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救済の勇者は、また目を覚ます  ―ひび割れた魂の転生譚―  作者: 神谷絵馬
幼少期

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19/21

ローゼン公爵家 ――魔灯の揺れる廊下、静かな刺



屋敷に戻ると、セシルは挨拶だけして自室へ向かった。

走らない。振り返らない。扉が閉まる音も小さい。


その背中を一度だけ見送って、カラーは息を吐く。

甘い香りの奥に、熱の抜けた金属みたいな匂いが混じる。


隣を歩くサイモンが、困ったように笑った。


「疲れた顔だな」


「疲れたのは、目よ」


カラーは廊下の魔灯を指先でなぞるみたいに言った。

灯りが揺れる。揺れたのは灯りだけじゃない。


「……面白い子ね、ブロアの長男」


「“面白い”で済ませていいのか?」


「済ませる気はないわ」


短く、はっきり。

言葉の切れ味が、王国魔術師筆頭のそれになる。


サイモンが声を落とす。


「セシルが、あの子の前で表情を崩さなかったのは意外だった」


「負けん気よ。……でも、今日はそれだけじゃない」


カラーの視線が、セシルの部屋の扉へ一度だけ滑って――すぐに戻る。

戻った先は、別の名前だった。


「エド・ブロア」


その名を口にした瞬間、空気が少し冷えた。

言葉にしただけで、重くなる名前がある。


サイモンは小さく眉を上げる。


「そんなに気になったか」


「……見えてしまったのよ」


カラーは、笑いもしない。

言い訳もない。見えたものを見えたと言うだけの顔。


「魔力量」


サイモンが息を飲むほどでもない単語のはずなのに、廊下の静けさが一段深くなる。


「筆頭魔術師の“並”ですらない。……私と同じか、それ以上。五歳で、あれは――」


言い切らず、飲み込む。

飲み込むのに、目だけが鋭い。


サイモンが小さく首を振った。


「ブロア家は騎士の家だ。魔法の血筋ではないだろう」


「血筋だけで説明できるなら、私は今日、こんな顔をしてない」


カラーは歩みを止めずに言った。

止めないからこそ、言葉が刺さる。


「……あの子、抑えていた」


「抑えていた?」


「ええ。漏らさないように。誰にも気づかれないように」


サイモンは苦笑する。


「五歳が?」


「五歳だからよ」


カラーの声が低くなる。

魔術師の声だ。


「魔力が大きい子は、だいたい無自覚に溢れる。誇りたくなる。試したくなる。……なのに、あの子は“しない”を選んでいる」


“しない”を選ぶ。

それは技術じゃなく、癖だ。癖は、簡単に矯正できない。


カラーは、ほんの一瞬だけ――欲の匂いを漏らした。


「……教えたい」


たった四文字。

言ってしまってから、彼女自身が少しだけ眉を寄せる。自分の中の衝動に触れてしまった顔。


サイモンが静かに言う。


「王国魔術師筆頭として、か。母として、か」


カラーは返事をしない。

返事をしない代わりに、廊下の灯りを見た。灯りの揺れを見て、落ち着かせるみたいに呼吸を整える。


「……教えれば、伸びる。伸びすぎる」


「危険か?」


「危険よ。国にとっても、本人にとっても」


サイモンは目を伏せた。


「セシルは、泣かない」


「人前ではね」


カラーは柔らかく笑う。その笑みは優しい形をしているのに、芯が硬い。


「泣かない子の前に、助けを求めない子がいる。……そこに、筆頭級の魔力が乗る。どうなるか分かる?」


サイモンは答えない。

答えられないのが答えだ。


カラーは、歩みを再開しながら、最後にぽつりと落とした。


「機会が来たら――」


その先を言わなかった。

言わないのに、決めている声音だった。


「機会が来たら、私は見逃せない」


魔法を教えるのは善意の顔をして、欲でもある。

その欲が、静かに灯りの下で息をしていた。


そして、その廊下の先で――セシルの扉が、何も知らない顔で静かに閉じていた。

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