ギルドは依頼を受けつけない⑬
冒険者ギルドの受付の奥、並ぶ大きな棚を間仕切りとした事務室には、数人の職員が作業に勤しんでいた。
そこへゴトン、ゴトンと重い足音が鳴り響く。棚の前に、そこに立つ栗毛の彼女のもとへ真っ直ぐ向かうと音が止まった。
「おい」
依頼書を整理しているアイアがパッと後ろを振り向いた。サイドに寄せて結われた栗毛がふわりと舞う。
見下ろしてくる濃色の瞳と目が合った。
「サブマスター。お疲れ様です」
いつも通り無愛想なアスクだが、今はややくたびれた様子が滲み出ている。頬にはグレオスに殴られた跡がまだ薄く残っていた。
アイアと共にエリス村から帰ってきて以降、アスクはサブマスターとして一件の事後処理に奔走していた。そのためここ十日ほどはギルドで姿を見ることもなく、久方ぶりの再会である。
「業務連絡。顔貸せ」
言うだけ言ってアスクはさっさと去って行った。談話室の方向だ。
相変わらず態度が悪い。アイアは嘆息すると、テーブルで作業中の職員へ依頼書を託す。
「すみません、お願いします」
「うん、構わないよ。……頑張って!」
小声ながらも力強い応援だ。他の職員らもいたわりの目線をアイアに送っている。
いつも職員の作業にケチをつけたり横槍を入れてくるサブマスターから直々の呼び出し。どう考えてもロクな用件ではないだろう。
アイアは苦笑しつつ職員達の見送りに応えると、談話室へと向かった。
アイアが談話室に入ると、テーブルの上に小瓶が一本載っていた。一目で高級品だと分かる。
「マクスキー卿からお前宛てだ」
「へ? 私に?」
「見舞いの品だと」
アイアはおそるおそる瓶を手に取った。中身は液体のようだ。
「子爵様からって……これ、何ですか?」
「毛生え薬」
「………………はい?」
「慈悲深い子爵様は調査の過程で受付嬢の髪を断たれたことにたいそう胸を痛めておられた」
無感動にアスクが告げる。
致し方ない事だったとはいえアイアの髪を切ったのだ。グレオスを始めとしたギルド職員らや馴染みの冒険者達、その他各方面からもともと高くなかったアスクの評価がさらに落ちている。
「……ありがたく頂戴します」
品はどうあれ、貴族からの賜り物を受け取らない道はない。アイアは瓶を両手で持ち直した。
すると、アスクがどこからか取り出した小瓶をテーブルへ置く。たった今アイアが受け取った毛生え薬と同じものだ。
「え、二本もあるんですか?」
「いや。子爵様からはその一本だけだ」
「? じゃあ……?」
今テーブルに載っている小瓶は何なのか。きょとんとするアイアに、アスクが歯切れ悪く答える。
「……お前の髪と俺のスキルとじゃ、明らかに釣り合いとれてねえだろ……」
テーブルの上の毛生え薬と、居た堪れない顔つきのアスクを交互に見て、アイアは思い至る。
「……それ、サブマスターが買われたんですか……?」
「…………」
アスクは無言のままだ。頷きもしないが否定もしない。蜜色のアイアの瞳から顔を背けたままだ。
ここまで律儀だとは思いもよらなかった。アイアにしたら釣り合いも何も、とうにカタのついた話であるというのに。
「えっと……ありがとうございます。こういうものって、手に入れるのが大変だったのでは?」
「貴族様には造作もないだろうな」
アスクの懐は痛んだのではなかろうか。気になったものの、あえて尋ねることでもない。
「──エリス村の事件、裁判が済んだ」
唐突に切り出され、アイアは手の中の瓶を握りしめた。
「……二人はどうなったんですか?」
「ケイルは鞭打ちの上で奴隷落ち。血濡れの蜂は引き回しの後火あぶりになった」
アイアは喉を詰まらせる。殺人と付け火、犯した罪に対して相応といえる刑だが悲惨な末路だ。
アスクは事務的に報告をおこなっていく。
「二人とも罪については全面的に認めてた。ただ、血濡れの蜂がすべて自分の命令したことだと言い張っていたらしい」
「……だから、ケイルさんは処刑されなかったんですね」
「ケイルも元凶は自分だと言っていたそうだが、日頃の行いの差だな」
かたや荒くれ者の問題児、かたや幼い弟妹を育てる純朴な青年。
医者を殺し、死体を隠滅するために畑ごと焼き払い、村を困窮に追いやるなどという悪事をどちらが為したかは自明の理だ。その判断のもと、マクスキー卿は刑を下した。
目を伏せたアイアは胸の内を落ち着かせる。しばらくしてから目蓋を上げて、アスクへ問いかけた。
「ケティちゃん達は……ケイルさんの弟妹はこれからどうなるんですか?」
「さあな。だが、今のエリス村じゃ親族がいたとしても引き取るのは厳しい。村外の伝手を頼るしかないだろうよ」
しかも弟のほうは病を抱えている。二人まとめて面倒を見るのは難しいが、ケティだけならまだ引き取り手はいるだろう。
いずれにせよ、三人きりの兄弟は離れ離れになることを余儀なくされている。
ゴトリとアスクの踵が床を鳴らす。
「連絡は以上。仕事に戻れ」
「…………」
けれど、アイアはその場に立ち尽くしたままだ。
部屋の出入り口でアスクが振り返る。
「文句があるなら言え」
「……いいえ。何も」
ひとつ呼吸を置くと、アイアは真っ直ぐにアスクを見据えた。
「サブマスターは過ちを正しただけです。──これ、確かに受け取りました」
二本の小瓶を胸に抱えアイアは目礼すると、アスクの脇を通り抜けた。
談話室から出てすぐの受付に目をやれば、列が出来ている。書類の整理は途中だったし、他にも仕事は山積みだ。
今のアイアにはやるべきことがある。この冒険者ギルドの受付嬢として。
受付台の一つへ滑り込むと声を張り上げ、笑みをつくった。
「後ろでお待ちの方、こちらへどうぞ!」
次回、最終回