ダメクラゲを召還しました。
ルーナはSランク冒険者であり、青炎の魔法使いとして名を馳せていた。
冒険者としての道のりは決して平坦でなかったが、仲間にも恵まれ、充実した毎日だった。
だが、心を揺さぶられる出逢いがあり、ルーナは迷い続けた末に、大きな決断をした。
「本当に冒険者を辞めるのか?」
「数年後には、また戻ってくるよ」
「絶対に戻ってこいよ。待ってるからな」
ルーナは王都に行き、試験を受けて、学生となった。
「懐かしいな……! またここに来ることになるなんて!」
ルーナは数年前に学校に在籍しており、卒業生だった。そのため、学生となるのは2回目だった。1回目は魔法にしか興味がなかったので召喚術を学ぶことはなかった。
だが、仲間に召喚術師がいて、接しているうちに、召喚獣と術師の関係性に魅了された。
(羨まし過ぎる! あの絆の深さ! これはもう、感動するしかないじゃないか! 唯一無二の関係! 素晴らしい!)
心の中で称賛している内に、召喚術への憧れは年々強まり、魔法だけではなく、召喚術の適性があることを知って、なおさら我慢出来なくなった。
召喚術師の仲間もいるし、対価を払って教えてもらおうかと思ったが、どうせ学ぶなら1から学びたくなり、学生という道を選ぶことにした。
しかし、ルーナの入学は学校側としても青天の霹靂だった。
「まさか、あの青炎の魔法使い、Sランク冒険者のルーナ様が?」
「私も目を疑いましたが、どうやら本物のようです」
「冒険者を引退したという噂は聞きましたが、まさか我が校に学生として入学されるだなんて」
Sランク冒険者としての知識と経験からすると、学生ではなく教師として招かれてもおかしくない人物であり、学校で教えることなど何もなかった。
面接でそのことを指摘すると、選択科目で召喚術を学ぶ予定であるためとの答えが返ってきたため、入学を断るわけにもいかなかった。学校は老若男女問わず、学ぶ意欲のある人のために在るというのが創立者の願いであり、教育方針であるためだったからだ。
「私が教えを乞いたいぐらいですよ。私がAランクに昇格出来たのは、ただ運が良かっただけなので」
「Sランク冒険者なんて雲の上の存在だもんな。それに、魔法使いでSランクなのはルーナ様だけだろ?」
そのため、最近の教師の話題は、もっぱらルーナの話題だった。
学校では十代の若者に混じりながらの生活になり、最初は孤立したが、志しが同じだったこともあり、次第に友人も増えていった。
「他の生徒と同じように扱って欲しいですって?」
「私のほうが年下ですし、教わる立場なので、そうして頂きたいです」
「まぁルーナ様がそれでいいって言うなら、そうさせてもらうわね。正直、ちょっと扱いが難しいなって思っていたところなのよ」
学校ではルーナに対して敬意を払う教師ばかりだったが、召喚術の担当教師はルーナのことを特別扱いせず、生徒として扱ってくれた。
(ついに、この時が来た!)
初めて召喚する日、ルーナは興奮のあまり眠れなかった。
(いったい、どんな召喚獣が来てくれるのだろう。どんな召喚獣だろうとも、相棒だ。大事にするぞ!)
まだ学生の身分であるため、契約する召喚獣は1匹のみというルールだった。
学友たちは次々と召喚を成功させ、歓声を上げた。
「そんなに緊張せず、いつも通りにやったら大丈夫よ」
「はい!」
ルーナは、はやる心を抑えながら魔法陣を描いた。
詠唱し、魔法陣が光を放った瞬間、出現したのは空飛ぶ大きな水の雫だった。
「何これ?」
それを見て、ルーナの目は点になった。
もしかしたら魚とかいるのかもしれないと、目を凝らして見ても、その中に生物がいる様子はなかった。
「先生……これは、失敗ですか?」
「まだ何とも言えないけど、レアなケースであることは確実ね」
この結果は想定外過ぎて、ルーナは半泣き状態だった。
(なんで? 私の何が悪かったの?)
諦めきれず、その水を舐めてみたら塩辛かった。
「海水?」
おそるおそる手を突っ込んでみると、その水の塊は冷たく、ひんやりとして気持ち良かった。
「ルーナ、鑑定スキルを持っていたわよね?」
「はい、持ってます」
「その海水を鑑定してくれない? 何か分かるかもしれない」
鑑定スキルはレアスキルの1つで、ルーナの鑑定スキルは長年の冒険のおかげで、熟練度も最大値に達していた。
(手掛かりが、この海水しかないもんね)
ルーナは教師の言う通り、海水を鑑定してみた。
「ク、クラゲ……!?」
鑑定スキルはルーナに驚きをもたらした。
海水の中にはクラゲがいて、スキルを使って無色透明になり隠れていたのだ。
(もしかして……恥ずかしがりやの精霊なのかな?)
ルーナは座学で学んだ内容を思い出した。
召喚されるものは主人と相性が良いものが喚ばれ、獣の姿をした魔物が大半だが、稀にドラゴンや精霊が召喚される場合があるらしい。
ルーナは数少ないSランクの魔法使いだ。その魔力の高さから、例外を引く可能性は高かった。
【見つかっちゃった】
突然、頭に響き渡った、覇気のない声にルーナは驚いた。
(も、もしかして、このクラゲの声?)
他の人間は聞こえてる様子がなかった。
テレパシーは精霊の中でも大精霊と呼ばれる存在が使えると聞いたことがあった。
【みんな最初は僕を召喚して喜ぶんだ。でもさ、僕はダメクラゲだから……。もっと別のを召喚しなよ】
鈴を転がしたような声が可愛らしいなと思いながらも、ルーナはクラゲの言葉に戸惑った。
友人たちは召喚したばかりの相棒と絆を深めているというのに、このクラゲは全力で逃げたがっているのだ。
(座学で学んだことは何も意味ないじゃない! 私と相性が良い召喚獣が召喚されるんじゃなかったの!?)
まさか召喚した精霊に最初から拒否されるだなんて思いもしなかった。
「クラゲさん」
【なあに?】
「私は貴方と契約したいんだけど、それでもダメなの?」
【いやだよ、僕はダメクラゲだし……】
「まだ私は、貴方のことを何も知らないわ」
【どうせ君も役立たずだから、失望するんだろう? そして僕は、捨てられるんだ】
(もしかして、捨てられたことがあるのかな……?)
クラゲの言葉に、ルーナは息を呑んだ。
ルーナにとっては初めての契約だが、このクラゲにとっては初めてではないのかもしれない。
海水に隠れていたのも、前回ひどい目にあって、身と心を守るためだったのだろう。
「私は貴方を捨てないよ! 何があっても守るから……! だから、その海水から出てきてよ!」
【本当に……? 人間は信じられないよ……】
そう言いながらも、ルーナのことが気になるのか、撫でてと言わんばかりに、ぷるんとした頭を覗かせた。
ルーナは魔法で宙に浮かんで近寄ると、クラゲの頭に触れた。
(こ、これは……! なんて冷たくて気持ちいいの!?)
ルーナの異名は青炎の魔法使いだ。
火と水の相反する魔法に適性があり使い分けをしていたが、より得意なのは水より火で、そのためか体温が高く、暑さに弱かった。
クラゲはルーナの体内にある余分な熱を吸収してくれた。
(それに、こんなに可愛いのに捨てるなんて、とんでもない!!)
クラゲの体は半透明で神秘的な色合いをしており、太陽の光を浴びると淡く発光した。
(性格も優しそうだし、私にぴったりじゃない! 私が間違っていたわ。確かに、このクラゲは私と相性が良さそう!)
精霊はプライドが高く、気まぐれな性格であることが多い。
自己肯定感が低くて引っ込み思案だが、心優しく、大精霊とは思えないほど穏やかな性格をしていた。
(これなら仲良く出来そうね。これから長く付き合うのだから、性格の優しい召喚獣のほうが良いかもしれない)
元々Sランクの魔法使いであるため、ルーナは戦力的なものにさほど重きを置いていなかった。
(どんな能力のクラゲでも構わないわ。私は、このクラゲと契約したい!)
ルーナはあっという間にクラゲに夢中になり、契約に消極的なクラゲに「仮契約でいいから」と提案して側に置き、目にいれても痛くないほど愛でた。
(何がダメクラゲよ! 私が、このクラゲの魅力を引き出してあげるんだから!)
前向きで明るいルーナと接して、次第にクラゲも心を開くようになり、信頼関係も構築されていった。
仮契約ではなく、本契約になり、クラゲはリリィと名付けられた。
【僕はダメクラゲだから、こんなことしか出来ないけど……】
リリィと名付けられたクラゲは、ルーナを背に乗せながら海中を泳いだ。
「うわぁ~! あんな場所にサンゴがあるだなんて! 鮮やかな色の魚がいっぱい! すごいわ!」
リリィにとっては見慣れた世界だが、ルーナにとっては未知の世界だった。
クラゲの能力は水系のスキルが多かったが、レベルが低く、既に頭打ちのようで、伸び代がほとんどなかった。
その代わりに隠密や察知など、索敵スキルが派生していた。
(戦いたくなくて死にたくないから、戦闘を回避するための偵察スキルの能力が高いのね)
サーチやマッピングスキルまで発生していた。
おそらくはクラゲの臆病な性格を反映したものであるようだった。マッピングされた地図を見ると、毒マークがあちこちに記されている。
リリィに聞いてみると、毒マークの場所には強い魔物が居るらしい。毒マークの色合いによって危険度が分類されているのだと言う。
(まだ私では勝てないような強敵も居るのね。私が強ければ、リリィが戦う必要なんてないわ。私の相棒を守るためにも、もっと強くならなくちゃ……!)
ルーナは召喚師の勉強をしながら、魔法使いとしての能力を高める方法を模索し、不可能だと思われていたスキルの上限を突破する偉業を成し遂げた。
【あれ? 僕のスキルも上限が無くなってる】
「契約主である私の影響かしら? でも、貴方は別に強くならなくても大丈夫よ。私が守ってあげるんだから!」
【う、うん。でも、僕……頑張ってスキルを強くするよ】
ルーナはリリィを守るために強くなったが、そんな姿を傍で見ていたリリィは、守られているだけの存在ではなくなりたいと意気込み、苦手な戦闘にも参加してスキルを磨いた。
学校を卒業した後、ルーナはギルド長に懇願されて冒険者に戻った。
【えへへ……僕、強くなったでしょ?】
「凄いわ、リリィ!」
リリィは、大精霊と言われるに相応しい能力を発揮するようになり、戦闘はもちろん、隠し部屋や貴重な薬草などを見つけるのに重宝された。
温厚で優しいリリィはギルドメンバーにも可愛がられて自信がついたのか、少しずつ性格も前向きになり、変化していった。
【強さが全てだと思ってたけど、そうじゃなかったんだね。もう自分のことをダメクラゲとは言わないよ】
「そうだよ! リリィは、私にとって、最高のクラゲなんだから!」
【ルーナ、それは誉め過ぎだよ】
リリィは照れながらも嬉しそうに震えた。
ルーナはリリィの言葉に心から喜び、そのぷにぷにとした頭を抱き締めた。