番外編 アナスタシアの帝国潜入記(前半)
アナスタシアに付けられた護衛は五名。
ー剣の名手でテオアルディ側近のカイル
ー冷静な女騎士ライザ
ー盾役の騎士団副団長のガーク
ー変装の達人シノ
ー罠解除のヨルン
彼らはテオアルディが密かに選び抜いた精鋭であり、
三か月間の密命を帯びていた。
「アナスタシアの望みを叶えろ。
人身売買で売られた人々を救い出せ。
そして──彼女を絶対に守り切れ」
それがテオアルディの命だった。
ヴァルカン帝国の上層部が集う夜会。
今回で4回目の参加。今までは収穫なし。
それでも諦めないアナスタシアに、5人は次第に心を動かされていた。
アナスタシアは清楚な白ドレスでガークとペアを組み、
カイルとライザは貴族夫婦として潜入。
シノとヨルンは給仕に化け、会場を自由に動き回る。
アナスタシアとガークは、軽く腕を組みながら、周囲を探っていた。
ふと──
視界の端に、深紅のクラバットが映る。
金糸で縫われた、奇妙な形の刺繍。
見覚えがある。
(どこかで……)
記憶の底を探るように、アナスタシアはゆっくりと息を吸った。
(……そうだ。父のクラバットにもあったわ。でも形が逆)
アナスタシアは息を呑んだ。
(……っ!あの刺繍を合わせるとドクロになる!)
全身に冷たいものが走る。
(なんてえげつないの!!)
アナスタシアははやる気持ちを抑え、ガークに気づいたことを伝える。
ガークは目を見開いた。
「……つまり……!」
アナスタシアは静かに頷く。
「ええ。あの男は関与している可能性が高いわ」
ガークは目を丸くした。
(……このお嬢様、やっぱり只者じゃない)
一方、シノは給仕姿でワインを配りながら、
裏口で怪しい男たちが「闇市場」「新しい荷が入った」と話しているのを聞き取った。
(よし、闇市場の場所、掴んだ)
ガークがカイルたちに今の情報を伝えている頃、
アナスタシアはふと視線を感じ、さりげなくその場を離れた。
すると、銀髪に淡い青の瞳の気品ある男ルークが、アナスタシアに近づく。
ルークはノルディア王国の騎士団長であり、ヴァルカン帝国に潜入捜査中だ。
ルークはアナスタシアの行動が怪しいと感じていた。
「初めまして、とても美しい方。私は“レオン”と申します。ご一緒させていただけませんか」
一方、アナスタシアもルークが何か探りを入れてきていると感じた。
「まあ、お上手ですこと。私は“アンナ”と申しますわ。残念ながらパートナーがいるんですの」
アナスタシアも偽名で答える。
(この男……ヴァルカン帝国人ぽくないわね……)
(この女性……視線が鋭い。情報を探っている目だ)
アナスタシアと男が言葉を交わしているのを見て、
ガークが慌てて戻ってきた。
小声で囁く。
「傍を離れないでと言ったじゃないですか」
二人はそのまま自然に別れたが──
この出会いが後に国を動かすとは、
まだ誰も知らなかった。
夜会で得た情報をもとに、
アナスタシアと5人は闇市場へ潜入した。
だが──
アナスタシアが急に柄の悪い男に話しかけた。
「ここにしか買えない“特別な品”があるって聞いたのだけれど?」
「嬢ちゃん、ここは遊びで来る場所じゃねぇぞ」
男がアナスタシアの手をつかんだ瞬間、
奥から屈強な男たちが十数人、ぞろぞろと姿を現した。
「アナ様ぁぁぁ!!」
ガークが叫び、他の4人と共に背後から飛び込む。
カイルの剣が閃き、
ライザの蹴りが男を壁に叩きつけ、
ガークが3人まとめて吹き飛ばし、
シノが影のように背後から眠らせ、
ヨルンが罠を解除しながら道を切り開く。
わずか数分。
十数人の屈強な男たちは、全員地面に転がっていた。
「……皆さん、すごいわ!」
「アナ様、先走るのはやめてください!」
ガークが諫めると、アナスタシアは申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい、でも、我慢できなくて。さあ、先を行きましょう」
アナスタシアは檻の前に歩み寄り、
震える女性二人を優しく抱き寄せた。
「大丈夫。あなたたちはもう自由よ。安全な場所まで送るわ」
二人は泣き崩れながら頷いた。
アナスタシアが次の檻に目を向けたとき──
痩せこけた中年の男性が、弱々しくこちらを見つめていた。
その顔を見た瞬間、アナは息を呑んだ。
「……もしかして……エルンスト博士、ですか?」
男の目が大きく見開かれた。
「き、君は……?」
「私たちはエルディア王国から来ました。
博士、一緒に帰りましょう」
だが博士は首を振った。
「……帰れない。
私は……祖国を裏切ってしまったのだ……」
アナスタシアは静かに膝をつき、博士の手を取った。
「どういうことですか?」
博士は苦しげに目を伏せた。
「尋問に……耐えられなかった……
北の泉のことを……話してしまった……
帝国は……魔獣を操る方法を探っている……
私のせいで……泉が……」
アナスタシアは首を横に振った。
「博士。
あなたが悪いんじゃない。
悪いのは、あなたを捕らえた帝国よ」
博士の目が揺れる。
「でも……私は……」
「博士がいなければ、私たちは泉の危機に気づけなかった。
あなたの知識が必要なの。
だから──一緒に帰りましょう」
しばらく沈黙が続いた後、
博士は小さく頷いた。
「……わかった。君たちと……帰ろう」
アナスタシアは微笑み、立ち上がった。
「よかった。さあ、行きましょう。
ここはもう安全じゃないわ」
女性二人を保護団体に託し、
博士と共にエルディア王国へ帰還した。
テオアルディは彼らを迎え、
アナスタシアの無事に胸を撫で下ろした。
「よく戻った、アナ……」
その声に、アナスタシアの胸が熱くなる。
アナスタシアはフィーナやグレイとも再会し、
しばしの休息を取った。




