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舞踏会の日、ユリアーネはレンバルト侯爵家を象徴する色、紺色のドレスを身に纏った。

ドレスに纏う同じく紺色のオーガンジーが動くたびにふんわりと揺れる。

パールで統一した装飾品はユリアーネを大人っぽく見せる。

エスコートのためレンバルト侯爵家を訪れたイアンは、その姿に見惚れた。


「今宵はまた一段とお美しいですね。レンバルト侯爵令嬢をエスコートできる栄誉に感謝致します」


「まあ、ロイヴァルト公爵令息様こそ素敵です。本日はよろしくお願いいたします」


舞踏会のホールに名前を呼ばれて入る際、どよめきが起こったかと思うと、ほぉっとうっとりする感嘆のため息が聞こえ、しばらくざわめきが続いた。

やはり、ありえない組み合わせだったのだろう。


ユリアーネは会場入りしたのだしイアンと離れるべきかとも思った。

しかし、ファーストダンスはエスコートをしてくれたイアンと踊るのがマナーなので、それまでは一緒にいなければならない。


やがて、王族が会場入りしてきた。

今回の舞踏会は、ローザ王女のために開催されたため彼女の登場は最後。

国王と王妃が先に入場した。


続いて、エリック王太子がローザ王女をエスコートし入場する。

おおっとざわめきは起きたが、ユリアーネ達の登場の比ではなかった。


ローザ王女もそれに気づいたようで、先程のどよめきの原因が気になったらしい。会場内をキョロキョロ見回していた。


国王が挨拶をし、ローザ王女が紹介される。

彼女は大変可愛らしい女性だった。

さすが、ルーデン国王が溺愛しているだけの事はある。

ただ、年齢よりかなり言動が幼く見えた。


ファーストダンスは、主賓のローザ王女とエリック王太子が踊った。

初々しいローザ王女は花の妖精のように見えた。

周囲も微笑ましく見守っていた。


ダンス曲が終わり二人が互いに挨拶を終えると、エリック王太子はローザ王女をその場においたまま、ツカツカとユリアーネ達の方へ向かってきた。


「ユリ・・・レンバルト侯爵令嬢、お相手願えますか?」

すんでのところで名前呼びは控えたが、有無を言わせずユリアーネの手を取り引き寄せようとする。

ユリアーネは、するりとその手を躱した。

「恐れ入ります。ファーストダンスはエスコートの相手と踊るものです。マナー違反になってしまいます」

ユリアーネはエリックの顔を見る事なく俯き言葉を紡いだ。


エリックはイアンを射殺すように睨みつける。

「ロイヴァルト公爵令息、構わないだろう?」

その瞳と声には否やを許さない迫力があった。

イアンは息を呑む。

「はい。私は構いませんが、王太子殿下がエスコートされたローザ王女殿下はいかがされるのですか?」


「令息がダンスの相手をしていてくれ」


「かしこまりました」


イアンは一礼すると、ユリアーネとエリックのそばを離れて行った。




二人になるとエリックはユリアーネに詰め寄る。

「なぜロイヴァルト公爵令息にエスコートされているんだ。

クリスはどうした」


ユリアーネはエリックの勢いに呑まれそうになりながらも必死に平静を装い答えた。


「クリスは ローゼン公爵令嬢と婚約しましたので、彼女のエスコートをしております」


「クリスが、婚約?」


「ええ。ですので、エスコートしていただける方を探していましたところ、ロイヴァルト公爵令息様にお誘いいただきました」


「そんなこと・・・私に相談してくれれば・・・」


「恐れながら、王太子殿下におかれましてはローザ王女殿下とのご縁談話が持ち上がったと聞き及んでおります。

ですので、婚約者候補がいては差し障りがありましょう。

ローザ王女殿下が王都入りする前に、レンバルト侯爵家から正式に婚約者候補辞退を申し出ました。

王太子殿下もお聞き及びになってますよね?」


「ああ」


「今宵の舞踏会は、王女殿下の歓迎の宴。上位貴族である以上、余程の理由がなければ欠席はできないのです。

婚約者候補を辞退した私が、王太子殿下にエスコート相手について相談することなどできません。

恐れながら、今はお二人を拝見することすら辛いのです。

気持ちの整理がつくまで、しばらくの間お声がけもご遠慮いただけないでしょうか」


ユリアーネは、精一杯の拒絶の意を示すと美しい所作で淑女の礼をしその場を去ろうとした。


エリックは去ろうとするユリアーネの手を掴んだ。

その時、大きな雷鳴が轟いた。

窓へ振り向くと、ザーッと雨が降り始める。




続く雷鳴をかき消すかのように。

「キャーッ」

をいう恐怖に満ちた悲鳴が聞こえた。

声の主を探せば、ローザ王女が一緒にダンスを踊っていたイアンの腕にしがみつきガタガタ震えている。

もう一度雷鳴が轟くと、その場に立っていられず膝を床に着きそうになったところで、イアンがローザ王女を抱き上げた。

「失礼します。王女殿下、大丈夫ですか?」

その時ようやくローザ王女付きの女官と護衛騎士が側まで来た。


「姫様は、雷恐怖症なのです。恐れ入りますが、そのまま別室にお運びいただけますか?」

女官が、イアンに申し訳なさそうに願い出る。

イアンは頷く。

ローザ王女は、イアンの腕の中でガタガタ震えながら舞踏会場を後にした。








ローザ王女が運ばれるのを見た、ユリアーネはエリックを促す。

「ローザ王女殿下がご心配です。王太子殿下どうぞ王女殿下のそばにいて差し上げて下さい」


エリックは、ローザ王女が去った方向をチラリと一瞥しただけでユリアーネに向き合った。


「彼女にはお付きの者達がいる。それより、私は君の誤解を解きたい」


「誤解?」


「私は、ローザ王女殿下と結婚するつもりはない!」


「ですが・・・」


「父上も説得できた。王女の人となりを見て王妃の器ではないと。

ローザ王女は幼い頃にトラブルがあり、以降大事に育てられすぎた。

周囲が守り過ぎた。

一貴族夫人としてならまだしも、王太子妃は荷が勝ちすぎる」


「しかし、ルーデン国王が納得されないのでは」


「問題はそこなんなんだ。ローザ王女本人も王太子妃や王妃は無理だと言っている」


「とにかく、私はユリアーネ以外と結婚するつもりはないからね。

婚約者候補辞退はさして問題ではない。

もともと、候補を外して正式に婚約者として発表するつもりだったのだから」



ユリアーネの頬に赤みが差す。

ーーー諦めなくていいの?

期待が胸を掠めた。



「待っていてほしい。レンバルト侯爵には私から話を通しておくから、どうか信じて待っていて」


「はい」


エリックの言葉に胸がいっぱいになり、ひとこと返事をするので精一杯だった。





別室に運ばれたローザ王女は、錯乱状態だった。

雷鳴を聞く度に悲鳴を上げ、稲妻の光に怯え掴んでいたイアンの腕を離すことは無かった。

付き添っていた女官は稲妻の光が見えないようにとカーテンを引くが、強烈な光を遮るのは難しかった。何より雷鳴は、遮りようがない。



イアンはローザ王女を抱えたままソファに座っていた。

腕の中で彼女はカタカタ震え続けている。

女官が申し訳なさげにイアンに説明した。


「誠に申し訳ございません。先程も申し上げた通りローザ姫様は雷恐怖症なのです」


「雷恐怖症?」


「ええ。幼い頃、兄君様に小部屋に閉じ込められられてしまったことがございました。

その時、姫様の閉じ込められていた部屋の近くの木に雷が落ちまして・・・それ以来雷が鳴り始めると、この状態になってしまうのです」


「それは・・・お可哀想に・・・」


イアンは、腕の中で震え怯える王女を優しく抱きしめる。


「貴女が私の妹なら、そんな怖い目には合わせなかったのに・・・」


その言葉にローザ王女は涙を浮かべイアンを見たかと思うと、彼の胸に顔を擦り付けた。

抱きしめていた腕を離し、彼女の背に回して優しく撫でる。


ふと、我儘に育ってしまった妹リリアンヌに思いを馳せる。

そういえばリリアンヌも小さい頃雷が怖くて、よく家族に擦り寄っていたな。

私の所に来た時は、こうして背を撫でて落ち着かせていた。

いつの間に、怖がらなくなったのだろう・・・。


やがて雷が遠ざかる頃、イアンの腕の中の震えは治り、ローザ王女は眠っていた。


「まぁ、まぁ。申し訳ございません。お召し物に皺がついてしまいました」


「かまわない。落ち着かれたようでよかった。

今から王女様のお部屋にお運びしますか?

それともこの部屋の寝具でお休みいただきましょうか?」


「まぁ、そこまでお願いしては申し訳ありませんわ」


「いや。このままお運びしますよ」


「では、この部屋の寝具を使わせていただきますわ」


イアンは、頷くとローザ王女をベットまで運んだ。







昨夜は雷騒動でローザ王女につきっきりになってしまった。


エスコートパートナーを務めたにも関わらず、帰りに送れなかった事を詫びるため、イアンはユリアーネに手紙を送った。


ユリアーネは、クリスと婚約者のシャーリーの馬車に同乗させてもらっていた。

初めこそ、婚約者同士の時間を邪魔してしまい申し訳ないと思っていたが、シャーリーと親しくなれたので結果として良かった。



イアンは、改めてユリアーネを訪問し謝罪した。


「こちらから、エスコート相手を買って出たにも関わらず申し訳ありません」


「お気になさらないで下さい。

元はと言えば、王太子殿下がローザ王女殿下の相手を依頼されたのが発端ですから・・・ところで王女殿下は大丈夫でしたの?」


「はい。別室にお連れしましたところ落ち着かれましたので、お付きの女官と護衛にお任せしました」


「そうですか」


イアンは説明したあと一息つき、躊躇いがちに問いかけた。


「あの後の王太子殿下のご様子はいかがでしたか?」


「ええ。大丈夫でしたわ。私が令息にエスコートされていたので驚いていたようでした」


「それは、申し訳ないことを・・・」


「令息が謝られることはありませんわ。こちらこそエスコートしていただいて感謝してます」


ユリアーネは笑顔で礼を述べた。


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