初任務 その1
不肖、未葉六。第六隊に入って、1日と少し。限界に近いです。
任務に行くことになったものの、武器を持つことが許されず、六たち新兵は荷物運びが役割として宛がわれた。しかもただの荷物持ちではない。隊員分の荷物を六たちに押し付けられたのである。その分、その他の隊員は身軽である。羨ましい。
大荷物の中から六は小柄だからと、よく分からない長物を持たされた。布に巻かれていて、落とすなとだけ忠告されている。体格は関係ないと思うが、六甲命令なので仕方ない。
車で移動をして近くまで送ってもらい、そこからは目的地まで徒歩。今回の任務は情報収集である。敵の規模と陣形を確認して、そこからもし崩せそうなら崩して攪乱。混乱したところに本陣が突入して、長の首を討ち取る...というものらしい。説明されても実際に実行できるのかは不明。下手を打てば死ぬことは目に見えていた。
本陣の隊員たちと第六隊幹部が話し合っている中、六たちはやっと休息を与えられた。両手で持ち上げていた長い筒状の何かを床に転がし、肩に抱えていた鞄を下ろした。体を少し動かしただけで骨が鳴る。今日だけで骨がバキバキになりそうだ。隊員たちの役割分担を検討し直すべきだと思うが、下っ端の分際で何も言い出せない。
不満げな顔をしていると、先輩隊員が六の肩に手を乗せた。表情からは諦めろと伝わってくる。話を聞くと、荷物持ちは新人の試練らしい。それを乗り越えた先には、きっと楽が待っていると信じて皆が通る道だと。実際楽になるらしいが、後輩に対して申し訳なさを感じるそうだ。
そうは言われても不満なものは不満である。だが、自分に言い聞かせ落ち着かせていた。
「あ、バス酔いちゃんですよね!元気ですか?」
そこに後ろから声を掛けられ、勢いよく抱きしめられる。心臓が口から飛び出すかと思った。つい疲労もあって倒れてしまい、六は顔面を強く打ち付けてしまう。それでもその声は気にした様子もなく、愉快そうに六に話しかけ続ける。
「そういえば、バス酔いちゃんは第六隊に所属しているんですよね。いいなぁ、愚恋は第四ですよ。本陣を任されているんですが、退屈で」
声の主は六の上に座り込み話し続けた。全身が悲鳴を上げている中、この体勢は辛い。六が藻掻くと、声の主はようやく気付いたようで六を立たせてくれた。
六が顔を上げるといつぞやのバスで出会った同期の愚恋であった。バス内でのインパクトが強く、空気を読むことが苦手というイメージが強い。あまり話したことがないため、苦手意識が拭えない相手というのが、印象である。
相変わらずの話し方で、六にマシンガントークを続けて言った。最近の話や故郷の話など、先日聞けなかった穏やかな話を次々にしていく。
「そういえば、本陣での任務って仰ってましたが愚恋さんは、今回は具体的に何をするんですか?」
会話をリードするために六が口を開くと、愚恋は飛び切り嬉しそうな顔をする。相手が自分に興味を持ってくれたことが本当に嬉しいらしい。目を輝かせ、六をじっと見つめた。六には愚恋が犬のように見えた。
「そ、それはですね!愚恋は副リーダーを任されてます!なのでサポートは任せてください。どんな状況でも助けに行きます!」
勢いよく顔を近づけられ、六は首を縦に振るしかなかった。救援は有難いが、愚恋は距離感が近い。本人に悪意は無さそうで言い出しづらい。
六と愚恋が話していると、ゾロゾロとこちらに向けて歩いてくる人影が見える。六甲と肥河、それとまだ数回しか顔を合わせていない第六隊の幹部。そして、見慣れない何人か。その先頭を歩く人物はなぜか青筋を浮かべながら、こちらに鬼の形相でやってくる。否な予感がする。
六は思わず、話を中断して敬礼する。何処の何方かは存じないが、明らかに地雷を踏みぬくとまずい気がした。煙の立たないところに火は立たないという。あれは本当なのだろうか。
「おい」
目の前を通り過ぎる直前、戦闘を歩く人物は徐に足を止めそう低い声で六に声をかける。六の背筋に冷や汗が伝う。圧を感じながらも、六は返事をした。
「お前、ソイツと仲いいのか」
ソイツとは。首を傾げると、先頭の男は指をさす。その指の先には六の足元にしがみ付く愚恋の姿。
仲が良いのかと聞かれれば何とも言えない。六と愚恋の仲は初日と今日の一時間にも満たない時間だけ。友人というには浅く、他人というには少し深いほど。
六は首を曖昧に縦に振る。男は睨むような鋭い視線で六を睨むと、視線を愚恋に向けた。六もつられて、愚恋の方を見る。長い前髪で隠している愚恋の瞳が見えた。大きな目をしていて、その表情は何かを訴えていた。強く何かを望み、そして諦めているような様々な感情。
「そうか……好きにしろ」
よく分からないまま男は舌打ちをして、六の隣を通り過ぎていく。一体何だったのか分からないが、全身に込めていた力が一気に抜けた。無事に切り抜けられたようだ。
地面に座り込む六に対して、桔梗色の髪をした人がひたすら謝り、どけ座をしだした。そして辞世の句を読もうとするものだから、六は慌てて止める。次から次と忙しい。
ギャアギャアと騒いでいると、六甲と肥河がやってきて仲裁をしてくれたおかげで事なきを得た。が、濃い。キャラクターの濃さで話すだけでも疲れた。
「あの男、態度が悪い方は村雨っていうんだが、不器用でなそんな悪い奴じゃないんだ…説得力はないけど。まあ、あの形相だからな…勘違いされやすい」
あの形相で悪い奴じゃないと言われてもにわかに信じがたい。見るだけで人を殺せそうな目つきで、六を確実に不愉快な奴としてしか見ていなかった。絶対始末される。六甲がいくら説明しても、六には理解できなかった。
愚恋に話を聞くと、まあ悪い人ではないと語った。好きなものは鉱石。たまに自ら炭鉱に向かうこともあるそうだ。それとコンプレックスは、目つきの鋭さと低い声。最近、コンタクトレンズなるものを使い始めて、慣れずイラついているらしい。なるほど、それじゃあ良い人...となるわけがない。
休憩だったというのに、全く気が休まらなかった。
六甲が出発すると号令をかけたところで、愚恋との話は終わった。少しは仲が深まった気がしなくもない。一気に隊列を組み出す隊員たちに揉まれながら、六は何とか自分の位置にたどり着いた。周りが背の高い男たちであるため、山のように見える。
六は耳を澄まし、六甲の話を懸命に聞く。
「よし、お前ら…帰りたいヤツは帰れ!」
話を始めたと思えば、六甲の発言に六は目を白黒させる。隊員たちは何も言わなかった。異様に静かである。
「帰ったヤツを俺たちは笑わない。その気持ちは痛いほど分かるからな。大切なヤツがいるのは幸せなことだ。
それでも、家族のために友人のために、大切な人のために立ち向かおうとするヤツらはついてこい!
共に行こう、地獄へ。俺が連れていってやる!」
六甲は辺りの視線を集める。六甲の言葉に、隊員たちは雄叫びを上げる。士気が一気に上がったと感じる。周りの熱が、六甲一人にささげられ、六甲は輝く。まるで星のように。六もいわずもがな、その光に照された。
これが数時間前。それからの結果をいうと、見つかった。諜報活動に向かったのはとある街だったのだが、敵軍の長に動きを読まれていたらしい。集合場所の建物に六たち新兵は待機していた。しかし誰一人として集合場所には来なかった。この場合の対処法として、一目散に皆がバラバラの方向に逃げろと指示されていた。
皆顔を合わせると、無言で頷き合う。そして支給品の時計を指差すと、頷き合い素早く散り散りに分かれた。ある人は窓から、ある人は屋根から、ある人は扉から。次々に出ていき、敵を撹乱する。
六は屋根を伝って逃げた。歩きづらいかと思ったが、案外骨格に沿って歩けば歩けるものである。時々軋む音で心臓がドキリと音を立てた。穴をあけてしまった場合の弁償について頭が自然と動いていた。
スピードを落とさずに、見られることなく屋根を飛び移る。狙いは何処か分からないため、隊員たちと合流地点までは緊張は解けない。六は息を切らしながら、次々に移動していった。障害物が少ない分、地面を走るよりも心なしか楽なのかもしれない。
目的地まで後1キロという距離まで達したときのことである。キャーと甲高い声がして、六は首をそちらに動かした。すると目があった。ベランダからアワアワと慌ててこちらをみる女性と。六はすぐさまに屋根の反対側へ移るが時既に遅し。女性の声を聞いた聴衆が、六のことを探し回りだしたのだ。焦る自分を何とか押さえつけ、六はひとまず状況を整理した。
見つかったことは仕方ないことである。これから考えるは何を避けるかということだ。厄介なのは、通報しようとする人たちよりも、六を捕まえようとし騒ぎ立てる自称善人たち。面白いからと騒ぐ所為で、他の人々がパニックに陥って騒ぎがさらに大きくなる。ここで捕まれば終わりの六にはいい迷惑である。
「待ちやがれ!」
「申し訳ないですが、待てません!ごめんなさい!」
屋根の上まで追いかけてくる人たちをくぐり抜け、六は地面に降り立った。これ以上屋根の上にいるのは目立つ上、増員を呼ばれれでもすれば負ける。隊に迷惑をかける訳にはいない。
足元には人だかりが出来ていたため、紛れるのにちょうど良かった。六は走り、近くの路地裏に曲がった。頭の中に入れていた地図によると、この道がもっとも近道である。道幅が細いが、小柄な六には関係ない。
路地裏は湿っぽい。そして生ゴミと下水のニオイが鼻を掠めた。顔を歪めてしまいそうになる。引き返そうとすると、何人か追手が来ているようだった。もはや引き返せはしない。
「しつこい人は嫌われるって聞いたことないのかしら…」
額を流れる汗を拭い、六は足を動かした。目の前には二つの分かれ道。右と左に分かれており、右の方が近い。だが、同じような考えは誰もが思い付くもので、先回りされている可能性が高い。かといって、こちらも先読みされており、左でも追手に追い付かれる可能性もある。
後ろから騒ぎ立てる声が近づいてくる。六は喉を鳴らして、決定した。
「どこ行った?」
「…見当たらんな…このルートだと右の方に進むか」
男たちが話し合い、路地を右に進んでいく。人数は小規模、男4に対して女は1。武器を持っており、中々の使い手とみる。六では正面切って戦うことはできない。
六は再び地面に降り立った。先ほど六は男たちに見つからぬように、頭上に掛かっていた看板に飛び移っていた。今朝の六甲の見よう見まねで跳ねるように動いたら上手く行った。いきなり実践だったが、なんとか見過ごしてくれたようで安心。手に付いたゴミを払う。
ようやく訪れた少しばかりの平穏に、六はそっと一息ついた。そして荷物を背負い直すと、頬に強く手を当てて気合いを入れた。ヒリヒリと痛む頬が、夢から冷まさせてくれる。今回は偶々に過ぎない、上手く行ったからといって気を抜くことは許されない。
「さて、行きましょうか」
六は左の道をゆっくりと進み始める。