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「その、解決方法を聞かせていただけますか?」
イアンは、ローザ王女に話の先を促す。
「ええ。まず、呪いをかけてそれを返されたのはイアン様の妹さんでしたよね」
「はい、そうです」
「では、その妹さんがご結婚されて公爵家の名ではなくお嫁入りされた先の家の名を名乗るようになったら・・・妹さんの嫁ぎ先がその呪いを受けることになるのです。
なのでその場合はイアン様のロイヴァルト公爵家はこの呪いから解放されます」
「な、なんと・・・そんな方法が!」
驚嘆した声を上げたのはエリックだった。
イアンは息を呑んだ。
「他にも方法はあります。呪いの上書きです」
「上書き?」
「はい、そうです。上書きの文言は・・・イアン様及びロイヴァルト公爵家は出自を問わず愛する人と結婚できる・・・と言うような。
そうすれば極端な話、王族のみならず例え平民であっても愛する人と結婚できるでしょう」
「しかし、呪いの上書きとは・・・」
呪い・・・恐ろしいそれを更にかけるなどということは考えられないことだった。
「ご心配には及びません。
『呪いの言霊』は他国では『呪い石』(まじない石)と呼ばれていて、この石に言葉に出して願い事を伝えれば叶うと言われています」
「まじない石・・・」
「ええ。呪いは、『のろい』とも『まじない』とも読みます。
『のろい』は禍々しい印象です。
ですが、『まじない』は諸説 ありますが、願いが叶うおまじない、恋が叶うおまじないと言ったように禍々しさは感じられないものもありますでしょう?」
イアンのみならずエリックもローザ王女の言葉に聞き入っている。
「ずいぶんな違いだな」
「そうですね。
ルーデン王国より西の国には、呪い石を削る時に出た粉に色付けしてお守りに入れたりするそうです。
ですが、このお守りは石である時のような強力な魔道具ではありませんし、『呪いの言霊』や『呪い石』はその石の形状や色によって力は違うのです」
エリックが感心したようにローザ王女に問う。
「ローザ王女は、魔道具に詳しいのだな」
「ええ。私、さまざまな魔道具を調べてました。
この体質・・・雷恐怖症を治そうと試みたのですが、うまくいかなかったのです」
ローザ王女の雷恐怖症の症状を知るイアンは慰めるように言葉をかける。
「そ、それは・・・残念でしたね。とても強力な魔道具だったので効きそうなものですが・・・」
ローザ王女は気にしていないというように少し微笑む。
「怪我や病気の範疇になるのでしょうね。人の心にはよく効くようですが」
ローザ王女は、冷めてしまった紅茶を一口飲むと、イアンに提案した。
「よろしければ、先ほど言った呪いの上書き、私にさせていただけませんか?
雷の時に助けていただいたお礼がしたいのです」
「そんな、ローザ王女殿下に危険な真似はさせられません」
「私、魔道具の事を学んでいて扱いは慣れておりますし、イアン様のためなら喜んでお役に立ちますわ」
このローザ王女のイアンに対する熱心さを見て、エリックは思うところがあった。
ーーーこれはもしかして・・・。
「ローザ王女の言葉に甘えてみたらどうだ?
令息のことだ、公爵家のためとはいえ、妹に意に染まぬ結婚を強いることはしないのだろう?」
イアンは、苦い顔をする。
図星だ。イアンは例えやらかしてお荷物になってしまったとはいえ、幼い頃に懐いていた妹は可愛いのだ。無理に結婚などさせたくはない。
「イアン様、どうか私にお任せくださいませんか?」
ローザ王女は縋るような瞳でイアンを見つめた。
イアンは、一つ息を吐き笑みを作る。
「ローザ王女殿下、どうかよろしくお願いいたします」
その後三人は王宮魔術塔に赴き、クロード立ち会いの元、『呪いの言霊』を用いて呪いの上書きを行った。
ローザ王女の言葉は。
『イアン様は、出自を問わず愛する人と結婚できる』
とした。
ロイヴァルト公爵家を対象にすると、妹リリアンヌの受けた呪いも上書きされエリックの元に戻ってくる恐れがある。それを避けるため、あえて対象をイアン個人にしたのだ。リリアンヌに返された呪いは・・・彼女が結婚する時まではこのままで。
この文言にすると決まった時、魔術師クロードがイアンに訊ねた。
「ロイヴァルト公爵令息様、ローゼン公爵令嬢様のことはもう・・・」
「彼女は婚約したからね。幸せそうな姿を見て吹っ切れているよ。
心配してくれてありがとう。この文言で問題ない」
イアンは、彼の気持ちを慮ってくれたクロードに笑みを返した。
こうして、イアンに掛けられた呪いは無事上書きされた。
以降、これまでおどおどしていたローザ王女が信じられないくらい前向きに、イアンに対して積極的になった。
彼女の父であるルーデン国王へは自らエリックとの縁談を断り、ロイヴァルト公爵家と縁を結びたい旨を申し出た。
了承の返事が届くと、自らグラハイト国王に交渉する。
王都にやってきた時の、頼りなさげな少女は恋を知り強くなった。
グラハイト国王は、思った。
ーーー最初からこんなにしっかりした王女だったなら、エリックの相手として申し分なかったのに・・・と。