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「…連絡が来ないわね、何かあったのかしら」


肥河は窓の外に広がる空を見上げていた。伝書鳩。古典的なやり方であるが、長距離を移動するのなら人よりもこちらの方が早い。空は曇っているが、飛行に影響はなさそうに見えた。

 六甲を送り出して約3日。もう到着しても良い頃のはず。だというのに到着の連絡どころか、無事かどうか訪ねてもその返信が来ない。鳩が無事帰ってきて、手紙も付いていない。つまり届いていないわけではなく、一応受取人()いるらしい。


「手紙は別人が受け取っている可能性も考えられる」

「あー、それはあり得るわね」


頬杖を付きながら、肥河は仕事を終えた鳩に餌をやる。餌付けをされている鳩は最近餌を食べなくなった。ただ食欲不振という訳ではなく、腹が満たされているからのようだ。仕事が無い日は山のような量の餌を食らっている。

 そこで会話が途切れ、暫くの沈黙が訪れた。ふと鳩を見ながら肥河が口を開くまで、沈黙は続く。


「全く返信すら寄越さないで何しているのかしら、アイツ」

「さてな、妾たちに出来るのは待つことだけさ」


ため息をつき苛立つ肥河の隣で永遠永久は本を読む。そのまた横で田中が茶を啜っていた。


「ちょっと、お偉いお三方。少しぐらい手伝ってもらっていいですか」


顔を出したのは般若の面をした置丹である。両手に段ボールを抱えているが、その様子を見ても田中たちは動く様子もない。置丹がそれしきの量を運べることを知っていた。

 

「置丹、永遠永久様は休憩中だ。代わりに肥河さんを遣わそう」

「ちょっと、誰も引き受けるなんて言ってないわよ」


 数時間前、田中は置丹の前で本当の姿を露にした。そして自分がただの人間でないことも全て洗いざらい話してしまった。田中はたかが短い期間の付き合いである置丹に真実を受け入れられる可能性は低いと思っていた。それもそのはず、突然別の世界の話をされて受け入れられるのは余程の狂人である。

_そうか。隠し事を離してくれてありがとう。

 ところが置丹はあっさりと受け入れ、老人のような白い田中の髪を褒めた。まるで雲のようだと。風流に言ったつもりなのだろうが、そこまで綺麗なものではない。

 田中は思わず聞き返した。恐ろしく思わないのか、恨まないのかと。すると置丹は言った。

_恨んでほしいのか。まあ田中には悪いが、おまえの家族、敵のお陰で俺は強くなれた。それ以外に思うことはないかもな。


「じゃあ、肥河さん頼んでいいですか」

「ちょっと置丹くんまで……私は便利屋じゃないのよ」


肥河はそう言いながらも置丹の手伝いをする。なんだかんだで見捨てることはしないのである。

 それはそれとして、置丹は空いた方の手で田中を指差す。


「大体、田中。お前も近衛隊に移ったかと思えばしれっと戻ってきやがって」

「何を言ってるんだ?それが永遠永久様に近づくために必要な手段だっただけだ。俺は永遠永久様に付いていくだけで、それ以外はどうでもいい」


田中は言われても右から左へと流す。前は話をろくに聞かないだけのヤツだったが、更に惚けるようになった。可愛げの欠片もない。

 置丹は呆れて視線を横にずらした。するといつからか置丹を見ていた永遠永久と視線が合う。ニコリと微笑まれたが、永遠永久の手元の書籍を捲る手は動いている。


「なら、妾が手伝おうか。何をすれば良い」


ふと、田中と置丹の会話を眺めていた永遠永久は腰を上げた。忙しい肥河に頼むのは心苦しいし、田中は立場的に辛いものもあるだろう。その点、永遠永久であればもとから警戒される立場。人に見られることには慣れっこで、置丹は監視も命じられているだろうから絶好のチャンスだろう。

 本棚に本を返すと、何故か置丹は首を横に振り手伝いを拒む。理由が理解できず、近づけば近づくと避けられる。また一歩と近づくと嫌がられている気がした。


「…いや、アンタはいい。本でも読んでいろ」

「人手が足らぬのだろう。妾ならお前たちの何倍もの効率で仕事が終わるぞ」

「だからって…」


永遠永久が食い下がると、置丹は押され遠慮がちに断った。

 だがそう易々と永遠永久が引き下がるわけがない。


「なに妾がしたくて手伝うだけだ」


そう言って荷物を永遠永久が奪うと、置丹は頷くしか出来なかった。


 「そういえば噂で聞いたんだが、六甲らが不在の間に無茶したらしいな」


移動中、永遠永久が置丹に話題を振った。大して面白い話題ではなかったが、気を紛らわせるだけのつもりである。盛り上がらなければ違う話題をふるつもりだった。

 返事は簡単だと思っていたが、置丹は声を詰まらせていた。何を考えているのか永遠永久には分からないが、答えづらい質問をふってしまったのかと焦りを感じる。 

 沈黙の中、2人は歩き続けた。第六隊の寮は少し豪華で、天井からシャンデリアがぶら下がっている。やがてシャンデリアの方に気が反れてしまい、目にはいる度に当たらないか気にしていた。


「…いや、あれは夢野が無理矢理動かしただけで俺はなにも」


置丹は漸く自信なさげに口に出した言葉がこれである。何も悩むことはない返事。置丹は何を考えていたのだろうか。


「そんなことないんじゃないか?何もせずにいられる人間なんて滅多にいない。気が付かない、気付けないだけでもっと色々なことをしている」

「本当に何も出来ていないんだ。同期の夢野は第六(うち)を引っ張って、田中は昇進している。同期が動き回っている間、俺は何も出来ていない」


置丹は自然と手に力が籠った。同じスタート地点に立っていた同期が次々に才能を開花させる。その中置丹は成長を感じられず、置いていかれたと思っていたのだろう。焦りが募っていって、息をすることでさえ苦しくなっていったに違いない。

 永遠永久はわざと声を張り上げて笑った。置丹のぎょっとした顔が更に笑いを誘う。


「昇進や才能など自分にないものを目にすると苦しいこともあるだろう。だが、考えてみ給え。彼らは突然進化したように見えるだけだ」


永遠永久は芝居がかった話し方で、置丹はその話に気を引かれた。聞き逃してはならないと自然に集中してしまう。


「お前の言う彼らは、自分を"見つけた"だけだ。"偶然したことだったが、自分はこんなことが出来る"、とな。自分には何もない訳じゃない。自分が気付いてあげなければ誰も気付いてくれないぞ」

「自分が気付く…?」


置丹は言葉を繰り返し、自分の記憶を遡った。

 六甲と肥河がいなくなってからというもの、第六隊として部隊の立場は悪くなる一方だった。裏切り者の容疑がかけられている隊長とその仲間。そのレッテルが組織内では大混乱を引き起こしたのである。

 そのお陰で第六隊はひっきりなしに任務に向かわされた。お陰で寮の中に人がいないなんてこともあった。一見嫌がらせにみえるが、基地が安心できる訳ではなかったため、ある意味有難いところであったと言える。


「…追い詰められていく第六を見て、夢野が立ち上がったんだ」

「夢野…その女性は勇敢だな」

「夢野は勇敢というか、無謀というか…椿さんたちの制止を無視していたからなんとも」


夢野叶という隊員は六甲を己の命のように敬い尽くしている人物。六甲が容疑をかけられ、軟禁されていると知ったときの様子は想像に固くない。

 基地内で暴れに暴れた。隊長クラスの人間に証言をしてくれないかと掛け合ったかと思えば、六甲のもとに突撃しようとしたり、爆発物を持って寮に立て籠ろうとした。

 そういう意味では勇敢と言えるだろう。


「そういう勢いがないと辛いときもある。意外と貴重な人材だぞ」


 偶々換気の為に空いていたらしい窓から風が廊下を吹き抜けた。壁や天井を駆け抜け、天井とより近い身長の永遠永久の頭上にも吹いた。

 寮の管理は各隊員に任せられている。掃除を外部に依頼するも良し、自分達でするも良し。ただし"情報漏洩を起こさない条件でのみ"許される。つまり書類など諸々を人の目に晒すなということ。

 以前基地内にて情報漏洩が起きたことがある。当然当事者は処罰され、情報を洩らした隊員は見せしめにされたとか。

 第六隊隊長の六甲は清掃員を雇うことをやめた。六甲が仕切り始めた当初、基地内を見回りする班と掃除班に分けた。伝統をさっぱり切り捨ててしまったのである。

 第六隊の隊員たちは任務に明け暮れていたため、掃除が疎かになってしまった。任務に疲れた隊員たちに掃除をする余裕など全くない。よって、埃が溜まる。

 風が吹いただけで、永遠永久の鼻を埃が擽った。袖で鼻を覆うが、それでも尚我慢できずついクシャミをしてしまう。

 そのときハラリと荷物から書類が一枚躍り出た。ヒラヒラと身軽に動き回ったそれは、永遠永久の後ろに滑り落ちる。拾うために永遠永久が屈んだ。そのとき胸元から何かが転がり落ちた。何か固いものは転がり、置丹の足元でそれは動きを止めた。


「おい、落とし物」


それを拾って、置丹はふと視線を下ろした。

 置丹はそれを見た。手の中に収まるソレは白詰草の柄が入った髪留め。


「これ…」

「ああ、落としてしまったか。気が付かなかった、ありがとう」


永遠永久は置丹の手からそれを受けとると、また胸元に戻してしまった。詳しく見ることは叶わなかった。だが置丹は永遠永久の胸元をじっと見つめ、ある可能性について考えていた。

 到底あり得ない可能性。


「永遠永久…さん、その髪飾りはどこで買ったんだ?」

「永遠永久でいいさ。堅苦しいのは好まない」


そして永遠永久はこの髪飾りは貰い物だ、と答えた。"貰い物"という言葉が置丹の中で引っ掛かる。なにもおかしな話ではないことは理解していた。

 誰かの持っているものに既視感を覚える。それは一体何処で見たのか、と。考えてみると、売店か誰かが同じようなものをつけているところをみたのかもしれない。世の中にはオーダーメイドの製品は数が少ないのである。

 永遠永久は置丹が気難しい顔をしていることに気が付いたが、口を出すことはなかった。特に変なこともしていないし、気を遣われるようなことをしたつもりもない。何処か違和感を持たれたのかもしれないが、それは一過性のものだろう。そう考えていた。もしかすると、とその可能性は過ったが、あり得ないと判断したのである。




 荷物は隊長室すなわち、六甲の部屋に置かれた。中身は押収品。六甲の制服やら印鑑やら必需品が入っていた。


「復帰してすぐですが、任務の予定が入っています」

「アカネさん、本当に露骨になったわね。こき使ってやるってことを全く隠そうともしない」


肥河は書類に目を通す。隊長が不在のため延期などと言い訳は出来ない。

 一通り目を通した後、肥河は紙に指示を書き込むとそれを田中に渡した。


「お使いよ、永遠永久さんの為にも行ってきて頂戴ね」


田中はチラリと永遠永久を伺ったが、永遠永久は何も言わない。護衛ばかりさせていては田中の為にならないと、決めていた。

 田中は渋々受け取り、後ろ髪を引かれながらも隊長室を出ていく。部屋に残された永遠永久と田中は、棚を漁る肥河を後ろから眺めていた。


「そう、これだったかしら」


そう言って肥河が取り出したのは、少し表紙の剥げた冊子だった。表紙は古いものの、中の紙は比較的新しいように見える。

 肥河はページを捲り、目的の人物を見つけると住所の場所をメモした。そしてその紙を永遠永久に押し付ける。


「これ一応住所よ。私が対処しきれないことがあったとき用に渡しておくわ」


永遠永久はその紙に目を落とすが、見覚えのない住所である。置丹に見せるも、彼自身も知らないようだった。


「これは何処だ。ただ適当に書いたわけではなさそうだが」

「行ってみれば分かると思うんだけど、それは六甲の実家よ。六甲が今帰省している場所」


✕✕県◯◯市△△町。(かなどめ)家という家系らしい。永遠永久には聞き覚えがない名前であるが、置丹には心当たりがあるらしく、眉間に皺を寄せていた。


「京といえば、他の追随も許さないほどの武勲をもつ実力者家系で有名。輝かしい誉と対称的に、幼い頃からの英才教育もある意味素晴らしいとか」

「そう、その京よ。六甲はあんなヤツだけど、そこそこ苦労しているのよね」


肥河は冊子をもとの位置に戻す。肥河が置丹よりも永遠永久に紙を渡した理由。大した意味はないように思えた。




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