表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/95

幸せだった日

 六は家事をして一日を過ごし、六郎のことは頭の片隅にはあったものの忘れかけていた。家庭の事情に踏み込むことは宜しくないという艶の教育が功を成したのかもしれない。

 だが、今日は何か違うらしい。それは六も感じ取っていた。静かな夕飯には一層暗さが増していた。

 六はちらりと父母の顔色を伺う。心なしか二人そろって表情が硬いように見える。何かあったのかと聞いてみたが、二人とも何もないと首を横に振った。どうみても何かあったのは明白なのだが、二人が教えてくれるつもりは無いようだった。肆瑠も知らないらしく、六同様2人の様子を観察している。

 重々しい雰囲気に耐えられなくなり、六が口を開こうとすると珍しく父が口を開いた。


「そういえば、最近は鉄も規制されているみたいでな。店の方に役員と名乗る人が来て、鉄を節約するようにと言われた」


六の家は時計屋を営んでいる。曾祖父の時代から受け継がれ、時代に珍しく婿入りしてきた父が継いだらしい。この辺りでは評判で、遠くから発注もある。父が代になってから、漸く軌道に乗り始めてきたといえる肝心な時期。

 そんな時期にやってきた役員。壱が戦場から帰ってきた日から使われている未葉家の隠語であった。医者曰く、壱は心を患ってしまい、戦場での出来事がトラウマとなっているらしい。戦場に関する言葉_例えば軍隊や軍医、死体など。酷い時は政府でも拒絶反応が見られた_が引き金となって、暴れたり声を上げることがあった。

 そのため、皆で壱を支えるため壱を刺激する言葉を使わないようにしようと作戦を立てた。政府職員を役員と言い換えて、死亡を海外留学と遠回しにした。そうして偽りの平和を作り出し、できるだけ壱にとっての平穏を守ることにしている。作戦のお陰か、壱は暫く暴れる様子はない。少し笑う様子も見せており、徐々にだが回復しているようであった。


「そうなのね。鉄の節約だなんて…お仕事に支障をきたすでしょうに」

「役員が言うのだから仕方ない。今までも何度かそう言われることがあったが、どれもそこまでの規制は無かった。今回も同じようなモノだろう」


父は味気のない汁をすすった。

 何年も続いている戦いは、何度か市民にも強い影響をもたらした。壱がうまれる前には食べ物や金属の規制や移動の禁止などの規制はあったが、そこまで大きなものはなかったという。規制は発表されるが、破ったところで罰則はない張りぼて。市民は誰も気にしないようなものだった。

 時が経ち壱が生まれ、肆瑠、そして六が生まれた。規制は年々継続と撤廃が繰り返され、市民たちは何度も振り回される。そしてついに慣れてしまっていた。今回の規制もすぐに取り消されるか、形だけの刑罰が与えられると誰もが想像していた。

 

「今回はそう上手くいくか分からないらしい」


落ち着き始めていた父母の会話に、肆瑠が口を挟んだ。


「友達が言ってた。今回は物資も不足しているけど、他にも足りないものがあるって」

「足りないもの?」


焦らす肆瑠に六は首を傾げた。


「そいつ曰く、何よりも人材不足らしい。何処も大変だって」


肆瑠は汁をすすって、魚に手を付けた。まるで他人事である。父母も何も言わず、手を進めている。手を止めているのは、六のみだった。

 人材不足。戦いにはつきものである。なにせ命をとして戦っているのだから。掬われるものもあれば散るものもあろう。当たり前の話なのだが、これほど他人事のように話されると実感がわかない。六郎や壱のようにいつか周りの人が連れていかれてしまう日が来るのかもしれない。六は一人不安になった。

 食事を終えると、食器を洗い場で洗う。食べ終えたら皆が解散していくのだが、その日ばかりは違った。父が肆瑠と引き留めていた。今日は色々と珍しいことが起きていた。明日槍が降ってくると言われても信じているかもしれない。


「六ちゃん。さっさと終わらせてしまいましょうか」

「は、はい。母様、すぐに取り掛かります」


艶に呼びかけられて、六は洗い場にかけていく。肆瑠と父が何か話していたのは分かったが、言葉を聞き取ることはできなかった。

 水で汚れを洗い流しながら、先程の会話を反芻する。

 足りないものは人手。次は父か肆瑠()か。どちらかが戦場へ赴く可能性がある。

 六の手に力が籠った。六は家族を大切に思っていた。今の幸せに目を向けているからこそ、気が付かなかったのである。幸せの裏には必ず不幸が隠れているということを。








 朝。

 朝刊と共に入っていたモノを見て目を見張った。差出人は件の政府。届け先は未葉家。大層真っ赤な手紙であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ