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タイトル未定2024/08/17 01:04

  次の道を右へ。足音を出来るだけ消しながら曲がると、目の前に肉壁があった。不味いと後ろに交代しながら、相手を見据える。


「ふむ、中々の反射速度だ」


 第二作戦の集合場所にたどり着くとなぜか筋内がいた。偽物かと思ったが、こちらに気づいた筋内らしき人物が手を上げた。とりあえず偽物ではないらしい。


「どうしたのですか、筋内様。こんなところでお会いするなんて」

「緊急事態ですので、近くにいた私が非戦闘員の保護を仰せ遣いまして」


筋内に案内されて到着したのは、街中を二つに分けるほどの大きな川の橋。そしてその橋下に六と同じ新兵たちがいた。全員ではないが、見慣れ始めた顔たちだ。

 たった数十分ぶりの再会だというのに、大げさにお互いの無事を喜び合った。緊張感のあまり心臓が痛んだという話をお互いに交わす。その後どんな状況だったかをお互いに報告し合い、次の作戦の参考に扣ておいた。様子を見ていた筋内が何も言わなかったので、命令違反にも引っかかっていないだろう。

 数分後には二人ほど来て、新兵は全員集合できた。まだまだペーペーの新兵が集合できたのは、筋内のお陰である。彼は辺りを彷徨く新兵を見つけると、そっと声をかけ案内してくれていたらしい。誰も欠けることなく合流できたのは滅多にないらしく、奇跡のような確立だとか。

 筋内は怪我をみると、全員に粛々と指示を出していく。聞いている限り、それぞれ異なる任務が与えられていた。工作任務を新たに命じられるものもいれば、退却を命じられるものもいる。その人に合った命令を下しているようで、ただでさえ一般人の領域を出ない六はどんな命令が下されるのか心配でしかなかった。


「君は私と共に来てもらおう」

「かしこまりました」


少し安心した。六は胸に手を当てて、一礼をする。そして顔を上げると、筋内と目が合った。何か顔についているだろうか。顔を擦っていると、筋内は顔を背けてまた改めて皆の前に立ってしまった。確認してもなにも可笑しなものは付いていなかった。何を見ていたのか不思議である。

 皆を見回すと、最後に筋内は渇を入れた。冷静で静かな声ではあったが、圧倒的な圧を感じさせる。耳朶をうつ音波が、自然と音源に目を引かせるのである。これが経験の差というものなのかもしれない。

 六は筋内と共にちり散りになる仲間を見送った。体には似合わぬ大きな鞄と特徴的な制服が遠くに去っていく。六は全員が見えなくなるまで、彼らの後姿を見ていた。この任務で散る命があるかもしれない。それはもしかしたら六自身かもしれないし、また違う人かもしれない。そう思うと、目に焼き付けておきたいと思った。


「…さあ行くか」


徐に筋内が口を開いた。六は首を縦に振り、従う。この場では筋内は上官であり、六は何も言うつもりはなかった。ただ、ふと六は先程は感じなかった違和感を覚えた。

 筋内のポケットから何かがのぞいていた。その地図には赤いバツ印と何かの時間が記されている。きっと何かの作戦のメモなのだろう。六が知るべき内容ではない。先程の第六隊と第四隊での作戦会議で大まかな内容は聞かされているではないか。だが、胸騒ぎがした。筋内は何番隊であったか。大体なぜ、六番隊、四番隊の面々ではないのか。疑い始めればきりがない。


「あ、あの」


気が付けば、六は筋内を呼び止めていた。きっと知らない方がよいことだろう。ここで手を引いておいた方が良いと思いながらも、口にしてしまっていた。


「散っていった同期は、みんな無事に会えますよね」


筋内は足を止め、こちらに顔を向ける。

 筋内に映る六の表情は不安げなものだった。仲間想い。心の底から仲間を案じてのことだろう。六は優しい人間であることは筋内に痛いほど伝わってきた。だからこそ胸が痛い。

 この作戦は第六隊隊長の六甲にさえ知らされていない。彼は必ず反対すると読んで、上が内密に指示を出して来たのである。所謂密命。第六隊には不穏分子がいてはならない。もとより重要な任務に就くからである。隊長である六甲は不真面目さで注意されることはあるものの、実力は飛びぬけているし、琴線に触るようなことを命令しなければ従う。使い勝手は良くないが、最終兵器として戦力は信頼されているという評価。

 第六はより忠実で、容赦のない人物が配属されるような場所。そんなところに配属された愚かな羊たちはどう生き残れるのか。実験と呼んでも差支えがないように思う。サンプルが、適応すれば採用。しなければ遣い潰すだけである。それで何重もの屍が足元に転がっている。

 この計画の始まりは、第六隊の動きが読まれていたことからである。情報漏洩の知らせを受け取った上は、作戦会議に乗り出した。現場に知らせを送らず、いきなり筋内がこの命を受けた。何も知らない現場は六甲の命により、街に潜んでいた隊員たちは散り散りになっていた。先輩たちの動きは新兵たちに伝わることは無かったが、もとからの作戦により六たちは動き出していた。ギリギリ何とか成り立つ滅茶苦茶な作戦である。

 当初、筋内は拠点に待機しているはずであった。勿論のこと、この作戦に参加すらしていなかった。その筋内が、六と共にいるのは上からの指示ではない六甲の指示であった。六甲はこうなることを読んで、筋内を自室に呼んでいたのである。六甲が部屋廻りをしているときに出会ったのはこのためであった。六が部屋に帰った後、改めて六甲は筋内に命じたのだ。”もしものときは新人を守れ”と。

 筋内は上からそれは”使えない玩具”の処理を命令されていた。始末か救済か_上と六甲のどちらに従うか、筋内は悩んでいた。


「ああ、会える。きっと」


結果。せめてもの対抗として、筋内はみな生き残る選択肢が高いものを選んだ。

 橋の下から顔を覗かせて、誰もいないことを確認すると筋内は素早く移動を開始した。六も負けじとついていく。建物の陰に隠れて移動していくと、筋内はとあるところで足をピタリと止めた。彼の目の前には検問所がある。つい先ほど_六たちが到着したときにはなかったものである。


「あんなもの一体いつから...私たちが来た時には何も」

「君たちが侵入したとバレたときに作られたのだろう。あれを乗り越えられなければ、集合地点にたどり着くことは出来ない」


散っていった隊員たちも危機感に苛まれていることに違いない。検問所は急遽設置されてモノであり、何の予告も無かったと呟く声があちこちから聞こえる。通るには交通許可証が必要らしく、発行には一週間かかるそうだ。

 どう考えても罠。正直に待ったところで、理由をつけられ発行等される可能性が見込めない。時間稼ぎをしてその間に六たちを捕まえようとする腹が丸わかりだ。住民たちが不満を募らせて、暴動を起こすのを待つという案もあったが、時間がかかりすぎるため棄却された。

 筋内と顔を見合わせ、人に紛れて時が過ぎるのを待った。人に記憶など朧げなものである。思い込みで何でも錯覚できてしまうし、一瞬見ただけでは覚えきれることも少ない。何百人という人が集まる人込みなら尚更のこと。優先順位を決めねばならなかった。

 六は人込みの中で怪しい人物がいないか確認して回った。例えば、六を追いかけまわして来た男女とか。六の記憶も曖昧で似たような人物が何人かいたが、確証を持てない。六が見回している間は、ぶつからない様に筋内がエスコートをしてくれた。意外と手馴れており、許嫁がこの手の話に五月蠅いのだと話していた。六も六でエスコートされるのは初めてで、慣れなず照れてしまいながらも素直に甘えて作業に集中することができた。

 ことが動いたのは、夕刻。空が茜色に染まり、そろそろ脱出の算段が立つ頃であった。六と筋内は、街の隅っこの城壁の前に立っていた。見回り、見張り共になし。人っ子一人いないため、何だか不気味である。

 筋内考案の作戦は、至極簡単な壁を登っての脱出である。施工されたときに使われる足場が残っているモノがたまにあり、それは緊急時に使われたりする。こうして悪者にも使われる可能性があるのが玉に瑕だが、それでも本当に役立ったことがあるのだからどうしようか困ったものであったりする。今回はこれを利用させてもらった。


「未葉隊員はこの壁を登れそうか」

「…時間はかかると思いますが、登り切ってみせます」


六は幼い頃は木登りをして遊んでいたと艶が言っていたこともある。六自身は高いところは苦手ではないし、慣れればどうということは無いはずである。敵に誘導されているのではという不安もあるが、四の五の言ってられない。空が暗くなってきており、完全に真っ暗になってしまう前に登り切ってしまいたいところであった。

 一番低いところに左足を置いて、そして二番目のところに足、その上に左手、右手を乗せてゆっくりと登っていく。落下したときのために筋内を六の後にしたが、筋内が見つかる可能性も捨てきれない。自然と焦っていき、手汗が止まらなかった。自分に言い聞かせながら慎重に手足を動かし、六は無事に中腹辺りまで進むことができた。まだ半分残っているが、なんとかここまで登れたことが嬉しい。

 下を見ると、筋内が心配そうな面持ちでこちらを見ていた。笑いかけるが、恐らく見えていない。しかし頷いてくれたため、何だか安心できた。

 また一歩ずつ進んでいくのだが、城壁の上の方に行くにつれて風が酷く吹き荒れた。防ぐものがなく、足下も危ないため厄介である。六は全身に力を入れて堪えるが、髪が乱れているだろう。朝からの訓練で乱れているとはいえ、身なりには気を遣っていたいため少しイラっとした。


「早くしないと筋内さんが困る...よね」


顔を上げると、数メートル先にゴールが見えた。目で見える程で、全然届かない距離ではない。まだ入隊して数日しかたっていないが、訓練程辛いと感じたことは無い。初めての任務で緊張はしているが、体力に困っているとは思わなかった。だから不安になる要素はないはず。六は息を吐いて、素早く手足を動かした。

 最後の一歩、右手をゴールに伸ばし掴んだ。後はよじ登れば終わり、だった。


「まあ、汚いこと」


突如延びてきた白い手が六の手に重ねられた。爪が紅く、空に照らされて一層輝いた。流れる血の如く、妖艶に。


「まるで、虫みたい...ああ、それは失礼ね。虫に」


六の目と鼻の先_城壁から顔を出したのは、女性だった。白い肌で綺麗な整った顔をしている。なのに鋭く吊り上がった目が、とてつもない威圧感を含んでいた。


「はじめましてね、虫以下の...侵入者(ゴミ)さん。大したおもてなしができず、申し訳ないと思っているわ。でも安心してほしいの、燃えないゴミにそんなものいらないでしょう?」


六は蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。その眼に見られるだけで、存在自体を責められたように苦しくなる。呼吸すら許されず、瞬きすらもできない。



「あ、貴女は一体...」


六は震えながらも声を発した。話しかけただけなのに、女性は一瞬だけ鬼のような顔をした。そしてすぐさま顔を穏やかに作り替えると、クスクスと鈴のような笑い声を漏らす。一つ一つの動作が、六を酷く恐ろしく感じさせた。


「なんでもないのよ…そう、なんでもないの」


 穏やかそうに笑い続ける女性は握っていた六の手を一本一本剥がしていく。そっと丁寧な手つきで。握り直せばいいと思いながら、六はできなかった。そうすることで起きることを心から恐れている。初めて会った女性に対して六は想像もできないほどのトラウマを抱えてしまっていた。

 まずは、小指から。


「侵入者だとしても、名乗らないのは失礼よね。私は近衛副団長_アサガオって呼ばれているの。外の出身だから、顔はこの国の人とは違うのよ。可愛いでしょう」


小指が冷たい空気に晒される。

 次に薬指へ。


「貴女もそう思うでしょう?私は皆から愛されて来たのよ。蝶よ花よ、とね」


次に中指、人差し指。右手をすべて外し終えた。六は動けず、頭も上手く回らない。ただ焦りだけが込み上げてくる。アサガオは六を愛でるように見つめ、そして頭を撫でた。不安定な姿勢で、揺らされるたびに落っこちそうになる。


「可哀想に。貴女は女の子なのに、こんなことをして。可哀そうにね。貴女の家族はなんて酷いのかしら」


子供に言い聞かせるようにそっと耳元で囁いた。


「ああ、可哀想………………死んじゃえば?」


 そして懐から短刀を取り出すと、短刀を六の胸元に突き刺した。

 痛い。そう思ったのは、数秒後。目の前に何かが飛び出して五月蠅いほどの金属音がして、それからそれから。

 臓器が持ち上がるような浮遊感と共に、六は自然と眠りについた。



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