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ブラックワーカー

「ほら、逃げる!さっさとしてくれないと限界が来ます!」


聞いたことのない声と共に、六甲は横に引っ張られた。一応人間、壊れやすいので丁寧に扱ってほしい。ジョークを一人呟く。意識が朧気な状態で、平衡感覚が危うい。それでも気合いで何とか少し目蓋を持ち上げた。

 首が絞まる苦しさと、揺さぶられる感覚に襲われている。だが危害は加えられておらず、ともかく害はないようだ。足は引きずられている。


「重い…でも隊長…軽いですぅぅぅうう」


軽いのか重いのかどっちだ。

 泣き叫ぶ声が耳朶を打つ。この特徴的な話し方と声は夢野か。ぼやける視界では何もろくに見えない。目の前が地面と己の血が線を描いているのはよく分かった。

 返事をする代わりに、右手を上げる。

 

「隊長…無理しないでくださいぃぃぃぃいい」


また弱気な返事が返ってきた。

敵を避けながら、夢野は器用に進んだ。意外なことに一種の才能で、夢野は敵の攻撃を体を二つに折るようにして回避する。まるで体操のようにしなやかな動きだった。観客がいれば歓声を上げているに違いない。こんなところで才能を開花させるのは流石夢野だろう。伊達に何度も死にかけてはいないと思う。

 夢野は宙返りを何度繰り返しても体感がぶれずしっかりしている。普段の訓練の賜物で、ちょっとやそっとでは乱れないのだろう。だが夢野本人の性格上、粗相をしでかすことの方が多く、発見が遅れてしまったようだ。

 いずれにしても共にいる六甲には刺激が強すぎる。


「もうちょっと穏やかにして…くれ」

「隊長、無事でよかったですうううううう!」


踠くように声を出すと、大声が返ってくる。非常に元気で何よりだ。鼓膜を震わせる目覚ましにはちょっときつめではあるが。

 目の前に敵が迫っている状況で、一喜一憂できる余裕はない。短く夢野の名前を呼び、警告をする。


「はいいいい!安心してください、隊長。指示は出してきましたああああああ」


 夢野の言葉を待っていたかのように、雄叫びを上げ何人かの隊員が夢野の隣を駆け抜けていく。襲いかかってくる敵に対して、夢野を庇うように飛び出てその隙に逃げる作戦らしい。肥河不在の中、無茶苦茶ではあるが作戦としては一応機能している。

 六甲と肥河が隊を一時脱退の途中、意外にも夢野が第六隊を率いていた。六甲と同期の隊員たちは手放しで、それ以外の初心者たちを見守る。決して隊員たちが死ぬことはないようにサポートしつつも、介入はしない。それは学びに繋がるからである。

 実践はもっとも有意義な学び。間違えたと悟った瞬間、命はないし取り返しはつかない。だからこその応用力と判断力。過去のデータをもとに即座に考え、行動する。夢野は伊達に六甲のストーカーをしていただけのことはあり、作戦そのものは無茶苦茶だが結果を出していた。


「皆さん、ある程度目処が立ったら即撤退です。肥河原さんも含めて陣形を建て直しますのでええええ」


隊員たちの声に紛れても、夢野は指示を出す。辺りが騒がしすぎるあまり、耳に入る隊員たちも少ない気がするがそれは夢野にも考えがあるのだろう。六甲はそれ以上口を挟まないことにした。

 夢野は入隊した頃を知る六甲からすれば、大した成長である。人前に立ち、指示を出す。人前で声を出す行為を苦手にしていたあの夢野が信じられない進化である。だが、そう簡単には根っこは変わらないようで、叫ぶのは相変わらずだった。


「隊長!私は…隊長のこと改めて凄く尊敬出来ました。だって、戦場に立った瞬間隊長という重りは鉛以上に重い。一挙手一投足で全てが決まってしまうんですから」


_ああ、あまりにも重い。

夢野は思った。隊長でなくとも、目の前に仲間を見据えるだけでも震えが止まらなかった。この中の一人、もしくは大多数が夢野の采配によって死ぬかもしれない。未来への不安が足元に渦巻く。

 だから余計に感じてしまう。こんな重りを軽々と持ち上げて、不敵に笑ってみせる胆力。それに疲れを感じさせず、隊員を惹き付けるカリスマ性。最後に圧倒的な戦闘力。並大抵の人間ができる技ではない。

 憧れの人。夢野が尊敬してやまない人物。


「隊長はきっとこんなところでは死にません!死なせませんからあああああああ!」


全速力で夢野は駆け抜けた。目指す先はできるだけ遠い場所。戦場に安全地帯はない。目下で六甲を休められる場所を見つけ出すしかなかった。

 まあ敵も易々と休ませてくれるはずもなく。何故か他の隊員たちが相手をしていたはずの敵が、隊員たちを蹴散らし夢野を追いかけてくる。まだ未熟な隊員たちでは足止めにすらならず、弄ばれているに近い状態だった。




「おい、田中。大丈夫か」


ぐったりとしている田中を置丹は起こした。意識不明で吐血。表面上は何もなくとも、体内で猛毒が暴れているのだろう。吐き出させることもできず、置丹は見守ることしかできない。

 辺りには隊員たちが戦っている。置丹は指先少し冷えている田中を置いておく訳にもいかず、田中を背負って逃げる判断も下せない。

 今すぐに田中を背負って逃げれば田中は助かるだろう。だが、敵と戦う仲間を見放せるほど度胸はなかった。六甲もダウンしている現状、戦うことのできる人材はいくらいても困ることはないだろう。

 田中は未だ意識を取り戻さない。置丹は究極の選択を迫られている気がした。連れて逃げても死ぬかも知れない相手と今を生きて置丹が助けのはいれば生きるかもしれない相手。どちらも可能性でしかない。置丹が助けにはいっても、死んでしまうかもしれないし、生きるかもしれない。

 置丹はどちらも選べる立場にいた。


「田中…死ぬな」


人間は考える葦である。だというのに、戦場においてまだ人間だと言える田中は考えることを放棄した。

 上着を脱ぎ捨て、せめてもの手当てに田中に被せた。体温を奪われることを多少防ぎ、且つ目立つ田中の頭部を隠せるだろう。息苦しいのは許してほしい。

 置丹は息を沈め、自身の体内に意識を向ける。胃の消化音、肺の中を空気が駆け巡る音、心臓の鼓動音。全ての音を聞き、指先に通う血液を感じとる。血管の壁に当たり、通りすぎていく体内のカケラを想像する。

 _永遠永久曰く、人間の体内を巡るのは血液だけではないらしい。目には見えない気というものが動いているそうだ。それは生きる活力となる、所謂生気。生き物であれば誰でも持っているものである。それを具現化した存在が、置丹が顕現させたあの刀。

 あの刀は置丹の生気そのもの。刃零れでもすれば、体が悲鳴を上げる。折れたらどうなるのかなんて知らない方がいい。だが切れ味はピカイチで、使用者本人次第で切れないものはないほどのものになる、とのこと。

 案外置丹は才能があるらしい。何度か顕現させ試してみたが、殆ど刃零れはしなかった。ただ以前永遠永久と六甲に置いていかれたことが悔しくて、置丹は雨の日も風の日もひたすら稽古に打ち込んだ。役立たずは嫌だ。子供扱いはもっと嫌だった。

 六甲や肥河、永遠永久など隊員たちは置丹を逃がそうとする。同期の田中は第一線でも張れる一人前だというのに、置丹はなにも突出した才能がない。才能がほしい。そう何度も願った。

 今が実力を証明するチャンスである。


「ちょっと邪魔する」


目の前にいた隊員に迫っていた巨大百足を祓う。瞬く間に真っ二つに切り捨て、続けざまに身を翻し敵を殺した。やはり調子が良い。大きな決断をしたからだろうか。

 置丹はそのまま体を走らせた。止まるつもりも、止めるつもりもない。ただ体の動くように踊るだけだった。

 漸く辿り着いた最前線に立つと、腕が6本顔が3つのまるで修羅のような妖怪が猛威を奮っていた。隊員たちを手で掴み、掴まれた隊員たちは項垂れている。


「弱すぎるんやん。どうなってんの、なんでヨーイと張り合ってるって聞いてきたのに、ボコボコにされてんねん」


先頭に立っていたのは金髪を短く整えた男だった。煙草を吸いながら、面倒そうに頭を掻いている。見るからに不健康そうな隈を作っている。

 隊員でもないその男が何者か置丹に分かるはずもない。とりあえずその男の後ろにいた雑魚は切り捨てた。


「おお、意外とやるやつもおんな」


方言の所為で威圧されているように感じるが、話す男はにこやかで悪意は感じない。置丹はなにも言わず、そのまま突き進んだ。

 修羅の足元に群がる小妖怪を吹き飛ばし、時には足蹴にして前へと進む。最短ルートで手早く進むと、あっという間に距離は縮まった。そうして修羅の足元までやってくると、攻撃の通じそうな素足に突き刺す。青い血液が吹き出し、気分は良いものではない。

 そのまま右に動かそうとするが、肉が詰まっているのか動かなかった。まるで固定されたようにびくともしない。


「固い。一筋縄ではいかない…か!」


 置丹の頭上に影が差し、それに気が付いた置丹は顔を上げる。片方の足が迫っていた。刀を見捨てて逃げれば体は無事だろうが、もし刀が潰されれば置丹も死ぬかもしれない。

 また即座に判断を下さなければならない。


「サポートしたるわ。もうちょっとやってみさ」


突然獣の吠えるような音がした。鼓膜を破りそうな破裂音の直後、修羅の体は後ろに倒れる。よくみると胸元に大穴が開いている。狙撃されたのだと気が付いたのは数秒後だった。

 鉄砲など銃火器はまだ国内には出回っていない。かつて異国人がやってきて、交易した際に銃のもとになったものがあったという歴史は残っているものの、国の独占下にあり実質都市伝説。特殊部隊でさえその量産に成功していない。一般人だった置丹がお目にかかる機会などなかった。国が研究を始めて実用化に至ったと風の噂で流れてきたのは最近のことである。

 それをあろうことか手にしていたのは、あの金髪の男。剣先に沿うように管が延びており、管から煙が上がっていた。

 その先が置丹に向けられることはなく、男は地面に武器を下ろすとまた煙草を吸う。右手を置丹に差出し、顎をくいっと持ち上げた。どうぞ勝手にということらしい。手柄は置丹に譲るようだ。

 害がないのであれば、後のことは肥河や六甲にでも投げればどうにかしてくれるだろう。感謝しつつ、置丹は刀を足から引き抜いた。

 地面に倒れてくれたお陰で、刀はあっさりと抜けた。地面に倒れる修羅は機能を失ったように動かないが、息の根は完璧に止めておかなければ後々面倒になるだろう。

 刀を握り置丹は核を探した。人間のように必ずしも弱点は胸にあるとは限らない。現に修羅の大穴には何もなかった。抉られた内部の表面は壁のように飾り気がなく真っ直ぐに貫かれている。


「目覚めるまでにこの巨体から核を探せって…一人でできる大きさじゃないだろ」


思わずぼやいてしまうほどの巨体だった。置丹の10倍以上ほどある巨体の端から端までは見通せない。走るにも体力が持たないだろう。それでも、まあやるしかない。腹を括ったら案外何事も受け入れやすい。

 刀をナイフのようにして頭部に突き刺し下半身まで一直線に走った。柔らかい部分は粘土を切るように刃は滑りるが、時々凹凸があるようだ。骨のような固い何かに引っ掛かる度、置丹の頬に筋が入った。

 三枚下ろしにした巨体をあちこち探ってみるが、それらしきものは見当たらない。もっと細かい状態に開くべきなのかもしれない。巨体を動かすレベルの核となると相当な大きさになることが想定されるが、本格的に時間がかかりそうに思える。

 頭部にも特に異常はなく、核は見当たらない。他を当たるしかないようだ。どこまで確認すれば良いか想像もできない。


「ちょっと、お兄さん。なに探してるんか知らんけど、さっさとしてくれへん?もうそろそろ復活しそうやで、それ」


金髪の男のダルそうな声が聞こえた。置丹が振り返り背後を確認すると、胸部に開いていた穴が辺りの血肉を集め始め、その断面を修復していた。これは不味いとすぐさま察して、置丹は攻撃に移る。

 一先ず、攻撃をし続ければ相手は回復に専念せざるを得ない。核がどこにあるかということを考えつつ、進展があるまでは置丹は攻撃の手を休められないことが確定した。

 キリのない仕事の山を見据えて、置丹は辟易してしまう。全くもってブラックな仕事である。

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