3
ロイヴァルト公爵家嫡男、イアンは落胆した。
かねてより婚約を申し込んでいた、王家の血縁であるシャーリー アリア ローゼン公爵令嬢から正式にお断りの返事が届いたためだ。
理由もわかっている。
妹のリリアンヌがやらかしたせいだ。
叔母のアネットのことも、あわや離縁になるかと心配していた。
自分の場合は結婚前なので、縁がなかったと諦めざるを得ない。
しかしながら、結婚市場での自分の価値は大暴落だ。
リリアンヌが舞踏会で『呪いの言霊』を使った事、何よりイアンと結婚すれば彼女が義妹となるのだ。
本来なら条件が良いはずの公爵家との結婚が、社交界で嘲笑される対象になってしまうのだ。
このまま、リリアンヌが王都の邸に居ては噂が立ち消える時期が遅れる一方だ。
アネットの件が落ち着いてから、イアンは父公爵に提案する。
「リリアンヌを領地に住まわせましょう。
もう、王太子の婚約者候補は降ろされましたし、あの舞踏会の騒動の件で今後は婚約も難しいでしょう。
領地であればお目付役のあの男もおります」
「そうだな。それがいいかもしれん」
ロイヴァルト公爵は、妹アネットの件もあり弱気になっていた。
彼はリリアンヌを可愛がってはいたが、今回の様な事をしでかすような娘だとは思ってもいなかった。
アネットに対するのと同じようにリリアンヌに接してきたが、甘やかし過ぎてしまったのかもしれない。
このまま王都にお置いていては、今後のイアンの結婚にも影響するだろう。
そう考えた父親の了解もとれ、イアンは安心した。
そこへ、リリアンヌが飛び込んでくる。
「私、良いことを思いつきましたの。
お父様、私を叔母様と同じように除籍して下さいませ。
そうすればエリック王太子殿下と結婚できますわ」
リリアンヌは、宝石を強請るかのように父公爵の服の袖を摘み、潤んだ瞳で見つめた。
そんな二人を見て、イアンは眉間に深い皺を刻みため息をつく。
ロイヴァルト公爵は、リリアンヌを宥めた。
「リリアンヌ、それはできないのだよ。
アネットを除籍する際、エリック王太子に釘を刺されたのだ。
それが、リリアンヌの罪を不問にする条件だと言われてね」
リリアンヌを除籍しないようにと。
公爵にもその意思はない。
彼は娘に言い放つ。
「リリアンヌ、此度の騒動を引き起こした罰として領地にて謹慎を申し付ける。
護衛兼お目付役にフリッツをつける。
明日、出立するように」
「え? なぜです。
私は領地には行きたくありませんわ。
フリッツが護衛なんて・・・すぐ不機嫌になってあまり外出もできないし。
ねぇ、お父様、考え直して下さい」
フリッツという男は、子爵位を持つロイヴァルト公爵家の親戚筋の男で、若いながらも有能で領地の管理を任されている。
リリアンヌとフリッツの関係は、ダメ女と世話焼き男。
まさに割れ鍋に綴じ蓋。
なぜかフリッツはリリアンヌに惚れ込み、他の男を寄せ付けないように行動する。
そのため男性にちやほやされたいリリアンヌは、彼女の行動を制限するフリッツを疎ましく思っているのである。
「リリアンヌ、この件は決定事項だ。
しばらく領地で大人しくしていなさい」
イアンがリリアンヌに追い討ちをかける。
リリアンヌも諦めざるを得なかった。
リリアンヌが、ロイヴァルト公爵領に出発した翌日、ユリアーネはエリック王太子にお茶会に呼ばれた。
王宮の一角、百合が多く植えられた庭園の東屋にエリックは待っていた。
「殿下、本日はお招き頂きましてありがとうございます」
「ああ、堅苦しい挨拶は無しで。ユリアーネ、来てくれてありがとう」
エリックは心からの笑みを浮かべユリアーネを見つめる。
侍女は、お茶の用意が整うと退いた。
椅子の位置は、庭園の花がよく見えるよう並んで配置されていた。
「今日は、君に大切な話があってね」
「はい」
隣に座ったエリックがユリアーネの手を取り、テーブルの上に置く。
二人の手はテーブルの上で重なっていた。
このエリックの行動で、ユリアーネに緊張が走った。
「私の、婚約者候補のことなんだが・・・その、もう君一人になっているので、候補を外したいのだけれど・・・」
ユリアーネは、エリックの言葉を咄嗟に理解できず、首を傾げた。
「つまり・・・正式な婚約者となってゆくゆくは・・・け、結婚してほしい」
ユリアーネは瞬時に自分が真っ赤になっていることを悟る。
なにしろ身体中が火照っている。
エリックには、何度も好意を伝えられてはいたのだが、これだけ直接的に言われたのは初めてだった。
ユリアーネは声を出そうとして口を開くが、ハクハクしてしまい声が出ない。
一度唇を閉じてこくんと息を呑むと、潤んだ瞳でエリックを見つめ再び唇を開いた。
「は、はい。私でよろしければ」
エリックは重ねたユリアーネの手を引き寄せ、彼女を腕の中に閉じ込めた。
「おめでとうございます、姉上」
私室でぼーっとしていたユリアーネに、王宮から帰ってきた弟のクリスは祝いの言葉をかけた。
ユリアーネはキョトンとする。
「な・・何が?」
ユリアーネは挙動不審ぎみに言葉を返す。
「何って、王太子殿下からプロポーズされたんですよね」
弟の言葉にユリアーネは先程のエリックのプロポーズを思い出し、ボンッと顔が真っ赤に染まった。
「な、な、なんで・・・」
「殿下が、報告に来て下さいましたよ。気の早いことに、これからは義兄上と呼ぶようにと」
「え〜っ」
クリスは一つ咳払いするとユリアーネを正面から見つめる。
「姉上が王家に嫁ぐと言うことで、一つ懸念事項があります」
「な、何かしら?」
「そのあがり症と、人見知りを克服することです」
「一つじゃないじゃない」
「屁理屈は結構!」
「クリス!」
「あがり症と言っても姉上は殿下に関することだけで、それ以外の話題なら普通に話ができていますし。
人見知りに関しては、場数の問題でしょう。俺が一緒の時は、初対面の人とでも話が弾む時がありますからね。
殿下とご一緒の時はそうではないようですが・・・」
「ううっ」
「つまり、姉上は殿下自身か、殿下の話題になると挙動不審になると。
まったく、初々しいことこの上ない・・・まぁ、そこは問題ないでしょう。
いずれ慣れます。
人見知りに関しては、徐々に解消できるよう努力しましょう」
ユリアーネが泣きそうな顔をしていたので、クリスは元気付けようと笑顔を見せた。
「姉上、俺も協力しますから悩まなくていいですよ、何より殿下がついていますから」
クリスとのやり取りで、エリックの事は好きだけど自分が王太子妃になる未来に不安しかなく、心細くなってしまうユリアーネだった。