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ギルドは依頼を受けつけない⑥


 冒険者ギルド“ドゥーム”からエリス村へは徒歩で二時間半。乗り合い馬車はあいにく発ったばかりだったので、アイアとアスクは村まで歩くことにした。

 その道中、二人の間には一言も会話が無かった。

 アスクは明らかに苛々とした雰囲気を発しており、どんどん街道を突き進んで行く。アイアが付いて来ているのは分かっているはずなのに、彼女にはお構いなしだ。

 そんなアスクを負けじとアイアは追いかけた。油断しているとあっという間に距離が開いてしまう。

 前を行く背中を見つめながら、アイアはギルドでのやりとりを思い返す。


 グレオスは確かに言っていた。アスクはスキルを持っている、と。

 しかし、アスク本人はスキル持ちであることを隠していた。事実としてアイアは初耳だったし、マリラや他のギルド職員達からも話に聞いたことがない。

 どうして隠すのだろうか──考えれば考えるほどにアイアの疑問は膨らんでいく。


 スキルは誰もが持ち得る能力だ。武術、魔法、耐性……多種多様な特化能力を生まれ持ってくる者もいれば、修練の末に獲得する者もいる。

 スキルの有無とその種類を知るためには、王都の神殿まで赴き鑑定を受けなければならない。スキル鑑定のための魔導具と魔術師はそこにしか存在しないのだ。

 アイアは王都へ行ったことがないから、スキルを持っているかどうかさえ分からない。けれど、ギルドの受付という仕事に就けているので差し当たって鑑定を受ける必要は無い。

 鑑定を受けるにしてもタダではないし、地方の生まれであれば王都へ行くだけでもさらなるお金と苦労が必要だ。アイアのように自分のスキルの有無さえ知らないまま暮らす者はそれなりにいる。

 一方、冒険者を志す者はまず鑑定を受けるのが通例だ。スキルの有無とその属性で冒険者としての身の振り方を決めるのである。スキルの種類によっては他の職業に向いている場合もままあるが、危険はあれど一攫千金を狙える冒険者業は人気なのだ。

 アスクは元冒険者なのだから、スキルの一つや二つ持っていてもおかしくない。むしろ、持っていないほうが不自然とも言えよう。

 そもそも冒険者ギルド“ドゥーム”が設立されたのは八年前、当時のアスクはまだ十代かせいぜい二十歳前後だ。その若さでサブマスターに抜擢されるなど普通はあり得ない。ならば、年齢以上の能力を持っていたからこその大抜擢、ということだ。

 しかし、そうだとすればますます訳が分からない。どうしてスキル持ちであることを隠すのか──アイアの思考は堂々巡りである。


 ふと、違和感を覚えた。アイアは目の前の風景を見渡す。


 街を出た時は空の天辺にあった太陽が、今は少しだけ傾いている。地平線との距離はまだだいぶ開いている。

 街道沿いの景色は街を出てからは畑、森と緩やかに移ろっていて、今は野原に変化している。どこまでも伸びる野原の緑──その端に見えた灰色は、異質だった。

 歩を進めるにつれ違和感の元である、灰色の景色が迫ってくる。

 アイアの視線はアスクの背中から、進行方向に広がる光景へ移っていた。


 本来なら豊かな黄金色の麦畑が広がっていたであろう土地。

 けれど、一帯は焼け焦げ灰と化していた。


「ひでえなぁ」


 アイアを後ろから追い抜いた男が呟いた。行商人らしき彼は先を急いでいるのか、焼けた畑を横目に街道を進む。

 他の通行人達も、焼け野原を目にしては痛ましそうに眉をひそめたり嘆息するものの、足は止めない。立ち止まっているアイアは置いてけぼりだ。

 それもそうだ。この街道を往く者にとってエリス村はただの通過点。風景の一部でしかない。


 流れる人波から外れ、街道を逸れる──アスクが進むのはエリス村へ繋がる道だ。焦土の中を迷いなく歩く。


 アイアもその背中に続いた。




      * * * * * *




 焼け焦げて何も無い畑、その間の道を行くのはアスクとアイアしかいない。


血濡れの蜂(ブラッディ・ビー)が犯人だという根拠は何だ?」

「え?」


 唐突に訊ねられ、アイアは反射的に聞き返した。

 訊ねたアスクは振り返らない。だが、アイアに合わせてか歩調を少し緩めると、ふたたび問うた。


「どうして血濡れの蜂(ブラッディ・ビー)が犯人だと断定できるんだ?」

「どうして、って……状況的にどう考えても血濡れの蜂(ブラッディ・ビー)以外いないじゃないですか。ついにやったか、って感じで驚きもないですし」


 アイアの答えに、アスクが初めて振り返る。


「前々から悪名高いゴロツキでしたもん。一応は冒険者でしたけど青級(シアンクラス)止まり、依頼を請け負ってもずいぶんいい加減なやり方で評判の悪いこと」

「──お前、奴の対応したことあるのか」

「ありますよ」


 あっけらかんとアイアは頷いた。

 (あか)い蜂の刺青を顔に彫った、“血濡れの蜂(ブラッディ・ビー)”という異名に違わないビーヅの容貌は記憶に残りやすい。そのうえ馴れ馴れしく横柄な態度は受付嬢の間でじつに受けが悪かったので、よく話題にのぼっていた。


「ほんっと最悪でしたよ、あの男。『受付嬢って顔採用なんだろ』とかヘラヘラしながら訊いてきて、不愉快で仕方ありませんでした。──マリラさんを口説こうとして、他の冒険者に怒られてすごすご退散してましたけど」


 自身よりも上級の冒険者に分かりやすく怯んで、ビーヅ は捨て台詞とともにギルドから出て行った。その後ろ姿にスカッとしたものだ。


 すると、アスクがじっとアイアを見つめる。


「顔採用……」

「ええ。それが何か?」

「…………いや」


 何でもない、とアスクは前を向いた。その態度が何よりも雄弁である。

 アイアは拳をつくって握りしめ、ふつふつと込み上がる怒りを必死に抑えた。


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