第4話 王都の危機(グレイ視点)
王城の長い廊下を、侍従が静かに先導していく。
その後ろを、テオ、グレイ、そしてフィーナが歩いた。
フィーナの肩がわずかに震えているのが分かった。
無理もない。王城は初めてで、しかも第一王子との謁見だ。
(大丈夫だ。俺がついてる)
そう心の中で呟きながら、彼女の歩調に合わせた。
侍従が足を止め、重厚な扉の前で振り返る。
「こちらでございます。
第一王子殿下は、すでにお待ちです」
扉が静かに開かれた。
部屋の奥では、
レオナルトとフィーナの父──アルヴェール子爵が
向かい合ってソファに座っていた。
フィーナが驚きで足を止める。
(……父親を呼んでいたのか。王太子らしい配慮だな)
テオが進み出る。
「兄上、ただいま戻りました。先の報告通り、北の泉の汚染が元に戻りました」
「ご苦労だった、テオ」
そしてすぐに、フィーナへ視線を向ける。
「フィーナ嬢。
君の父上には、先にお越しいただいていた。
北の泉の件で、君に直接礼を述べたいと思ってね。
家族の方にも立ち会っていただくのが筋だと判断した」
フィーナは深く礼をする。
「第一王子殿下にお目にかかり、光栄に存じます。
アルヴェール子爵が娘、フィーナ・アルヴェールと申します」
「うむ。よく来てくれた」
その声に緊張が少し和らいだのか、
フィーナはそっと父の方へ視線を向ける。
「……お父様」
立ち上がっていたアルヴェール子爵は
娘を安心させるように微笑んだ。
「フィーナ。無事で何よりだ。よく頑張ったね」
フィーナは胸がいっぱいになったようで、言葉が出てこない。
(……よかったな、フィーナ)
その様子を見守っていたレオナルトが、
静かに口を開いた。
「アルヴェール子爵、そしてフィーナ嬢」
「その方たちの尽力のおかげで北の泉は守られた。
王家として、深く感謝している」
父もフィーナも恭しく頭を下げた。
レオナルトは続けて、
少しだけ表情を曇らせる。
「本来なら──
この場には国王陛下が立ち会い、
直々に礼を述べるべきところだ。
だが、陛下は現在、病に臥せっておられる。
ご病状こそ重くはないが、しばらく静養が必要でな。
代わりに私が務めさせてもらうことを、どうか許してほしい」
アルヴェール子爵は深く頭を下げた。
「殿下のお言葉、身に余る光栄にございます。
陛下のご快癒を心よりお祈り申し上げます」
フィーナも胸の前で手を揃え、丁寧に礼をした。
「……もったいないお言葉です、殿下。
これからも恥じぬよう努めてまいります」
レオナルトは満足そうに目を細めた。
「その心がけこそ、アルヴェール家の誇りだ。
君のような者が国を支えてくれることを、私は嬉しく思う」
その後、テオの報告を一通り聞き終えると、
レオナルトは深く頷いた。
「そうか……
ハーブウォーターによって北の泉は完全に浄化され、
周辺の魔獣反応も鎮静化したんだな。
本当に、よくやってくれた」
安堵の息をついたあと、
レオナルトは興味深そうにフィーナへ視線を向ける。
「それにしても──
そのハーブウォーターの効果は実に興味深い。
ハーブウォーターはどうやって作っているんだい?」
フィーナは姿勢を正し、静かに答えた。
「はい、殿下。
アルヴェール領では小麦が盛んなのですが、
その小麦の休耕期にミストラ草という薬草を植えています。
ミストラ草は土地を元気にしてくれると昔から言われている薬草です。
休耕期に植えたミストラ草を刈り取り、
精流の滝からとれた水で蒸留し調合しています」
レオナルトは満足そうに頷いた。
「なるほど。アルヴェールならではな栽培法だな」
レオナルトはテオとグレイに視線を向ける。
「テオ、たしか、グレイにも調査してもらっていたんだよな」
グレイは一歩前に出て、静かに口を開いた。
「はい。
結論から申し上げますと、ミストラ草と精流の水には相乗効果があります。
その根本には──アルヴェール領そのものが持つ特異性が関わっていると考えています」
レオナルトが興味深そうに眉を上げる。
「特異性、か。続けてくれ」
「まず、アルヴェール領は王国の中でも魔獣の発生率が極端に低い土地です。
これは古い伝承にもありますが、
『精霊がこの地を守っている』
という話が、あながち迷信ではないのかもしれません」
レオナルトとテオが視線を交わす。
グレイは続けた。
「精流の滝から流れる水は、アルヴェール領全体に張り巡らされた水脈へと注ぎ、
その支流の多くが小麦畑を潤しています。
つまり──
小麦畑の休耕期に植えたミストラ草は、
自生しているものよりも精流の水を最も濃く吸い上げて育つため、
蒸留した際の浄化成分の濃度が格段に高くなるのではないかと」
アルヴェール子爵が、静かに一歩前へ出た。
「……補足させていただいてもよろしいでしょうか、殿下」
レオナルトが頷く。
「もちろんだ。続けてくれ」
「ミストラ草についても、実は、古い伝承が残っております。
あの草は、もともと自生していた薬草ではなく──
先人がアルヴェールの土地に合うように改良したものだと伝えられているのです」
フィーナが驚いたように父を見る。
「改良……? そんな話、初めて聞きました」
「うむ。
アルヴェール家に伝わる古文書には、こう記されています。
“精霊の声を聞いた者が、土地を癒やす草を作れと告げられた” と。
そして長い年月をかけて薬草を掛け合わせ、今のミストラ草の原型を作り上げた──と」
レオナルトが目を細める。
「精霊のお告げ、か……興味深い話だな」
子爵は静かに続けた。
「精流の滝の水脈と相性が良いのも、その改良の結果だと考えられています。
アルヴェールの土地でしか力を発揮しないのは、そのためでしょう」
フィーナは胸に手を当て、小さく息を呑んだ。
「……だから、本当にアルヴェールでしか咲かないのですね」
子爵が頷く。
レオナルトは深く頷き、満足そうに言った。
「つまり──
精流の水の加護を受けたミストラ草を蒸留したハーブウォーターは、
魔獣の瘴気を分解する精霊の力の濃縮したものと考えてよいのだな」
グレイが頷く。
「はい、殿下。あくまで推測ではありますが、現象としては説明がつきます」
レオナルトは深く頷き、満足げに息を吐いた。
「……そうか。そういうことなら納得できる。
アルヴェール領が特別な理由も、ミストラ草の効力も、すべて一本の線で繋がるな」
その時だった。
コン、コン──。
「王太子殿下、至急の書状が届いております!」
緊迫した侍従の声が、部屋の空気を一変させた。
「入れ」とレオナルトが声をかけると、
侍従が息を切らしながら封筒を差し出した。
「アナスタシア様より……緊急とのことです」
テオが受け取り、封を切る。
読み進めるにつれ、その表情が険しく変わっていく。
「……兄上。これは……」
「読め」
テオは深く息を吸い、手紙の内容を読み上げた。
ーーーーーーーーーーー
テオアルディ殿下のご懸念の通り、北の泉の汚染はヴァルカン帝国の策でした。
帝国は魔獣を強制的に眠らせる技術を完成させており、
北の泉を汚染させて魔獣を覚醒させた後、そのまま眠らせて王都へ搬入しています。
搬入先は王都内の三か所──
北門付近、西の倉庫街、南の水路管理棟。
いずれも、時間差で魔獣を目覚めさせる計画です。
さらに、帝国軍はすでに国境方面で侵攻を開始しており、その兵数は一万。
王都の混乱と同時に国境から攻め込む二段構えの作戦と見られます。
どうか、一刻も早い対策を。
シア・テル
ーーーーーーーーーーー
読み終えた瞬間、執務室の空気が重く沈んだ。
レオナルトは机に手を置き、低く言った。
「……アナスタシア嬢は、ここまで掴んでいたのか。
帝国の動きと王都内部の状況を同時に把握するとは……
それにしても、帝国め……卑怯な手を使いやがって……」
フィーナは震える声で呟く。
「王都も……国境も……どうなるの……?」
レオナルトは視線をテオへ向け、静かに続けた。
「お前の言うとおりだったな。
ガルディオスを国境に向かわせておいて正解だった」
突然出た第二王子殿下の名前に、フィーナとグレイは思わず顔を見合わせる。
テオが二人に向き直り、簡潔に説明した。
「北の泉の汚染が帝国の仕業なら、これだけで終わるはずがない。
そう考えて、兄上たちと協議して、
ガルディオス兄上が一万の兵を率いて国境に展開しているんだ」
(……さすがだな、テオ)
だが、テオは手紙を握りしめ、悔しげに眉を寄せる。
「だが……相手も一万とはな」
レオナルトはすぐに立ち上がり、弟の肩に手を置いた。
「テオ。今は王都を離れるわけにはいかない。
魔獣の対処はお前が最も適任だ。
国境はガルディオスに任せよう。
あいつは戦場での判断に長けている。
こちらが動けば、王都が手薄になるだけだ」
「はい、兄上」
二人の視線が交差し、次の瞬間、
テオは扉の外に控えていた兵士に鋭く命じる。
「全魔獣討伐隊を正門前に召集しろ!」
「はっ!」
兵士が駆け出すと、グレイは剣を手に立ち上がった。
「俺も行く」
フィーナも思わず声を上げる。
「わ、私も──」
その瞬間、別の兵士が駆け込んできた。
「報告! 北門に魔獣が出現しました!数十体規模です!」
部屋の空気が一気に張りつめる。
「……始まったか」
テオは短く息を吐いた。
グレイはフィーナへ向き直る。
「フィーナは王城で待っててくれ」
「ど、どうして……?」
グレイは真剣な眼差しで問い返す。
「フィーナは剣を扱えるのか?
魔獣を倒したことがあるのか?」
フィーナは言葉を失い、首を横に振る。
グレイはフィーナの両肩に手を乗せ、優しく、しかし強い声で続けた。
「今回は討伐隊が揃ってる。
頼む、父君と一緒に王城で待っててくれ。
お前まで危険に晒すわけにはいかない」
フィーナは唇を噛み、それでも静かに頷いた。
「……わかったわ」
テオ、グレイ、そして兵士たちは一斉に部屋を飛び出した。
(必ず守る。王都も……フィーナも)
胸の奥でそう硬く誓いながら。




