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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか
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代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか⑮

まあ、そうやってカッコつけたのがその日最後の確かな記憶で。後から聞いた話だと俺はそのまま前のめりにぶっ倒れて気絶してしまったらしい。

次に目が覚めると其処には真っ白な天井に真っ白なカーテン。外から漂う消毒液の独特な匂いでその場所が病院である事は直ぐに分かった。


「ここ、は」

「ああ、眼が覚めたかい?ベオくん」


隣に眼を向けると、所長が備え付けのソファーに腰を掛けて新聞を読んでいる。


「・・・すまない、所長。あれから、どうなったんだ?どれくらい俺は寝ていた?」

「うん。君が倒れてからあの場の始末は清水の皆さんに任せて、私達は病院に直行。重症の君とオルターさんはそのまま入院で、今に至るって訳さ。時間で言えば丁度三日が経過した所かな」

「その、アリスは、大丈夫か?」


何より先に他の女性の心配をするデリカシーの無い俺の発言を、所長は気にもしていない様子で微笑む。


「うん、今は落ち着いていてね。さっきまで此処に居たんだけれど、今は隣の病室のオルターさんの様子を見に行ったばかりだ」

「ああ、そうか。ありがとう所長、なんだか安心したよ」

「それは良かった。ああ、それとベルは君との約束を守ってくれたよ。アリスちゃんの賞金は取り消し、オルターさんの背任行為も不問、というよりその記録そのものを抹消しているんだって。これで当面の心配は無さそうだ。後、彼も偶には良い事をするらしい。協会からの引き渡し要請を断って、ソフィアさんの亡骸はファーストの見晴らしの良い霊園の一角に弔ってくれたよ。アフターサービスだってさ」


そいつは一番の朗報だ。少なくともあの二人は、これ以上追われる事は無いらしい。

そして言いたくは無いが死後も使い道の在るメイガスであるソフィアの亡骸も、辱められる事無く、安らかに眠りにつけた。

それは、良かった。うん、本当に。だから俺は、目覚めと同時に自覚し、故に眼を逸らし続けてきたこの問題に向き合わなければならない。


「その、所長?そちらの壁側に佇んでいる素敵なレディは、何時頃からそうしているのかな?」


何時もの装いとは違い、警備局の制服では無く、革のジャケットにパンツスタイルのよく似合っている私服姿の彼女は全ての反論を拒むように両腕を組み、他に備え付けの椅子や所長の座っているソファーにも空きがあるにも関わらず、仁王立ちで此方を見つめている。

その表情は無である。微塵も動く事の無い口元、発する言葉も無い。その構えはカウンタースタイル。生半可なストレートではカウンターで合わせたアッパーカットで一撃KO間違いないだろう。正直戦乙女としての姿より遥かに怖い。


「ああ、鷹野くんの事かい?彼女は君の入院当日から足しげくお見舞いにやって来てはああやって君の顔を眺めていたのさ。ほら、無理矢理装った鉄面皮で誤魔化しているけれど、内心君が目を覚ましてとても安心しているに違いないよ。実際、先程君の第一声を聞いた瞬間には中々味わい深い表情をして、直ぐに取り繕っていた。多分、こうやって君が少しでも自分の行動を顧みるように怒ったふりをしているんじゃないかな?」

「月夜見さん、勝手な考察は止めてください」


所長の軽いジャブも今回ばかりは通用しないみたいだ。一歩、また一歩とゆっくり歩みを進め、鷹野は枕元に立つ。


「ベオさん、勘違いしてもらっては困ります。私、今回は本当に怒っているんですからね」


美人が怒ると怖いとは言うが、それが此方に非がある場合では良い訳も出来ない。よし、今から俺はサンドバックだ。


「だいたい何ですか。あの夜の後始末がやっと終わって事務所を尋ねてみればもぬけの空。仕方ないのでワタリさんに行き先を尋ねると貴方達は決戦の真っ最中ですって?しかも頼る相手は貴方の命を狙ったメイガスにヤクザって、貴方は私を馬鹿にしているんですか?」


突き刺さる言葉のボディーブロー。何もかも正しい。ひたすらに頭が痛い。鷹野は何も間違った事は言っていない。

というより顧みると本当に馬鹿だな俺。

なんて考えていると彼女が更に間近に迫る。物理的に一発くらいは殴られるかなと頭を抱えると、拳の代わりに落ちてきたのはそれよりもずっと痛い、涙の礫だった。


「・・・私は言いましたよね、自分の事を、大切にしてほしいって」


俺は本当に馬鹿だ。気を使ったつもりで、こうして鷹野が本当に望んでいた事を見落としていた。


「私は、約束を守っているのに。貴方は私が殺すって、それまでは何にも殺されたりはしないって。なのに貴方は、自分勝手に、他の誰かに殺されそうになったりして」


その大切な約束を覚えている。忘れる筈なんてないさ。

だというのにそれを勝手に反故にしかけてしまった。これは完全に俺が悪い。


「鷹野チャン、いや、アヤナ。心配掛けて本当に悪かった。何時も君は助けてくれるのに俺は迷惑ばかりで、本当に情けないよ。どうすれば君に報いることが出来る?俺が出来る事なら何だってやってみせる。何か、俺が出来る事は無いかい?」

「ああああ、もう。そういう所です!私が何時もその調子で誤魔化されると思っているのは大間違いなんですからね!」


俺としては大真面目なのだが。また何か間違った事を言ってしまったらしい。調子こそ何時も通りでも、これはまだ怒りが継続しているのか?


「あわわ、落ち着いてくれ鷹野チャン、ほら何時だか言ってたショッピングに行こう!運転手でも荷物持ちでも何でもするからさ!」

「そ、そんな魅力的な提案を、いえ、今回は騙されません。ベオさん、貴方は諸悪の権化である月夜見探偵所を退職し、もっとまともな職場に転職するべきなのです!ほ、ほら。警備局なんてどうです?貴方の才覚を発揮するのに最適じゃありませんか!福利厚生もバッチリです。残業はちょっと多いけど、その分しっかりと手当が出ますから!」

「へぇ、それは聞き捨てならないね。ベオくん、警備局だけはやめておいた方が良い。きつい、きたない、きけんの3Kは当然の事、毎月残業三桁時間は当たり前。ブラック企業が裸足で逃げ出す暗黒メガコーポだよ?何よりあのベルの下で働く事になるんだ。過労死間違いなしの転職はお勧めできないなぁ」

「そ、そんな事は!大体、当たっています、けれど・・・」

「当たってるのかよ!?」


などと、騒がしくしていたせいだろう。


「ベオ!眼が覚めたのか?」


アリスがオルターを伴い病室へやって来た。


「ああ、心配掛けたなアリス。君も元気そうで何よりだ」


思わずくしゃくしゃと子供にする様に頭を撫でてしまったが、笑顔のアリスは気にした様子は無い。

後に続くオルターはまだ頭に包帯を巻いていたり三角巾で腕を吊っていたりと痛々しいが、一人で動き回れるくらいには回復したようだ。


「発つ前に話すことが出来て良かった。ベオ、私は本日中にイギリスへ戻るつもりだ」

「ちょっと待てオルター、アンタも重症の筈だ。アリスと話したい事も有るだろうし、もう少しゆっくりしてからでもいいんじゃないか」

「そういう訳にもいかない。協会の追手が無くなったとはいえ、アリスの身柄を抑えようとする派閥のメイガスは多いはずだ。私はこれから、それらに対抗する為により高くを目指すつもりでいる。少なくとも彼女が、大人になる頃にはどんな場所でも安心して生きていけるように」


やはりこの男は強い。彼も俺と同じくソフィアからアリスを任された身だ。もう既に次の戦場を見据えている。


「そうか。なら、お互いに寝てる場合じゃないな」


だから無理やりにでも体を起こす。オルターが安心して旅立てるように、俺も情けない恰好は出来ないからな。

そしてそれは彼だけでなく、ソフィアと交わした約束でもあるのだから。


「息災で。アリスの事は任せてくれ。俺が必ず護ってみせるから」

「任せた、友よ。貴公の行いを私は決して忘れない。我が名に掛けて、貴公に難事あれば、必ず馳せ参じてみせる」


握る手から伝わる熱に、俺も応える。


「誇り高い騎士の事を、俺も忘れない。良い旅を、オルター」

「安心してくださいおじ様。むしろ私がベオを支えてみせます」


胸を張るアリス。その様子を視てまた微笑んでしまう。本当に、明るくなってくれて良かった。


「お、そいつは頼もしいな」

「ふふ、任せるといい。夫を支えるのは妻の役目、当然の事だろう?」


そしてその言葉に、場の空気が全て凍った。

内助の功というやつだ!だなんて、胸を張っているアリス。貴女、その言葉の意味は分かっていらっしゃる?


「当たり前じゃないか。マナが教えてくれた。日本の言葉で、夫を支える献身的な妻の様子を表すと」

「いや、いやいやいや、ちょっと待ってくれ。所長、一体どういうつもりだ!」

「私としては聞かれた事を答えただけなんだけれど。まあ、ベオくんも重しが増えた方が無理しなくなると思うし、良いんじゃないかい?」

「話をややこしくしているんじゃありません!ベオさん、貴方もしかして、そっちの趣味が、だから私がどれだけアピールしても反応が悪かったのですね・・・!」

「ややこしくしているのは鷹野チャンだ!アリス、落ち着いてくれ。君は混乱しているんだ。そうだろ?」

「何を言っている?アプローチを掛けてきたのはベオからだろう。側で支えると誓ってくれたし、デートの誘いも私は承諾したぞ」

「あああああ!オルター、アンタも保護者みたいなもんだろ!何とか言ってくれ!」

「アリスの眼に間違いは無いと思うが。しかしベオ、手を出すのならせめて成人するのを待つのだ。今の間は婚約という形で我慢しておけ」

「駄目だ!話の流れが複雑骨折していやがる!」


そんな騒がしいやり取りで、ようやくこの事件が終わったんだと実感できた。

失ったモノ、もう帰らない人。その始まりから何もかも手遅れで、俺なんかではどうにも出来なかった現実。


「ベオ」


けれど、残るモノは確かに在った。それだけで俺は、この数日間が全て報われた気分だ。だから、ああ。

俺は何度でも、立ち上がれる。


「退院したら、母さんの所へ花を持っていこう。一緒に、来てくれるか?」


そう、そうさ。何度でも、何度だって。


「勿論さ、アリス。君が望むなら、何時だって俺の答えはオーケーだ」


俺の言葉に、そう微笑んでくれるなら。

ニヴルヘイムは暫く快晴が続いている。それも天気予報だと僅かな間で、曇り空に雨も降るだろう。

それでも、今は。晴れやかな気分のままで。


穏やかな午後。この陽だまりが、暫くは続きますように。


最後まで読んでいただける方がおられるかは分かりませんが、もしおられましたら心から感謝を。

このお話は全六章で想定しております。一章に関しては書き溜めがありましたのでまとめての投稿となりましたが、今後はゆっくりのペースで続けていけたらと考えております。

素人の創作ですが、続けてお付き合いいただけましたら幸いです。

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