表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済の勇者は、また目を覚ます  ―ひび割れた魂の転生譚―  作者: 神谷絵馬
幼少期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/21

第十四話

食事会の部屋は、匂いが先に“王城”だった。


焼いた肉の香ばしさ。甘いソース。湯気の立つスープ。

でも、それより強いのは銀食器の冷たい光と、床に吸い込まれていく足音の整い方で――要するに、料理まで「姿勢を正せ」と言ってくる。


長い卓が二つ。

奥は大人たち。手前は子どもたち。


最初から、そう分けられていた。

分けられているのに、部屋はひとつ。だから音と匂いと視線が混ざる。混ざって、うまく隠れているつもりのものが、たまに漏れる。


王様と殿下が席につくと、場は一度だけ静かになって、すぐに「さあ食べよう」の空気に戻った。

戻った、というより戻された。


「ほら、子どもたちはこっち」


誰かの声が柔らかく言って、僕らは手前の卓へ座らされる。

椅子が高い。足が床に届かない。届かない足がぶらぶらするのが嫌で、僕はつま先を椅子の縁に引っかけた。


レティシアが隣の席に飛び込むみたいに座った。


「ねえ! これなに!? おいしそう!」


皿が置かれた瞬間、目がきらきらする。五歳はこういう時、世界でいちばん正直だ。


ガイはもうパンをちぎっている。


「うわ、あったか! ほら、これさ、ふわふわ!」


セシルは皿を見て、ほんの少しだけ眉を動かした。

“おいしそう”でも“まずそう”でもなく、「知らない」顔だ。知らないものを知らないまま見ている顔。


給仕の人がスープを注ぐ。

湯気が立って、レティシアが両手で頬を押さえた。


「え、あったかい。あったかいの、いい……」


感想が幼児で助かる。

この場で“味の奥行きがどうの”とか言い出されたら、僕はたぶん逃げる。


「エド、食べて! ほら!」


ガイがパンを差し出してくる。半分ちぎったやつ。

自分の食べかけを渡すの、たぶん行儀悪い。けど、悪気がない。悪気がないのが一番強い。


「ありがとう」


受け取ってかじる。

あったかい。柔らかい。バターの匂いがする。口の中が一瞬だけ幸せになる。


――幸せ。


その言葉が浮かんで、僕はすぐに飲み込んだ。

今、そんな言葉を使うと、薄い氷の上を踏むみたいで怖い。


「ねえエド! この肉、すごい! かたいのに、やわらかい!」


レティシアが訳の分からないことを言っている。

訳は分からないけど、うまいんだろう。うまいから、そうなる。


セシルは小さくスプーンを動かして、黙って食べている。

黙っているのに、ちゃんと周りを見ている。目だけが動く。

怖いというより、落ち着かない。猫が隅で見てるみたいな感じ。


「セシル、ねえ、これ好き?」


レティシアが聞く。


「……ふつう」


「ふつうってなに! おいしいでしょ!」


「……ふつう」


セシルは譲らない。

譲らないけど、喧嘩する気もない。

言葉が短いから、レティシアの勢いが空振りする。


ガイが笑った。


「セシル、ちょっとだけ、にこってしたらいいのに!」


「……べつに」


「べつにって、ふつうって、なんだよ!」


ガイが笑いながら言う。

五歳の会話は、だいたい同じところをぐるぐる回る。ぐるぐる回るのに楽しい。楽しいから、回る。


僕は頷いたり、「うん」と言ったりして、ちゃんと輪にいるふりをする。

ふり、じゃない。いるのはいる。楽しいのも、たぶん本当だ。


でも――耳は、奥の卓へ向いていた。


大人たちの声は小さい。

小さいのに、言葉が重いから耳に引っかかる。

子どもの笑い声の上を、刃物みたいに滑っていく。


「……崩壊の頻度が……」


「……各国でも同様……」


「……軍備の動きが早すぎる……」


断片だけが聞こえる。

断片でも、胸の奥が冷えるには十分だった。


(やっぱり、ただのごはんじゃない)


父の声も混ざっている。

父はいつも淡々としている。淡々としているほど、内容が深い。

王様の声は低くて、部屋の隅まで届く。届くけど、刺さり方が違う。命令じゃないのに、決定になる声。


殿下の声は、時々だけ混ざる。

少年の高さ。けれど、混ざるたびに部屋が一瞬だけ固くなる。

固くなるのに、すぐに大人の誰かが柔らかい言葉で包む。包んで、殿下の声を“食事会”の布で隠す。


レティシアが僕の袖を引っ張った。


「エド! 見て! これ、ぷるぷる!」


皿の上の何かを指さしている。

甘い菓子だ。透明で、光が中で跳ねる。宝石みたいに見える。


「……すごいな」


「でしょ! ねえ、たべていい? いいよね?」


許可を取っているふりをして、もう手が伸びている。

五歳の“いい?”は、だいたい“見る?”と同じ意味だ。


ガイが身を乗り出す。


「俺も! 俺もそれ!」


「順番!」って給仕の人が笑って言う。

笑う声が優しい。優しい声が、この場を“子どもは子ども”に戻してくれる。


セシルは菓子を見て、ほんの少しだけ目を丸くした。

丸くしたのに、すぐに戻す。戻して、何でもない顔でスプーンを持つ。

その“戻し方”が、妙に上手い。五歳なのに。


(この子、泣かないタイプだな)


根拠はない。

ただ、直感が言う。こういう子は、泣く前に飲み込む。飲み込んで、平気な顔をする。

平気な顔が上手い子ほど、あとでどこかが割れる。


「エド、ねえ、食べないの?」


ガイがパンを頬張りながら言う。口の端にパン屑がついている。


「食べてる」


僕はスープを飲んだ。熱い。舌が少し痛い。

痛いのに、体の中があったまる。あったまると、心が少しだけ軽くなる。軽くなるから油断しそうになる。


油断するな。

父の言葉が背中の内側で鳴る。


奥の卓から、また断片が落ちてくる。


「……聖王国も……動く……」


「……サデウスが……理由を……」


「……帝国が……境に……」


“動く”“理由”“境”。

子どもの皿の上に、見えない石が落ちてくるみたいに重い。


レティシアが菓子を口に入れて、目を見開いた。


「えっ! なにこれ! すっごい! つめたいのに、あったかい!」


また訳の分からないことを言っている。

でも、嬉しそうだ。嬉しそうだから、周りも嬉しくなる。


ガイが笑いながら手を叩く。


「レティシア、へん! でも、わかる! なんか、いい!」


「でしょ! ねえセシル! たべて!」


セシルは少しだけ迷ってから、口に入れた。

そして、ほんの一瞬だけ――口元がゆるむ。

ほんの一瞬。見逃したら、なかったことになるくらい。


レティシアが「今笑った!」と騒ぎ、ガイが「見た!」と騒ぐ。

セシルは「笑ってない」と言い張って、でも耳が少し赤い。


五歳の世界は、こういうので出来ている。

菓子がぷるぷるで、パンがふわふわで、誰かの口元が一瞬ゆるんだだけで大事件だ。


そのすぐ隣で、大人の世界は別の言葉を積んでいる。

崩壊。軍備。境界。結束。

笑い声の裏で、石が組まれていく音がする。


僕はレティシアの皿に菓子を少しだけ分けて、ガイのパン屑を指で払ってやって、セシルに水を勧めるふりをした。

ふり、じゃない。やっている。やっているのに、心の半分は奥の卓に置きっぱなしだ。


父の声が、また聞こえた。


「……子どもたちは、守るべきだ」


守るべき。

その言葉が、胸の奥へ落ちて、沈んだ。


(守られる側、か)


僕はスープの表面に揺れる光を見ながら、こっそり奥の卓へ耳を傾け続けた。

子どもの席で笑いながら、笑っていない部分を隠したまま。


ただの食事会みたいに見えるほど、この場は上手に出来ていた。

だからこそ、余計に――怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ