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ギルドは依頼を受けつけない①


「はあ? 報酬が出ないってどういうことだ!」


 ダン! と台を叩く音が響き渡る。

 冒険者ギルド“ドゥーム”は今日も多くの人々で賑わっていた。彼らの関心は受付窓口のもとへ──男四人組の冒険者パーティへと集まる。


 しかし、怒り心頭の四人組は周囲の視線にまったく気づいていない。さらに声を荒らげて受付嬢に詰め寄っている。


「この依頼書通りゴブリンを全滅させたんだ! 全部で二十六匹、巣穴の中にいたのも残らず殺してやったぜ?」

「それなのに報酬の銀貨五枚を貰う権利が無いだと? どういうつもりだ!」

「ですから……討伐依頼は事前に請け負い手続きをされていなければ、例え達成されたとしても報酬はお渡しできないんです」


 まだ十代半ばほどであろう受付嬢が淡々と告げる。長い栗毛に、幼さを残しつつもハッキリとした目鼻立ち──それなりに愛嬌のある容姿だが、喧嘩腰の男達に対応している今は愛想も何もない表情だ。


「じゃあ今からその手続きしてくれよ」

「申し訳ございません。事後の請け負い手続きは出来かねます」

「はあああああ?!」


 冒険者ギルドの受付を担当するだけあって、受付嬢はいきり立つ男達にまったく怯んでいない。

 そんな毅然とした受付嬢の態度は、なおさら四人組の神経を逆撫でした。そのうちの一人──兜を被った男が、持っていた袋に手を突っ込む。


「……ゴブリンの討伐証明部位は右耳でいいんだったな」


 ズルリと袋から出したのは、紐に連ねたゴブリンの右耳だ。


「全部で二十六匹分、しっかり確認してくれや!」


 紐が振るわれ、血生臭いゴブリンの耳が受付嬢の頬を打った。

 さすがの受付嬢も「きゃあ!」と悲鳴を上げる。弾みで椅子から落ちてしまった。

 床へと倒れた彼女の姿に、四人組は溜飲を多少下げたらしい。口端を吊り上げている。兜を被った男が紐を投げ、受付嬢の肩にゴブリンの耳を引っかけた。

 引き攣った顔で耳の束を払いのける彼女を見て、ついに四人組はゲラゲラと笑う。


「耳ごときでそんなにビビっちゃってまあ!」

「ちゃんと仕事しろよ、お嬢さん。そんなザマじゃ魔物の解体も任せらんねえぞ〜」


「そりゃ困るなぁ。だが、うちの看板娘をいじめんでやってくれ」


「あ?」


 嘲笑う四人組の背後に、巨軀の男が立っていた。赤い髪と髭はまるで炎のようだ。


「……あんた誰だ?」

「俺はグレオス──このギルドのマスターを頼まれてる」


 グレオスと名乗った大男は目元に皺を刻んでいるものの、体格はガッシリとしている。歴戦の冒険者然とした貫禄ある見た目だ。

 しかし、両手に大きな荷物を抱えており、薄汚れた服装も相まってまるで農夫にしか見えない。


「お前さん達は見かけない顔だな。この町に来るのは初めてか? ようこそ、冒険者ギルド“ドゥーム”へ!」


 ニカっとした笑顔を向けられ、四人組は呆気にとられた。だが、すぐに居丈高な態度へ戻る。


「ギルドマスターさんよ、看板娘ならもっと気の利く嬢ちゃんを雇うべきだったな」

「まったくだぜ。せっかく依頼を達成したってのに、手続きしてないからってだけで報酬を出さないだと! こっちは命懸けだってのによ」

「ただ働きとはひどいじゃねえか。よそのギルドじゃ融通利かせてくれたのになァ」

「奉仕活動をやってるわけじゃないんだ。オレたちも生活がかかってるっての分からないのかね」


 グレオスは四人の話に何度も頷きながら耳を傾けていた。


「そうかそうか。依頼書を見せてくれるか? ──ああ、コアン村のゴブリン退治か。ゴブリンは厄介だよな。いつの間にか巣を作ってあっという間に数を増やす。討伐依頼は多いくせして報酬はたいして出らんというのに、よくやってくれたよ」


 しみじみとした(ねぎら)いの言葉に四人組は上機嫌となる。


「だからよ、ちゃんと報酬を──」

「ところで、コアン村には俺の昔馴染みの魔術師がいるんだ。ついさっき、そいつの使い魔が手紙を寄越してきた」


 グレオスは相変わらず人のいい笑顔だ。けれど、灰色の目に冷たい光が宿る。


「ゴブリン退治の依頼を取り下げる、とね。なんでも、旅の冒険者パーティが討伐したらしい。村で謝礼を渡したからギルドへの預け金は返してもらう、ともな」


 さっきまで朗らかだったグレオスの雰囲気が一変する。その眼光は四人組の喉元にナイフを突きつけているかのような鋭さである。


「事前に請け負い手続きをしなきゃならん理由は報酬の二重払いを防ぐためだ。村人は少ない金を出し合い藁にもすがる思いでギルドに依頼する──そこに付け込んで食い物にするなんぞ、冒険者の風上にも置けん。そう思わないか?」


 気圧された男達は思わず後ずさりする。はたと気がつけば、ギルド中の冒険者達が四人組に白い目を向けていた。


「っ……あーあー、気分が悪いぜ! 報酬を騙し取ろうとしてるなんて疑われるとはな。こんなギルド二度と来るか!」


 行こうぜ、とリーダー格の男が出入り口へと歩き出す。バン、と乱暴に扉を開けてギルドから出て行く。

 グレオスは何も言わず、去っていく彼らを見つめていた。


 パーティ最後の一人が扉をくぐる。

 鎧をまとったその背中を、槍の強烈な一撃が襲いかかった。


「ぐあっ!」

「うげっ」


 衝撃をまともに食らった男が前へ吹っ飛ぶ。先を行く仲間を下敷きにして往来の中心に倒れた。


「いってえな……! どけこのノロマ!」

「ああ!? ノロマってオレのことか?!」

「何してんだお前、ら……」


 大声で騒ぐ男達の後ろで、ギルドからぞろぞろと冒険者達が出てくる。四人組パーティを取り囲んでものものしい雰囲気だ。揉めていた男達も辺りの様子に気がつく。

 得物を片手に構えた槍使いの男がギルドから現れた瞬間、打突を受けた男が目の色を変えた。


「っテメエだな! いきなり何しやがんだ!」


 仲間から標的を変え槍使いに掴みかかろうとする。

 その腕に棍棒が振り下ろされた。ボギン、と男の腕がひしゃげる。


「ぎゃああああああああああ!」


 絶叫が街中に響く。

 地面にのたうち回る男を、槍使いは意に介さなかった。横から飛び出てきた戦士風の男を「やるな」と称賛する。


「意外と速くて驚いたよ」

「どうも。斥候もやるんでな」

「へえ」


「な……なん……」


 腕が潰れた仲間と、襲いかかってきた冒険者。

 目の前の光景に(おのの)く男三人のうち、リーダー格の男が真っ先に走り出した。


「あっ!」

「ま、待て!」


 残された二人も慌ててこの場から逃げようとし──リーダー格の男の足に矢が突き刺さる。


「ぅぐあああああっ!」

「情けないったらありゃしない……」


 弓を構える女はすでに新たな矢を番えていた。

 鋭い矢尻と女の眼差しが油断なく捉えているおかげで、男二人は指一本すら動かせない。


 槍使い、戦士、弓使い──四人組を襲った彼らは同じパーティを組んでいない。たまたまギルドに居合わせていただけの面子である。それが揃いも揃って敵に回るとはどういうことなのか、男達の混乱が極まる。

 彼らの疑問に答えるかのように、剣士の男が進み出た。


「どこの田舎者かは知らんが……ドゥームのギルドマスターはドラゴンと戦った元金級(ゴールドクラス)の冒険者だぞ」

「は……?」


 伝承やおとぎ話によく聞くドラゴン──ダンジョンの最下層に眠ると語られているが、その姿を見た者はいない。そもそも、ダンジョン最深部へ辿り着くにも上級冒険者パーティでさえ運次第なのだ。

 しかし、十年前ダンジョン最下層へ到達したパーティが現れた。彼らはドラゴンを倒すことは叶わなかったものの三日三晩渡り合い、鱗や爪など体の一部を持ち帰ったのだ。

 ダンジョン最下層からパーティ全員が生還し、ドラゴンの実在を証明した──この報せに国中が沸き立った。


「王宮に召し上げられてもおかしくない功績を挙げておきながら、ギルドマスターは我々根無し草の拠り所となってくれているんだ。それなのに……貴様らはこのギルドの、ギルドマスターの信用を地に落とそうとした」


 男達を睥睨する目には強い侮蔑の色が滲み出ていた。

 音も無く鞘から抜かれた剣が掲げられる。刃が太陽の光を浴びて輝いていた。


「──この痴れ者どもが」

「ひっ……!」


 街道に一筋の銀光が走る。それと同時に、男の悲鳴が空へ高く響いた。


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