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ギルドは依頼を受けつけない⑨

“あの日”の真実


 ドンドンと荒いノックの音がしたかと思えば、家主が応える間もなく扉が開かれた。ズカズカと室内に踏み込む足音が聞こえてくる。


「おい、ケイル。白パン持ってきてやったぜ、白パン! 明日のメシにしてもいいけどよ、食えるんなら今からでもケインに──」


 寝室へと顔を出したビーヅは、そこにいた壮年の男を見るなり鼻白んだ。

 先客の男もまさか血濡れの蜂(ブラッディ・ビー)と出くわすとは思いもよらなかったのだろう。つかの間固まっていたが、コホコホと咳込む声で我に返った。高熱と咳に苦しむ少年が横たわるベッド、その脇で不安げに佇むケイルとケティへ向き直る。


「……それじゃ、今言った通り。三日間この薬を飲ませて、それでも良くならなかったらまた呼びなさい。いいね?」

「あ、はい。いつもすみません、先生……」


 ケイルは医者に一礼してから背後のビーヅを振り返った。


「ビーヅ、いつも悪いな。またそんな上等そうなもの持ってきて……」

「いいんだよ。仕事で儲けたんだ、金はパーっと使わねえとな」


 仕事で儲けた、というのはビーヅの決まり文句である。

 幼い頃から家族と折り合いが悪かった彼は、冒険者ギルドへ登録できる年齢に達すると同時に冒険者となって家を飛び出した。以来、家族とは絶縁状態だ。村に帰ってくることもなかったのだが、三年前からは時折戻ってくるようになった。

 流行り病がエリス村でも猛威を奮ったことを聞きつけ、ケイルとその家族を心配して訪ねてきたのがきっかけだ。八人いたケイルの大家族が三人きりになったこと、当時は十歳にもなっていない弟と妹をケイルが一人で養わなければいけなくなったことを知ると、ビーヅは何かにつけて差し入れを持ってくるようになった。

 頭に血が上りやすい性格と粗暴な言動で鼻つまみ者にされているビーヅだが、気を許した相手にはとても親身なのだ。


 そんなビーヅを横目に、医者のカートは帰り支度を整える。


「では、私は失礼するよ」

「こんな遅くまですみません、先生。──ケティ、ケインに水を飲ませてやってくれるか? ビーヅは適当にしててくれ」

「おう。ケティ、ケインの世話はオレがすっから、お前はもう寝ろや」

「ビー兄ちゃんはいま帰ってきたばかりでしょ」


 ケイルと入れ替わりにベッドの横へやって来たビーヅは、ケティの頭をくしゃくしゃに撫でた。

 カートはビーヅとケティに視線を残すと、寝室を出て行った。ケイルも見送りのためにカートの後へ続いた。




「先生、いつもありがとうございます。お金は必ず払いますから……その……」


 決まりが悪そうにケイルは身を縮める。

 ケイルを安心させるようにカートはその肩へ手を置いた。


「治療代ならいつでも構わないよ、ケイル。それよりも、王都へ行くための費用をしっかり貯めておきなさい」


 カートの治療はその場しのぎでしかない。ケインの病を根本から治すには、もはや王都の神殿を頼るほかないのだ。


「私はあの流行り病で誰も救えなかった……。唯一、命を繋いでくれているケインは私のせめてもの希望なんだ。あの子を治すためなら出来うる限りの手を尽くそう。だから遠慮なく頼りなさい」

「……はい。先生、このお礼はいつか必ずします」

「だからといって、無理は禁物だぞ。君が倒れてしまってはケインもケティも悲しむ」

「俺は大丈夫です。先生にはとても良くしてもらってますし、ビーヅにもいつも助けられてますから」


 すると、カートは表情を険しくさせた。ケイルの肩へ置かれた手が強く掴まれる。


「……ケイル。君の人を信じる心は君の美点だといえる。だが、信じる相手は選ぶべきだ」

「先生?」


 カートは真正面からケイルへ語りかける。


「ビーヅが君達に世話を焼いているのは知っている。君がそれに助けられていることも、彼に感謝していることも──しかし、悪人ほど善人の振りをするのが上手なのもまた事実だ」

「そんな……そんなこと言わないでください、先生。ビーヅは俺の親友なんです」


 気の弱いケイルと荒くれ者のビーヅ。村の者達はケイルが子分扱いされていると憐れんでいるが、実際は違う。確かに正反対な二人だが、ケイルはビーヅのたくましさに憧れていた。ビーヅも穏やかなケイルの隣は居心地が良かったらしく、何をするにもケイルを誘ってきた。

 周りがどう思っていようが、ケイルとビーヅは互いに唯一無二の親友なのだ。


 しかし、カートはゆっくりと頭を横に振る。


「私のもとには怪我を負った冒険者達も訪ねてくる。彼らから聞くビーヅの噂は悪いものばかりだ。歯が折れてしまうほど殴られた者もいる。それだけでなく、犯罪まがいの仕事もやっているそうだ」

「それは……ビーヅだけが悪いわけじゃ……」


 事前に知らされていた内容とは違った怪しい仕事をさせられた、との愚痴をビーヅから聞いたことがある。報酬も山分けするはずが難癖をつけられて取り分を減らされ、それが原因で喧嘩になったことも。

 ケイルも暴力は良くないと思っているものの、そういった経緯なら手が出るのも止むをえない、というのが正直な感想だ。


「どんな訳があろうと暴力は許されないことなんだ。不当な手段で金や物を得たところでケイン達に胸を張れるかい? それに、今までの見返りとして何を要求されるか分かったものじゃない」

「ビーヅはそんなこと──」

「いいかい、ケイル。どうしようもない人間というものは存在するんだ」


 ケイルの両肩を掴み、カートは力強く諭す。


「ビーヅがまさしくそれだ。どれだけ外面を取り繕っていようが、腐った性根は変わらないんだよ。仮にビーヅの親切心が真であったとしても、いつ気が変わることか……。早いうちに手を切りなさい、ケイル」


 カートの口調も表情も真剣そのものだ。ケイル達を本気で心配しているのがひしひしと伝わってくる。


「…………なんで、そんなことが言えるんですか……先生」


 それだけに、ケイルの失望は大きかった。


 例え手段が間違っているにしても、ビーヅがケイル達に向ける優しさは間違いではない。おかげでケイルは弟妹となんとか暮らせている。ケインもケティもビーヅにとても懐いている。

 それらを目にしておきながら、ケイルも訴えてかけているというのに──誰もがビーヅの優しさを見ないふりだ。


「俺は先生や村の人達よりもずっと近くで、ずっと昔からビーヅと一緒にいたんです。あいつがどんな奴か、先生達よりもよく知ってます。それなのに、噂を聞きかじった程度でビーヅがどんな人間かをどうして分かるんですか? どうして俺にビーヅがこんな奴だと言えるんですか?」

「ケイル、落ち着きなさい。いいかね、人の性根というものは……」

「──もういいです。先生は何も分かってない、もう何も聞きたくない!」

「ケイル!」


 両肩を掴むカートの手を引き剥がそうと、ケイルは乱暴に振り払った。それでもカートの手は離れず、鬱陶しくて頭が熱くなる。力任せにカートの胸を突き飛ばした。

 肩を掴む手が剥がれた。同時に、カートが後ろへ倒れていく。「あ」と出た声はケイルとカート、どちらのものかは分からない。

 ケイルの視界から遠ざかっていくカートの頭の後方には、テーブルがあった。

 ゴキン、と鈍い音が響く。


 そこから先のケイルの記憶はあやふやだ。






「……イル、ケイル! おい! 何があったんだ!?」


 大きな声が耳から入ってくる。ついでに激しく体を揺さぶられ、ケイルは正気を取り戻した。顔を覗き込んでくるビーヅと目が合う。


「……ビー、ヅ」

「お前……なんでカートの奴がくたばってんだ? 何があった? 喧嘩でもやったのか?」


 ケイルはのろのろと視線を落とした。

 目の前にはカートの体が転がっている。頭からはおびただしい量の血が流れ出ており、死んでいるのは一目瞭然だ。

 床に突いた膝からジワジワと冷たさを感じる。それとともに、自分の犯した事の大きさに理解が及んできた。


「お、俺……そんな、つもり……、なか……て……」

「……ケイルがやったんだな?」


 声を震わせるケイルとは対照的に、ビーヅは冷静に問うた。

 ケイルは顔を歪ませた。


「……ビーヅと、手を切れって……先生、が」

「…………」

「それで……俺……ゆ、許せ、なくて」

「…………お前……」


 ビーヅが大きくため息を吐く。心底呆れ返る態度を隠さない彼にケイルは怯えた。


「んなもん、テキトーに頷いて流せよ……バカが」

「……で、も……俺は……俺が……」


 その先の言葉が出てこず、ケイルは唸りながら頭を抱えた。

 カートの死体と、その横でうずくまるケイルをビーヅはただ眺めた。


 床に広がる血溜まりが、土に染み込んでいく。


「…………おい、ケイル」


 やがて、ビーヅが口を開いた。


「これからオレの言う通りにしろ。うまくいけば金が入って……ケインを治せる」


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