第四話 休日はお勉強も一休み♪ 智果と伸英、二人で仲良くお出かけ百合デート♪
いよいよやって来た土曜日の朝、九時頃。播本宅玄関先。
「伸英ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」
「ありがとうございます、おば様」
伸英は鶯色の夏用ワンピースを身に着けて、智果を呼びに来ていた。
「智果、女の子同士のデート、思いっ切り楽しんで来なさいよ」
母に肩をポンッと叩かれ、
「デートじゃないって」
智果は照れくさそうに否定する。彼女は黄色のプリーツスカートに、ココア色の半袖チュニックという格好だった。
「じゃあ行こう智果ちゃん」
「うっ、うん。今日は晴れてよかったね」
そんなには派手ではない服装な二人は、
「わたしのママ、ア○メディアとか百○姫とか少年○ースとか、ガン○ンとかも全部ひっくるめて〝ジャ○プ〟、ラノベもマンガって呼んでるんだけど、大昔の親みたいでしょ」
「食事のことを全部〝ちゃんこ〝って言うお相撲さんみたいだね」
「そうそう、まさにそんな感じ」
「でも便利な呼び方だと思うなぁ」
普段学校に行く時と同じような感じで、取り留めのない会話を弾ませながら最寄り駅へと向かって歩いていき、
「ここに智果ちゃんと二人きりで来るのは初めてだね」
「確かにそうなるね。今まではわたしのママか伸英ちゃんのママに連れられてたから」
電車とバスを乗り継いで近場の大型ショッピングモールへやって来た。
一階出入口を通り抜け、大勢の家族連れなどで賑わう館内に入ると、
「智果ちゃん、迷子にならないように手を繋ごうか?」
伸英はこんな気遣いをしてくれる。
「伸英ちゃぁん、わたしもうそんな子どもじゃないよぉ」
智果はむすっとした表情を浮かべ、ちょっぴり頬を赤らめた。
「ごめん、ごめん。もっと大人扱いしなきゃダメだよね。それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行こう!」
伸英はてへっと笑う。
ともあれ二人はその売り場がある三階へ、エスカレータで移動していく。
「小学校の時はエスカレータ逆走して遊んでたなぁ」
「智果ちゃん、それやってお母さんにすごく叱られてたね」
「そうだったかな?」
こんな会話を弾ませながら、楽しい思い出に浸っていたのと同じ頃、智果の自室では、
「智果様、伸英お嬢様のペースに飲まれてるって感じね」
「サトカルシウム、せっかくノブエステルが単結合してくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ。結合エネルギーが弱過ぎたんだな」
「なんか百合友達同士というより、姉妹みたいですね」
「ワタシもサトカちゃんといっしょにショッピングしたいな」
「あたしもーっ。コンパスと分度器と関数電卓買いたぁーいっ!」
教材キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。
☆
ショッピングモール、レディースファッションコーナーの一角。
「智果ちゃんのショートパンツも買ってあげるよ」
「べつに、いらないよ。わたし、スカートでじゅうぶん」
「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし。智果ちゃん、このショートパンツ穿いてみて」
伸英は水玉フリースのショートパンツを差し出した。
「やっ、やめとくよ。なんか幼い子向けっぽいし」
「まあまあ、そう言わずに。絶対似合うから。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
智果は受け取るとそそくさ試着室へ入り、カーテンをシャッと閉めた。
それから三〇秒ほどのち、智果は再び伸英の前に姿を現す。
「智果ちゃん、よく似合ってるね」
「どっ、どうも」
「この服も智果ちゃんに似合いそうだから、買ってあげるね」
伸英は隣接のキッズファッションコーナーにあった、可愛らしいコアラの刺繍がなされたお洋服も手に取って智果の眼前にかざして来た。
「伸英ちゃん、それ小学生、いや、幼児向けでしょ。わたしが着るの、めちゃくちゃ恥ずかしいよ」
「智果ちゃん、固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、道徳の授業で先生が言ってたでしょ」
智果は嫌がるも、伸英はその商品をレジへ持っていってしまった。
わたし、そんなの絶対着ないからね。ていうかサイズちっちゃ過ぎて合わないでしょ。
その間に、智果は試着したショートパンツから今日着て来たプリーツスカートに履き替え、試着ショートパンツを商品棚に戻しておいた。
伸英ちゃん、わたしを子ども扱いし過ぎだよ。伸英ちゃんも高校生のわりに子どもっぽいくせに……まあ、嫌じゃないけどね。
智果は今、そんな照れくささ半分、嬉しさ半分な心境だ。
ここをあとにした二人が次に向かった先は、同じフロアの雑貨屋さん。
「このアジサイのねりきりと青梅の甘露煮を模ったの、すごく良い出来だね。買っちゃおうっと」
「わたしも買おうかな。あっ、あのカタツムリさんのもかわいい♪」
仲睦まじく楽しそうに新作アクセサリーを買い漁り、次は二階の大型書店へ。智果は絵本・児童書の売り場へと誘導された。
「この絵本も買おうっと」
伸英はとっても楽しそうに新刊コーナーを物色する。小中高ずっと図書部に入部したほど本が大好きなのだ。ちなみに智果も小学校時代はずっと図書部だった。
「伸英ちゃんはこういう幼い子向けの本、今でも新作出たらけっこう買い集めてるんだね。わたしはもう一年以上は新しいの買ってないし、おウチにあるのも最近は全然読まなくなったよ」
周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、智果は少し居辛そうにしていた。
「智果ちゃん、それは絶対勿体ないよ。わたし、将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書を日頃からいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなきゃって思って」
伸英は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、伸英ちゃんならきっとなれるよ」
智果は優しく励ましてあげた。
「ありがとう。智果ちゃんは今の将来の夢は何かな?」
「そうだねえ……漫画家さんかなぁ」
「そっか。昔はお菓子屋さんとかパティシエさんとかバスガイドさんとかバレリーナとかって言ってたよね」
「うん、でも今はそうは思わなくなっちゃったなぁ」
「智果ちゃんは国語の先生とかも似合いそう」
「そっ、そうかな?」
「うん、絶対似合うよ」
伸英はにこやかな表情で見つめてくる。
「そっ、そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。ちょっと早いけど、そろそろお昼ごはんにしない?」
智果は照れくさく感じたのか思わず視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。
「そうだね。正午過ぎになると込んでくると思うし、わたし、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」
伸英は店内パンフレットの案内図を指差す。
「もちろんいいよ」
智果は快くOKした。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席に案内された。
向かい合って座ると、伸英がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。
「智果ちゃん、何でも好きなのを頼んでいいよ」
「じゃあわたしは、天ざる蕎麦で」
「智果ちゃん渋い。なんか大人っぽい。わたしは……あのね、お子様ランチが食べたいなぁって思って……」
伸英は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリと呟いた。
「伸英ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてまだまだ子どもっぽいとこあるね」
智果はにっこり微笑みかけた。
「お目当てはおまけなんだけど、さすがに高校生ともなると恥ずかしいから、ロコモコにするよ」
伸英はますます照れくさくなったのか、メニューを変更。
「伸英ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 今食べないときっと後悔するよ。栄養満点で大人の方にもお勧めですって書かれてるから、伸英ちゃんが頼んでも全然変じゃないと思う」
智果がこう意見すると、
「じゃあ私、これに決めたっ!」
伸英は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。
それから五分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」
伸英の分が先にご到着。イルカさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られている。さらにはおまけに可愛らしいイルカさんのストラップも付いて来た。
「……わたしのじゃ、ないんだけど」
智果の前に置かれてしまった。智果は苦笑する。
「智果ちゃんが頼んだように思われちゃったんだね」
伸英はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。
「どうせわたしは童顔だよ」
智果は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。
さらに一分ほどのち、智果の分も運ばれて来た。
こうして二人のランチタイムが始まる。
「エビフライは、私の大好物なの」
伸英はしっぽの部分を手でつかんで持ち、豪快にパクリと齧りついた。
「美味しい♪」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へ。
伸英ちゃん、幼稚園児みたいだ。
智果はざる蕎麦をすすりながら、微笑ましく眺める。
その頃、智果のおウチでは、
「お子様ランチ、あたしも食べたいよぅ。さくらんぼさんと生クリームの乗った円錐台のプリン、すごく美味しそう」
理密図がモニター画面を食い入るように見つめていた。
「リミットちゃん、食いしん坊だね」
「モニカお姉ちゃんには言われたくないなぁ」
「わたくし達も、そろそろ昼飯にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとロッ○リアとミ○ドの広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」
「さすがロココちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、チキンナゲットとアップルパイとチョコドーナッツも」
「モニカさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」
葉月は困惑顔で、
「モニカお嬢様はフィードロットの肉牛みたいね」
「モニカお姉ちゃんの胃袋の容量は無限大だね」
「モニカプロラクタム、コレステロールの摂り過ぎでメタボになっちゃうぜ。ちなみにコレステロールの分子式はC27H46Oなのだ」
露古湖、理密図、化能蒸はにこにこ笑いながら指摘する。
「そんなに多いかなぁ? じゃあワタシ、Sにするよ」
モニカは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。
「健康のためにはそれがいいわ。わたくしもSよ」
※
智果と伸英のいるファミレス。
「智果ちゃん、天ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。わたしのもあげる。はいあーん」
伸英はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は智果の口元へ近づけた。
「いやぁ、いいよ。恥ずかしいから」
智果は手を振りかざし拒否すると、お顔をケチャップソースのように赤くさせ照れ隠しをするように麺を勢いよく啜った。
「智果ちゃん、かわいい♪ あの、智果ちゃん、このあとは映画見に行こう」
「……映画かぁ。べつに、いいけど」
これってまるでデートコースだね。
伸英からの突然の提案に、智果はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。
それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えファミレスから出てすぐに、
「わたし、おトイレ行ってくるから、智果ちゃんもいっしょに行こう」
伸英は休憩所の長椅子の前でこう誘う。
「うん、わたしも行きたいと思ってたし」
智果は快く引き受け、いっしょに最寄りの女子トイレへ向かって行った。
同じ頃、智果のお部屋では、
「サトカルシウムとノブエステル、おトイレ行くみたいだな。カメラ、二人追って」
「あーん、ワタシ、あそこにシッティングしてるヤングな男女カップルのシチュエーション見たいのにぃ」
「アタシ、サトカルシウムとノブエステルが老廃物を出してるところ、覗きたぁい」
「カップルのシチュエーショォン!」
化能蒸とモニカ、リモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げる。
「化能蒸君、そんなリアル世界の人間の法に反するようなものを覗いちゃダメだと智果お嬢様と葉月お嬢様に注意されたでしょ」
露古湖はプルコギピザを齧りながら困惑顔で注意する。
「化能蒸お姉ちゃん、おトイレ覗いたら葉月お姉ちゃんが般若になるよ」
理密図がフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、
「そっ、そうだった。危ねぇー」
化能蒸はすぐさま大人しくなった。
「ほらっ、ワタシのチョイスの方がベターでしょ」
モニカは得意顔になる。
「モニカプロラクタムも昨日まであんなに楽しんでたのに」
化能蒸はぷくぅっとふくれた。
「あのう、あまり怖がらないで下さいね。あの能力はめったに現れないので」
葉月は照れくさそうに伝える。
智果と伸英のいるショッピングモールでは、あれから三分ほど後に二人ともトイレから戻って来た。
「じゃあ、智果ちゃん。映画見に行こう」
「うん」
このあとも引き続き、伸英が前を歩き智果が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。
*
「智果、伸英ちゃんとのデート、楽しんでる?」
「マッ、ママッ! なんで、ここに……」
シネコン入口前でばったり出会い、智果はびっくり仰天。
「生徒達だけで映画館に立ち寄ってはいけないって生徒手帳に書かれてたから、おば様に同伴してくれるようにお願いしておいたの」
伸英は嬉しそうに伝えた。
「そっ、そういうことかぁ。でも、確かにその通りだけど、それを忠実に守る必要はないと思うけど……」
「伸英ちゃん、とってもいい子ね」
母はにっこり微笑む。
「わたしは、非常に気まずいんだけど……」
智果は当然のようにそう感じた。
「伸英ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」
「あれです。おば様」
母に尋ねられると、伸英はいくつかあるうち対象のポスターを指差す。
「えっ、あれを見るの?」
智果は少し動揺した。
「よかったわね、智果が好きそうなやつで」
母はくすっと笑う。
「智果ちゃん、かわいい女の子がいっぱい出るアニメ大好きでしょ?」
「たっ、確かに大好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」
「わたしも大好きなの。わたしが今日、智果ちゃんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ。さすがに高校生にもなってこれ観に行くのは気が引けるから悩んでたんだけど、観に行かないと絶対後悔すると思って」
伸英は満面の笑みを浮かべ、弾んだ気分で打ち明ける。それは一月ほど前、ゴールデンウィークに公開され来週金曜日で上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
「大人一枚、高校生二枚で」
チケット売り場にて母が三人分の入館料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入館者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
これは子どもっぽ過ぎるよね。幼稚園児のおもちゃだもんねぇ。
智果はそう思うも、嬉しくも感じていた。
「伸英ちゃん、智果、何かお菓子と飲み物いる?」
「私はいらないです。お昼お腹いっぱい食べたので」
「わたしもいいよ」
「そっか」
こうして三人は売店前は素通りし、お目当ての映画がまもなく上映される4番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「伸英ちゃん。なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」
「まあまあ智果ちゃん。気にしなくてもいいじゃない。童心に帰ろう」
智果は伸英に手をぐいぐい引っ張られていく。
「昔といっしょね」
母はその様子を微笑ましく眺めていた。
前から五列目の席で、智果は母と伸英に挟まれる形で座った。
なんか視線を感じるような……。
智果は落ち着かない様子だった。他に三十名ほどいたお客さんの、八割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
上映中。
「やはりアニメの中では物理法則が完全に無視されてるな。ツッコミどころ満載だぜ。さっきのステッキ振るシーンとか」
「あたしあのおもちゃ、すごく欲しいーっ!」
「このアニメ、女児向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」
「確かにキャラデザがそんな感じだね。声優さんのヴォイス、聞きたいなぁ。これじゃ大正時代のサイレント映画だよ」
化能蒸、理密図、露古湖、モニカも智果の自室からモニター越しに食い入るように鑑賞する。
映画をタダで鑑賞するのは、良くないと思うのですが……。
葉月も心の中で罪悪感に駆られつつも、ちゃっかり楽しんでいた。
※
上映時間六〇分ちょっとの映画を見終えて、
「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かったよ。智果ちゃんもそう思うでしょ?」
伸英は大満足な気分で感想を伝える。
「まあ、思ったよりは、楽しめたよ。わたしも釘付けになったシーンあったから。好きな声優さんも出てたし。ちっちゃい子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「智果も昔はあんな感じだったのよ。伸英ちゃんは大人しく見てたけど」
「そうだったかなぁ?」
母ににっこり笑顔で突っ込まれ、智果はちょっぴり照れてしまう。
「おば様、子ども向けに作られたアニメって、いくつになって見ても面白いですよね?」
「そうね。思ったよりも良質な映画だったわ」
「わたし、子ども向けアニメ大好きなんです。プ〇キュアとかとかド○えもん、今でも毎週欠かさず録画もして見てます。あの、智果ちゃん、おば様。これから遊園地へ行きませんか?」
「遊園地かぁ」
伸英からの誘いに、智果は少し動揺する。
「二人だけで行って来たら?」
母はこう意見するも、
「遊園地も校則上、生徒達だけで行くのは望ましくないとのことなので、おば様も付いて来て下さい」
伸英から強くお願いされると、
「そんな誰もが無視するような校則もちゃんと守ってとってもいい子ね、伸英ちゃん。そういうことなら、もちろんいいわよ」
快く引き受けてあげた。
こうして三人でバスを乗り継ぎ、近場のミニ遊園地へ。
「智果ちゃん、おば様、まずはミニコースターから乗りましょう」
「あの、伸英ちゃん、遊園地へ来たからといって、必ずしもジェットコースターに乗らなきゃいけないってことは無いと思わない? 他に、もっと面白い乗り物たくさんあるし」
智果はコースターのレールを見上げながら苦笑いで意見する。
「智果ちゃん、ミニコースターは普通のジェットコースターほどは怖くないよ」
伸英は自信を持って主張して来た。
「そういえば智果、ジェットコースター苦手だったわね」
母はくすっと笑う。
「まあね。どうしても乗りたいんだったらママと伸英ちゃんだけで乗って来たら? わたしはこの辺で一人で待ってるから」
智果は困惑顔で主張した。
「まあまあ智果、そんなこと言わずに。せっかく来たのに」
「智果ちゃん、そんなことしたら絶対迷子になっちゃうよ」
母はニカッと、伸英はにこっと微笑みかけた。
「……分かったよ」
智果はここで付いていかなければとても情けないと感じ、仕方なく付いていくことに。
今日は休日ということもあり、園内はけっこう混み合っていた。家族連れや若いカップル、中高大学生くらいの男または女同士のグループなどが園内を行き交う。
母と、女子高生二人という組み合わせは、おそらく他にはいなかった。
「このコースター、一番前の席を取りやすいのがいいよね」
「智果、ラッキーだったわね」
ミニコースター乗車口に辿り着くと、伸英と母は満面の笑みを浮かべる。
「車両、こんな形なのかぁ……」
一方、智果は暗い表情だった。ミニコースターという名の通り車両は二つしかなく、最前列かそのすぐ後ろ側に乗るしか選択肢がないのだ。
「わたし、智果ちゃんのお隣に乗ってあげるから」
伸英は優しく微笑み、智果の右手を握り締めた。
マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、智果の手のひらにじかに伝わる。
「あっ、ありがとう。あの、ママ、前側に乗って」
智果は照れくさがって戸惑いながら要求する。
「何言ってるのよ智果、一番前の席は譲ってあげるわ」
母は微笑み顔で言う。
「わたしは二両目の方が……」
「ありがとうございます、おば様。智果ちゃん、遠慮しなくても。おば様がせっかく譲ってあげたのに」
伸英は、掴まれていた智果の右手をグイッと引っ張り、最前列左側の席に追いやる。
「……」
智果はぎこちない動作で席に座った。
「んっしょ」
右隣に伸英が腰掛ける。
「どっこらせ」
母は智果のすぐ後ろ側に座った。
「智果ちゃん、一番前は迫力ありそうだね」
「……うっ、うん」
楽しそうにしている伸英をよそに、智果は暗い気分だ。
ほどなくして、座席の安全バーが下ろされる。
もう引き返すことは出来ない。
智果は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めていた。
〈発車致します〉
この合図で、ミニコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。
こっ、怖い。特にこの発車してから落下するまでの時間が……。
智果は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。
坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。
「うっひゃあああああああああああああああああーっ!」
そのあと一気に急落下。と同時に、智果は叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。
「きゃあああああああああああんっ!」
伸英は満面の笑みを浮かべ、喜びの悲鳴を上げる。
「おうううううううっ!」
母の叫び声も、意外にかわいかった。おそらくは喜びのものであろう。
「智果お嬢様、結構怯えてるわね」
「サトカちゃん、情けないけどベリーキュート!」
「智果お姉ちゃん、一デシリットルくらいおもらししてるかも」
「デシリットル、懐かしいです。ちなみにデシリットルは漢字で表すと、立偏に分けると書きます。智果さんは今きっと、阿鼻叫喚していますね」
「サトカルシウムの反応も面白いけど、アタシはコースターの運動の方が興味をそそられるぜ。位置エネルギーと運動エネルギーが交互に転換されてるね。これを力学的エネルギー保存の法則というのだ。こいつはぐるりんって回転しないタイプだから、迫力に欠けるのは残念だな」
教材キャラ達は楽しそうに観察する。
*
遊園地内。
「あー、すごく気持ちよかった」
ミニコースターから降りた直後、伸英は幸せいっぱいな表情をしていた。
「……死ぬかと、思った」
智果の顔はまだ蒼ざめていた。
「智果、高校生にもなってあんなちっちゃいジェットコースターで怖がるなんて、だらしないわね」
母はくすっと笑う。
「だって、思ったより速過ぎて。車より速かったと思う」
智果は暗い声で呟く。
「でも、普通のジェットコースターよりは遅かったでしょ。智果、伸英ちゃん、おばけ屋敷があそこにあるけど、どうする?」
「ママ、そこは、ちょっと」
「わたしもおばけ屋敷はダメなんです。夜、一人でおトイレ行けなくなっちゃうので」
母の問いかけに、智果と伸英は照れくさそうに答える。
「そっか。相変わらずね。じゃあ別の所にしましょう」
母はにこりと微笑む。
智果のお部屋。
「haunted houseはデートの定番スポットなのにスルーかぁ。It‘s boring!」
「お嬢様達には到達不能極的な場所みたいね」
おばけ屋敷の建物前を素通りされ、モニカと露古湖はちょっぴりがっかりしていた。
「わらわも幽霊、大の苦手です」
「あたしもーっ。怖いよぉ~」
「ハヅキアズマ、リミットロコフォア、幽霊なんて科学的に存在しないよ」
ビクビク震え出した葉月と理密図に、化能蒸は爽やかな笑顔で説明する。
遊園地にいる三人が次に向かったアトラクションは、これも定番の乗り物、メリーゴーランドだった。
乗っているのは智果と伸英。前の木馬に伸英、そのすぐ後ろの木馬に智果という構図だ。
「智果、伸英ちゃん。こっち向いてーっ」
母は外側からビデオカメラを向けていた。用意して来ていたのだ。
「はーい」
伸英は嬉しそうに振り向き、手を振った。
「……」
智果は恥ずかしさのあまり、顔を背けてしまう。
「智果ったら」
他の乗客は幼稚園児と小学生、その保護者ばかり。偶然にも、どこかの団体客といっしょになってしまったのだ。
智果が恥ずかしがってるのはそんな理由かな? と、母はにこにこ顔で楽しそうに撮影しながら推測していた。
「さっき三人はまさに遠心力を実感したね。遠心力Fは質量mかける速度vの二乗、割る半径r。つまり、回転速度が速ければ速いほど、この遊園地のメリーゴーランドみたいに半径が小さいものほど、遠心力は強くなっていくのだ。ジェットコースターが回転する時も遠心力がかかってるぜ。地球みたいに相当大きな物が自転する際も、もちろん遠心力は働いてるけど、とても小さいから、高校物理の範囲内ですら0として考えてるのだ」
メリーゴーランドの動きを、化能蒸は物理学的視点で解説した。
「角速度をωとしたら、mrωの二乗とも表せるね」
理密図も楽しそうに話に乗る。
「ゲノムちゃんの言ってること、ワタシ全然分からないよ。まだジュニアハイスクールの一年生なのにグレートノレッジだね」
「わらわもチンプンカンプンです」
「わたくしもよ。社会科にも計算問題はあるけど、小学生レベルの基本的な四則演算が出来れば対応出来るし」
モニカ、葉月、露古湖は混乱していた。三人は文系科目担当ということもあり、数式を大の苦手としているのだ。
智果と伸英がメリーゴーランドから降りた直後、
「わっ、私、まだ目がペロペロキャンディーみたいになってるよ」
「わたしも、目が回っちゃったよ」
二人ともふらついていた。
「あらまぁ。昔行った時と同じね」
母は楽しそうに微笑む。
「ねえ、智果ちゃん、おば様。今度はあそこでプリクラ撮りましょう」
伸英はメリーゴーランドから数十メートル先にある、メルヘンチックな建物に視線を移す。
アミューズメント施設だった。
「いいけど。プリクラかぁ……」
智果はあまり乗り気ではなかったが、
「プリクラなんて、久し振りね」
母はかなり乗り気な様子。
建物内へ入り、専用機内に足を踏み入れた三人。撮影方向から見て左から母、智果、伸英の順に隣合わせに並ぶ。
「一回五百円か」
他のアトラクションと同様、母がお金を出してあげる。
高校生にもなってママとプリクラなんて、罰ゲームだよね。
智果はちょっぴり嫌そうにしていた。
「わたし、このパンダさんと写れるやつがいいです」
伸英に好きなフレームを選ばせてあげる。
*
撮影&落書き完了後。
「最近のプリクラは進化したわね」
取出口から出て来た、十六分割プリクラをじっと眺める母。自分が見たあと伸英と智果にも見せてあげた。
「ママ、わたしの顔に落書きし過ぎだよ」
智果は苦笑いだ。
「ごめんね智果、ついつい遊びたくなって」
母はてへっと笑った。気分は十代半ばに若返っていたようだ。
「智果ちゃん、サンタさんみたいでかわいい。あの、わたし、次はこれがやりたいです」
伸英はプリクラ専用機向かいに設置されていた筐体に近寄っていく。
「伸英ちゃん、ぬいぐるみが欲しいのね」
「はい!」
母からの問いかけに、伸英は弾んだ気分で答える。彼女がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームだ。
「あっ、あのナマケモノのぬいぐるみさんとってもかわいい! お部屋に飾りたいな」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。
「伸英ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」
「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」
智果のアドバイスに対し、伸英はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「伸英ちゃん、頑張れ!」
「落ち着いてやれば、きっと取れるわ」
智果と母はすぐ後ろ側で応援する。
「わたし、絶対取るよーっ!」
伸英は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やりますっ!」
伸英はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。伸英は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。
けれども回を得るごとに、
「全然取れない……」
伸英は徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていった。
「智果、あんた昔、プ〇キュアのお人形さんを伸英ちゃんに取ってもらったことがあるでしょ。恩返ししてあげなさい」
母が肩をポンッと叩いて命令してくる。
「でも、わたし、あれはちょっと無理かな。真ん中のシマウマさんのなら、なんとかなりそうだけど」
智果は苦笑いで呟いた。
「智果ちゃん、お願いっ!」
「……わっ、分かった」
伸英にうるうるした瞳で見つめられ、智果のやる気が少し高まった。
「ありがとう。智果ちゃん」
するとたちまち伸英のお顔に、笑みがこぼれた。
「智果お姉ちゃん、さっすが」
「サトカちゃん、very kindだね」
「智果さん、良いお人です。この場面は智果さんの方がお姉さんに見えますね」
「智果お嬢様、心優しいわね」
「ノブエステルもよく健闘してたぜ」
その様子を、教材キャラ達もモニター越しに楽しそうに眺めていた。
まずい、全く取れる気がしないよ。
智果の一回目、伸英お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「智果ちゃんなら、絶対取れるはず!」
背後から伸英に、期待の眼差しで見つめられる。
よぉし、やってやるぞぉーっ! ここは私がお姉さんっぽく振る舞わなきゃ。
それを糧に智果は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗した。アームには触れられたものの。けれども智果はめげない。
「智果ちゃん、頑張れ。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
伸英からエールが送られ、
「任せて。次こそは取るから」
智果はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。
智果は、伸英お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ!」
伸英は大喜びの声を上げ、バンザイのポーズを取った。
「智果、やるわね。勉強もこの調子でね」
母もビデオカメラを回しながら褒めてあげた。
「たまたま取れただけよ。先に、伸英ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、伸英ちゃん」
智果は照れくさそうに語り、伸英に手渡す。
「ありがとう、智果ちゃん。ナマちゃん、こんにちは」
伸英はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「サトカちゃん、Well done! Third time lucky.だね」
「おめでとう、サトカルシウム」
「智果お姉ちゃん、すごーい。あたしもあのぬいぐるみさん欲しいなぁ」
「わたくし、智果お嬢様はやれば出来る子だって信じてたわ」
「智果さん、おめでとうございます。諦めなければ必ず出来るというこの経験を、今後の大学受験勉強にも活かして欲しいです」
モニター越しに眺めていた教材キャラ達もパチパチ大きく拍手した。
遊園地内の三人は最後の締めくくりとして、巨大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが五〇メートル以上にまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。
「二人で乗って来なさい」
母はこう要求した。
「えっ!」
智果はぴくっと反応する。
「おば様は、乗らないんですか?」
伸英はきょとんとした表情で尋ねた。
「うん。高所恐怖症だから」
「いやいや、そんなことはないでしょ」
笑顔で伝える母に、智果は呆れ顔で即、突っ込みを入れる。
「撮影してあげるから。それに、智果も伸英ちゃんももう大人よ。ママがいなくても乗れるでしょ」
「確かにそうですね。ではおば様、智果ちゃんといっしょに乗って来ますね。行こう」
「わわわ」
伸英に手を引かれ、智果は乗車待ち列の方へと連れて行かれる。
「智果ちゃん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」
「……うん、いいよ」
シースルーの方かぁ。わたしあれは平気だけど、もろにカップル向けだよね?
智果は今からそれに乗ろうとしていた高校生くらいの男女カップルにちらっと目を向ける。
もう一方のゴンドラは六人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。
智果と伸英は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。
係員に鍵をかけられ、ゆっくり上昇していくと、
「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日きれーい」
伸英は大はしゃぎで周囲を見渡す。
「そっ、そうだね」
早く、一周してくれないかな?
智果は気まずさとほんの少しの恐怖心が相まって、ドキドキ感がけっこう高まっていた。
二人きりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。
「きっとキスするね」
「わたくしはしないと思うわ。智果様にそんな勇気はないでしょ」
モニカと露古湖はわくわくしながら、モニター越しにゴンドラ内の二人の様子を観察する。
「これは等速円運動だな。角速度は何rad毎秒かな?」
「ラジアンは高校の数学にも登場するよ。180度がπラジアンで、ちなみに円周角と弧の長さは比例するよ」
化能蒸と理密図は観覧車の動きの方に興味を示していた。
葉月は二人の観察に飽きたのか、学習机備えの椅子に腰掛けて智果が学校で使っている国語便覧を熟読していた。
それから五分ほどのち、
「結局キスなしかぁ。It‘s boring.」
「ほらね」
露古湖は勝ち誇ったような表情で、がっかりするモニカを眺める。
結局、智果と伸英は普通に取り留めのない会話を交わしただけで観覧車は一周し終えてしまったのだ。
「智果、伸英ちゃん。観覧車どうだった?」
降りたあと、母がさっそく質問してくる。
「久し振りに乗れて最高でした、おば様」
伸英は満面の笑みを浮かべる。
「けっこう、よかったよ」
智果はちょっぴり照れくさそうだった。
こうして三人は、遊園地をあとにしたのであった。
☆
「おかえり智果お姉さん、伸英お姉さんとキスはしたかな?」
智果は帰宅後、廊下にてさっそく智実からにやけ顔で質問された。
「やるわけないって」
「やっぱり。智果お姉さんと伸英お姉さんとの仲、昔から全然進展せぇへんね」
苦笑いで迷惑そうに答え、ちょっぴり残念がる智実の横を通り過ぎ、洗面所へ。
手洗い、うがいを済ませて自室に向かうと、
「サトカちゃん、今日は百合デート楽しかった?」
今度はモニカから質問された。
「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」
「智果さん、とても幸せそうですね」
葉月は智果の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。
「みんなに、お土産買って来たよ。勉強でお世話になってるお礼がしたくて。伸英ちゃんには友海と学美に渡すって言って怪しまれないようにした」
智果は苦笑いしながら肩掛け鞄の中から、チョコレートやクッキー、キャンディーなどが詰められた菓子箱を取り出した。
「わぁーっい! 智果お姉ちゃん大好きぃーっ♪ この飴、辛いやつを引く確率八分の一かぁ。気をつけなきゃ」
「サトカルシウム、気が利くね」
「さすが智果お嬢様、草食系男子ね」
「サンキュー、サトカちゃん。食べ過ぎには気をつけるね」
「ありがとうございます智果さん」
教材キャラ達みんなから大いに感謝され、
「どういたしまして」
智果は照れ隠しするように頭を掻いた。
「さあ智果お嬢様、今日いっぱい遊んだ分、これからしっかり家庭学習しましょうね」
露古湖はニカッと微笑みかけ、智果の肩をガシッと掴んだ。
「えっ、そんなぁ。今日はわたし、疲れたし……」
「いけません! そんな考えで休ませると絶対怠け癖が付いちゃうわ」
やる気なさそうな態度を取った智果に、露古湖は厳しい口調で注意する。
「サトカちゃん、レッツスタディー。ノブエちゃんもちゃんと気を切り替えて家庭学習に励んでるよ」
モニカはそう言うと、智果にモニター画面を見せた。
机に向かい、一生懸命数学の問題を解いている伸英の姿が映し出されていた。
「……分かった。わたしも頑張るよ」
それを見て、智果は自分もやらなければという意識が高まった。自ら椅子に座り、シャーペンを手に取ると、さっそく苦手な英文法の演習問題を解いていく。
「サトカちゃん、なんでそこまたミスするの? 時や条件を表す副詞節中では未来のことも現在形で表すって昨日教えたでしょ。この問題のwhenは名詞節を作るんだよ。You fool! I‘m disappointed with you.」
「あいてててっ」
モニカに髪の毛を引っ張られたりほっぺたをつねられたりして厳しく注意されながらも、智果は心の中で感謝していた。