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ミステリー

 永遠永久は残る微かな記憶を辿る。どうしようもないほどちっぽけで、宛にならない。

 ()の記憶は何年前だったのだろう。そもそも人間界と体内時計のずれた永遠永久には、昨日のように思える。昨日と今日の境界も怪しいような妖人は珍しくはない。


「…そうだ()()。彼はムコと名乗っていた」


名前は、と尋ねたとき。小さな子供の口はそう動いたはずだと思い出した。漢字は知らない。口にするときは気にしなかったし、ムコも幼い子供で分からないと口にしていた。


「ムコ?変わった名前ね」


漢字に当てはめるのなら婿が一番妥当。だが、子供に婿という名前をつけるだろうか。どちらかと言えば称号に近いものを感じさせる。


「ムコは本名かどうか知らないが、彼がそう名乗っていたのは確かだ」


それ以外、永遠永久は知らない。傷だらけの体や少し明るい髪色、愛い顔は覚えている。なのに、彼自身のことは何も知らない。

 肥河は脳内プロフィールを探る。第六隊、その他の隊員情報を覚えている限り検索したが、ムコという隊員はヒットしなかった。一般人として生きているのか、はたまた既に隊員となり死亡したか。戸籍を調べてみれば分かるだろうか。


「まあ、探してみるわ」


諦めろとは肥河の口からは出ない。口から出るのは永遠永久のことを想っているかのような言葉。独りでに上っ面の笑みを浮かべて、励ますようなことを話した。本心と体はあべこべだった。何が本当か分からなくなる。


「すまないな、肥河」


素直に感謝を告げられると肥河は居心地の悪さを感じた。親切心ではない。遠くに忘れてしまった良心が痛んでいるような気がした。


「いいのよ、こちらこそ聞かれたくない話をしてしまって御免なさい。さて作戦会議でもしましょうか」


肥河は矢継ぎ早に言葉を並べ、拠点に戻るために一足先に戻る。自然と足が早く動いた。焦ることはないのに、どうしても体が動いてしまう。視線が地面に吸い込まれていった。

 途中、上の空の六甲とすれ違った。不思議と普段減らず口を叩いてばかりの口は横に結ばれたままだった。だが話したい気分でなかったため、何も言わず横を通りすぎる。不自然なところがなかったか肥河は考えてしまった。




 テーブルもなくベッドと椅子のみという気の抜けるような場所で、作戦会議は始まる。田中は特別部隊に緊急で召集されている。そのため永遠永久、肥河、六甲の三人のみが部屋に居た。

 会議は始まって数刻だが、三者三様。永遠永久は静かに珈琲を飲み、肥河は窓の外を眺め、六甲は腕を組み目を閉じている。一見集中を切らしているように見えるが、3人の脳は物凄い速度で回転していた。どの作戦を決行すれば良いか、脳内で瞬く間に処理されていく。あえて口にすることもないため、誰も口にしないだけだった。

 最初に口火を切ったのは六甲である。


「何度も言うが情報が足りない。幾ら考えても作戦が成立しない。敵の情報をもっと知りたい。何か弱点はないのか」


六甲は永遠永久のことを信頼していた。初対面時よりも、現在の方が確実。永遠永久が嘘を並べている可能性をあっさりと捨て去っている。

 一方、問いに永遠永久は眉間に皺を寄せた。もしも六甲が永遠永久を仕留めようとしている可能性は完全には捨てられない。油断させて…なんてことはあり得る。田中が言うため決めた同盟ではあるが、永遠永久は望んでしていることではなかった。

 先日のお遊びとは異なる_一歩進めば崖に落ちるようなスリル満点な戦場が広がっている。


「真剣に話すか…」


頭に乗せていた帽子を深く被り、足を机に乗せる。そして懐から煙管を取り出した。真っ黒な地に銀の装飾が施されている。刀と同様、ただの煙管ではなさそうに見えた。


「火をつけないの?」


肥河は思わず口にした。

 永遠永久は火もつけず、ただ煙管を口に加えたまま。火種を準備する様子もなく、葉を入れてもいない。


「私は嫌煙家でな。これもただの形式上。妾はしないと落ち着かないからしているだけだ、習慣だ」


煙をくぐらすことをせず、煙管の細い管から空気を吸い込み、自由になった口で吐き出す。

 六甲は何も気にする様子はなかった。求める情報のみを聞き取り、それ以外の音は自然とシャットダウンされている。


「妾たちの敵_妖怪たちは、ただ殺すだけでは死なない。灰になるほどに心臓(コア)を傷つけることで始めて死に至る」

「心臓を外して仕留めたらどうなるの?」

「怪我の具合にもよるが、動けなくはなるだろうな。だが結果は同じ。いずれ生き返る」


生半可な怪我では死なないため、死んだときはそれだけ大事になる。身分の違いは関係ない。妖怪、妖人が死んだという事実だけが人の目を奪ってしまう。

 ただでは死なない生物は寿命も長い。共にいる時間が長い分、喪失感も大きくなりやすい。後を追って…なんてよくある話であった。


「心臓については人間たち(お前たち)は知らず知らずのうちにこなしていたようだし、問題はなさそうだな」


適当に敵を切っていれば敵は勝手に死んでいた。よって、六甲たちは弱点などそれ程気にしたことはない。その適当がうまく弱点を突いていたのだろう。


「その心臓は皆同じ位置にあるのか?」


その質問に白黒つけるのであれば否であった。生物の進化上、弱点であるエネルギーの塊である心臓を同じ場所に留める訳がない。進化の途中でそう判断されるのは早かったのではないだろうか。気が付けば、心臓を自由に動かすことが出来る亜種が誕生していた。

 やがてそれら亜種はやがて本種を飲み込んでいき、心臓を動かすことが出来ることが一種の物差しになる。ちなみに永遠永久は心臓を動かせないため、古い型に分類される。


忽ち(まちまち)だ。妾たちの常識ではあるが、妖怪妖人の中にも勿論動かせないヤツらもいる。珍しいことじゃないさ」

「なら、全身を隈なく潰すのが正解という訳だな」

「ああ、手っ取り早くいくならな」


全身を潰されれば急所云々は言ってられないだろう。その分、六甲たちの手間も多くなる。しかし弱点が不明なときはもっとも有効な手だと言えよう。


「言葉での説得は無理なの?その…永遠永久(あなた)にとって気分的にはそっちの方がいいだろうけど」

「それで解決しているなら、田中がしているだろ。敵の目的は分かっていないんだ。トップが蓮ということしかこちらに情報はない」


肥河の提案は永遠永久にとっても良いものだった。だが、六甲が現実を突きつける。

 永遠永久にとって、確かに国民は家族。苦楽を共に過ごしてきた仲間。きっと倒されてきた敵の中に永遠永久と親しい仲だった者もいるだろう。だが、それがどうした。永遠永久は選べない。大切なものを二つも手にしようとしてしまった結果、両方とも失う結果を招いた。自分の手には掬えない。


「他の弱点……噂程度しか知らないが、妾たちは非常事態において帰巣本能が強く働くらしい。嘗て玄君が虫の息になった際、妖怪妖人たちは玄君のおわす方向を一斉に向き頭を深々と下げたとか」


永遠永久はマイルドに伝えたが、本当の伝承はもっと酷いものであったりする。本当は苦しむ玄君に側仕えは自身の血肉を食わせて生きながらえさせようとしたとか。次々に自決をするため、玄君の周りは赤い海ができていた。布団の周りが血の海とはおぞましくて想像もしたくない。

 そして自決は国境をも超え、1000キロにも及んだとも言われている。水平線の向こうまで頭を下げる光景はきっと恐ろしいに違いない。この話を聞かされたとき、自身の位に反吐が出た記憶がある。


「帰巣本能云々じゃないでしょ、それ。その帰巣本能を使うなら、玄君が危険に晒されるってことが必要ってこと?」


肥河の質問に誰も答えなかった。答えは決まっていたからである。


「妾にはそのような能力はなかった。デマかもしれないな」

「試してみるか」


 六甲は厨に行き納められていた包丁を持ち出す。そして足早に戻ってくると、何の躊躇いもなく振り下ろした。


「ダメよ、六甲!」


肥河が声を上げる。その声に反応したように、六甲は動きをピタリと止めた。永遠永久の髪が数センチ、ヒラヒラと舞う。

 六甲の持つ包丁は細かく震えていた。その手が進まないのは、もう片方の六甲の手によって止められているからである。


「そのまま下ろしてもいい。その角度、お前の力ならば肉を割き、妾の心臓を切れる」


永遠永久は六甲の添えられている方の腕を剥がしていく。自身は無防備なまま、振り下ろすようにと言っている。


「死にたいのか」

「死にたいと言っても許されるカラダではないものでね。希死念慮も昔はあったが、他の感情と共に廃れてしまった」


永遠永久に残るのは他者への愛情だという。何故か分からないが、怒りや悲しみ、喜びには疎いが、温かな感情だけは感じ取ることが出来る。


「…全部ジョークだ」


自分に言い聞かせるような声だった。全てが彼女の所為ではない。仲間は駒のようにしか思っていないし、六甲は薄情な男。一瞬沸き上がってきた感情に飲まれてはならない。

 意識の片隅でもう片方の自分が訴える。永遠永久(大将)を殺せと。先に殺しておけば楽になる。噂が嘘だとしても、強敵になりえる存在がいるのといないのとでは天と地程の差がある。

 ふつふつと込み上げる感情に、それこそ唾を吐きつけた。


「試しただけだ。もうしない」


平静を装い、六甲は包丁を手放す。垂直落下した包丁は地面に突き刺さる。永遠永久は視線だけを動かし、六甲を睨むように見た。まるで軽蔑したかのように鋭く。

 シンと静まり返った会議は、物音ひとつ立てることを許されない。床に刺さった包丁が電気に照らされて輝く。


「冗談もほどほどにね」


肥河は笑えないことを無理やりに笑い事へした。

 話し合いをする内容はあるが、先程の騒動でどうでもいいもののように感じた。肥河は黙りを決め込む永遠永久と六甲から視線をずらす。

 ふと視界の端に紙が入り込んだ。今朝、田中が貼っていた。祭りのチラシ。指名手配されているに等しい六甲と肥河が参加できるはずないと断った覚えがある。


「祭り」


肥河が一言口にすると、睨みあっていた2人の視線が肥河に向けられる。興味はあるらしい。肥河は突き刺そうとせんばかりの視線に気付かないフリをして、鈍感になることにした。

 壁に張ってあったチラシを剥がし、突き付ける。


「気分転換にどう?」


そんな場合ではないことを肥河も重々承知だった。だが、会議を続けられるほどの雰囲気ではない。会議をしなければ、体を動かしてばかりの六甲と本を読むか訓練しかしない永遠永久。一日中物音に悩まされるのは肥河で御免被りたかった。

 いつもと違う雰囲気に包まれれば、少しは険悪そうになった雰囲気は何とか解消されるのではなかろうか。一縷の望みをかけた。

 まあいいんじゃないか、と六甲。

 それは妾も参加するべきか、と永遠永久。永遠永久の手を握り、肥河は首を縦に振る。思惑があることを察されていたが、深くは追求してくる様子はない。


 晩。祭りが行われる会場へと向かおうとしていた。勿論、洞窟に住んでいるため、会場までは徒歩である。

 いつもの隊服で向かおうと準備していると、永遠永久が呼び止める。箪笥を漁ると、人の浴衣がちらほらと顔を出した。男物も女物まで揃えられていた。


「これはどうしたの?どう見てもあなたのって訳じゃなさそうだけど」

「どこぞの世話焼きがくれた。人を招待するのなら必要だろうからと」


口振りから田中では無さそうである。だが、借りられるのなら甘えておく方がいいだろう。肥河は適当に宛がうと、サイズに問題は無さそうである。


「妾には必要はないのでな、要らないなら貰ってくれ」


永遠永久は帯に下駄と必要なものを肥河に押し付けた。六甲の分も用意すると、六甲には投げつけた。


「着付けをしてこい。世話を焼かずともいけるだろう」


洞窟に作られた家のため、別室などない。簡単な仕切りを作り、六甲と肥河を押し込む。永遠永久はその間、外で散歩をすることにした。人間の裸など興味はなかった。

 永遠永久が外に出て数分後。隊服から解放された肥河は慣れた手付きで浴衣を着付けていく。ふと、口を開いた。


「ねえ、六甲」


衣擦れの音が衝立の向こうから聞こえる。遅れて愛想の悪い返事が返って来た。


「普通に祭りって、初めてよね。任務としてではなく、一般人として参加するの」


数秒の空きがあってから、そうだなと六甲は返した。思い返せば、幼少の頃から(まつりごと)に参加することはあったが市民の祭りに参加するのは初めてである。肥河の言う通り、任務を除けば。

 任務中も祭りについて、楽しそうだと思ったことはある。人の喧騒、街を覆い尽くそうとする匂い、歌を歌い舞う人。祭り独特の雰囲気に当てられた人々は、どんどん騒がしさを増す。


「楽しみましょうね、最期かもしれないし」

「…祭りぐらい何度でもいけるだろ」


我ながら卑屈なことを言ってしまったと思う。祭り()()()何度来れるか分からない。もしかすると次はないかもしれないというのに。取り繕っているつもりだったが、柄にもなく少しショックを受けて引き摺っているようだった。

 肥河は大して気にした様子もなく、笑って肯定した。六甲が見ると鏡に映った自分は歪んでいる。人の不幸を嗤う悪魔のように。

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