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コンスピラシー

金髪野郎は髪の毛をガシガシと掻く。どうも調子が悪い気がする。普段であればもう少し暴れてやろうという気にもなるのだが、今回は気分が上がらない。

 いつもと違うのは恐らく…。金髪野郎は先程運んできた青年_周りの言う置丹という存在の所為だろう。今ではすっかり気絶してしまっていて、ピクリとも動かない。先程まで話していた気力が尽きてしまったのだろう。


「あぁ…何か無駄に疲れただけな気がすんねんけど」


ざわざわと人の声に押し潰され、金髪野郎もとい坂田金時(キンジ)の呟きはかきけされてしまった。妖異サンに対して丸腰で、弱々な戦闘力。お世辞でも隠しきれない、お粗末にもほどがある。

 色々あって助けを求めて金時は、この大陸へ遥々やって来た。だというのに、こんな戦力に期待していたなんて自分が情けない。絶対に"あの人"さえいなければ、誰も手を取り合おうなんて言い出さなかったに違いない。来てしまってから知ったのではもう遅いが。

 金時のお眼鏡に適った唯一の相手といえば、土気色の顔色で平然と立つ男。確か六甲とか呼ばれていた気がするが、あの男が唯一宛にしてやってもいいと言える相手だった。戦士としての闘気が整えられているし、何よりも…

 ふと金時が視線を向ければ、六甲も横目に目が合った。僅かな気配の揺らぎをも読み取るその才能は目を見張るものがある。その瞳には敵意が宿っており、到底味方に向けるものではない。警戒は最高潮。それは金時にとっては悪いことであれど、戦人としては完璧な態度である。

 それに対し、他の人間の体たらく。目に余るほどである。無事を喜び合ったり、隊員の負傷に涙したりと感情があちこちで乱れている。ひとつの集団としては最悪の状態で、六甲(指揮官)はなにも言わないのがまた金時には理解できなかった。

 トップは合格点だとしても、その他が及第点にすら手を伸ばすことができない。まさに烏合の衆。


「こんなんやったら、俺が来る意味なんてなかったやんか」


武器もひとつのお釈迦にして、生きた戦力がたった小指ほど。それじゃあ、武器の方が惜しくなる。金時には今この場にいる殆どに価値が感じられない。であればいっそのこと、全て殺してしまう方が良いのではないだろうか。金時の姿を知る目撃者を全員潰してまた新たな協力者を探しにいけば、もしかすると希望はあるかもしれない。

 頭の中で演算をした。目の前の惚気をする隊員(ヤツ)は後ろから後頭部を掴み、話し相手もろとも地面に叩きつける。鼻のひとつやふたつ陥没はするだろう。ヒョロガリなんてそれだけで、死ぬに違いない。そして次に襲いかかってくるだろう、身近な隊員を蹴散らした後、その辺に転がっているであろう武器を奪取。そして十秒もあれば5人は仕留められる。同じ要領を繰り返せばそこそこのヤツらであればあっさりと刈れる。問題は中級から上級に分類されるであろう六甲、肥河、田中、置丹。

 その4人は時間がかかるだろう。だが、殺せないほどではない。六甲は今不調のようであるし、置丹は気絶中。田中の実力は測りきれないものの、気配から恐らく六甲には及ばないと見る。一番厄介そうなのは肥河なのかもしれない。

 先程、軽く言葉を交わしたときには、誰よりも友好的な態度を示してきた。だが、握手に差し伸べられた手の感触は女のソレではない。屈強な戦士の手_鍛え上げられた無駄のない力がひしひしと伝わってきた。

 実際に指揮をメインでとるのは肥河で、六甲は壁の花気取り。隊員たちと遊んでいることもあるが、遠くから眺めることの方が多い。

 自然と金時は眉間に皺を寄せる。足りない情報は普段の行動から集めるしかない。推測の域を出ないが、根拠を集めていく内に推測は事実となる。

 金時はこの大陸のことを知らない。住んでいる人の服、顔つき、体型など視認できる情報から調べるしかなかった。


「ほら。怖い顔してるよ、金時」


肩にずっしりとした重みを感じると共に、金時は視界が塞がれた。漂う嗅ぎなれた匂いは、近くにいるだけで安心をもたらす。甘く、穏やかな香り。たしか桜の香を焚いたと話していたことを思い出した。戦場に赴くというのに、洒落をする人間。そんな酔狂な人間を金時は一人だけ知っている。


「別に、怖い顔なんてしてないと思うんやけど。ユアっち、急に背に登るの止めてくれへん。こしょばいねん」

「だって目の前に山があると登りたくなるじゃん」


目の前にいるユアは小柄な少女である。一見何処にでもいそうな赤毛の子供は、何の冗談か金時の同期。武器を扱えないのに、率先して先頭に立とうとするため、手に終えない。共にいてハラハラしかしないし、どうにも馬が合わない。

 己を雑に扱う金時を何故かユアは気に入っており、何度あしらっても走ってくる。だから、いつしか金時はユアを追い払うことを諦めた。


「そんでわざわざ何?俺が1人で来るって話じゃなかったっけ。あんまり派手に動くとマスターに叱られんで」

「うげっ…マスターって怒ると面倒臭いんだよね。意外と粘ちっこいというか…絶対にモテないと思う」


嫌なところがあればすぐに恋愛に持ち込むのは女の性なのだろうか。口出しをすればもっと仕返しが来るのを金時は身をもって知っている。素直に相槌を打っておけば正解だ。

 金時の記憶が確かであれば、今回この大陸に来る人員は金時だけと聞いている。実際に準備された物資も1人分だったし、この任務自体に間違いはないのだろう。

 雑談もそこそこに本題を切り出すように言えば、ユアは薄い胸板をポンと叩いた。


「1人で行くのは可哀想だと思って、マスターに内緒でついて来ちゃいました…みたいな?」

「ユアのは粘着質って言うんやで。普通に嫌われるかもしれんからな、覚えときや」


時代が変われば法も変わる。ユアの行動がいつか新聞に取り上げられるような時代がいつか来ると金時は予想している。

 金時の言葉にショックを受けるユアは、目を見開いたまま固まっていた。やり過ぎたかもしれないと反省するが、恐らく瞬きをする内に復活するのは知っていた。ユアは見た目ほどかわいい性格をしていない。

 ユアのことはさておき、金時は重たい腰をあげた。話をつけるのであれば、今終わらせるのが最適である。後になればなるほど、金時たちは不利に立たされるのだから。


「ちょっと()調()が悪そうな()()さん。ちょっといい?」


我ながら洒落が聞いた良い誘い文句だと自画自賛したい。相手の六甲は無反応だが、最高に面白いギャグだとは思わないのだろうか。

 六甲は断ることはせず、話せと言わんばかりに体を向けた。辺りは騒々しく、金時が今から口にする言葉を聞き取ろうとするものは殆どいない。鼠に聞かれたところで何ともないが、どうも気持ち悪い視線だった。

 例えるのであれば湿気の帯びた真夏の風。温い風に肌に張り付くような気がする、気だるい時期。特有の想像もしたくないものが、今向けられている。

 ふっと視線が消え、どこかの気配が動いた。その気配も奇妙で、途切れ途切れに感知する。唯一感知できる地点では、またあの視線を感じとることができる。

 少しずつ近づいてきた気配は、2メートルほどの距離に至ると速度を変えた。素早く地面を蹴り、金時の背後に迫る。無意識の内に手が自爆用の爆弾に伸びた。


「夢野」


そう六甲が口にすると、背後で気配の動きが止まった。


「気持ちは嬉しいが、手出しは無用だ。何かあれば俺も自力で対処する。傷を癒してろ」


数秒後、ため息と共に足元に金属の転がる音がした。それはただの棒のように見える。だが特殊な金属で出来ており、重量は殆どなく本気の大人1人が道具も使わずに曲げられる柔らかい。にもかかわらず、物体と接触する瞬間に硬化し鈍器へと姿を変える。

 そんなことは知らない金時は、転がり足に触れた金属の質量に目を見開いた。親指と人差し指で作る丸ほどの太さでありながら、鈍器に匹敵するものなど滅多にお目にかかることはできない。


「まあ、なんだ。不快な思いをさせてすまない。一応夢野も反省しているから許してやってくれ」


申し訳なさそうな声色で話す六甲だが、その瞳は捉えていた。今にも殴りそうな表情をして例の金属棒をもつ夢野を。金属棒を取り出す際、チラリと見えた隊服の中にはいくつもの細長いものが覗いていた。先程抱えたときは違和感など感じなかったが、油断も好きもない。六甲が止めなければ、先程も殴っていただろう。

 全くもって反省している様子はない。だが、それを咎めるほど金時は子供ではなかった。自称寛大な器をもっている。たった数敵の水で溢れてしまいそうな杯は、本人曰く大海のように広い。


「絶対許す気やないやん。別にええけどさ」


自嘲気味に笑う。金時は自身が誰からも信用を得るようなタイプではないのを自覚していた。寧ろ誰からも睨まれ警戒しかされない。どれだけ友好的に話しても依然として結果は変わらずである。


「本題というか、俺の目的について話すから話だけでも聞いてくれん?」

「話だけなら、な」


まるで言葉以上のことはするつもりがないという口振り。本当に信用はされていないようだった。

 話をしていれば、ある程度の信用は得られると思うがいかがなものだろうか。金時はお得意の薄ら笑いで、話を始めた。


「俺たちは海の向こう側、別の国からやって来たんだ。そこでは妖異が溢れかえっており、兵器化され始めている_」


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