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第7話 揺れる心(テオアルディ視点)

その日の深夜。

テオアルディはアナスタシアにつけていた五人の護衛を呼び出した。

剣の名手でありテオアルディ側近のカイル。

冷静沈着な女騎士ライザ。

盾役として名高い騎士団副団長ガーク。

変装の達人シノ。

罠解除の名手ヨルン。

三か月前、テオが密命を与えた精鋭たちだ。

──アナスタシア嬢の望みを叶えろ。

──人身売買で売られた人々を救い出せ。

──そして、彼女を絶対に守り切れ。

それがテオアルディの命だった。


だが今、テオアルディの表情は険しい。

「……どうしてこんなことになったんだ」

カイルが肩をすくめる。

「ルーク殿の話は全く知りませんでしたよ」

「知らないわけがないだろう」

ガークが首を振る。

「いえ、夜会で挨拶したときと、ルアンナ様を迎えに来られたときくらいですよ」

「本当か?」

ライザが申し訳なさそうに口を開く。

「すみません……

実はアナスタシア様が一人で闇市場に出かけたことがありまして。

その時にも会われました。

後、ルアンナ様を逃がすためにアナスタシア様が囮になったようで。

その時もルーク殿が助けてくれたようです」


テオアルディの眉が跳ね上がる。

「お前たち、あれほど守れと言ったのに!」

カイルが両手を上げた。

「殿下、今だから申し上げますが……

アナスタシア様はすぐに一人で飛び出しちゃうんですよ。

いくら止めても聞かないんです。

ヴァルカン帝国の要人のパーティに潜入したときなんて、どうなるかと……」


シノが頷く。

「そうそう。休憩室に連れ込まれたときは、本当に肝が冷えましたよ」

「ばっ、シノ! 言うなって!」


テオアルディの目が見開かれる。

「……なに? そんな話、聞いてないぞ」


カイルが小声で言う。

「言ったら怒るじゃないですか……」

「当たり前だ! お前たちがいながら、なぜ阻止できなかったんだ!」

ライザが静かに言った。

「ですが、アナスタシア様ご自身で解決されました。

私たちも必死に探しましたし、しっかりお守りいたしました」


ガークが腕を組み、ゆっくりと口を開いた。

「殿下。アナスタシア様は……覚悟を決めておられます。

彼女の慧眼には、我々も頭が下がる思いです。

度胸もある。体術もなかなかのものです。そして……美しい」


テオアルディが睨む。

「……何が言いたい?」


ガークは微笑んだ。

その表情には、武人としての敬意と、ひとりの男としての率直さがあった。

「彼女を止めることは、誰にもできませんよ。

それは殿下が一番よくご存じでしょう。

アナスタシア様のおかげで、我が国もノルディア王国も救われた。

そして──あれほど魅力的な女性です。

惚れられるのは……当然のことです」


静寂が落ちた。

テオアルディは目を伏せ、深く息を吐いた。


ガークは最後に、穏やかな声で締めた。

「殿下。アナスタシア様は……守られてばかりいる方ではありません。

自分で選び、自分で動く強いお方です」


テオアルディは黙って聞いている。

ガークは続けた。

「だからこそ……殿下がどうしたいのか、です。

アナスタシア様と、そしてご自身と──向き合ってください」

それだけ言うと、ガークは深く頭を下げた。


自室に戻ったテオアルディは、ベッドに寝転がり天井を見つめた。

…自分自身と向き合えっていわれても…


……俺は本来、気が弱くて、すぐ暗い方へ考えるタチだ。

そんな俺が今こうして立っていられるのは、グレイと出会ったからだ。


かつて、グレイと俺は“ライとハル”と名乗り、

全国を巡って魔獣を討伐していた。

伝説のS級冒険者なんて呼ばれた時期もあったが、

実際に魔獣を倒していたのはほとんどグレイだ。

俺は魔力過多で魔獣を惹きつける厄介者だった。

それでもグレイは嫌な顔ひとつせず、

怒鳴りながらも、ずっと隣にいてくれた。

魔力制御ができるようになったのも、

俺が俺自身を認められたのも、全部グレイのおかげだ。


剣技は中の上。

可もなく不可もなく。

だが、魔力を剣に乗せれば巨大な魔獣も斬れる。

グレイはそれを“お前にしかできない戦い方だ”と言ってくれた。


……そんな俺は、根がひねくれている。

自他ともに認めるほどにな。


王子に戻った途端、女が群がってきた。

どいつもこいつも俺の顔と肩書しか見ていない。

まあ、俺も人のことは言えない。

どうせ理解してくれる女なんていないと、

俺も顔とスタイルで選んでいた。

特定の女を作るのは面倒だ。

その日の気分で相手を決めていた。


そんな俺が──アナスタシアを見つけた。


最初の彼女は地味だった。

ピンクブロンドに濃い紫の瞳。

スタイルは抜群だが、目立つ格好はしていない。

友人のフィーナ嬢と仲良く過ごしている姿を、

俺はただ視界の端で見ていた。


だが、ある時から派手になり、

見目の良い伯爵令息を連れて歩くようになった。

その時は何も思わなかった。


……ある密書を読むまでは。


実家の悪行、婚約者の悪行を暴き、

そして自らも罰せられようとする。


俺と同じだ。

こいつは相当ひねくれている、と直感した。

だから思った。

“俺の手で笑わせたい”と。


彼女に伝えたあの言葉──


「生きていい理由は、もう見つかったな。

君、ハルの大ファンなんだろ?

だったら……俺の隣の特等席は見逃せないだろ?」


あれは俺なりに覚悟を決めたつもりだった。


だが、アナスタシアは俺の側にいない。

彼女はどうしても人身売買の犠牲者を救いたいと言った。

自分を受け入れるのは自分しかできない。

それは俺もよく分かっている。

一緒に行動したかった。

だが、王子としての務めがある。


だから精鋭五名を選び、

公的には特殊任務として召集した。

──彼女を守れ。

──彼女の望みを叶えろ。


俺はそんなことができる立場の自分に酔っていたのかもしれない。

慢心していた。


あいつが戻る場所は俺しかないと。

……また悪い癖が出る。

気弱で暗い思考が顔を出す。


アナスタシアは、自分の足で立って、自分の道を選べる人だ。

自由に動ける方が、きっと彼女には合っている。


……あの男は、そんな彼女を支えられるのかもしれない。


じゃあ俺は、どうしたいんだ。


彼女があの男と並んでいるのを見たとき、

胸が焼けるほどイライラした。

最初は、渡すもんかと思った。


だが……


彼女を幸せにできるのは、本当に俺なのか?


俺は──

彼女をどうしたいんだ。


その答えが、まだ出ない。

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