第5話 二つの勝利(グレイ視点)
走りながら、次々と報告が飛び込んでくる。
「北門、大型二体中心に小型数体!
西の倉庫街は中型多数!
南の水路は小型が群れています!」
テオは一瞬で状況を組み立て、息を切らしながらも迷いなく声を張った。
「第2隊は俺と北門へ!
第3隊はグレイと西の倉庫街!
第4・第5隊は南の水路管理棟だ!
急げ!」
「「「はっ!」」」
討伐隊が騎乗し、三方向へ怒涛の勢いで散っていく。
テオは横を走るグレイに短く言う。
「グレイ、そっちは任せた!」
「ああ。テオも無茶するなよ」
「分かってる。行くぞ!」
その直後──
王都全域に、重く低い鐘の音が鳴り響いた。
テオは北門へ駆けつけ、討伐隊とともに剣を振るった。
「前へ押し返せ! 市民を避難させろ!」
巨大な魔獣が咆哮しながら突進してくる。
テオは踏み込み、魔力を刃へ流し込んだ。
振り下ろされた腕を刃で受け止めた瞬間、衝撃が走る。
押し返されそうになりながらも、テオは力を込めて押し返し、
光をまとった刃を魔獣の胸へ叩き込んだ。
瘴気が弾け、魔獣がよろめく。
テオは逃さず、もう一撃を叩き込み──
ようやく巨体が崩れ落ちた。
「……これが閃光のハル……」
兵士の呟きを背に、テオは次の魔獣へ駆け出した。
グレイは第3討伐隊を率いて倉庫街へ突入していた。
「来るぞ──構えろ!」
影の奥から中型の魔獣が飛び出す。
その瞬間、グレイの姿がふっと掻き消えた。
「──っどこだ!?」
兵士が目を見開くより早く、魔獣の背後で金属音が弾けた。
グレイの刃が魔獣の脚を斬り裂き、巨体がぐらりと傾く。
倒れ込む前に、さらに二太刀。
喉元を断ち切られ、ようやく魔獣が崩れ落ちた。
「ひ、速すぎる……!」
兵士が息を呑む間にも、別の魔獣が唸り声を上げて突進してくる。
「下がるな! 囲まれるぞ!」
グレイは地を蹴り、魔獣の懐へ滑り込む。
腕を狙う一撃、続けて腹部へ深い斬撃。
魔獣が怒号を上げて暴れ回るが、
グレイはその動きを読み切り、最後の一太刀を喉へ叩き込んだ。
「まだ来るぞ! 構えろ!」
兵士たちが奮い立ち、
連携して魔獣の動きを止め、
グレイが急所を確実に仕留めていく。
激しい攻防が続き──
ようやく倉庫街の魔獣はすべて沈黙した。
「取り残しがいないか、倉庫内を確認する!」
グレイの号令で、討伐隊は倉庫の扉を押し開けた。
すると、中には、二メートル四方ほどの巨大な木箱が十数個、無造作に転がっていた。
どれもボロボロで、蓋は砕け、側面には深い爪痕。
兵士が息を呑んだ。
「こ、これは……
この中に魔獣を眠らせていたのでしょうか……?」
グレイは箱の縁に触れ、鋭い目で傷跡を確かめた。
「……中から暴れた跡だな。
眠りから覚めて、箱を破って出てきたんだろう」
その時、倉庫の奥の微かな物音をグレイは聞き逃さず、走り出した。
「誰だ!」
影が揺れ、黒いマントをまとった男が姿を現した。
男はグレイの顔を見るなり、驚愕に目を見開いた。
「……お前……死んだはずじゃなかったのか……!」
(死んだ? 何を言っているんだ?)
「お前は、ヴァルカン帝国の間者だな」
グレイが言った瞬間、男が懐から短剣を抜き放つ。
「話が通じる相手じゃなさそうだな」
二人は一気に間合いを詰め、グレイが男の探検を弾き飛ばした。
「ぐっ──!」
グレイは男の腕をひねり地面に押さえつける。
「動くな!」
男は押さえつけられながら、狂ったように笑った。
「……もう遅い……この国はお終いだ──」
グレイは冷たく言い放つ。
「無駄だ。お前たちの計画はすべて潰されている」
男の笑いが一瞬止まる。
「……何……?」
「王都の魔獣も、国境の軍勢も、全部読んだ上で動いている。
お前たちの思い通りにはならない」
男は悔しげに歯を食いしばり、黙り込んだ。
テオアルディとグレイが戦っている間、
王城の大広間には、張りつめた空気が漂っていた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
フィーナは落ち着かない様子で何度も扉の方へ視線を向ける。
隣には父であるアルヴェール子爵、そして第一王子レオナルトが控えていた。
「大丈夫だ、フィーナ嬢。テオもグレイも、そう簡単に倒れはしない」
レオナルトが穏やかに声をかけると、
フィーナは小さく頷いたものの、不安は隠しきれなかった。
その時──
重い扉が開き、二つの影が駆け込んできた。
「兄上、ただいま戻りました!」
テオアルディとグレイだった。
フィーナは胸を押さえ、安堵の息を漏らした。
二人とも傷はあるが、しっかりと立っている。
グレイはフィーナを見つけると安心させるように微笑んだ。
テオアルディがレオナルトに近づき、報告に移る。
「王都の魔獣は殲滅しました。ただ……被害は大きい。
救急班が負傷者の救助に当たっています」
レオナルトは深く頷いた。
「よくやった。まずは救護と立て直しを急がねばならない」
だが、すぐに表情を引き締める。
「……だが、問題はまだ終わっていない。
魔獣の残り香が王都に漂っているせいで、
王都外からも魔獣が集まり始めているらしい」
フィーナが息を呑んだ。
グレイも静かに頷いた。
「外の魔獣が動き始めているのは、俺たちも道中で感じた。
このままでは、第二波が来る可能性が高い」
重い空気が大広間に落ちる。
フィーナはぎゅっと手を握りしめ、
そっと父──アルヴェール子爵へ視線を向けた。
子爵は静かに頷き、娘の背を押すように目で促す。
フィーナは一歩前に出た。
「……あの、王太子殿下。
もしお許しいただけるなら、私から提案があります」
レオナルトがフィーナに視線を向ける。
「聞こう」
フィーナは深く息を吸い、落ち着いた声で続けた。
「魔獣は、ハーブウォーターを浴びると魔力が大きく浄化されます。
王都の外壁から霧状に散布できれば、外から集まり始めている魔獣の魔力を削ぎ、侵入を防げるはずです」
テオが目を見開く。
「……ハーブウォーターは魔獣にも効くのか?」
グレイはハッと思いだす。
「……そういえば、北の泉でも、ハーブウォーターに触れた魔物が動けなくなっていたな。
あれは偶然じゃなかったのか」
フィーナは頷き、続けた。
「ええ。今朝、リューが増産分のハーブウォーターを届けてくれたのですが……
領地の近くで小型の魔獣が現れた時、
ハーブウォーターを浴びた魔獣が急激に弱ったという報告がありました」
テオアルディが眉を上げる。
「なるほど。弱体化した魔獣なら、警備兵でも十分対処できる」
フィーナはさらに一歩踏み出した。
「……そして、もう一つ。
ミストラ草の精油を使えば、
魔獣を特定の場所へ誘導できるかもしれません」
レオナルトが目を細める。
「誘導……?」
「はい。
水溶性のハーブウォーターは浄化作用がありますが、
油性の精油は逆に魔獣を引き寄せる作用があります。
これを使用して、北の泉に誘い出し、浄化させるのです」
レオナルトは深く頷いた。
「……なるほど。
王都をハーブウォーターの霧で守り、泉の浄化作用で弱らせる。
二段構えの作戦か」
「はい」
レオはしばらく考え、力強く頷いた。
「よし。すぐに準備に入ろう。フィーナ嬢、しばらく生産を頼めるか?」
フィーナは胸に手を当て、静かに頭を下げた。
「……お役に立てるのなら、何でもいたします」
ハーブウォーターの利用方法を詳しく説明していると、
外から、鋭い鳴き声が響いた。
レオナルトとテオが同時に顔を上げる。
「来たな」
レオナルトが窓を開け放つと、大鷲が舞い降りる。
レオナルトはその喉元を撫で、足の青い筒を外した。
「ご苦労だった」
封を切ったレオナルトは、考え込みながら声を発した。
「……我が軍が勝利した……」
テオは苦笑しながら肩をすくめた。
「わかってますよ。内容を教えてください」
フィーナが驚いた顔をしていたので、テオは青い筒を指さした。
「こいつはガルディオス兄上の大鷲で、青い筒は良い知らせの時なんだよ」
レオナルトは難しい顔をしながら、手紙をテオに渡した。
「読んでみろ」
『ノルディア王国より援軍来たり、合わせて二万の兵となり、
ヴァルカン帝国軍を挟み撃ちにして撃破し勝利した。明日、帰還する』
テオが声を出して読み終えた瞬間、
大広間に歓声と安堵の息が広がった。
だが──
その安堵の中に、明らかな驚きが混じる。
レオが眉を寄せる。
「……ノルディア王国の援軍なんて、そんな話、どこからも上がっていなかったはずだが」
テオも困惑を隠せない。
「国境が守られたのは喜ばしいが……
ノルディアが動く理由が分からない。
まだ安心するのは早いかもしれん」
レオは手紙を見つめ、静かに息を吐いた。
「何はともあれ、明日ガルディオスが戻れば、
事の真相は分かるだろう」
大広間には、
安堵と、
そして小さなざわめき──
“何が起きたのか”という疑問が残った。




