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「全く許せませんわ。

侯爵令嬢の分際で、公爵令嬢であるこの私を差し置いて、エリック王太子殿下の婚約者候補筆頭になるなんて」


王宮の一角、人気が無い回廊を気配を消して歩いていた時、その声を聞いたユリアーネ レンバルト侯爵令嬢は自分の事を言われているのだとすぐにわかった。


声のした方を確認しつつ、さらに気配を消し聞き耳を立てる。



「なんとかなりませんの! 貴方、王宮魔術師なのでしょう?」


なんと一人で愚痴っていたわけではなく、相手がそれも王宮魔術師に話していたとは。


話している女性の声とその内容で、ロイヴァルト公爵家のリリアンヌだとすぐに気づく。

ユリアーネは驚きつつ、二人の会話に耳をそば立てた。


「これを使えば、彼女は王太子殿下と結婚できなくなるでしょう」


王宮魔術師は石のような物を手のひらに載せていた。


「そうよ!これよ!で、これは何?」


「この石は、『呪いの言霊』と申します。

呪いたいと思っている本人つまり貴女様がこの石を手に持ち、呪いをかけたい人の前で、呪いの言葉を口にするのです」


「いいわね。それ!」


「ただし」


「ただし?」


「二人きりの状態ではなく、人前で呪いの言葉を口にしなくてはならないのです」


「人前で?」


「はい。周囲の人が多ければ多いほど、呪いの力も強固となるでしょう」


「ふふふ。大勢の人の前であの侯爵令嬢に呪いの言葉を浴びせれば、エリック王太子殿下は私のモノ。

ああ、なんて素敵。早速次の舞踏会で使いましょう」


おーっほほほと高笑いが響いてきた。





ーーーすごい話を聞いてしまったわ。

私を呪うですって?

しかも人前で?


ユリアーネはしばらくその場から動けなかった。




ユリアーネは人目を惹きつける美しい容姿でありながら、おとなしく目立つことを好まなかった。

今日は王太子妃教育の勉強のため登城していた。


候補は三人いたのだが、一人は急遽縁談が決まったようで辞退した。

残る二人が、ユリアーネとリリアンヌだ。

家格で言えばリリアンヌなのだが、頭の中が王太子とオシャレで一杯のようで王太子妃教育の入る隙間が無いらしい。


ユリアーネは学ぶことは好きなので王太子妃教育の日が密かに楽しみだ。

それでも、人前に出ることを好まないため王太子妃は荷が重い。

しかし、王太子のことは好きなのだ。

王太子も何かとユリアーネの事を気に掛けてくれた。



ーーー私、呪われてしまうの?

次の舞踏会、欠席しようかしら。

でも、リリアンヌ様のことだから他の機会にリトライしてくるわよね。





「はぁ・・・」


ため息を吐いた時、いきなり後ろから声をかけられた。


「ユリアーネ」


思わずビクリとしてしまう。


「まぁエリック殿下、ごきげんよう」


ユリアーネは驚いたのを誤魔化すように作り笑いを浮かべた。


彼の名は、エリック ライリッヒ グラハイト。

この国、グラハイト王国の王太子。

彼の容姿はそれこそ万人を魅了するザ、王子様。

金髪のサラサラヘアは肩で揃えられており、アイスブルーの瞳は一見冷たそうだがユリアーネを見つめる瞳には温もりを感じさせた。


「君も先ほどのロイヴァルト公爵令嬢の話を聞いていたんだろう?」


「ええ? 殿下もお聞きになりましたの?」


エリックは眉間に皺を寄せた。


「ああ、聞こえた。

まったくもって彼女が婚約者候補に入っているのが不可解だ。

そんな事より、ユリアーネのことが心配だな・・・ちょっと一緒に来てくれるかい」


そういうと、返事を待たずにユリアーネの手を取り歩き出した。





着いた先は王宮魔術塔。

王宮魔術師達の職場であるここには、魔術、呪術に関する道具や書籍が保管されている。


エリックは、塔に入ると一人の魔術師を呼び出した。

「クロード、話がある」


「どうされましたか?エリック殿下」


「人払いを頼む。極秘の話だ」


「かしこまりました」


クロードは、優雅に一礼する。

全身黒ずくめの魔術師のローブがとても似合っていて妖しさが滲み出ていた。


クロードはエリックとユリアーネを、いくつかある応接室のうち一つに案内する。

三人が入ると、室内のドアや壁がピリッと震えた。


「ロックを掛けました。これで、ここでの会話は一切外には漏れません」


クロードは、エリックとユリアーネにソファを勧め、自らもその正面に座った。


「それで、なにがあったんです?」


エリックは回廊での話をクロードに聞かせた。


「なるほど、『呪いの言霊』ですか・・・。

持ち出した者は直ぐに特定できるでしょう。

勿論、厳罰対象です。

ですが、ロイヴァルト公爵令嬢の手に渡っているとなると、いつ呪いをかけられるか・・・そうだ!いいものがあります。

このあと、お渡ししますが『反呪鏡』という小さな鏡がございます」


「反呪鏡?」


「はい、それを肌身離さずお持ちいただければ、受けた呪いはそのまま『呪いの言霊』を持つ本人に返されるのです」


「ロイヴァルト公爵令嬢は次の舞踏会で使うと言っていたが」


「しかし、舞踏会まで待たずに使われる恐れもあります。

レンバルト侯爵令嬢、念の為しばらくは身につけておいて下さい」


「はい」

ユリアーネは緊張を隠せないまま頷いた。

隣に座っていたエリックが元気づけるように微笑み、優しくユリアーネの手を包み込んだ。






反呪鏡は、魔道具保管庫の奥に厳重に保管されていた。

鏡ではあるのだが、円形ではなく球体でネックレスに加工されていた。

『呪いの言霊』も、同じく厳重に保管されていたようだが、プレートが貼られた保管場所は空になっていた。


「やはり持ち出されていますね」

クロードは厳しい表情で、『呪いの言霊』の保管場所に目を向けた。


クロードはエリックに反呪鏡のネックレスを渡す。

エリックは、ユリアーネに訊ねた。


「私がつけさせてもらっても?」


「よろしくお願いします」


ユリアーネは首元に触れるエリックの指に、心臓がバクバクと鼓動を早めるのを感じた。


エリックは、反呪鏡を身につけたユリアーネを見て少しホッとした表情をした。


「『呪いの言霊』が戻るまでは、必ず身につけておいて下さい」


クロードは、ユリアーネに念を押した。


「わかりました」





舞踏会までリリアンヌとの接触は無かった。


エリックはユリアーネに舞踏会でのエスコートを申し込んだが、婚約者候補が二人いる以上片方だけを特別扱いするのは良くないと、断られてしまった。

ユリアーネのエスコートは彼女の弟がすることになった。


反対にエリックの元へは、リリアンヌからエスコートをねだる手紙が再三届けられたが、こちらは婚約者候補が二人いる以上、片方を特別扱いはできないと断りを入れた。エリックは都合良く、ユリアーネの口上をリリアンヌにスライドさせて断ったのだ。






舞踏会当日、エリックは王太子として国王、王妃と共に会場入りすることとなっていたが、気が気では無かった。

自分がそばにいない時にユリアーネが『呪いの言霊』を使われてしまったらと思うと居ても立ってもいられない。


会場には下位貴族から上位貴族へと順に会場入りし、最後が王族である。

侯爵令嬢のユリアーネの後に、公爵令嬢のリリアンヌ、そして最後に王太子であるエリックが会場に入るのだ。


エリックは、はやる気持ちを押さえつけ会場入りを済ませた。

さすがに、リリアンヌも国王陛下のお言葉の前にはやらかさなかったようでホッとした。


一応、ユリアーネは警戒しているのか、リリアンヌとはかなり距離を置いた場所にいた。

ユリアーネの隣には背の高い彼女の弟クリスが、リリアンヌの視界から姉を隠す位置で立っている。

エリックは、国王陛下の挨拶が終わるのを待ってユリアーネの元へと足を進めた。


すると、そのエリックを見つけたリリアンヌが、彼の視線をたどりユリアーネを捉えた。

獲物を見つけたリリアンヌもユリアーネの元に急ぐ。


クリスはリリアンヌを警戒していたのだが、正面からこちらへ向かって来るエリックに気を取られてしまった。


その一瞬の隙をつき、リリアンヌはクリスの死角に入り込みユリアーネの背後にたどり着いた。


リリアンヌは呪いの言霊を手にしていた。

「ユリアーネ様」


不意に呼ばれユリアーネが振り向く。


「ユリアーネ レンバルト侯爵令嬢! 貴女の家はもう一切王家と縁付くことが出来ない!」


リリアンヌは叫んだ。


周囲の人々は何事かと訝しみ視線が集まった。


「なんてことを・・・」

ユリアーネは目を見開く。

その胸元の反呪鏡が一瞬白い閃光を放ち、そしてすぐ元に戻った。



エリックが駆けつけた時には、『呪いの言霊』が発動した後だった。


「おーっほほほっ」


リリアンヌは勝ち誇ったように高笑いする。


エリックが、ユリアーネの肩を抱き己の方へ引き寄せた。

それを見てリリアンヌが訝しむ。


「なんで、エリック殿下はユリアーネ様のそばにおりますの?」


「なんでも何も、彼女は呪いを跳ね返したからね。

呪いは君に跳ね返ったんだ」


「跳ね返った?」


「それにしても、なんて呪いをかけたんだ。

本人だけならまだしも、家を巻き込むなんて・・・」



「だってレンバルト侯爵家は目立ち過ぎるんですもの。

家のお兄様がアプローチしている王族の令嬢がレンバルト侯爵令息を見つめているし、侯爵夫人だって若かりし頃の国王陛下に見初められ、婚約者にと打診があったと聞いてますもの」


リリアンヌは力説する。


ユリアーネは、眉間に皺を寄せた。

リリアンヌはなんてことをしてくれたのだ。


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