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 続けざまに六甲は身を翻し、もう一撃食らわせた。蜘蛛は四切りに刻まれ、六甲に体液が付着する。


「微妙に固いな。真っ二つに切ったつもりだったんだが、どうも浅かったようだ」


六甲は仕留めきれず、蜘蛛は再生を始める。葉月の切れ味では心許ない。もっとよく切れる刃が必要だった。

 金時によると、敵は命を共有しているらしい。一体一体をちまちま倒しているだけでは、敵は死なない。寧ろこちらが疲弊していく一方でいつか押しきられてしまう。つまり同時に全部の敵を倒さなければならないわけで。よって、自然と全員が倒せるまで、六甲たちは同じ敵の相手をし続けなければならない。

 六甲は考えるだけでげんなりしてしまう。

 足を切り捨てるが、蜘蛛の絶妙な固さの皮膚が刃の邪魔をする。うまく滑らず、どうしても浅くなってしまうのだ。油断をすれば葉月を手離しそうになって、神経を少しずつ削られていく。やはり歴戦の武器(相棒)がほしい。

 手を伸ばせば届く距離だが、そう簡単には取れない。昨日の自分が、暴れても落ちないぐらいには深く刺さってしまっている。一日前の自分を恨みたいが、後の祭りである。

 六甲は攻撃を受け流しながら、戦場全体の様子を伺う。現在戦場にいる敵の数に変化はない。増援もなく、ただ昨日と同じ。


「…時間稼ぎ…しか考えられないな」


脳内の隅にあった考えが確信をもった。

 六甲たちを足止めする訳があるのだろう。命を繋げた敵をわざわざ用意してまで、蓮はこの先に進めたくないらしい。

 だが、残念なことに六甲は諦めが悪い。壁が高いほど燃え上がるタイプの性格で、人間にすら呆れられる破天荒。何度も死にかけた経験は、六甲の性格によるものが大半である。

 蜘蛛の上に飛び乗ると、六甲は額に刺さっていた相棒に手をかけた。そして力をかけると、相棒は六甲を待っていたかのようにあっさりと抜けた。もし歯こぼれでもしようものなら、この蜘蛛どうしてくれよう。六甲はひそかに心配していたものの、刃先は無事だった。不幸中の幸いか肉が刃先を守っていてくれたらしい。

 葉月をと相棒の両手に華。いや、両手刃。やはり相棒は手に馴染む。


「あの世まで案内してやろう。これからが準備運動だ」


葉月をしまい、相棒を構える。武器もテンションも問題ない。毒だろうが、もう障害ではない。なぜならば、一度食らった毒に耐性がついたからである。

 六甲は特殊体質、というよりも作られた特殊体である。六甲が六甲であるために、毒に耐えうる体を作らざるを得なかったのだ。毒を食らい耐性を作る_所謂ワクチンと方法は同じである。

 ただし、六甲は完全な毒耐性を会得することができなかった。一般的な大人に体が成長し始めていたからである。代々六甲を継ぐ人物は、妙齢から毒に晒される。死の危険性に浸りながら、大人になった人物が六甲の座につくことが伝統であった。

 しかし六甲の場合は、大人に近い体つきが出来上がっていたため、中途半端な毒耐性。つまり、一度致死量に近い量の毒を食らうことでしか耐性をつけられない体になってしまったのである。毒を食らえば当然、無事ではいられない。入隊して以降も度々、六甲は毒を食らいつづけ救護班に運ばれている。

 蜘蛛が再生を終える瞬間、肉と肉の結合部分に狙いを定め、六甲は肉を絶ちきった。迷わず一刀両断してみせ、そして、続けざまに等分していく。

 足は切り落として輪切り、腹は半月切り、頭部は綺麗に残す。そして目を突き刺し、視界を塞いでおくのも忘れない。あまり視界の発達が顕著でないとしても、打てる手は打つ。決して刻むことを楽しんでいるわけではない、とだけは弁明しよう。

 六甲が盛り付けに夢中になっていると、蜘蛛は突然口から糸を吐き出した。か細くありつつも、頑丈な糸は相棒を絡めとる。


「そういえば蜘蛛は糸を吐くもんだったな!すっかり忘れてた」


糸の頑丈さに思わず六甲は感心してしまう。なぜならばその糸に手で触れた瞬間、指の皮膚が切れたからである。鮮血が流れだし、その鋭さには思わず六甲も目を見開いた。

 強度があり、且つ触れるだけで物を刻んでしまう鋭利さ。まだまだ六甲の知らない敵がいる。自然と胸が踊った。六甲は相棒を持ち、離さないように手を強く握る。

 一対一の綱引きで六甲が勝てるはずもない。相手は六甲以上の体をもっており、輪切りにしたとて単純な力では負けてしまう。

 そうしている間にも、蜘蛛は体の再生を続けており、手足の再生は済んでいた。後はくっつけるだけである。

 綱引きをしているだけでも、時間は過ぎていく。六甲はまだ呑気に綱引きに興じており、やめる気配はない。愉快そうに目を細め、蜘蛛を見ていた。六甲が力を込めれば込めるほど、蜘蛛も六甲に対抗するべく力を込める。


「一名死亡を確認!負傷者多数!」


どこかで隊員が一名殉職。六甲は耳だけを傾ける。戦場では死人は珍しくはない。本来諜報を主とする第六が表だって行動するには、隊員たちにある程度の抵抗があったことだろう。隊員たちの得手不得手が今回の任務では不利に働く。

 一体何人死ぬだろうか。ふと考えるが、このように考える六甲も死ぬリスクがあることを忘れてはならない。

 それはさておき、あまりにも時間をかけすぎると、他の隊員たちが煩くなるだろうか。六甲は心の中で三秒数えた。

 一。目一杯蜘蛛を引き付ける。

 二。姿勢を低くして、まだ耐え続ける。

 三。足を離す。

 その三ステップで力は蜘蛛の方に働き、六甲はあっという間に蜘蛛の目の前まで迫った。


「糸は厄介だからな。一旦、あの世に行ってもらうわ。じゃあな、お元気で。死んだ隊員たちに宜しくな」


糸が絡まっている方の片刃を蜘蛛の口に突き刺す。そして力の方向に沿って抉るように押し込み、刃の向きを変えると頭上に向けて振り上げた。外部が固くとも内部は肉。切れ味の良い六甲の相棒に切れないはずもなく、刃が顔を出した。


「どっこらせ!」


腹に力を込めて、宙に浮いた刃を同じ位置に目掛けて振り下ろす。修復される前でなければ、この方法は使えない。

 同じ穴を通じて、眉間から顎下まで見事に叩き切った。そしてまた同じように穴を広げるように微塵切りにして、再生できないほどに刻めば後は他の隊員たちにでも管理を任せられる。集合しつつあれば、また潰せばいい。

 六甲は足元に落ちていた肉塊を素知らぬ顔で踏み潰した。この男、中々の外道である。

 


 一方で肥河は、田中の補佐に回っていた。田中の補助をすることもあれば、他隊員の手助けをすることもある。もっとも多忙な役回りである。推薦人は勿論六甲。

 田中は置丹と替わって阿修羅と対峙しており、迅速に対応するためという名目である。とはいえ、肥河が田中のサポートにはいることは滅多にない。一人でも十分に戦える田中は、あっという間に阿修羅を倒してしまっていた。


「巨体の割に軽い。中身がいない人形に近いと思われる。確かに普通の人間には重いかもしれないが」


阿修羅は踏み潰そうと田中に足を下ろす。田中は手を伸ばし、その足を受け止める。すると次の瞬間、足は砕け散って粉々になってしまったのである。


「だが、脆すぎる。あの金時が言っていた命を共有しているという話は本当のようだ」


そうでもなければ、これほどに体が"軽い"はずもない。田中は阿修羅の巨体を砕いた。血飛沫が飛び散る様子はなく、まるで粘土のような断面がちらりと見える。

 人に近い形に擬態することはできても、その構造、中身を理解していないため、杜撰なものだった。人間を傷付ければ血が出る、傷つけられれば血が出るという仕組みを理解できても、例外の砕かれた場合はどうなのか想像もついていないのだろう。人ならざるモノたちは、人を傷付けることしか知らないのである。


「人に擬態するのであれば、うまく化けねばバレてしまう。人は自分たちと異なるものには敏感なんだ。髪色1つで忌避されてしまう」


顔色1つ変えず、地面に横たわった阿修羅のもう片足を砕いた。素手で一糸乱れぬ様子で、置丹が懸命に砕いていた破片に変化させたのである。思わず肥河は顔をひきつらせた。

 周りから引かれていることに気が付かない田中は、手に標準を変えた。これを繰り返すだけでも敵の弱体に成功するだろう。

 田中は自らも感じないほど怒りを抱えていた。友人が傷つけられたという事実に対して、腹が立った。置丹自身は実力不足と言い張るが、田中は完全にその通りとは思えなかった。

 毎日、朝早くの訓練前に一人訓練に打ち込む姿を見かけている。偶に六甲が相手になり組み手をしている様子もあったが、殆ど一人でこなしていた。肥河や田原にアドバイスをもらいながら、改善できるように努力する姿は、己と重ねてしまう。

 何よりも許せないことは、毒などにやられて友人が懸命に尽くしているときに限って、守られていたことである。田中自身はそう簡単には死なないことは知っていたというのに、それでも諦めようとしなかった。

 守られて、友人を苦しめた自分が許せない。人間に守られている非人間が、人間よりも弱い事実を突きつけられているようで嫌だ。


「私怨もあることだし…木っ端微塵にされても文句を言わないでくれ。まあ言う口があれば、にはなるが」


そう言って、田中は阿修羅の顔面を全て叩き割った。

 白髪の少年_通称田中は、異界における名前はまだない。だが、彼を知るものは無数のあだ名から武力を以てその場を御する者_白君(ばいくん)の御子と呼ぶ。

 先代白君は、実力者で一度暴れだしたら止まらないまさに暴走列車のような人物だった。そのくせ平生は懐の広い男で、さぞかし人気があった。その気質はなぜか代々受け継がれ、どれだけ穏やかな人物でも白君の座に着いた瞬間から性格が変わってしまう。後継者である田中にも同様の変化はあるが、それほど大きく表面化していない。


「国は滅びた。だが希望はまだある」


だから、永遠(希望)を手離すわけにはいかない。





 肥河は暴れ狂う田中と六甲を見て、正直引いていた。彼らは化け物である。

 田中のサポートと他隊員たちがやられないように守る役割を担っていた肥河は、手一杯になると予想していたが、現実は他隊員たちがやられないように目を光らせるだけで肩透かしを食らっていた。田中は自力で阿修羅を倒している上、六甲は真顔で敵を切り刻んでいる。一般人になど見せられる光景ではない。


「危ないわよ、気をつけて!」


武器を弾かれてしまい、無防備になった隊員を助ける。昨日今日と続けての任務は疲労が溜まりやすい。今も緊張しているように見える。

 必死に武器を取り、再び構える様子を見て肥河はほっと一息ついた。


「一名死亡を確認!負傷者多数!」


ところが、突然の訃報を聞いて気分ら落ち込んだ。一体誰があの世へ行ったのか。肥河は確認したいが、そのような余裕はない。隊員たちの中でももっと距離の近い_同期たちであったのなら、どうすればよいだろう。不安に駆られる。

 何よりも六甲であったのならば、隊員たちの希望が削がれてしまう。本人はちゃらんぽらんだが、その威光は凄まじいものがある。どれほど絶望的な状況だとしても、まだ立ち上がれると錯覚してしまうほどである。

 あんなのでも役に立つのであれば、肥河は是非ともいてほしいものだ。


「死ぬんじゃないわよ、六甲(クソ上司)




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