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初日の地獄

 第六隊と発覚したときの迅速な対応の裏返しは素晴らしかった。さっきまで何とか残っていた人としての最低限のマナーは吹き飛び、夢のは六に先輩風を吹かせている。一方の六は口を挟むことなくスルーして、それまで通りに夢野と話し部屋まで案内してもらっている。

 救護室があった建物を抜けて、基地の端まで歩いていく。ちょっとやそっとの距離ではない。何でも普段は自転車やバスがあるらしいが、新兵の顔合わせのために運転手も駆り出されるため運休になっているそうだ。今日こそ運行するべきだと思う。

 二階建ての大きく少し古いような一軒家にたどり着くと、夢野は足を止めた。


「ここが第六の寮。上の階、奥にいくにつれてその人の位も上がっていくから。ちなみに私は一階の最奥の部屋」


寮の扉を開けると、外装と比べて新しく綺麗な廊下が一直線に伸びていた。所々に置かれているよく分からない壺な絵画も高級品のように見える。よくある豪邸が広がっていた。


「凄い煌びやかな内装ですね。お金かかってそう」

「そう。各隊の寮はお金が掛けられてます。だって人生最後かもしれない時を過ごす場所なのだから、豪勢なところに住みたいじゃないですか」


天井を見上げれば、中々凝った装飾のシャンデリアまで。金だ鉄だなどと集めて回っているとは思えない豪華さである。


「不満げな顔ですね」


夢野は六の表情を見て鼻で笑った。インテリアは隊長が許可したものや隊員たちの自腹を切ったものが集められているらしい。物が増える一方で用済みになったものは、溶かして軍事利用らしい。

 夢野は続ける。


「基地から出た場所、ここでは"外"って呼んでます。外はなにも知らず裕福とは言わずとも、命を懸けず、いつも通りに生活していれば生きていけるでしょう」


夢野の表情に陰りが見え始める。その瞳に映るのは、どこか恨みに似たもののようにみえた。


「そんな人たちがいるなか、私たちは命を懸けて名前も知らないような平々凡々と暮らす人のために戦っています。多少の贅沢をさせてくれなきゃ…やってけないわ」


夢野は何を思い浮かべたのだろうか。目を閉じひといきつくと、夢野は六のほうをみて、今日一番の笑顔を見せた。先程の陰りはなりを潜め、感じられなかった。

 夢野と六は部屋を周り、六の自己紹介をして行く。夢野のお陰で心なしか安心して、ほとんどの部屋を周ることが出来た。一階から順当に周り、殆どの隊員たちとは顔を会わせた。隊員たちの印象は矢張比較的若いとされる人が多い。副隊長室は留守だったため、残るは二階最奥_隊長室だけになった。

 他の部屋よりも豪勢な扉を目の前に、六は喉をならす。気軽にと夢野は六を後押しするが、全く気が抜けない。寧ろ緊張感が募るばかりであった。

 耳元でこそこそと声を潜め応援する夢野に励まされながら、六は息を吸った。


「し、失礼します」


ノックをして、裏返る声で何とか声を掛けられた。部屋の中から返事が聞こえれば、扉をそっと開けて入る。床中に敷き詰められた赤い絨毯が、六をお出迎えしてくれる。シャンデリアやら、トロフィーやらどこもかしこも輝いて見えた。


「おう、ようこそ。未葉隊員。言いづらいな、よし愛称をつけよう」


ようこそまでは上司の圧を感じたが、次第に親しみやすさが顔を出す。六は呆気にとられ、入口で足を止めた。お構いなしに部屋の主_六甲は、指を折り曲げながらいくつかの名前を上げていく。そして何か違うと否定しては、机の上にあった紙に気に入っていったものを綴った。微妙な空気感の中、中々進もうとしない六に痺れを切らし、部屋の外から夢野が部屋の中を伺おうと首を伸ばす。その瞬間のことである。

 夢野と六の首根っこは引っ掴まれ、揃って空中に持ち上げられる。何とも言えない浮遊感を全身で感じた。首を捻ると筋骨隆々な腕が見えた。反対に身をよじると何故か鍛え抜かれた腹部が見えた。


「軽すぎる!重石にもならんぞ。ダメだ、ダメだ、ダメだ!老若男女、この世に生を受けた生物は筋肉を持ち、そして筋肉に生かされている。みよ、この上腕三頭筋を!今日も麗s」

「その話はあとでにしてやって。まずコッチの用事から終わらせていいか」


どの口がそれを言うのか。六はそう思わないでもなかったが、喉に押しとどめておいた。話の妨げになることをしていては、きっと終わりが見えない気がしたのである。

 そこからは長くなったのでダイジェストでお送りすることとする。まず六の自己紹介してから、六甲の自己紹介。そして歩く筋肉こと筋内(すじうち)も流れでする。筋内は他所の部隊所属で、兄弟が救護班に属しているとか。もしかして例の厳つい男性のことだろうか。筋内の顔に面影があるような気もしなくもない。ちなみに、夢野は部屋を追い出された。


「俺たちの第六隊の任務は主に斥候と特攻隊。とりあえず危険しかないな」


六甲の話によると、第六隊の別名生きる墓場。一度任務に赴けば一人は絶対に欠ける。普段、第六隊に移されるのは、何かしら武器のエキスパートだったり、戦えなくともその他の突出した何かがある天才が選ばれる。しかし今回は異例中の異例。突出した業績も無く、身体能力も平々凡々。一般人の代ともいえる六が任命されてしまった。


「まあ、配属されたものものは仕方がない。どうしてもの場合は考慮する」


”どうしても”の場合とは。六が聞くまでもなく、六甲はぺらぺらと話す。

 どうしてもの場合とは、死亡を含む戦闘不可の病、精神を病んでしまった場合などを指す。戦闘不可の例としては、失明や四肢の切断など戦闘に支障が出る範囲での話である。戦場では精神を病んでしまうことも少なくなく、それゆえ元から異常な人間が歓迎される。戦場に出立できる精神状態にもレベル分けしており最低基準さえも満たせないものが該当すると門扉も狭い。使えるものだけを集めて、使いものにならなければ廃棄するという訳である。


「わ、分かりました。頑張ります、よろしくお願いします」


へらへらと笑いながら、とんでもないことを口走る六甲が恐ろしく感じた。六の表情が固まり、重苦しい空気が部屋の中に充満していく。

 その空気を一掃するのは、六甲の空気を読めない発言である。またペラペラと話し始めて、話題が何気ない世間話に移ると六はホッと息をついた。


 「んじゃ、またな。未葉」


これから会議があるということで、六甲に手を振り見送られながら六たちは部屋を出た。扉を開けた途端に夢野が倒れてきて、なぜか顔を赤らめている。

 仕方なく六は夢野に手を貸す…ことはなく、隣を通りすぎていく。数歩歩いたところで、後ろから夢野が這いつくばりながら進み六を捕えた。


「どうして置いていくんですかァァァァ!やっぱり私なんてどうしようもない存在なんですね!やっぱり!」

「どうしてそうなる」


六が振り払おうとすると、筋内は夢野を掴み上げて俵担ぎにした。ここでは倒れるともれなく俵のように扱われるらしい。そして案内されるがまま、自室へと足を進めた。

 扉を開けると、途端に鼻につく香水の香り。甘いというよりも、爽やかな感じがする。それと、バラやひまわりといった花たち。リアルに作られているが、よく見れば造花だと分かる。


「素敵です、未葉さんは花畑なんですね」

「中々見ないコンセプトだ。私のものとは全く違う。これもこれでありだ」


よく分からないコメントを送られる。六が首をかしげていると、扉の裏に張り紙がされているのに気が付いた。目を通してみると、内装班を名乗る(かざり)という人物が凝ったものを用意してくれたそうだ。

 新人が来る度毎回、このコンセプトルームを用意されているらしい。人により内装は違うようで、筋内はなぜかジムのような内装、夢野は夜をイメージした内装らしい。飾のセンスによるもので、誰も名令を下していない。ただ、趣味によるものだと飾は述べている。別に誰も困っておらず、好きにすればいいと放っているらしい。六も困っていない。

 その日はそのまま解散となり、六は見慣れない部屋で眠りについた。







 コツンと扉に何か当たった音がして目が覚めた。目を開くと、見慣れない天井。驚いて体を起こすが、昨日のことを思い出し我に返った。

 とりあえず部屋に置かれていた隊服を着る。少しブカッとしているが、ベルトと袖を捲りサイズを合わせた。髪の毛を整えると、扉をあける。ドタバタと騒がしい音が聞こえだし、次々と隊員が外に向けて走っていく。六は何事かと目を白黒させたが、とりあえず部屋に鍵を掛け流れについて行った。


「お、新人!遅刻するなよ!」

「え、あ…はい!おはようございます」


 とんでもないスピードで隊員たちが飛び出していき、六には到底追いつけるものではなかった。だが、何とか見失わないように目を凝らしながらついていく。六が一番最後らしく、後ろを振り向いても誰もいなかった。焦燥。気持ちのみが先走り、体が着いていかない。なけなしの体力を捻出し、肩で息をしながら向かった。

 到着したのは、演練場のような場所。あちこちから人が駆け込んでいくのが目についた。とりあえずあそこに向かったに違いないと、到着するなり六は建物の中を探し回った。


「おお、未葉!おはよう。追いついたようでよかったよかった。しかしまあ、新人に気取られるとは、アイツ等もまだまだってことだな」


背後から声をかけられ、肩を震わせる。後ろを振り向くと、六甲が頭に両腕を回して呑気に歩いてきていた。


「…遅刻ですか」

「そこなんだ。何の気配もなかったとかそういうことではないんだね。まあ、はい遅刻です」


全く悪びれもせず、六甲は足を進めていく。六は慌てて後についていくと、隊列を組んでいる隊員たちがいた。雑談をしていたが、六甲を認めると真顔になり敬礼をする。話し声はなりを潜め、存在するのは静寂のみ。その場の皆が六甲の発言を待っていた。六は六甲からそっと離れ、隊列の一番後ろに並んだ。

 六甲は隊員たちの顔を見回し、そして一息ついた。


「今日も今日とて頑張るぞ、お前ら!着いてこい!」


六甲が述べたのはそれだけだった。だというのに、隊員たちは雄叫びを上げて、それぞれ隊服の上だけを抜き捨てる。そして六甲が走り出すと、それについて走り出した。六も慌てて、着いていく。このとき、六は待ち受ける試練を知らなかった。

 三時間後。六は溶けそうになっていた。もう立てない、疲れた、お腹がすいた、休みたい。頭の中を欲求が過ぎ去っていく。地べたにへばり着き、飾られている時計を見た。あと5分。何の数字かというと、休憩時間である。

 一時間の走り込みの後、休むまもなく組み手。そしてその後、かくれんぼである。鬼は六甲。地獄でしかなかった。

 走り込みでは、六甲が良しと言うまで走らされたし、走れなくなったものはある一定のスピードがなければ最後尾を走る鞭を持った肥河に追いかけ回される。嫌がらせにパシパシと地面を叩きながら追われるものだから、後ろを振り返れなかった。足が捥げるかと思った。

 次の組み手では、隊員一人一人に対してその他全員が襲いかかる。手加減なんて許されない。六のときは、必死に逃げ回った。最後の組み合わせ_六甲に一斉に襲いかかったが呆気なく全員やられた。全身に出来上がる擦り傷が痛い。

 最後のかくれんぼ。これが地獄でしかない。鬼は六甲であったが、殺さなければなんでもあり。刃物が、次々と飛んでくる。直接傷つけるときは、特性の鞭。たかが鞭と侮ることなかれ、めちゃくちゃ痛い。

 というわけで、隊員たちは全員もれなくボロボロである。5分の休憩の後は、任務が入っているらしい。特殊部隊の任務。想像しただけでも、緊張感で震えてしまう。

 今日の予定は切り詰められている。どうしようもないスケジューリングは変えようがなかったらしい。休みの終了を告げるタイマーが音を立てる。地獄のサイレンが鳴り響いている。やめてほしい。


「おっしゃ…いくぞ!」


軽すぎる掛け声とともに、六甲を先頭にして隊員たち歩いていく。息切れをしながらも、どうして平気そうに歩けるのだろうか。ふらつきながら、六は何とかついていくのであった。

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