。ボク達の出所とかさ」


これも予定の一つだなどと言う様に、彼女はむしろ、そうさせて当然といった様子で述べる。

赤の戦乙女は僅かに逡巡し、その後にこの侵入者が行った狼藉に対しての応報を後回しにする判断をした。


「拘束しろ。治療班、大男には最低限の処置をしてやれ」


トウコは考える。正しい判断だ。ほんの僅かな違和感のみ残る、それも殆ど思い過ごしのようなモノ。何か問題が起こった場合は、先送りにした処理をその場で実行するのみである。


「聞け、小娘。どんな背景が有ろうと、どんな理由が有ろうと。私は貴様の愚行を許さない」


だからトウコは、少しだけ私情を見せる事にする。


「その理由は、会長を殺すなどといった大言壮語からでは無い。私の庭に忍び込んだことも、其処で勝手をする事も。いわば小さな虫けらが行った事であり、そんな事は些事に過ぎない」


だが、しかし。許せぬ事が一つ。


「貴様は、私の妹とその連れ合いを害そうとした。これだけは絶対に許せん。後悔させてやるさ。この場で抵抗し、素直に殺されなかった事をな」


紅い甲冑越しに放たれる壮絶な怒りに、彼女を良く知る周囲の部下たちは顔を青くし、努めて己の役目を全うする事でそれを紛らわせようとするが。


「は、ヒスってんじゃねぇよババア」


張本人である彼女だけは、どこ吹く風といった様子で呑気に不快なメロディの鼻歌を歌うのであった。





「ふぅん、そんな事が有ったんだね」

「有ったんだね、じゃあ無いんだよ馬鹿野郎。思いっきりお前の客だろ、名指しで宣言してたぞあいつら」


昼間のトラブルの元凶が俺の対面で、一杯幾らするかも分からないワインの入ったグラスを傾けながら呑気にそんな事を言っていやがる。

今、俺が居るのはホテル上層に位置する会員制のレストランで、だだっ広いフロアでテーブルに着いているのは残念な事に俺とベルだけだ。

アヤナは直前にトウコさんから呼び出されて席を外している。あの後も色々あり、余裕をもって組まれていた筈の旅行のスケジュールはすっかり遅れ気味になってしまっていた。


「それに関してはすまないね。しかし緊急時とはいえ彼女は勢いで鉄の塊みたいなやつをぶん殴ったんだろう?問題無いとは思うけれど診察を受けておいた方が良い。まあそんなに時間は掛からないさ」


なんでも彼女たちは、戦闘時とそうでない時でその身体の堅牢さが変わってしまうらしい。アヤナは反射的に攻撃を行ってしまったために、その辺りの影響がないか検査が必要なのだとか。


「心配する事は無いよ。鷹野君は、というより彼女を含めた戦乙女達は普通の人間とは造りが違う。むしろ、僕には君の方が心配だぜ?よく割れなかったね君の頭」

「・・・その言い方は好きじゃないな」


ベルの皮肉は兎も角、その言葉は正しい。生物として、俺は彼女に大きく劣っている。

そんな事は分かっている。しかし、それは俺にとって重要な事じゃない。


「うん、今のは僕が悪かった。すまないね、ベオ。僕は君をからかう事を楽しいと考えているけれど、君の大切にしているモノを悪く言いたくは無いんだ。今の失言は許してくれるかい?」


見れば此方に向けられていた、ベルの眼と言葉に偽りは無いように見える。

ふざけていたかと思えば、こうして急に真面目な事を言いだすわけなのだから、確かに何時も振り回される秘書や護衛達は大変だ。


「調子狂うな、ったく。いいよ別に。いちいち冗談に怒る程ヒマじゃない」

「ありがとう。さてと、じゃあ鷹野君がやって来る前に例の乱入者達の事について分かった事を話しておこうか。現状、余程の事が無ければこの事案で君たちに迷惑を掛ける事はもう無いだろうし、せっかくのバカンスに、これ以上余分な心配を残したまま過ごしたくは無いだろう」

「ああ、俺も気にはなっていた」


此処に来る前にトウコさんにも尋ねたが、状況は終了したので安心してください。これ以上二人の手を煩わす事はありませんから。といった具合に、やんわりと詳細を尋ねる事を断られている。

それは俺達にこれ以上予定外の気遣いをさせない為の配慮と、自分の管轄下で、客人であるが部外者である俺に、これ以上深入りして欲しくは無いという宣言でもあった。

分をわきまえてその通りに従っていたものの、こうしてベルが気を利かせてくれるというのなら渡りに船というものである。


「さてさて、今分かっているという事になるのだけど、あの二人組の内、襲撃の首謀者と思われる女性。残念ながら彼女の情報について、今はなーんにも分かっていない」


あの白衣の女の事か。やけに病的で、偏執的な狂気すら感じさせていた。


「というのも本人が全てを黙秘していてね。詳しく調査するにしても、着衣以外はIDどころか何の所有物も無し。まあこれから警備の方で取り調べの予定だから、本格的な調査はそれからかな」

「へえ、仮にも会長狙うって宣言してたテロリスト相手に、珍しく悠長だな」


トウコさんの口ぶりで言えば、既に手荒な方法で尋問くらいされていると思っていたが。


「それが彼女、確保後に行われたメディカルチェックで極度の栄養失調と何らかの薬物を常用している痕跡が確認されてね。流石に現状では尋問に耐えられないだろうと医者からストップが出たみたいだんだよ」

「ああ、それは納得だ」


あの姿は見た目のままに、何時倒れてもおかしくは無い状態だったという事だ。まあ、その状況であれ程までに悪い意味で生気を放つ目と、狂気じみた言動をしていた訳だが。


「彼女自身に特別な危険性は無いみたいだから、今は監視下で治療中って所かな。で、問題のもう一人、いやもう一体の方だけど」


襲撃者の片割れ。継ぎ接ぎだらけの怪物。

人、といって良いのか正直疑問ではあるが、頭が犬の俺も人の事は言えない。


「呼び名はジョー、で良いのかな。彼に関しては相方よりも重傷でね。鎮静剤で無力化しつつ治療と並行して機械化部分の調査と出所を探っている所だ」

「あの滅茶苦茶な仕様はバルドル正規じゃないだろう。しかしモグリの闇医者が施行したにしては出力が高すぎる」


頭を割られそうになった時の事を思い出すと、今でも顎がしびれるようだ。

違法改造のサイボーグとは幾度かやりあった事があったが、あの馬鹿力はもしかするとその内でも抜きんでていたかもしれない。


「ウチの技術者も驚いていたよ。こんなに歪で、無理しかない調整で。それでいて全ての機能が無駄なく稼働しているのは奇跡みたいなモノだって。あの継ぎ接ぎは多分彼専用に開発、調整された部品と技術で完全なワンオフ素体という事だ。やりたいことは分かるけど、どうしてこんな、何か一つでも間違えば全てが破綻する様な方法を選んだのか、理解に苦しむってさ」

「なんだそれは」


人体の機械化というのは、何か一つでも掛け違えば死という終わりに直結している。そんな歪な存在が、ああして目の前に在って、実際にあれほどの暴力を行使できているという矛盾は、どうにも引っかかる。

そして、何よりも疑問に思っていたことは、問う前にベルの口から語られる事になった。


「そして、ここが一番不思議な事なんだけどね。彼女等がどうやって、このホテルの敷地内に入り込んだのか。これが全く分からないんだ」

「分からないって、幾ら他の階層と違って都市部が少ないと言ってもホテルの敷地内まで入り込んでたんだ。流石に何処かの監視カメラには引っかかってるだろ?それこそ、ユグドラシルのターミナルの記録はどうだったんだ」

「そこだよ、ベオ」


何時も人を煙に巻く側の彼にしては珍しく、ベルは本当に不思議そうに首を傾げて。


「数か月間に遡って調べても、どの記録にも彼女等の姿は記録されていないんだ。つまりこれは、少なくともその期間より前から彼女等はこのニザヴェリルに潜伏していた事になる。だというのに今稼働している他施設には彼女等が訪れていたり、利用していたという記録残っていない」

「・・・どういう事だ、これは?」


既に確保されているというのに、あの二人について聞けば聞くほど詳細不明という事しか分からない。しかもまるで、ベルのその言葉の通りであるのならば。


「そうさ、ベオ。彼女等はね、突然このニザヴェリルに現れて、僕が訪問したせいで厳戒態勢が敷かれたこのホテルの敷地内に何もかもから感知される事無く侵入し、君にも鷹野君にも気取られずに奇襲を成功させたって事さ。まあ、その結果はお粗末だったけどね」


無から生じたとしか思えない襲撃者たち。果たして、本当にこの襲撃は失敗したのだろうか?





こんなにもうまくいくだなんて、正直拍子抜けである。

ジョーとのリンクは切れていない。あちらの状況は物理的な拘束に加えて継続的な鎮静剤、筋弛緩剤の投与により無力化が成功していると、錯覚させる事に成功している。


「ふんふふふ~ん」


こちらといえば、何を思ってか手錠による拘束のみで、監視員が付いているとはいえその他は何も無し。てっきり尋問という名の拷問の過程で、今頃は手足の指の一本や二本くらい折られるかちぎられているかしていると思っていたが、お優しい事でそれも後回しにしてくれているという事だ。涙が出る話じゃないか。勿論、笑いをこらえる為にである。


「おい、煩いぞイカれ女」

「あ?」


鼻歌が癪に障ったのか。それとも医療スタッフが席を外している油断からか。監視に銃床で軽く小突かれて、舌を噛みそうになる。


「おいおい、酷いじゃないか。ボクをもてなす役割はあのヒスババアだろ?悪趣味とは言え楽しみを取ってやるのは可哀そうだ」

「黙れ」


再度、今度は更に力を込めて後頭部を打ち付ける金属の塊に、只でさえ脆弱な頭皮は裂けて額を伝う赤い血液。その熱に、痛みに対する感情は、怒りなどでは無かった。


「あはは、良いのかおっさん。自慢じゃないがボクは小突いただけで死ぬぜ」


衝動的にとはいえ自分の行いで面倒が増えたと舌打ちしながら、それを誰かに咎められる事を今さら恐れたのか、メディカルキットを取りに行く考えなしの背中が酷く滑稽で笑える。


「どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ」


行動には、結果が伴う。皆そんな簡単な事を分かっていない。

例えばたった今、ボクの頭を殴りつけた監視。

鼻歌がそんなに気に入らなかったのか、それとも上司を馬鹿にされた事が許せなかったのか。理由はどうでもいいが、その為に今、必要のない暴力を振るい、その後始末に不要な労力を求められている。もしかすると、その行為を咎められて始末書くらい書かされるかもしれない。不要な行動の結果に、不要な結果という分かりやすい馬鹿な行為だ。

そう、行動には、結果が伴う。

だからこそ、自分と、ジョーという結果が生じ。今もなお、その結果を、応報を。

行いに対する報いを。当然の現象を引き起こす一つの機構として、群体を構成する歯車の一つとして、定められた行程を消化しつつ、今ここに在る。


「あはは」


全て予定通り。笑えるくらい簡単に事が進んでいる。まるで、何かに後押しをされている様に。

時計の時刻は19時を回った所か。この調子なら、日付が変わる前に全てが終わる。


「さあ、ベル・バルデル。お前の背に死神が忍び寄る気配を感じているか?」


そしてその鎌が、その首を刈り取る時は。因果が結ぶ瞬間は、もう間も無くの筈である。


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