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Waves

 水は生物の源である。惑星中を巡るそれは無色透明であり、惑星を旅する。

 昔、水には神が宿るとされた。

 水の神は生物よりも先に生まれたが、寂しがり屋だった。自分以外誰もいないことを嘆き悲しみ、他の生物を作り出したのである。神の恩恵を授かり、生きている生物は全て眷属である証として体に水を含んだ。

 こうして水の神はあらゆる生物の祖先となった。

 ここまでは一般的な言い伝えである。この話にはさらに続きがある。

 水の神は、今度は自分と同等の存在がいないことを嘆き始めた。眷属であった生物たちは、水の神の悲しみを収めるため、焚き火をつけた。これは水の神が涙を流してしまうため、雨が止まず空が暗いからであったが、この判断が功を奏した。

 ある眷属は、火の中に飛び込んだ。すると魂は消失するのではなく、新たな形として生命を得たのである。それが眷属_後の妖怪の始まりである。



あるとき、眷属たちは危機に晒された。神々の力が衝突し津波が生じたのである。遥か頭上にまで背を伸ばす波に、眷属妖怪たちはなす術なく飲み込まれていった。何年も荒れた波が襲い、妖怪たちは次々に姿を消した。

 しかし、一人の神が立ち上がる。若い神はなんと妖怪が押し負けた波を沈めた。そして津波の原因である水の神を倒し、新な神となった。その後、何年に渡り見事津波は起きなかったとか。

 その神は数百年世を収め、やがては姿を消した。そうしてもう一度世に現れたとき、彼女は玄君となったのである。





 遠くに見えていた高波はすぐに、六甲たちのもとまで迫った。六甲の何倍もある高さには、誰も太刀打ちできない。避難するべく逃げるが、到底人の足で勝てるものではなかった。


「二人一組を組め!相方の手を絶対に離すなよ!」


六甲は声を張り上げた。

 隊員たちは指示に従い、腕や肩を組む。辺りを見回した六甲は、隣に立った田中の腕を掴んだ。手を掴むのは何か抵抗があったし、状況に合わない。肩なんて尚更。妥協しての腕だった。


「おい、あれについては何か知ってたりするか?」

「さあ…思いつくものであればあるが、それは神話の領域だ。俺達とて到底現実に起きるとは思えない」


遥か昔にあった妖怪を飲み込んだとされる津波。あれは水の神の仕業だとされている。文献すら残されておらず、あるのはお伽話。子供を寝かせるために作られた、大抵つまらないものだった。今まで忘れていたぐらいには、記憶は薄い。


「それが正しいのであれば、あれからは逃げられない。地の果てまでも追いかけてくる、死の波。多くの妖怪を飲み込んでも、まだ足りないと暴れるとか」

「じゃあ、二人組は悪い判断ではなかったってこったな」


話によると、水の神から代わり新たな神が収めてからは起きていない、らしい。田中も詳しくは知らなかった。そもそも妖怪たちは過去に対して興味を持たない傾向にある。今を生きることしか頭になく、めでたい性格をしている。

 その新たな神が慎重だった故か、力を振りかざすことも感情を露にすることも滅多にない。そのため、長年穏やかな時が流れている。何故幽世落華の神話の出来事が、現世で起きているのか不明である。

 ただ言えることは、田中が過ごしてきた人間界にいてあれほどの津波を見たことはない。自然界で起きることもないに等しいということだけである。人間たちは津波「あれ」に対する方法を持ち得ていないと考えられる。

 つまり考えうるのは、突然変異なり何なりの変化があったということだろう。例えば水の神の代わりになった神が、お隠れになる_死んだとか。

 それほどの影響がある水を司る神を田中は一人しか知らない。


「永遠永久様…」


間違いなくその身に何かあったのは確実だろう。怪我をしていても、無事であれば。死ななければ生きていると判断するとしよう。第六隊の心構えは田中に馴染んでいた。

 田中は高波を睨んだ。波にのまれた妖怪たちがどうなったのか、誰も知らない。死んだと言われているが、生死を確認できていないだけで生きている可能性もある。だれもその事実を確かめない、確かめられないだけ。

 足元を波が浚う。濡れているはずの足に不快感は感じない。水は乾燥しており、見せかけであると分かった。


「油断するなよ」


六甲が静かに告げる。開いた手で自身の相棒を掴んでおり、地面に突き刺した。水は武器を()()()避けるようにして動く。そしてまた合流した。

 ただの液体にしては不自然な動きだった。田中は波の動きを目で追う。波は一定の方向に流れているが、湧き水のように勢いは増すばかりだった。


「これはただの水じゃない。人ならざるもの達の仕業に違いない」


見た目は液体で且つ生物。微生物等でない限り、目にすることはないのだろう。田中の推測は当たっていた。

 過去から現在、古今東西の妖怪たちの死骸から集めた血液の集合体。腐臭を伴うそれは、集まれば無味無臭となった。中身が空虚な妖怪_蓮はそれに深水(しみず)と名付けた。様々な妖怪の意思がまじり、蠢く怨恨は膨大なものである。普通は触れるだけでその穢れに取り憑かれて正気を失う。

 深水は六甲と田中から順番に隊員たちを飲み込んでいった。流れるままに勢いは衰えることはなかった。だが、幸運にも助かった隊員二人。


「貴女はまだ生きれる、諦めるんじゃないわよ!」


深水から逃れられないと察した肥河は、地面に伏す夢野を持ち上げた。止血はしてあるが、本人に意識はない。それは当たり前で、身体の欠損が激しすぎた。肥河の声は届いていないだろうが、呼吸をしていればそれでいい。

 深水は肥河の何倍もの高さで、手を伸ばして夢野を庇ったとていずれは飲み込まれてしまうだろう。最悪のパターンは夢野が死んでしまうことである。

 死に急ぐ集団ではあるが、殺人集団ではない。人を殺している訳ではないのである。

 肥河にできることは一つ。できるだけ遠く、高い場所に夢野を避難させること。


「…海ちゃん、ちょっと頼めるかしら」


動けぬ夢野とペアを組んでいた海に肥河は声をかけた。顔にべったりと敵の血液をつけた海は、怪訝そうな表情で肥河を見る。


「今から貴女たちを拠点まで投げるわ。準備運動もしていないから、届くかどうかも分からない。でも、届かせてみせるわ」


できるできないではない。ただの根性論である。有無を言う前に、肥河は準備をした。生憎緩衝材も手元にはない。であれば代替品で手を打とう。

 肥河は自身の上着を夢野に着せて、海の胸の辺りで袖を結んだ。上着の前を留めておけば、早々脱げることはない。そして、海に肥河愛用のハンマーの頭部分を掴ませた。僅かな装飾部分がちょうど取っ手にすることができた。


「ななな、何を…」

「下手に手を離さないでよ、死なせたくないし」


海は言われるがまま従っただけで、どうされるのかハラハラしていた。しかしここまで準備をされれば、自身に何が起こるかは察した。差し出された手にしがみつくしかない。

 足元に波がやってきた。水に触れているというのに湿った感覚もなく、不思議な気分だった。


「じゃあ、いってらっしゃい!生きていたら、また会いましょう」


それだけ伝えると、肥河はゆっくりとハンマーを持ち上げる。人間二人とハンマーの重量。それは女性の細腕で持ち上げられるものではないが、肥河はやってみせた。

 足を踏ん張り、回転していく。一回転、二回転をして、勢いが乗ったところで手を離した。

 勢いは力に代わり、ハンマーは重力に逆らって宙を飛んだ。あまりの風圧に海は目を開くことができない。ただ海は離れないように腕に力を込めた。戦場で武器を失うことは致命的。肥河が大切にしてきた武器であれば尚更手放したくないものだったに違いない。隊員一人の命と自分の命を天秤にかけ、肥河は仲間を選んだ。

 その期待に応えたいと思うのは、海が人たる所以だった。

 武器を手放したからとて、死ぬわけではない。今まで、武器がなくとも生き残ってきた歴戦の猛者たちが第六隊隊員である。だから、大丈夫。海は自身に言い聞かせた。

 死にかけてもしぶとく生きてきた隊員たちがそう簡単には死ぬことはない。姉を殺した化け物の同僚と思えば簡単に恨めるが、そう簡単にいかないのも人間であるからであった。


「どうしてこうなるのおおおおお」


海は思わず叫んだ。

 そして一つ発見したことがある。海は夢野のことを先輩でありながら、どこか下に見ていた。六甲という存在に盲目的な人。その印象にプラスして、夢野の叫び声に勝るものはない、という学びを得た。







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