じうじう
短編です。
4合炊きの飯盒炊飯に研いだお米を入れて水をくぼんでいる線に合わせたら、私は三十分暇になる。
隣には火付けの役割だった男子二人が騒いでいて、つけたばかりの火の中にマシュマロを入れている。ついさっきまで真っ白だった砂糖の塊は、あっという間にきつね色を通り越してじうじうと音を立てている。もう真っ黒じゃない。二人は思いっきり丸焦げになった塊を大きな口に丸ごと放り込んでいた。
つくずくどこのコミュニティでも学生の男子は馬鹿なのだと思う。この学校って頭いいはずなのに。
昼間のハイキングですでに仲が良かった男子二人は、同じ部活に所属しているそうだ。新しい環境で無作為に分けられた男女三人の行動班はクラス替えのないこの高校生活でかなり重要になるのだと思う。
横ではまた男子が割り箸にマシュマロを刺している。
「宮内もマシュマロ焼く?」
男子のうちの一人が私に向かって差し出す。
「ありがと、私もやってみようかな」
手持無沙汰になっていた私は別に断るわけでもなく割り箸を受け取ってマシュマロを火に近づけていく。丸焦げになったマシュマロを食べる趣味はないので、火に触れないように少し指先があつくなるようなところでじっくりと白い砂糖の色が変わるのを待つ。
結局男子が阿呆なのは中学生のころから変わっていなくて、私が几帳面で真面目な委員長のような性格なのも中学生の時と同じで。可愛げがなくたっていいじゃない。学生の本分は学業でしょ?とか。思ったりする。
二人も丸焦げのマシュマロを好んで食べたがっていたわけではないようで、私の隣でマシュマロを火にくべている。もともとキャンプファイアーではなく、調理用に用意された火の大きさは小ぶりで、驚くくらいに三人は近い距離になった。
マシュマロの色はなかなか変わらず、さっきまで騒いでいた男子もそのマシュマロを見つめてうんと静かになった。一緒に山の中を六キロ歩いたとしてもやっぱり初対面だ。彼らにはパーソナルスペースというものはないのだろう。私だけ唇をつんと立てて、それをやっぱり戻したりして色が稲穂色になるのを待っていたけれど、全体がわずかに膨張するだけで色はなかなか変わらない。距離を置きすぎてしまったと後悔しても、これ以上火に近づけてしまうと焦げてしまいそうで、そのままにした。
男子はもう飽き飽きしてきたようで、部活の怖い先輩の話を始めてしまった。もうすこしさ、この三人での共通の話題とかにしようよ。昼間のハイキングであいつが水たまりに足を突っ込んだ話とかさ。
私はむずがゆくなって火から目をそらして残りの班員がいるステンレスの調理台の方向に目線を移した。
目線の先への三人は二人と一人に分かれてカレーの具材を準備していた。同じ班になった女子は二人でダンス部に入ることに今日決めていた。可愛い先輩がいるとか、k₋popのカバーダンスを一年生から文化祭で踊れることが決め手らしい。私も一緒に入る流れだったけれどもうバレー部に入っているので断った。
本当は本当は一緒にダンス部に入るのがいいのだろうけれど、入学早々バレー部の先輩と会ってしまったのだ。断るわけもなかったし、もともと入ることを決めていたけれど、ちょっと二人と疎外感を感じてしまって、先輩を言い訳にしてお茶を濁した自分も誠実でなくて少し嫌だ。
まな板から離れたところですこし居心地悪そうにピーラーを動かしているのは昼間に水たまりに足を突っ込んで、打ち解けるきっかけになったあいつだ。
唯一この学校で初対面でない彼は、小学校からの同級生だ。なぜ同じ中学校の人と一緒のクラスに割り振られているかはわからないが、進学校らしく成績のみでクラス編成をしたのだろうかなと何となく納得できる理由を探してみる。
中学では一年生以外はほかのクラスで特に仲が良かったわけでも悪かったわけでもない。三年前の印象では、数学の授業で先生に指されたことに気づかずに黒板消しクリーナーを見つめつづけた。というエピソードをまた聞きしただけで、クラスではあまり目立つ方ではなかったと思う。身長も私の二回りくらい小さくて、所属していたサッカー部では一際その小ささが目立った。
そんな彼が同じ高校になったと気づいたのは、初日の帰りの電車だった。クラスの中でも身長が一際高い彼が私の記憶の中の彼と一致しなかったからだ。最寄り駅でまっさらな同じ制服を着た彼を見つけた時には憧れの人に思わず話しかけてしまっていた。
サッカー部の副部長で、騒がしい部員の中では珍しく物静かな彼。
コロナ過で二年生がすっぽりと抜けてしまって、三年生になってからは全員マスク。そんな中で一年生の頃の彼と、今のあいつを同一人物だと思う方が難しい。
奥手な私は部活の中休憩に同じ場所でポカリスエットの粉を水筒に溶かし込みながら息を整えている彼に話しかけることは一度しかなかった。最後の一年で分かっていたのは部活動中に呼ばれていた彼の下の名前だけ。ヒデト。苗字は紙面上でしか見たことがない。
でも、梅雨明けで、ぼこぼこになったグラウンドをまじめに整えている姿。グラウンド脇の給水機を使わずに体育館の横にある蛇口を使いに来ていたこと。水を飲んだ後には律儀に上向きのままで放置されたほかの蛇口も一緒に正しい向きに直してからポカリスエットの粉袋を開けている姿を見てちょっといいなと思ってしまった。私よりも身長高いし。
「ずっとここの蛇口使っているの、どうしてなの?」
同じクラスのサッカー部が都大会で負けたという話をしていた翌日、私は初めてあいつに話しかけていた。もうあの瞬間にしか繋がりを持つことはできないと思ったから。
「体育館からクーラーの風がちょっと漏れてきているからさ、一瞬涼みにね」
この会話だけで私の初恋はおわったのだろうと、思った。
実際のところ最寄り駅で話しかけた時には好きという感じではなかった。ただ同じ学校に同じ中学の人がいたから話しかけのだ。
その日の部活動でサッカー部の三年生は引退した。バスケ部が使う蛇口は上向きのままだったから、私が下向きに直しておいた 。
そんな彼はピーラーを持って人参の皮をむいた後、その場でフリーズしていた。固まっていたというよりぼーっとどこかを見つめているようで、その視線の先が気になってみてみると、一人のクラスメイトがいた。
確か和田さん、だったと思う。クラスでの自己紹介の印象では真面目な人、という印象だけだった。私とは系統が違うけれども、落ち着いていてあまり自己主張をしないタイプだと感じた。長い髪をみつあみにして、身長も高くなくて、そばかすのある牧歌的な雰囲気の子だ。
「大友君じゃがいもまだー」
「ごめん、すぐにやるよ」
彼はフリーズしていた手を再度動かし始めて、皮をむいて芽をとったジャガイモを班員の女子に渡した後にまた彼女の方を向いていた。
「秀人早くしてよ」
今日仲良くなったばっかりなのに、ダンス部の彼女たちは下の名前で呼んでいる。私も具材準備にしておけばよかったなと思いつつ。
「ごめんって」
最後のジャガイモを手早く処理して、豚バラを食べやすいサイズに切りながらもやっぱり彼は和田さんのほうを向いていた。
夏の体育館の彼と、今の彼は印象がだいぶ異なる。森の中でも私としゃべっている間にドロドロの水たまりに足を突っ込んでいたり、授業を受けているときにもいろんなところを見つめている気がする。
「大友君大丈夫?」
和田さんがとっさにまな板から手を引いた彼に即座に問う。
手を切ったらしい。やっぱり抜けているのだと思う。しかも手の甲。そうそう切ることはない場所だ。
和田さんが駆け寄ってきて、ポーチから何かを出して手渡していた。彼はありがとうと言って手の甲に絆創膏を貼った。
「マシュマロ焦げちゃうよ」
男子に指摘されたように私のマシュマロは今にも焦げてしまいそうだった。ついさっきまで真っ白だったマシュマロの表面はぐつぐつし始めていた。慌てて手を引っ込めて高得点の状態に焼きあがったマシュマロを見つめる。落ち着いて考えたら今からカレーを食べるのに何でマシュマロを焼いているのだろう。男子はやっぱり馬鹿だ。
具材を持って全員が合流した。ステンレスの台の上には小さくまとめられた野菜の皮と、手の甲につけられた絆創膏の抜け殻が置いてあった。野菜の切れ端はコンポスターに入れられて堆肥になるらしい。
鍋の中にサラダ油を敷いて野菜と肉を炒め始める。その横でしっかりと吸水させたお米を炊き始める。
「大友君手の甲どうしたの?」
「なんかよそ見していたら切れちゃってて」
手の甲に貼ってある絆創膏を見て、ずるいと思った。私だってその場にいたら絆創膏を渡すことぐらいできたのに。この行動班の保健係は私なのに。
「マシュマロ食べてもいい?」
ヒデトは私にそう聞いてきた。
「食べちゃっていいよ」
急にやいていた私が恥ずかしくなってきた。だけれども私が作ったものを口にしてくれることはなんだかうれしかった。
カレー作りはつつがなく進んでいった。全員が各々の役割を終えても会話は止まることがなく、なんだかんだ仲が深まっている感じがしてうれしかった。というより、この班のつながりがより強固なものになっていくことがうれしいと感じた。
盛り付けの係は私だった。確かにほかの人と比べて、お米を炊くだけだったのでその帳尻合わせだ。最後にヒデトの分を盛り付けて、完成。時間の大半をマシュマロと格闘していた男子が当たり前のように食事のあいさつの音頭をとる。
「今度のゴールデンウィークみんなでディズニー行こうよ」
女子が言った。
「制服ディズニーしようぜ」
男子もたまにはいいことをいう。
「絶対行こうね」
即座に私もその話に乗った。
「ヒデのめっちゃおこげ入ってるじゃん。ずるー」
ずるいと思った。でも本当にずるいのは私だとも思った。
オムニバス形式で他の人の短編も書いていたりいなかったり。