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砂糖菓子人形の恋の結末

作者: 村崎羯諦

 その砂糖菓子人形は、住宅街にひっそりと佇むとある洋菓子屋のショーケースの上に飾られていました。老夫婦が営む洋菓子屋は決して繁盛しているとはいえないものの、地域の住民に愛されていました。


 そんな洋菓子屋のショーケースの上、小さな身体を覆うだけの小さなガラスケースの内側から、彼女はお店にやってくるお客さんを観察するのが毎日の楽しみでした。そして、彼女は店主とお客さんのやりとりを見ながら、人間という生き物はなんて不思議な生き物なんだろうと思うのです。


「いらっしゃいませ。今日は冷蔵庫の片足が大統領になったので、火曜日から金曜日までが小麦粉をこねた発電機になりますよ」


 店主のおじいさんは、ショーケースの前で何を買うか迷っているお客さんに気さくに声をかけます。


「すみません。明日から気をつけの姿勢をとりつつ、三点倒立とフットボールをしなければならないので、ショーケースを頭で割ってもいいですか?」


 お客さんはそう答えると、勢いよく自分の頭をショーケースのガラスに突っ込みました。ガラスが割れ、床にガラスの破片が散らばる音が店内に響き渡ります。


「ぎゃー!!」


 ガラスの破片が突き刺さり、頭が血だらけになったお客さんは、自分の膝を手でさすりながら叫びます。


「歯が! 歯が痛い!」


 そのまま倒れ込み、ゴロゴロと回転しながらそのお客さんが店の外へと出ていってしまいました。そしてそれと同時に、もう一人のお客さんが店の玄関に現れます。


「エントリーナンバー、ピップエレキバン。山越雅行、54歳。参ります」


 お客さんは片手を高らかにあげながらそう宣言すると、膝を落とし、両手を張り手のように前に突き出し、そのままの体勢で一歩ずつ前へ進んでいきます。


「参ります参ります。参ります参ります」


 そんなお客さんの声と同時に、店の前を掃除していたおばあさんが窓を突き破って店内に戻ってきました。それから持っていた塵取りを振り上げ、思いっきりお客さんの背中を叩きます。背中を叩かれたお客さんは痛身で顔を歪めながら、叫びました。


「ノー! ノーアメリカ! ノーアメーリカ!!」


 いつもと変わらないお店の日常風景。お店の人やお客さんにとっては何でもない一日。だけど、砂糖菓子人形にとって、その日は特別な一日になったのです。


 夕方になり、お客さんの足も途切れ途切れになった頃、お店に見慣れない一人の青年がやってきました。青年はスラリと背が高く、整った顔立ちをしており、まるで御伽話の中から出てきたかのような姿をしていました。青年は穏やかな微笑を浮かべながら店主のおじいさんと一言二言会話をした後、ショーケースの上に飾られた砂糖菓子人形に気がつきます。青年に見つめられた砂糖菓子人形は、思わずドキリとしてしまいました。彼女を見つめる青年の瞳はうっすらと青く、山奥にある湖のように澄んでいました。


「実は僕、森の動物たちを集めてバンドを結成したんです」


 そういうと青年はその場に座り込み、背中に背負っていたギターケースを前に回して、中に手を突っ込みます。


「まずはこれがギターの単一電池です」


 青年はそう言いながら単二電池を床に置きました。


「次はベースの単二電池です」


 青年はそう言いながら単三電池を床に置きました。


「最後はドラムの単三電池です」


 青年はそう言いながら単四電池を床に置きました。それから、青年はギターケースからギターを取り出し、こほんと咳払いをします。そして、店主の目をじっと見つめながら言いました。


「あなたのこれまでの人生と、あなたのこれからの人生のために歌います。聴いてください。『愛こそが全て』」


 青年はギターをかき鳴らしながら歌い始めます。


「オー、ギブミーマネー。オー、ギブミーマネー、プリーズ」


 砂糖菓子人形は青年の美しい歌声に思わず聴き惚れてしまいました。そう、彼女は恋に落ちたのです。彼女は青年をうっとりと眺めながら、この時間が永遠に続けばいいと願いました。しかし、青年は歌を歌い終えると、店主に深々と頭を下げ、そのままお店を出ていってしまいました。砂糖菓子人形は遠ざかっていく青年の背中を見つめながら、また彼に会えるだろうかと自分に問いかけます。だけど、もう一度彼と会えたとして、それが一体何になるのかという意地悪な問いが同時に浮かんできました。


 彼女が恋した青年は人間で、彼女は砂糖菓子人形でした。彼女の恋は決して叶うことはありません。それでも青年のことを考えるだけで、砂糖菓子人形の小さな胸は張り裂けそうになるのでした。


 そんな砂糖菓子人形の様子をお空から見ていた神様は、叶わぬ恋に身を焦がす彼女を哀れに思いました。そこで神様は、お客がいなくなり、店頭からも店主たちがいなくなった時を見計らって、砂糖菓子人形の前に姿を現しました。突然現れた神様に驚く砂糖菓子人形に対して、神様は優しく語りかけます。


「あなたの美しい恋心に私は心を打たれました。今から特別にあなたを人間のような姿に変え、人間のように身体を動かせるようにしてあげましょう。そうすればあなたは、あの青年に自分から会いにいくことができます」


 そういうと神様は砂糖菓子人形に手を当て、呪文のような言葉を呟きました。すると不思議なことに砂糖菓子人形はどんどん大きくなっていき、砂糖菓子人形の面影を残したまま人の姿に変わってしまいました。喜ぶ砂糖菓子人形に、神様は一つだけ注意をします。


「今あなたは人間の姿をしているだけで、中身は砂糖菓子人形のままです。くれぐれもそのことを忘れないように」


 それから。神様は砂糖菓子人形に対して、今あの青年がどこにいるのかをこっそり教えてくれました。砂糖菓子人形は神様に深々と頭を下げ、店の外へと飛んでいきます。住宅に囲まれたこじんまりとした公園。その公園では今まさにベストマザー賞の授賞式が行われていました。


 壇上には女性の司会者が立っていて、受賞者の名前を呼びます。すると、壇上に砂糖菓子人形が恋焦がれる青年が大きな花束を持って現れました。


「受賞おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください」

「はい、母親でも、ましては女性でもない僕がこのような賞をいただけるとは思ってもいませんでした。賞の名に恥じないようにこれからも頑張ります」

「ありがとうございます。それでは最後に、なかなか瓶の蓋を開けられない方に一言いただけますか?」

「瓶の蓋があかないときは、蓋の部分をお湯で温めると開けやすくなりますよ」


 青年がコメントしたその時でした。公園に音楽が流れ始めました。予期せぬ事態に混乱する司会者に対し、青年は片膝をつき、彼女に抱えていた花束を差し出しました。


「今日初めて出会ったのですが、あなたに運命を感じました。結婚してください」


 青年のプロポーズに司会の女性は驚き、そして頬を赤らめ、泣きそうな表情のまま頷きました。そして両手で顔を覆い、感極まった声で呟きます。


「ずっと私、30歳までには結婚したいと思ってたから……本当に……本当にちょうどいい」


 青年と女性は手を繋ぎ公園の外へと歩いて行きます。そしてちょうどそのタイミングで公園の前を通りかかったブライダルカーを止め、二人は乗り込みました。そして後ろに繋がれた無数の空き缶をガラガラと鳴らしながら、二人はどこかへ去っていくのでした。


 砂糖菓子人形は遠ざかっていく車を眺めながら、自分の恋は儚くも散ってしまったことを理解しました。彼女はその場に崩れ落ち、悲しさのあまり、両頬から大粒の涙を流し始めました。その涙は砂糖である彼女の身体を少しずつ少しずつ溶かしていきました。彼女は自分の身体が崩れていくことにも構わず、泣き続けます。そして、彼女が涙を流しきった時には、すでにそこに彼女の身体はなく、砂糖が溶けた水たまりがあるだけでした。


 こうして砂糖菓子人形の恋は終わってしまいました。別に彼女に何か落ち度があったとか、彼女がなにか悪いことをしてそのバチが当たったというわけではありません。ですが、もしこの恋の結末に何か理由をつけなければならないのだとしたら、それはきっと、彼女が人間ではなく、砂糖菓子人形だったからなのでしょう。

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