ギルドは依頼を受けつけない④
「サ、サブマスター……いつから……」
「嫌ですわ。そんな所で立ち聞きなさらないで、声を掛けてくださったらよかったのに」
恐れ慄くアイアとは対照的に、マリラは即座に笑みを浮かべた。思わず感心させられるほどの切り替えの速さである。
しかし、冷徹なアスクには愛想など通用しなかった。
「手さえ動かしてりゃピーチク喋くってても文句は無い。だが、目の前の仕事を放ったらかしてまで熱中するくらいなら口塞いでろ」
アスクが顎をしゃくる。
受付嬢達が慌てて前を向けば、窓口の前には数人の男女が屯していた。依頼書を手に受付の様子をおずおずと窺う素振りから新参の──エリス村の冒険者達だと察しがつく。
「大変失礼しました! 請け負い手続きですね、どうぞこちらへ!」
アイアが声を張り上げる。隣のマリラも「こちらへどうぞ」と誘導する。
冒険者達は安堵した顔でいそいそと受付へ並んでいく。いずれも依頼の請け負い手続きのみだったので、列はすぐに捌けた。
ひと息つくアイアの後ろからアスクの腕が伸ばされる。
「わっ、何ですか?」
「貸せ」
アイアの手元から登録票が抜き取られる。
それを手にアスクは目を走らせた。
「ケイル、十九歳、男──さっき対応してた奴はこいつか。エリス村の人間だな?」
「そうですけど……」
「やたら話し込んでいた様子だったが、何を喋ってたんだ?」
「何って……、サブマスターの調査で手配が延び延びになってる血濡れの蜂がいつ賞金首になるのかって聞かれただけですけど」
「そうか。他には?」
たっぷり込めた嫌味があっさりと流されてアイアはムッとする。「他には?」と再び問われて渋々答える。
「…………殺されたお医者様にはとてもお世話になっていたと。ご兄弟が長患いだそうで」
「まあ、大変ね」
横でマリラが表情を曇らせる。「そうでしょう」とアイアは頷き返した。
憂いる受付嬢二人のやりとりに、アスクは目つきを鋭くさせる。と、手に持っていた登録票をアイアの鼻先に突き出した。
「わわっ」
「仕舞っておけ。──俺は今から出る」
「はい?」
「ギルドマスターは解体屋に行ってる。もう少しで戻ってくるはずだ。またどこぞにほっつき歩かれないよう見張ってろ」
「見張……待ってください、サブマスターはどちらに?」
「調査だ。エリス村に行ってくる」
ゴトン、ゴトンと床を踏み鳴らしてアスクは裏口へ向かう。
いきなり現れたかと思えばエリス村に行くなどと。どうして、と訝しむアイアの脳裏に直前の会話がよみがえる。
「──待ってください!」
椅子を弾いて駆け出すと、アスクの服の背中を掴んだ。
アスクがピタリと足を止める。アイアはその背中に顔面から激突した。
「ふぎゃ! ぎゅうに止まらないでくだざい……!」
「お前が止めたんだろ。何だ」
「──調査って、ギルドマスターが子爵様と話をつけてくれてからまったく調べる素振りなんてなかったくせして、今さらですか?」
「だから何だ」
「……サブマスターはさっきのケイルさんが真犯人だとでも? だとしたら、あり得ません」
アスクは片眉を上げた。ゴトリと踵で床を打ち鳴らし、アイアを正面から見据える。濃色の瞳はどこまでも冷たい。
「その根拠は?」
「お医者様に病気のご兄弟をずっと診てもらってたんですよ。恩を仇で返すような真似、普通はしません」
「その普通じゃないことをしでかした。これはそういう話だ」
「な……」
「言いたいことはそれだけか? さっさと仕事に戻れ」
鬱陶しそうな視線を残すと、アスクはくるりと背中を向けて歩き出す。
呆然としていたアイアだったが、スカートをなびかせてアスクを追い越し立ち塞がった。
「そんなの説明になってません! ケイルさんが真犯人だという根拠は何ですか?」
先の台詞をそっくり返され、アスクはじつに不愉快そうにアイアを睨んだ。
アイアも負けじと、緑を散らした薄蜜色の瞳で睨み返す。
場の空気は一触即発だ。
マリラを始め周りの職員達も、固唾を飲んで見守る。
不穏な気配を察知したのか、ホールにいた冒険者達も何事かと受付を覗き込んでいる。
緊迫した雰囲気の中、ガタンと裏口の扉が開いた。
「──ん? どうかしたのか?」
睨み合うサブマスターと受付嬢を交互に見て、グレオスが首をひねる。
ギルド職員にとっては救世主だ。ギルドマスターの登場に皆、胸を撫で下ろしていた。