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思わぬ漁夫の利を手にしたのは、何を隠そうエリック王太子だ。


ローザ王女との縁談は消え、しかも王女はグラハイト王国の高位貴族ロイヴァルト公爵家と縁を結ぶ事になりそうなので、国家間の平和は保たれる。


なによりこれで、心置きなくユリアーネを口説き落とせるのだ。



エリックは浮かれていた。

レンバルト侯爵にはユリアーネとの結婚を前提に考えているので、他の婚約話を受けないで欲しいとの申し入れをしたことですっかり安心していたのだ。





エリックは、正式にレンバルト侯爵にユリアーネと結婚したい旨を申し入れた。


だが、その返事は否だったのだ。


エリックは急いでレンバルト侯爵に面会を申し入れた。


「王太子殿下、婚約者候補は辞退したはずです」


「しかし、ローザ王女との縁談もなくなり、ユリアーネの気持ちも確かめている」


レンバルト侯爵はエリック殿下をジロリと睨む。


「ユリアーネは、王太子妃候補でいる間、その位に相応しくなるよう学んでまいりました。

他のご令嬢方が娯楽や交流を深める若者の貴重な時間を、王家に捧げてきたのです。

それを、隣国との縁談が持ち上がったため諦めざるをえなかった、あの娘の気持ちを考えてくださったことがありますか?」


エリックはレンバルト侯爵の勢いに気押され息を呑む。


「ローザ王女殿下との縁談話が持ち上がった時、王太子殿下が幸せになれるのならと娘は身を引きました。自分の気持ちを押し付けず、殿下のお幸せを願って。

それを、殿下は何ですか! 都合が良くなったら自分の気持ちを優先して結婚の申し込みとは。世の中の全ての事が貴方の思い通りに進むなんて思わないで下さい」



レンバルト侯爵は一方的に言い切った。



エリックは侯爵の言葉を噛み締める。


ーーー確かに自分中心にしか考えていなかった。

もし、ユリアーネに断りにくい縁談が来た時、私は彼女を諦められるだろうか、

幸せを願って身を引けるだろうか。



答えは否だ。


きっと自分のこんな甘い所が、侯爵には許せないのだ。


ユリアーネに結婚を申し込めたのだって、ローザ王女がイアンを好きになって行動を起こした結果だ。


縁談話がなくなったのは自ら行動した結果ではない。


こんな自分では、ユリアーネに相応しくない。

エリックは、途方に暮れた。


突然、扉がバタンと開かれた。

そこからユリアーネが怒りを滲ませながら入って来た。


「お父様、家令が王太子殿下からの求婚をお断りになったと話していたのですが本当ですか?」


いつもの大人しいユリアーネからは想像もできないほど怖い顔をして父親を睨んでいた。


「ああ、そうだ」


「婚約者候補辞退の時はご相談いただきましたのに、今回はなぜ私に相談せずお断りになったのですか?」


レンバルト侯爵は、ユリアーネの剣幕にたじろぎながらも言い返す。


「王太子殿下は自分の気持ちを優先しすぎる。

このままでは、ユリアーネの夫として頼りないと考えたからだ」


「頼りない? 結構ではありませんか。だから周囲の者達がお支えせねばと奮闘するのです。私もその一人。専制君主など傍迷惑です。エリック様は、頼りなげに見えて腹黒いところもおありなの。そのギャップがよいのです」



「ユリアーネ?」


レンバルト侯爵もエリックも呆気にとられた。


「ちなみにエリック様の腹黒いところは、自分に都合のいいように人の縁を繋ぐのが素晴らしく上手いところですわ。

婚約者候補のお一人、美しく切れ者と言われていたグレイデ侯爵令嬢のマリアナ様。

そんな彼女に、密かに想いを寄せていたブリテン辺境伯家の若獅子アーノルド様。

王太子の婚約者候補だからと諦めていたアーノルド様に、マリアナ様をご紹介し縁を繋いだのです。

お二人とも、エリック王太子殿下に感謝しておりました」


ユリアーネはうっとりした表情を浮かべる。


王太子が、王国上層部の一番人気の婚約者候補マリアナに縁談を世話したことは、関係者以外には内密にされていた。


「他にもローザ王女殿下に、舞踏会の日に一人で帰らせてしまった事のお詫びの手紙をいただきました。

その手紙に記されていたのですけれど、『ロイヴァルト公爵令息イアン様と出会えたのは王太子殿下のお陰です』と大変感謝されてましたわ。

このように、ご自分の婚約者候補に他の男性をあてが、コホン、紹介することで皆様お幸せになられたのです。

皆様エリック様を将来の国王としてお支えする事に、ご助力惜しみませんわ」


差し挟む間もないほど、ユリアーネは熱く語る。

普段の大人しく、人目を避けるユリアーネとは思えなかった。

それだけ彼女の必死さが伝わってくる。



「それになにより、私ことを諦められないとおっしゃるエリック様の愛おしいこと。

女性は想われて結婚することが幸せだと、常々お母様が惚気ていらっしゃいましたわよ、お父様」


レンバルト侯爵は降参した。

彼は妻には滅法弱い。

王太子には偉そうに言ったが、侯爵も妻への執着は負けないだろう。



レンバルト侯爵はエリックを憎々しげに見つめる。


「大事に育てた我が家の宝です。

幸せにしないと承知しませんよ」


「ああ、もちろんだ。ありがとう、レンバルト侯爵」


晴れて、結婚の承諾を受けた二人。

相変わらず、人前が苦手なユリアーネだが、必要とあれば堂々と意見を言えるようになっていた。







あるうららかな昼下がり、王宮の一角で、四人の男女がお茶を楽しんでいた。


エリック王太子、ユリアーネ、イアン、ローザ王女である。




「ローザ王女殿下、ロイヴァルト公爵令息様、ご婚約おめでとうございます」


ユリアーネがお祝いの言葉を言うと。


「エリック王太子殿下、レンバルト侯爵令嬢、ご婚約おめでとうございます」


とイアンが返した。



「まさか、この四人で茶を飲む事になるとは思いもしなかった。

ロイヴァルト公爵令息、いやイアン卿と呼ばせてもらおうか。

色々八つ当たりして申し訳なかった」


とエリックがイアンに謝った。


「王太子殿下、殿下ほどのお方が臣下に謝ってはなりません」


イアンは生真面目に反応する。


「イアン卿は本当に妹に似ていないな・・・」


「妹は、甘えた所がありますからね。

ご心配をおかけしましたが、妹にも近々いい話がありそうです」


「今は領地にいるのだったな」


「ええ。領地を任せている子爵家の嫡男が妹によく世話を焼いていたのですが・・・まぁなんとか纏まりそうです」


「まぁ、それはよかったですね」


ユリアーネはリリアンヌの良い話が聞けて喜んだ。


「まぁ・・・妹にとってはよかったのかどうか。まぁ、彼になら任せて安心です。

これで王太子殿下におかれましては心穏やかにご結婚の準備を進めていただけます」


イアンに結婚について言及されたので、エリックも訊ねる。


「そうか。で、ローザ王女の花嫁姿はいつ頃見られるのかな?」


ローザ王女の頬が桜色に染まる。


ユリアーネは微笑ましげに眺めた。


「い、い、一年は婚約期間を置くことになっております」


冷静なイアンには珍しくどもった。


彼の頬も赤く染まっていた。




エリックが、そんなイアンを微笑ましげに眺め、ふと思い出したように話だした。


「イアン卿、ロイヴァルト公爵に伝言をお願いできるだろうか?」


「はい。・・・どのような?」


「我が叔父、リカルド王弟殿下の細君が四人目の子を懐妊されたのだ」


「誠でございますか?」


「ああ。安定期に入っていないのでまだ公にはしてないのだが、どうやら悪阻でお辛いらしくてな。

以前はロイヴァルト公爵領のオレンジを献上したと聞く。

公爵に言って、王弟殿下の細君に届けて欲しいのだ」


「かしこまりました。よろこんで。明日にでもお届けいたします」


「頼んだ」


エリックにとってもイアンにとっても王弟夫妻の子は従兄弟にあたる。

ロイヴァルト公爵家から除籍されようとも血の繋がりは消えぬのだ。

喜ばしいことだった。

次の日、ロイヴァルト公爵自らリカルド王弟妃アネットの元へ赴き、オレンジを献上したとのこと。




ユリアーネはローザ王女と友達になった。

また四人で、二人でも会うことを約束した。





半年後、エリックとユリアーネは結婚式を挙げた。


世継ぎの王太子の結婚ということで、周辺国の王族の列席もあり盛大に挙行された。


教会で祭壇に向かうユリアーネをエスコートした父のレンバルト侯爵は、大人しくオドオドしていたユリアーネがこの結婚に関してだけは自分の意思を強く示した事に、成長を感じた。

それと同時に、自分の手から離れていく娘を見送るのを寂しく思う。


祭壇の前では、エリック王太子がユリアーネを待っていた。

レンバルト侯爵は、ユリアーネの手が自分の腕を離れ、彼女を優しく見つめるエリックの腕に添わせるのを見つめた。

レンバルト侯爵は妻と息子の元に戻ると優しく背をたたかれ、涙が溢れそうになった。




祭壇で厳かな結婚式を行った二人は、教会の外へ出ると多くの祝福につつまれた。


雲ひとつない青空に、色とりどりのフラワーシャワー。


ユリアーネはこの光景を忘れることはないだろうと、目に焼きつけた。




数年後、ユリアーネは二人の王子と一人の王女、三人の子の母となっていた。

そこには、人目を避けて歩いていた気弱な人見知りの令嬢はもういない。


妻として夫と互いに支え合い、母として子を守るために強くなった。


そんな、可愛げのなくなった自分をエリックは、どう思っているのだろうと心配になる時がある。


ある時、それを訊ねると彼はこう言った。


「少女の頃の人見知りで大人しいユリアーネも、俺との結婚を反対された時に言い返したユリアーネも、今の強くなったユリアーネも愛してるよ。もちろん、これから先の君もね」


ユリアーネはとびきりの笑顔でエリックの胸に飛び込んだ。



「私も、一途なあなたも、ヤキモチ焼きなあなたも、腹黒いあなたも大好きです。愛してます!」





〜完〜


最後まで読んでいただきありがとうございました。


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