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イズヒューマン

「トハサマ…」


消え入るようにトハサマと呟く男。六甲は警戒を緩めることなく、耳を澄ませる。荒い男の呼吸をする男が耳についた。


「トハサマ、トハサマって本当にそのことしか脳にないのか」


男は荒ぶる息遣いを収めようとしない。呼吸のリズムを読むことも戦闘には求められる。自分の思考が呼吸に表れることだって少なくない。

 だというのに、男は自身の精神状態を隠そうともしなかった。余程自信があるのか、それとも自分の様子に気付けない愚か者か。


「トハサマは死んではならぬ。トハサマは美しく、いつまでも生きる…正しく永遠」

「あ、まだ続くか」


六甲は退屈そうに言った。口を開けばトハサマ。漸くトハサマ以外の話をしたと思えば、またトハサマの話に戻った。

 接敵した場合、とりあえず捕らえようとする。情報元になる可能性があるからである。大元の情報も吐かせることができれば万々歳。だが、六甲は男の話は聞いていても無駄だと感じ始めていた。もう首を飛ばそうかと悩む程に。

 狂ったようにトハサマに心酔している男は、奇妙な笑みを浮かべている。正しく狂人の様。


「そんなのでよく基地に侵入できたよな。完全に狂ったようにしか見えない」


基地の中でトハサマを連呼しなかったのだろうか。今の様子を晒せば真っ先に密偵を疑われたに違いないだろうに。

 六甲は相棒(武器)で男の頭上から真っ二つに切り裂こうとした。しかし舞うように避けられ、六甲は慌てることなく追撃に切り替える。

 六甲の相棒は両端に刃が付いている。振り回すだけで二回攻撃を加えることができ、且つ仕込み刀を加えれば合計4つの武器を常備していることになる。あとはそれらを上手く組み合わせ、とり得る最善、高効率を実現するために思考するだけ。

 男はイカれる頭とは対称的に冷静で、六甲の攻撃を避ける。不意を突いた攻撃も、あっさりと身を捩り避けられた。

 男は近くの木々を盾に六甲の攻撃を避ける。最初は木々を避けて攻撃していた六甲であったが、次第に煩わしくなり、木々を薙ぎ倒し始めた。武器を一振すれば幹に切り込みが入り、バランスを崩した木が男の方へと傾く。だが木が男を潰す前に避けられる。

 手加減をしていた六甲であったが、逃げ続ける男に加減をした攻撃を当てるのは困難であった。それどころか緩めた加減で男に攻撃を読む隙を与えてしまっている。手加減をして無傷で捕まえるのは殆ど無理に近い。ならば、瀕死若しくは殺ってしまおう、そうしよう。生きて逃すことが最悪の場合である。六甲の考えは終結した。


「さて…仕事を終わらせようか」


 気合いを入れた六甲であったが、トハサマの祝詞を唱え終えた男は突然電池の切れた玩具のように全身の力が抜け、地べたに座りこんだ。偶然か六甲の相棒がその頭上が通りすぎていく。

 六甲は直ぐ様距離を取り、次の攻撃に備えた。だが、男は先程とは異なり廃人のように項垂れていた。

 男がポツリと呟く。


「寝る…そうだ、寝た方が良い」


男は空を見上げる。見えていた星はひとつもなく、空は既に真っ暗に染められていた。

 六甲は男の喉元に相棒を当てた。男にヒンヤリとした金属の感触が伝わる。だが男に抵抗する様子はない。それどころか抵抗する気力すら見られなかった。光の消えた瞳に月明かりに照らされた六甲が映り込む。


「お前…何しにここに来た」

「…分からない」


男は虚ろな瞳で目の前をただ見た。あれほど連呼していたトハサマとは一体誰だったのか。自分は誰なのか。そんな肝心なことさえ己には分からなくなってしまった。記憶に残っているのは永遠を刻むただの時計が刻む音。数分前の記憶さえ朧気になってしまった。

 目の前にいる六甲が問うていることは分かった。だが何を答えればいいのか分からない。どうして基地という場所に潜んでいたのか、六甲という男に近づいたのか、その目的を()()()()()()()。覚えているのは、熱い想い。胸を焦がすほどの愛情である。


「…確か……帰るため」

「帰る?どこに、だ」 


記憶をたどたどしく話す男は、口が動いていてもどこか魂の抜けた人形のようで生気が感じられない。まるで機械のようである。

 "帰りたい"。いつ、何処に?知っているようでも知らない場所に、いつも恋い焦がれている。自分が知らない自分がいることに男は不思議に思う。


「…国に……帰るために…トハサマが………いる」


トハサマと口にする度に、頭の中が晴れるような気がしていた。それと同時に長い髪と温かいと感じられる笑顔が脳裏を過る。

 男は頭を抱えて踞った。頭が痛いと訴えており、様子が一段とおかしい。

 トハサマ。六甲は頭の中で整理する。田中の口から聞いたソレが話の要点になっていると推測される。六甲が調べたところ、トハサマという物はない。もし聞き間違えで、トノサマだった場合は心当たりがある。だがトハサマに間違いはないようで、"トハ"いう人物は残念ながらありふれている。

 男から聞き出せそうな情報はこれ以上にない。男は譫言のように言ったため、信用性に欠ける言葉ばかりである。だが折角聞き出せた情報を全て聞き流すには勿体無いような気がした。


「トハサマとは誰だ」


確信に迫る話をしていた時だった。

 トハサマという言葉に反応した男が口を開こうとすると、闇夜に紛れて何かが迫る音がした。僅かな足音であるが、着実に六甲たちに向けて進んでいる。草木を掻き分ける音。

 六甲は音のする方に目を向け警戒する。味方か敵か。六甲は迷いなくタイミングを合わせ武器を振り下ろした。

 しかし風の音と紛れて飛び出して来たのは黒猫。猫の頭を武器が切り裂こうとする寸前で六甲は踏みとどまった。切れた猫の毛がフワフワと舞う。

 六甲は武器を地面に下ろした。猫に危険性はない。何処からか迷い込んできたに違いない。

 六甲は件の男の方に向き直る。


「これは返してもらおう」


気付かなかった。六甲の目の前に見知らぬ男がおり、六甲が捕まえていた白髪の男の片手に手を掛けている。陶器のような真っ白な手を白髪の男の目元に翳し目を隠すと、不適に微笑んだ。

 我を取り戻した六甲が急ぎ白髪の男の喉元を掻き切ろうとする。しかし刃先が掠めたところで、六甲は吹き飛ばされた。


「…本当、事態が急変しすぎだよな」


木の幹に頭を強く打ち付け、軽い脳震盪を起こす。何とか体を起こそうと力を込めるが、上手く立つことが出来ない。それでも達者な口は動かした。情報は得られる位には集めておきたい。


「一応感情が残ってはいたが、こんな不良品を差し向けてしまい申し訳ない」


歪む視界に黒い物体が映り込んだ。気力でなんとか意識を繋ぎ止めるが、時間の問題だろう。


「謝罪はいらない…何者だ」

「申し遅れた…かつて蓮と名乗っていた者だ。今は名前はない。好きに呼び給え、人間よ」


蓮、蓮、蓮。忘れないように六甲は脳内で連呼した。次第に暗くなる視界に抗うことはできなかった。生命の危険を報せる信号を送られても、受け取る六甲が動けないのである。

 尻尾を掴んだかもしれない。今まで戦ってきた敵を一斉に始末するチャンス。だが手に入れた情報を流す手段を今の六甲は持ち合わせていなかった。目の前の敵が六甲にトドメを指せばそこまでで、何もかも水の泡である。

 最後の力で舌を噛み切ろうとするが、六甲は意識を手放した。最後に映ったのは、モノクロの男たちだった。



 数分後、六甲は目を覚ました。意識を失ったときと同じような格好で、地面に転がっている。情けのつもりか、六甲は生き残っていた。

 体を起こし、気を背もたれに座り込む。馬もなく、このままでは歩いて帰る羽目になりそうである。頭に手をやると、鋭い痛みが発された。戻した手に血が付いていおり、とりあえず筋内に叱られることは間違いない。


「全く…やられた」


2人目の男が来る直前の物音。今思い返せば、到底猫が出したとは思えないものだった。考えれば分かることを六甲は見す見す見逃してしまっていた。寝惚けていたのだろうか。

 それに白髪の男を逃してしまったことも惜しい。情報を聞き出した時点で殺っておけばよかった。一瞬の気移りが原因で逃がしてしまうのは予想できただろうに。これは流石にアカネに叱られるだろう。

 それは隣に置いて、六甲は今回手に入れた情報を確認する。

 その他にも敵に人型の生きものがいることが分かった。吸血鬼や角の生えた人型は以前から確認されたが、完全なる人型はここ最近発見されている。見た目は殆ど人間と変わらない上、同じ人の言葉を話す。手品師も人形であったが体内は臓器が確認されず、あの男たちは血液を通す体を持っていた。

 これからは敵かどうかの見極めが難しくなるだろう。殺気感知や経験がものを言うようになる。隊員たちも苦労するだろう。唯一、人とは思えない程の美貌がヒントになるのかもしれない。宛にはできないが。

 騒ぎを聞き付けた隊員たちの車を走らせる音が聞こえる。他の敵の気配も感じられず、六甲の動く気も到底失せていた。


「よし、寝るか」


気を抜けば一瞬で意識が消えた。

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