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救済の勇者は、また目を覚ます  ―ひび割れた魂の転生譚―  作者: 神谷絵馬
幼少期

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17/21

ヴァレン公爵家 ――馬車の中、窓に映る赤

本日は長くなってしまったため、分割し三話投稿となっております。どうかお楽しみください

馬車の揺れに合わせて、レティシアのポニーテールが跳ねていた。本人は跳ねている自覚などなく、窓に指をつけて、さっき食べた菓子のぷるぷるを思い出している顔だ。


「ねえ父さま! ブロアのエド、変!」


「どこがだ」


スペンサーは外を見たまま、声だけ返す。街灯がガラスに流れ、彼の目はその光を“数える”みたいに追っていた。


「笑ってるのに、笑ってないとこ。……あと、目! こっち見てるのに、うしろも見てる!」


「ほう」


「強いの? 強くなるの? ねえ、剣やろ! 今度、木のやつ!」


「木剣な」


スペンサーは短く笑ってから、すぐに声を落とした。落とした声の方が重い。外交官の声はそういう作りをしている。


「強い弱いより前に、あの子は――子どもっぽくない」


レティシアがぱちぱち瞬きをする。


「子どもだよ? 五歳だよ?」


「年齢の話ではない」


スペンサーは窓の外へ視線を置いたまま言う。


「席に座る前、椅子の高さを見ただろう。普通の五歳は“どうやって登るか”で顔が動く。あの子は違った。最初に足の置き場を決めてから登った。……訓練場の動きだ」


「それ、ふつうじゃん」


「ふつうならいい。問題は次だ」


スペンサーの声が少しだけ低くなる。


「料理が運ばれた時、香りが立った。子どもなら目が先に動く。あの子は一拍遅れた。――わざと遅れた」


レティシアが眉を寄せる。


「え? なんで遅れるの。おいしいのに」


「“先に動いた”と思われたくないからだ」


「なにそれ! めんどくさ!」


「そうだ。めんどくさい。だが、めんどくさいのは理由がある時だけだ」


馬車の揺れが一度大きくなって、窓の灯りが滲む。

スペンサーはその滲みを見ながら、続けた。


「話す時の間もだ。お前が『剣できる?』と聞いた時、普通はすぐ答える。『できる!』とか、『できない!』とか。あの子は“ちょっと”と言った。――答えを曖昧にして、自分の形を残した」


「ちょっとって言ったの、私ムカついた!」


「狙い通りだな」


「えっ!?」


レティシアが身を乗り出す。火が風を見つけた顔。


スペンサーは淡々と頷く。


「お前みたいな火は、相手の輪郭を押して確かめる。『どれくらい?』とな。あの子は押されても崩れない位置に立っていた。……まるで、何度も押され慣れているみたいに」


レティシアの口が、少し開いたまま止まる。


「……それ、ずるくない?」


「ずるい、ではない。生き方だ」


前の席で、ルイーザが小さく肩をすくめた。小柄な体を揺らしながら、可笑しそうに言う。


「あなた、こういうの嗅ぎ分けるの得意ね。いやな職業病」


「職業病だ」


スペンサーは淡く笑う。笑うのに、目は笑わない。


「最後に、これ」


彼は指を一本立てた。


「子ども卓の笑い声が一番大きい瞬間があった。菓子が出た時だ。誰もが顔を上げた。……あの子だけ、目を上げたまま“耳”を下げた」


「耳を……下げた?」


「聞いていた。笑いながら、奥の席を」


レティシアが、ぞくっとしたように肩をすくめる。

怖がるための動きじゃない。理解してしまった時の動きだ。


「……なんか、こわ」


「怖いのは、あの子がそれを“自然に”やっていることだ」


スペンサーは窓の外――王城の影が遠ざかる方向を見たまま、ぽつりと落とした。


「まるで、何百年も……同じ席を見てきたような目だった」


馬車の中で、レティシアの火が一瞬だけ静かになった。

火が静かになるのは、燃え尽きた時じゃない。

燃える場所を見つけた時だ。


「……じゃあさ」


レティシアが、ゆっくり笑った。笑いは幼いのに、目が真剣だった。


「私、あの子に勝ちたい。勝ったら、笑わせられる?」


スペンサーは答えなかった。

答えないまま、娘の頭に手を置く。


その沈黙が、答えみたいに重かった。

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