アンバランス
とはなんとか言ったものの、無理無理。それが六甲の本音である。裸眼だか落花生だかを守れと言われたとて、六甲は一介の人間。一応か弱い存在なのである。
先程の会話を思い出せば、ふと気になることを言われた。あの老婆曰く、六甲はあの子だかの加護を強く受けているらしい。そのような不思議なものを授かった記憶はない。入隊してからは毎日物騒な日々は送っているが、そのような摩訶不思議なものがあれば記憶に残っているに違いない。
だが、一切心当たりがない訳ではない。幼少期に何か儀式らしきものをした記憶はある。顔を隠す薄い面をして、黒い衣に身を包む。顔には化粧をして艶やかに仕立てられていた。あたかも女のように。
「うげっ…嫌な記憶」
逃げても取り押さえられた。なぜか兄に役目を投げることができず、六甲は大人たちの前に座っていた。足が痺れて退屈だった記憶しか残っていないが、畳の目の数と大人が喜んでいた声は思い出せる。まるで見世物、というか本当に見世物だったのだろう。
その儀式で、何かの力を得たと考えた方が辻褄が合う。それ以外に何か加護を授かりそうな体験をした覚えはなかった。
どういう訳か、加護はあの老婆と六甲を繋いだ。繋いだ理由は分からず、六甲は超常現象を体験することができた。何処の誰かは存じないが、何やらステキな性格を感じ取った。オバババ然り世の中の老婆というものはやけに元気なのである。
どこからかギロリと睨む鋭い視線を感じた。気の所為だと思いたいが、オバババは変に勘が鋭い。
「まず考えるのは、どうやってここから出るかだよな」
答えを知るのは件の老婆のみ。事情を知らない六甲が頭を悩ませても、答えは一向に明らかにならない。
そうとなれば、六甲は辺りを見回す。例の朱い鳥を追いかけて、六甲は老婆と出会った。何もできないのであれば、脱出の鍵となりそうなものを探すしかない。
そのとき六甲の視界の端に、何かが動いた。咄嗟に葉月へと手を伸ばす。敵陣ど真ん中にいるこの状況。何も手を出してこない方が奇妙といえる。あの幻想も六甲を惑わせるための虚言の線もまだ捨てきれない。
六甲は耳を澄ませる。静かな空間に己の呼吸音が耳についた。呼吸をする度に肺が重力に従い、下へ動く。当たり前の感覚に違和感を感じた。
鈴の音が一回。六甲は自分の耳を疑った。軽やかでありながら、残響がどこまでも響き渡っていく。
もう一回鈴の音がなると、足元に波紋が走った。1つの出来事から次第に大きくなり広がっていく様。それは現実の例えにもよく引用される。
「予想はしていたが、これは分が悪い…」
神々しい後光と共に遠くに人影が見えた。その人物の威光を知らしめるかのように、左右に高波が首を持ち上げ睨みを利かせている。いつでも殺れるという意思をヒシヒシと感じた。
六甲は葉月を鞘から抜く。これは手加減などしている暇はない。
=神を信仰せよ
耳障りな金属音と共に低い女の声が共鳴した。木々を揺らし、三色世界を揺らがせる。
=変わらぬ信仰を神に捧げ、その尊き命ですべてを灌げ
世界が歪み、重力は無効になった。地面はやがて壁となり、天井にもなった。六甲は引力に引っ張られるまま、身を宙に投げ出す。か弱き人間には、自分が危機に瀕していることしかわからなかった。
体が地面を見失い、宙で一回転を繰り返す。脳が戸惑っているのを感じた。いつか自分から捩切れてしまうかしれない。
敵は無数の槍を歪みから創造する。そして宙を一回転している六甲に全てを向け、一斉に飛ばした。
「それは不味いって!」
六甲は体を捩り攻撃を避ける。だが不自由な状況で、肩と足に裂創ができた。
次々に飛んでくる刃物に、六甲は防ぐか逸らすことしかできない。攻撃を仕掛けたくとも、葉月では届かぬ距離である。更に足元が悪く、葉月に力を伝えることが出来ない。このままでは殺られるのも時間の問題である。
敵は六甲がやり過ごしている様子をじっと見ていた。六甲には数で攻撃をしても、量産できるものでは流されてしまう。ならば量産できない様な、流すことができない様な質量のあるものならばどうか。
敵はいともたやすく、人間十数人分の槍を作り出してしまった。そしてそれを六甲目掛けて、投げたのである。手を前方へ出すだけの仕草をするだけで、何十倍の質量もの槍があっさりと軌道に乗ってしまった。
風を切り巨大な槍は前へと進む。やっとのことで猛攻を受け終えた六甲の目に、その巨大なシルエットが映った。そのとき彼、六甲は歓喜した。
「ーそれはヤバい。ヤバすぎて、楽しくなってくる」
絶望の中でこそ笑う。そのような化け物が一定数存在する。死に物狂いの中、一つの思いがけない出来事に、油に火がついてしまったかのような猛烈な喜びが溢れ出す。失われつつあった気合が沸き上がるのを感じる。
六甲は不敵な笑みを浮かべた。
葉月を縦に構え、防御の姿勢を取る。空中での体勢の立て直しは厳しい。体の重心が安定せず、うまく己の体を操作できない。
それらをすべて解決する手段があったりする。空中での戦闘が難しいのならば、安定した足場があればいい。たったそれだけである。
六甲は巨大槍を受け止めた。当然六甲の十倍以上もある質量を不安定な状況で受け止めることはできない。最初からそれを知っていた。
何メートルも後退させられ、六甲は息を吐く。正直無茶苦茶な作戦であると己でも感じている。だが、何とかするしかない。六甲は巨大槍を受け止める必要はなく、そう勢いをわずかにでも殺すだけ、六甲が動く隙を見つけるだけでいい。
チャンスは一瞬だけである。六甲は頭を臍の方へと向け、全身を丸める。自然と体が前方へと傾き、足が浮いた。要は鉄棒の前回りと同じ要領。風圧に押し出されながらも、六甲の体は上手く巨大槍のそばで一回転した。
通り過ぎていく巨大槍を横目に、長い柄に葉月を突き立てる。六甲は安定した足場を手に入れた。
そしてすぐさま進行方向とは逆、つまり敵の方へと走っていく。空中よりもはるかに安定した足場は、普段歩いている地面の有難さを感じさせた。
風に押されながらも、六甲は負けじと足を進める。あまりのんびりしていると敵を見失ってしまうかもしれない。猛スピードで進んでいる槍の上では、わずか数秒滞在しているだけでも六甲は距離を離されるばかりである。なんとかして槍から降りる、もしくは槍の方向を逆にしたいところだった。だが、現実はそう甘くない。
一先ず戻るべき場所を見つけるべく、六甲は敵の姿を探す。しかしどこにも見当たらなかった。ほんのわずかな時間で目にも捕らえられないほど距離を離されてしまったらしい。
安定を捨て不安定な足場へと移るか、頭を回転させた。そのとき、背後に殺気を感じた。反射的に体を右に傾ける。すると先程まで六甲の体があった位置に、刀が伸びている。
六甲の背筋に冷や汗が伝った。
「ぎりぎりセーフ…とか言って、手加減してくれたって良いか?」
六甲は首を後ろに向けた。風で靡く髪を全く諸ともせず、その瞳は六甲をとらえていた。六甲の2倍程ある身長の所為で、見上げねばならず首が痛くなってしまう。
=神に忠誠を
あの金切り声はやはり耳障りだった。もとの声の方がよっぽどお前に相応しい、六甲は思う。
「そんなキモいこと言うなよ___永遠永久」
その姿は六甲の初恋の御仁。玄君永遠永久その人である。




