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ナイスエンディング

 カコン、と心地よい音を鹿威しが音を立てた。敷地内に広がる竹林と池。そしてその池と対岸を結ぶ橋。豪華絢爛な離れと本殿。最後に誰もが目につくような広々とした門。

 大昔、朝廷にも重用されたという祖先から代々引き継がれている土地に未だそびえ立つ館。(かなどめ)家。

 観光地としても有名な館に重々しい足取りで進む男が一人いた。


「ああ、手続きだけでも面倒だった。今になって帰りたくない。大人しくしてくれていれば…」


鞄一つ持たない身軽であるのに、足は何よりも重い。持ち上げようにも地面に縫い付けられたように動かなかった。

 バカみたいに広い家は入り口に辿り着くまで歩かなければならない。果てしなく面倒。どうしてもっと入り口を付けないのか、大勢いる使用人を効率的に使えば警備も問題ないだろうに。

 色々文句を言いたいが、口を出しても取り合ってもらえないだろう。実際に住民たちは実際に困っていないのだから。

 やっとのことで門前まで辿り着くと、表札をみて一息ついた。息切れではなく、緊張による深呼吸。らしくなく緊張しているらしい。


「当主に会いに来たんだが、通してもらえるか」


門前で仁王立ちを決め込む2人に声をかけた。2人の顔に見覚えはないが、睨み付けるような視線、体は細い割に鍛えているのが分かった。

 声をかける以前に2人は尋ね人を警戒しており、尋ね人が声をかけたことにより益々警戒されように思える。怪しいものではないとアピールしてみるが、全く警戒が緩む様子はない。


「ここは貴様のような一般人が来ていいところでない。さっさと帰る」


2人の内_背の低い男、いや少年が、武器を片手に話した。どこかカタコトで辿々しい話し方。だが、殺る気満々。変な動きをするまでもなく、殺そうとしている気が漂ってきた。


「いやあ…出来れば俺もそうしたいんだが、あまりにもしこいから直接言いに来た」

「何言っているか分からない。曲者許さない」


尋ね人は一般人の演技をしたが、通用しなかった。躊躇いもなく、少年が太い刀身の武器を振り上げた。


「外では武器を持ち歩けないからって基地に置いてきたんだよな。この前のこともあるし、もうそろそろ持ち歩くことにするか?」


尋ね人基い六甲は独り言のように呟いた。当たれば死間違いなしの武器が迫っているにもかかわらず、余裕を崩さない。あれこれと考え、口に出す。

 六甲の武器はあまりにも人の目につくため、持ち歩きにも気を遣わなければならない。両刃で強靭な敵をも真っ二つにする切れ味。上下目立たない黒服に身を包んだ男が巨大な武器をもっていると通報されでもしたら面倒だった。

 よって置いていく方が良いと判断したのだが、間違えたかもしれない。


「手加減はなしでいいか?」

「手加減いらない。なぜなら、曲者は死ぬから」 


歯に衣着せぬ言い方に六甲は口角を上げた。素直なヤツは嫌いじゃない。

 振り下ろされる武器を半歩避けて、腕を掴む。そして体を捩り投げた。勢いも相まって、ただ事ならざる音が響いた。武器を蹴り上げて回収すると、自身に近い場所の地面に突き立てた。


「やり過ぎたか?」


背の低い方の門番ことモンはいつの間にか自分が空を見上げていることに気が付いた。自分は曲者を倒すべく、襲いかかったはず。包丁をそのまま大きくしたモンの武器は、決して軽いものではない。一撃を受け止められたとしても、掠り傷でも付けた暁には刃に塗られた猛毒が襲いかかるという仕組み。

 武人でもなさそうな、武器を持たない一般人に一杯食わされた。その事実が受け入れられない。


「偶然?」

「いいや。武器を受け止めてもよかったんだが、何か嫌な予感がしたからな」


そんな気軽に言い出されても困るのはモンである。モンにとって自分は武器同様軽いわけではない。成人男性の平均は満たしている。それをアッサリと投げられたことがまた信じられない。

 モンは暫く考えると、突如体を起こした。そして六甲の手を握る。


「…是非!モンを弟子に!」


目を輝かせ、モンは六甲のことを見上げる。モンには強い師匠が必要だった。目の前の男が何者か知らないが、猛者は気まぐれなものが多い。巡り合えるチャンス自体が珍しいのである。

 六甲は苦笑すると、右手を振り払い肩を回した。そうすると()()後ろに立っていたもう一人の門番バンの眉間に当たる。


「おお、スマンな。手が滑った、大丈夫か」


バンの方に六甲か振り返り、モンが視界から消え失せる。直ぐ様してやったりとモンは毒針を取り出し六甲に突き刺そうとした。

 そのとき。


「あまり私の客人を困らせないでやってくれないかな」


穏やかな声が辺りを支配する。その声を聞いた瞬間バンは痛みのことを忘れ、地面にひれ伏した。モンは毒針を握ったまま、頭を下げて地面を見つめる。


「ごめんね、連絡を忘れてしまったみたいだ」


 モンの中に焦りが渦巻いていた。曲者の処分に手こずってしまった。迅速な処分が命の門番としては失格である。どのように扱われても仕事ができないなら仕方ない。自然とモンの体が震えた。

 一方、穏やかな声の主は一歩踏み出した。門の影から日向へ。その姿が露になる。

 明るい茶髪を短く丸いシルエットになるように整え、全体的に落ち着いた黒い着物。漂う白檀の香り。記憶にもある穏やかそうな表情を浮かべていた。


「…温羽(ぬれは)、久しぶりだな」


六甲から絞り出された声は掠れていた。

 急に喉が乾いた。頭が真っ白になる。我を保とうと六甲は頭を抱えた。

 温羽と呼ばれた青年は門番たちに近づくと、労いの意味を込めて肩に手を置いた。


「君たちはよくやってくれたよ。六甲()相手にここまでやってくれたなら、大した働きだった」


温羽はモンの手から毒針を奪い取る。その針先にはなにも付着していないように見え、その毒の不可視性が使用している理由だった。


「そんな君たちには、私が褒美をあげるよ」


 そう言って、温羽はその針をモンの手に突き刺す。何度も何度も。


「これは努力賞。次はちゃんと働けるようにね。もう一つは将来に向けて努力しま賞。次も頑張ろうね」


モンの手は紫色に変色し腫れ上がっていた。尋常ならざる様子に、六甲は思わず息を飲む。


「分かるよね、門番たち。これは君たちを思っての行動だ。私だって、誰かを処罰したい訳じゃないんだよ」


そう言って、温羽はもう一度モンの腕に突き刺そうとする。

 だが、そうはさせまいとバンが温羽とモンの間に割って入った。


「そんなに処罰してほしいなら後で君もしてあげるから、退いて」


圧倒的強者の前に立つとき、人は呼吸さえ忘れるという。圧に負けて、自分の小ささを痛感するのである。

 バンは負けじと立ち、平然とした面持ちで温羽を見ていた。その瞳は真っ直ぐで、負けないという意思の強さを感じる。

 温羽はそれが気に食わないらしく、ならばと標的を変えてバンの胸に針を突き刺そうとした。


「猛毒なんだろ、やめろ」


六甲が温羽の腕を掴んだ。針先は胸に当たり、少しでも力を込めれば差してしまいそうな程に近い。六甲と温羽の力は拮抗し合い、手が震えた。


「へえ、何。私に逆らうの?」


六甲はなにも言わない。ただ温羽の邪魔に徹する。

 やがて温羽が腕の力を抜くと、それに合わせて六甲も力を抜いた。


「自分を支えてくれる家族じゃないのか。そんな簡単に捨てて良い存在じゃないだろ」


堂々と諭すように言った六甲に、温羽は吹き出した。ケラケラと腹を抱えて笑い、六甲は無表情でそれを眺めている。


「それを第六隊隊長(そっち)が言う?そっちの方が人殺しの癖に。それに汗、酷いよ?」


流れる汗に六甲は漸くそこで気が付いた。確かに気温的には暖かいが、汗をかくほど出はない。ではどうしてかいているのか。

 袖口で汗を拭うと、思っていたよりもしっとりとしていた。


「私は待っていたんだよ、君が帰ってくるのを。首を長くしてね」


自然と呼吸が浅くなる。周囲の視界がボヤけ、自分の異常に嫌なほど気が付いた。だが遅かった。

 六甲はいつの間にか周囲を取り囲まれており、拘束される。


「逃げようとしたら、お仲間がどうなるか分かっているよね。()()()()


悪役しか言わないその台詞を聞きながら、六甲は引っ張られるまま屋敷に入って行った。

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