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エリックとユリアーネの婚約を正式に発表しようと日程調整をしていた折、思いもよらない横槍が入った。
隣国ルーデン王国が、第三王女とエリックの婚約を打診してきたのである。
実はエリックの幼少期に、グラハイト王国側からルーデン王国に婚約を打診したことはあったのだ。
しかし、その時にはルーデン王国から断られた。
ルーデン国王が王女達を溺愛し、嫁には出さんと公言していたのである。
さすがに、年頃の娘に婚約者がいないのはまずいと思ったのだろう。
なにしろ、家柄が良い子息から婚約者が決まっていく。
そこで思い出したのが、昔の婚約打診だ。
グラハイト王国王太子であれば、相手にとって不足はない。
グラハイト王国側エリックの父親である国王陛下にとっても、隣国ルーデン王国王族との縁は好ましいものであった。
「国王陛下! どう言う事です! 私の婚約者はレンバルト侯爵令嬢に決まったはずです。今更・・・」
国王はエリックの言葉を遮った。
「みなまで言うな。そなたの気持ちは分かるが、国益も考えねばならぬ。
この話を理由なく断ればルーデン王国に付け入る隙を与えてしまう。
我がグラハイトにとっても悪い話ではないのだ。王女に会うだけあってみなさい」
エリックは了承するしかなかった。
王族の婚姻とは政略的なのが当たり前・・・なのだから、と。
この話が、レンバルト侯爵家にもたらされるとユリアーネは父の書斎に呼び出された。
「ルーデン王国の第三王女ローザ殿下が王太子妃になるだろうと、国王陛下から内々に話があった」
「・・・そうですか」
「ユリアーネ、君が王太子殿下の妃になりたいのであれば側妃という形になるだろう。
しかも王女と寵を争い合うことになる。正直、私は耐えられない。
大事に育てた娘をそのような場所に嫁がせたくなどない・・・。
婚約者に選ばれたただ一人を王妃とし、世継ぎが生まれれば側妃は持たないとの王家の約束があったからこそ、候補として王太子妃教育を受けさせることを認めたのに・・・。
婚約者候補を辞退しても・・・いいかい?」
ユリアーネは、青い顔をさらに蒼白にして俯いていた。
しばしのち。
「娘の結婚は、家の利を考え当主の決めること。
それなのにお父様は私の気持ちを聞いてくださいました。ありがとうございます。
お父様の思うように、私は誰かと夫を取り合うなどできません。
王太子殿下にはお幸せになっていただきたいのです。
その相手が・・・私でなくても・・・」
レンバルト侯爵は、娘のそばに来るとその震える体を優しく抱きしめた。
ルーデンの第三王女ローザが、グラハイト王国王都に到着する前日、レンバルト侯爵家から王家にユリアーネの王太子婚約者候補辞退の知らせが届いた。
国王はこれを承認し、息子である王太子エリックに伝えた。
ルーデン王国との間を保ちつつ、縁談を断る方法はないものか・・・。
エリックは、焦っていた。
レンバルト侯爵家からの申し出に、ユリアーネとの仲を引き裂かれることに。
なんとか、方法を見つけなければ・・・と。
ローザ王女が到着するとエリック王太子自ら、王都を案内した。
最初は硬かった態度も、やがて親しい友人のように穏やかに変わっていった。
ローザ王女を歓迎する舞踏会が開かれる頃には、二人の婚約も同時に発表されるのではと周囲は浮き足立っていた。
王家主催で王宮で開かれる舞踏会ということで、高位貴族は出席義務がある。
男性はともかく、女性はエスコート無しでの参加は嘲笑の的になってしまう。
ユリアーネのことは、今まで弟のクリスがエスコートしてきたのだが、これからはそうもいかなくなってしまった。
この度、クリスに婚約者ができたのだ。
相手はシャーリー アリア ローゼン公爵令嬢。
リリアンヌのロイヴァルト公爵家、嫡男イアンの想い人だった令嬢である。
ローゼン公爵家からの申し入れで、レンバルト侯爵家にとってもまたとない良縁であった。
シャーリー嬢がクリスに想いを寄せている事は有名であった。
クリスは、婚約の申し入れがあるまで彼女の存在に気づいていなかったが何度か会ううちに打ち解けていった。
「姉上が大変な時に、申し訳ありません」
「何を言っているの。弟の婚約は喜ばしいことよ。私のことは気にしないで。
貴方にも心配をかけてしまってこめんなさい」
「俺も、姉上のエスコート役を探してみます」
「ありがとう。私も友人に聞いてみるわ」
ユリアーネは、少ない知人にエスコートしてくれる相手を紹介してくれないか打診してみた。
その結果、思ってもみない人が現れた。
「レンバルト侯爵令嬢、先だっては妹が大変なご迷惑をお掛け致しました。
このような申し出をできる立場ではないのですが、私もエスコートして舞踏会にご一緒できる女性が見つからないのです。
レンバルト侯爵令嬢に申し込める立場でない事は重々わかっております。
しかしながら、貴女もエスコートの相手に困っていると聞き及びまして。
不肖、イアン フリード ロイヴァルトにレンバルト侯爵令嬢をエスコートする栄誉をいただけないでしょうか?」
イアンは、低姿勢でユリアーネにエスコートの申し込みをした。
我が儘なリリアンヌの兄とは思えない貴公子だ。
ユリアーネはしばらく考えたが、家格を考えればこれ以上の相手はいない。
「こちらこそよろしくお願い致します」
ユリアーネの返答を聞き、イアンはほっとして笑顔を見せた。
こうして、王宮舞踏会の日を迎えたのだった。