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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか
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代用品の少女はその街で彼と出会い自らの願いを見つける事ができるか⑬

「まいったね、これは」


双眼鏡越しに確認出来る異形。それは間違ってもソフィアが取り戻そうとしたアリスなどではない。

長大な六本の腕にはその全てに自身の骨で造られた武具を備えている。加えて三対の足は人間的であるには余剰の本数を備えてなお、動きに阻害は見られない。

瞼の無い丸い六眼は紅く、何かを探す様にそれぞれに獲物を捉え、その一つの視線が此方へ向けられている事を感じた。

ああなってしまった原因は、ソフィアの錬成が失敗したからでも、オルターが言ったように雑多な素材が影響した訳でも無い。むしろ本来であれば、ソフィアの望んだアリスに近しいモノが生れ落ちた筈なのだ。

そうなってしまったそもそもの原因。この九界においては、器が成れば其処に名前と実が宿る。

まして今回の様に成るべくして成った器であれば、アレがその器へと滑り込むことは容易な事だっただろう。


「あれが一番目の巨人、スリヴァルディ。結局、今のところは彼の予定のどおりって事か」


ベオが巨人に力まかせに放り投げられ、木の葉のように宙を舞い、反応したオルターがそれを受け止めきれずに墜落していく。

さて、困った事になった。私が表立って動くにはまだ早い。

しかしあの二人で、あの終末の先触れたる巨人を討ち取る事が出来るだろうか。オルターはともかく、ベオを犠牲にする事は絶対に出来ない。奥の手を切るか、今からでもベルに協力を要請するか、それとも。

そう考えていると、隣の座席に座っていた筈の彼女が居ない。

見ると、慌てふためいて逃げていく清水興業の組員たちの間を縫って、冥神の兜をかぶり、駆けていく小さな姿が見えた。


「ああ、君は行くのだね」


その可能性は考慮していたが、あまり現実的では無いとも考えていた。だから止めるつもりは無かったが、あの光景を目の当たりにしてなお、抗い進むというのなら。


「せめて君があの場所に辿り着けるよう、その道行きを祝福しよう」


息を吹く動作で、不可視の筈のアリスの背に言葉を掛ける。

そうすることで、異界からもたらされた奇跡の一つがアリスを護るように包んだ。


「さて、ベオくん。これが、君が越えるべきモノの一つ。そして君がどちらに傾くか、その一つ目の分岐点だ」


彼女はただ導くだけ。今は見守る事しか出来ないと、自らの役割を理解している。


「だけど、信じているよ。君が全てを飲み込む狼ではなく、人である事を選んでくれると」


だけど信じる事は、そのくらいは許される筈だと。また何時ものように、あの事務所で二人穏やかに笑う事ができるように。ベオが、人として自分の元に帰って来てくれるようにと。





「ああクソ、ロクなことにならねぇな!」


柄にもなく悲壮な覚悟を決めたと思えばこれだ。状況は更に悪くなる一方。目の前の冗談はなんだ。あんなものがアリスの姉妹だって言うつもりか?

数十メートルは投げ飛ばされ、ふらつきながらもどうにか立ち上がり見ればあの巨人が味方の筈の兵隊の生き残りを思う存分貪り食っている光景が眼に入った。デカい外見通り、生まれてそうそう大ぐらいで、しかも悪食らしい。暫くステーキは食えないなこりゃ。


「ベオ、まだ戦えるか?」


俺を受け止めた際に負傷したのか、オルターは顔半分を血に染めていた。


「すまないオルター、俺は大丈夫だ。アンタは?」

「この程度なら問題ない」

「頼もしい限りだな。で、アレをどう見る?」


目の前の威容。全長は見上げる程に高く、10mを優に超える。一見人型をしてはいるが、三対の上肢にはそれぞれに骨で造られた武具を備えている。鈍く日光を反射していた体表は、覆われていた血液が徐々に拭われ灰色の地肌が現われていた。

口唇が無く歯を剝きだしの顔には瞼の無い、燃えるような紅い六眼が輝き、その視線は埒外を向いているが、感覚として確実に此方を補足しているのだと理解する。


「古く神代に近い過去、フィアナ騎士団が討伐した異形。堕ちた妖精の記述にソレが近いが、容が近いだけで中身は別物だ。近似の想定としてはもっと上位の神性、その特徴に似て異常なほどに外傷に対する耐性が高い。幾度か風の刃を放ったが、表面に薄い傷を付けるのみで、それも直ぐに癒えてしまう」

「初めにグラムで斬りつけた手ごたえもかなり硬かった。ブースト状態で刃も通らないってのは悪い冗談だぜ」


物理的にも魔術的にも堅牢な外皮に、見た目通りの怪物的な膂力。更にどんな隠し玉が残っているのか。出鱈目の連続で、この後あの巨人が口から火を吐き目から破壊光線を放っても驚かない自信がある。


「・・・ベオ、貴公は後退しろ。私が時間を稼ぐ。そして協会に連絡し、しかるべき装備を備えた討伐隊を要請してほしい」

「で、アンタが犠牲になるってんだろ?それこそ悪い冗談だぜ」


勢いよく鼻を吹かせて鼻腔に溜まっていた血を抜く。

犠牲を最小限にする現実的な案だとしてももう無理だ。先程の選択で既に俺の今日の悲劇許容量は限界値。その選択肢は絶対に選ばない。


「しかし、このままでは」

「うるせぇ。これ以上、アリスには失わせねぇ。俺だって、新しく出来たダチを失いたくねぇ」


なんだよ、妙な顔しやがって。仕方ねぇだろ。アンタだって今では俺の記憶の一部だ。


「俺はワガママなんだ。さっきは俺らしくなく血迷っちまったが今のでいい具合に頭が覚めた。妥協も打算も趣味じゃねぇ。どんなにみっともなくても、せいぜい最後まで足掻いてみようぜ」


そう、まだ終わってはいない。目の前の光景なんて、諦める理由などにはならない。最期の瞬間まで歯を剝いて無理に笑って、足掻き続けてやるさ。


「ならば、私も精々抗うとするか」


俺に乗せられたのかオルターも彼らしくない不敵な笑みで応える。いいね、そういう顔も出来るんじゃないか。


「上等ォ!いくぜオルター、巨人狩りだ!」


さあ、時間無制限の最終ラウンドに突入、試合を止めるセコンドもレフリーも此処には存在しない。それでもきっと、時間はそう掛からない。最期に立っているのが俺達か、あの巨人か。答えが出るのはもう間も無くの筈さ。





意気込んでみたが作戦は一つしか浮かばない。オルターの風では威力が足りず、グラムの刃では切れ味が足りない。

ならば高出力の風の刃で出来た傷に直接グラムで斬りつける事で肉を断ち、致命傷を与えるというのが結論。言ってみれば簡単に聞こえるが、実際やるとなればそれは非常に困難極まる。


「クソ、確かに傷の治りが速すぎる!」


受傷と殆ど同時に再生が行われ、時間にして数秒、完全に傷が癒えていく。

その間に一撃を加える事は、相手が動かない木偶の棒であれば容易いが、巨人は巨体に似合わない俊敏さで六本の腕が握る骨の武具を振るう。その一撃一撃が必殺であり、掠りでもすれば一瞬で挽肉になる事は確実だ。

その状況を打開するために、オルターは一つの結論に達する。


「ベオ、大技を放つ。貯めの時間を稼げるか!?」


はは、二人がかりで手いっぱいのこの状況で?無茶を言いやがる。それでも俺の答は一つだ。


「了解だ!だが早めに頼むぜ、じゃないと巨人殺しの誉れを独り占めしちまうからな!」

「は、この死地にて何たる蛮勇か。しかしその意気や良し!」


カラ元気も虚勢も言ったもん勝ちだろ。実際その準備が出来るまで、俺は一歩も退く気は無い。


「かかって来いよ巨人。俺が相手だ!」


どの程度時間を稼げばいいかは、敢えて尋ねない。

何故かって?俺の仕事はそう難しい事じゃない。単にオルターが準備を終えるまで、この巨人を前にして倒れず、退かない。それだけだからだ。

加えて何処か安堵を感じている。先延ばしにしただけかもしれないが、俺はあの場でソフィアを殺さずに済んだ。確かにあの時に終わっていれば楽だったかもしれない。けれど、それは何かが違う、間違っていると確信している。


「まあ、根拠もクソも無い、只の勘ってやつなんだけどなぁ!」


グラムを思いきり打ち込んで骨の剣の一つを破壊した。どうやら武具の方は巨人の躰程丈夫では無い様だ。ばらばらに砕けたソレに再生の兆候は見られない。まあ、その行為に意味は無い。巨人は無造作に自らの肋骨を一本引き抜き、即席の骨剣を拵えた。


「つくづく、常識の、通じない!」


まあ馬鹿みたいにデカい心臓から産まれた巨人って時点で常識どうこうと言う方がおかしいのかもしれないが、それにしたって限度がある。益々ここで、この巨人を止めなければ。市街地に入り込まれた場合の被害は想像したくない。


「おおおおおおおおおおおおォ!」


極限の集中で時間の経過が酷く緩慢に感じる。

あの大言壮語からどれくらいの時間が経過しただろうか?数分、数十分?もしかするとまだ数秒も経っていないのかもしれない。

もう少し、もう少しだと自分を奮い立たせる。打ち合う一合一合の度に全身の骨が震え、四肢の筋繊維は一部が断裂し、毛細血管が破裂した眼球結膜越しに文字通り視界が赤く、やがて暗く染まりつつある。

その中で響く声は、やはりあの夜と同じ。戦え、喰らえと頭蓋の内側から響く。

その声に従いこのまま意識を手放せば、俺はすぐさまソレに塗り潰されるだろう。フェンリルであればあの巨人にも独力で届く。そう、疑問すら浮ばない確信がある。

それは最善の選択であるのかもしれない。このまま出し惜しみをして死んでしまうのならそれこそ無駄死にだ。

そうだ、そうするべきだ。そもそもお前はそういう役割の道化だろう?

忍び寄る黒い何か。その提案が、その選択が容易であればあるほど簡単に選んでしまいそうになる。

だか、今は。


「黙ってろ、お呼びじゃねぇんだよ!」


声への俺の応えはこれだ。思いきり頭をグラムの柄に打ち付ける。

暗く染まりつつあった視界は白く弾け、痛みで気分爽快。勢いが良すぎて裂けた額から伝う血液の熱で完全に目が覚めた。

そうさ、これは俺だけじゃなく、俺達の戦いだ。獣に堕ちる訳にはいかない。獣では、この巨人と戦ってはならない。狂気に身を任せたままではきっと、何かを取りこぼす。


「手前じゃ足手まといだ。黙って寝てな、フェンリル!」


そうだ。一匹の獣では、強いだけの独りでは意味が無い。


「これが、俺が選んだ答えだ!俺は、俺だけじゃないから、強く在れる!強くなれるんだよ!」


それは、そう在りたいという願いだけで、確実で容易い最善を放棄する愚行。他の生命全てがそもそも選ばない。

困難ばかりで苦痛を伴い、その果てに残るモノなど何もないのかもしれない。それでも、人だからこそ選ぶことが出来る選択肢。

問われた答えには、きっとこれではまだ足りない。それでも、そう選んだのだから。


「来いよ巨人、俺は此処に居る!」





全く、頼もしい限りだ。

劣勢であった戦況は均衡へと傾きつつある。自分の何十倍、いや何百倍もの質量の巨人と正面から打合い、その余波こそ届くが宣言のとおりに巨人を一歩も此方へと寄せ付けてはいない。

先日に戦っておいてなんだが、我が事ながらよくもあのような勇者と戦い生き延びたものだ。純粋な戦闘力では自分の知るどのメイガスよりも遥かに強いその男。

それでも、今の彼を人外の怪物などとは思わない。あの夜の獣などでは無い、傷つき、何度倒れてもなお立ち上がる、自分の事を友と呼んでくれた男の姿を、その様に簡単な言葉で表したくは無かった。


「なればこそ、この一撃に全てを懸ける」


ベオは言葉通りその役目を果たしている。ならば自分は、その献身に応える為に一身を賭ける。あの夜の様に死を厭わぬ一撃では無く、その先へ自分も進むために。


「聞け、そして応えよ。我らの敵を討ち、我らの路を拓け」


槍の刃はかつてない程に延長され、その刀身を形造る魔素の密度も殆ど結晶化していると言っても良い。

この環境下においてという条件も有るが、歴代のフィアナ騎士団団長の誰もが再現出来なかった、かつての伝承の再現。


「瞳を開け、マク・ア・ルイン!」


受け継がれたフィンの名の始まり。数多の偉業を為した大英雄の権能の一つ。

真なる妖精殺しが此処に完成した。





「ベオ、用意が出来た!」


背後から感じていた渦巻く圧力が頂点に達し、その一撃が用意されたと分かる。だが。


「まだ、だ!」


そう、まだ早い。

戦いの中で幾らか巨人の動きは鈍くなりつつあるが、その速さは未だ健在。そんな状態でとっておきの一撃を躱されでもしたらたまったもんじゃない。


「だが、この間に分かった事が有る。この巨人には弱点と言っても良い点がある!」


どういった理屈か分からないが、この巨人には視力が無いか、まともに機能していない。そう気が付いたのは些細な事だ。この巨人の眼は確かに開き、眼球も何かを補足する様にぐるぐると動いている。だが、その視線と四肢の反応が連動していない。

例えば右から攻めれば右側のいずれかの手が迎撃に反応する。しかしその動作に視線を感じない。巨人の頭部はある段階から呆けたように前を視たままで、此方の存在を意に介していない。

疑問は幾度かの接触で確信に変わった。この巨人は視覚では無く、恐らく皮膚から伝わる触覚のみで反射的な反撃を行い、自己を護っているのだと。

それが機能的な問題なのか、それとも他に要因があるのか。その判断は後回し。その性質があったからこそ自分が派手に動き回る事で囮役を果たし、今までの時間を稼げた。


「だがそう単純な話でも無い。現に今、その槍にこいつはご執心だ!」


その反応が今のままでは逆に働く恐れがある。これも戦いの中で分かった事なのだが、こちらの攻撃における迎撃にも、その脅威の判断基準が有るようで、今一番巨人が強く反応している対象はオルターと彼の構える妖精殺し。それ故にまだ余力のある巨人がその一撃を甘んじて受けてくれる筈は無く、どの様な反応を引き起こすか分からないのだ。


「あと何か一手、もう一押しなんだ!」


確かに巨人の損耗は感じ取れる。しかしまだ底は深い。一度限りの切り札を切るには不安要素が多すぎる。


「こうなりゃもう一撃、全力のグラムで巨人の中心部を狙う!その隙に俺に構わずあの巨人を斬れ!」

「人には許さぬくせに自分を犠牲にするなどと馬鹿を言うな!それに魔素で編まれたマク・ア・ルインでは外皮を切り裂きこそすれどそこまでで、致命には届かない。巨人の核を砕くには貴公の大剣の一撃が不可欠なのだ!」

「だがこのままでは削り殺される。一か八か、は?おい、何だと!?」


その男どもの不毛なやり取りもなんのその。彼女は颯爽と、驚くオルターの脇を駆け抜けて、俺の元まで辿り着いた。

どうやって此処までだとか、約束はどうしただとか、何を考えているだなんて、単純な問いすら今は浮ばない。


「ベオ、聞いてくれ」


だから、彼女のその声は。


「マスターが言っている。私なら、あの巨人を足止め出来る」


ハッキリとこの三角の耳に届き、こんな状況であっても、その決意は揺らがないのだと理解してしまった。


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